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214話 あなただけを想って

 結局雛鳥は真っ黒なチャイナドレスからいつもの真っ赤な着物へと着替え、非常に申し訳なさそうにしているヒナと、その方が良いと満足げに頷いているマッハに頭を下げる。


「申し訳ありません、お待たせいたしました」

「ん! 良いぞ!」


 なんでそんなに偉そうなんだ。ケルヌンノスやイシュタルはそう言いたかったが、一応マッハは姉であり、ヒナの精神状態の方が心配なのでスルーしておく。


 平らな胸をドンと張って意気揚々とメリーナが眠る場所へと歩き出そうとしたマッハだったが、自分が全力疾走しても10分はかかる道のりを歩くよりも、ケルヌンノスに霊龍を呼び出してもらった方が早い事に気が付く。


「な? 良いだろ~?」

「……ヒナねぇ、どうする?」

「そう……だね。別に急ぐ必要は無いけど、普通に歩いたら1時間くらいかかりそうだもんね……。でも、そんな数分の事であの子呼び出したら怒らない?」


 忘れがちだが、そもそも霊龍は非常に気位とプライドが高い。

 召喚者であるケルヌンノスやその家族であるヒナやマッハ、イシュタルに対してはかなり寛容であるものの、数分飛行するだけで呼び出されたら怒りそうだというヒナの言葉は最もだった。


「むぅ……。ねぇ~、雛鳥の素早さと重量、あと筋力のステータスってどうなってるんだ? 私が背負って走れるのって、精々けるとたるだけなんだよ。あ、今はこいつがあるから1人しか無理か!」


 そう言いながら満面の笑みで背中のリュックを指し示し、またも他人に聞いて良いような事では無い事を平然と語るマッハに、妹の2人は深いため息を吐いた。


 ステータスというのは自身の弱点であり生命線でもある。そんな物をほいほい教えるのはまだゲームを始めたばかりの初心者か、偽りの情報を渡して相手を混乱させようとする上級者くらいだ。

 ほとんどのプレイヤーはそんな物を聞かれたところで答えようとしないし、聞いた方も返ってきた答えがすべて真実であるという前提で動こうとはしない。それくらいの重要な物だ。


 ただ――


「私は大前提魔法使いですので、筋力も素早さもそこまで上げておりません。体重に関しては……恥ずかしながら、着物分を含めて50キロほどになるかと」

「へー! 意外と重いんだな!」

『っ!』


 無邪気に笑ってそんな事を言った姉には流石に我慢できなかったのか、2人からの脳天チョップが見舞われる。

 イシュタルはともかく、ケルヌンノスは多少筋力のステータスに割り振られているという事もあってたんこぶを作る事に成功し、マッハの瞳に涙が浮かぶ。


「な、なにするんだよぉ……。いたい……」

「マッハねぇが悪い。女の子にそんな事言う物じゃないし、雛鳥の身長と年齢から考えるならむしろ平均」

「そもそも、私達基準に考えるのはだめ。軽いに決まってる」


 両手で頭を押さえて2人に非難の視線を向けるマッハだったが、自分達が傍から見たら幼女にしか見えない事と、ヒナがそもそもあまり食べないので世間一般的な少女に比べると体重が軽い方だという事を失念していたと思い出す。


 そして、自分が悪いと分かれば彼女は良い子だ。ちゃんと、謝る事が出来る。


「ごめん……」

「い、いえ……」


 若干精神的なダメージを負いつつも苦笑を返した雛鳥は、未だ痛そうにしているマッハに治癒魔法をかけた方が良いのかしばし考える。

 だが、答えが出る前にケルヌンノスが口を開いた。


「雛鳥がマッハねぇに抱っこして貰って、私とたるがヒナねぇにおんぶして貰えば良い。ヒナねぇなら同じくらいの速度で走れる」

「ん? あぁ、まぁ確かに! それ良いな!」


 ポンっと手を叩いて満足げな笑みを浮かべたマッハに、イシュタルはボソッと呟く。


「……マッハねぇ、絶対嫌がると思って言わなかったのに、それは良いんだ」

「たる、言わない方が良い事もある。それに、ヒナねぇが雛鳥と私達のどっちかを背負って走るのは多分無理。雛鳥が遠慮する。ね?」


 ケルヌンノスから圧の籠った『そこまでは許さない』と言いたげな瞳を見てしまえば、この世界で首を振れる人間はエリンくらいしかいないだろう。

 実際、雛鳥は2人の話を聞いていないのでなんのことか分からず困惑するも、本能的に正解の行動を導き出したのかコクリと頷いた。


「ほらね。だから、大丈夫」

「マッハねぇ、多分遅かれ早かれ気付くよ? いじけない?」

「帰ってから埋め合わせれば良いと思う。帰って一番甘やかされるのはマッハねぇ」

「……それもそっか」


 彼女達の家では明確に役割がある。

 料理や掃除なんかの家事担当はケルヌンノス、庭の手入れやアイテムの手入れなんかがある時はヒナと一緒にイシュタルが行う事になっている。

 だが、唯一何もせずダラダラしていても何も言われない存在がいる。誰あろう、マッハだ。


 彼女は四六時中リビングのソファでだらけているし、たまにヒナにベタベタ甘えるだけの生活を送っていても、特に何も言われない。

 ヒナがそうあってほしいと願っているのだから当然なのだが、マッハ本人はそれを『ヒナに甘やかされている』と感じないのだから難しい。

 まぁ、マッハがどう思って居ようが家族の認識がそうなのだからそこに彼女の意志は介在しない。


 そしてマッハが真実に気付いたのは、イシュタルの予想通り早かった。

 恥ずかしそうに頬を染めた雛鳥をだっこし、ヒナがケルヌンノスを背中に、イシュタルを腕の中に抱きかかえて出発しようとした瞬間、彼女の頭に電流が走った。


「あ~! ずっる! ける、それ抜け駆けじゃん!」

「あ、気付いた。良いじゃんマッハねぇ。どうせすぐだよ」

「むぅ……。ヒナねぇ、見失わないでよ?」

「え?」


 マッハの突然の問いに間の抜けた声で答えたヒナは、直後見た事無いくらい全力疾走を始めて辺りの木々を台風が来た時のようになぎ倒しながら進むマッハを見て慌てて足を動かす。


 マッハだって、妹2人に大好きな人を占領される時間はなるべく短い方が良い。

 周りの環境の事なんてこの際どうでも良いので、なるべく最短距離で突っ走る事にしたのだ。そうすれば、ヒナが自分を見失うなんてイレギュラーが無ければ、5分もせずに目的地に辿り着けるはず。そう信じて。


「はぁ……はぁ……。まーちゃん、早すぎ……」

「だってさぁ……二人が抜け駆けしたんだもん……」


 メリーナの墓石前にヒナが到着したのは、出発から7分後。マッハが到着した3分後だった。

 あまり体力の多い方じゃないヒナは肩で息をしつつ、流石に罪悪感が出て来たのかヒナから降りて少し離れた位置でマッハとヒナのやり取りを眺めている2人。

 そんな4人を横目で見つつ、雛鳥は辺りに広がる悲惨な光景を改めて瞳に宿し、思わず息を呑んだ。


 周囲の木々や地面はすっかり焼き爛れ、未だに焦げ臭い匂いが漂っているような気がするし、そこら中には未だに血生臭いドロッとした粘つく気配が漂っている。

 そんなどんよりとした空気の中で一か所だけ、場違いなように神聖な気配を漂わせた空間がある。

 少し土が盛り上がり、見た事が無い程綺麗な大理石のような石が深く刺さっている。そこには、綺麗な字で『メリーナ』と書かれている。


「……」


 ここに来た時も思ったが、今改めてこの場所で行われた戦闘やその後に起こった事。その全てがありありと脳内に再生されるような感覚。

 そして、自分がその場に居ても結果は変わらなかっただろうという確信と、ここまで想い人に大切にされて彼女も本望だったのではないか。そんな、小さな安堵の気持ちが芽生える。


(あなたは……幸せの中で逝ったのですね……)


 雛鳥はその墓石の前にゆっくり歩き、膝を付いて手を合わせる。

 瞳を閉じ、自身が思い出せるだけの思い出とメリーナから貰った言葉の数々。そして希望を、まるで物語でも語るようにゆっくりと心の中で吐露していく。


「……」

「……」

「……」

「……」


 流石の4人も、雛鳥がそうしていればわざわざ騒いで邪魔をしようなんて思わない。口を挟もうなんて気も、自分達も行こうなんて野暮な事を提案する事もない。

 ただ黙って、それが終わって彼女が満足するまで2人にしてあげよう。全員がその意見で一致するのに、言葉はいらなかった。


 どれくらい、時間が経っただろうか。

 普段は長時間待つのが苦手で、退屈しだすと騒ぎだしてしまうマッハがまだ良い子に待って居られたからそこまで時間は経っていないのだろうか。それとも、この時くらいはマッハも我慢して良い子にしていただけなのか……。


 そのどちらかは分からないが、雛鳥は、瞳に大粒の涙を流してポツリと言った。


「どれだけ……。私がどれだけ……あなたに会うのを待っていたと、思ってるんですか……」


 その問いに、答える人はいない。


「せめて……。せめてわたしにも、ひとことほしかった……。それだけでわたしは……。わたしは……」


 散々、一人で泣いた。

 あの部屋で、メリーナの純粋な恋心と共に泣いたはずだった。

 自分の気持ちだって綺麗に整理して、ここには最後のお別れをして前を向いて生きていけるなら……と、そう思って勇気を振り絞り、あの部屋を出て来たのに……。


 いざ目の前にすると、我慢なんて、出来るはずなかった。

 全てを吐き出し、発散したと思っていた感情が、濁流のように再び溢れ出してくる。

 大切な思い出の数々も、かけてもらった数少ない言葉も……たった数日ではあった物の、共に過ごしたかけがえのない日々も……。

 彼女を待って、何年もダンジョンの奥深くで理不尽な暴力に耐えて来たあの日々も……。


「それだけでわたしは……報われたのに……」


 その悲痛な叫びと嘆きは、まだしばらく止みそうになかった。

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