210話 夕食と今後の話
大食堂の中テーブルには、ハンバーグとラーメンが横並びに置かれ、その向かいにもう一セット並べられている。
ハンバーグはマッハとヒナのリクエスト通り大根おろしとオーロラソースがかかった物で、ラーメンはヒナに分ける事を前提として考えられているからか、醬油と豚骨のどちらも用意されている。
ハンバーグに使用されているお肉は、厨房にあった中でケルヌンノスのお眼鏡にかなった数少ない食材である『天空龍の翼』というかなり入手難易度が高い物だ。
無論ギルド本部に変えれば数段上の食材がこれでもかと保存されているのだが、それは言っても仕方がない。
そもそも、装飾用としてしか役割を果たしていなかった料理の材料をそこまで大量に、しかも全種類集めているプレイヤーなんてヒナくらいだ。このギルドのメンバー達は悪くない。
天空龍の翼と言っても、正確には翼を動かす為の筋肉部分であり、その部位でも特に美味しいとされる部分を丁寧にカットしてミンチにし、少し小さめの塊にする。
先程軽くではあるが食事を摂っているので、あまり大きくすると食べきれないかもしれないというケルヌンノスの細かな配慮が見て取れる。もちろん、マッハの分に関しては通常の握りこぶし程度のサイズだ。
完璧な火加減と、ソースに使う調味料にまで気を遣って完成したその逸品は、ギルド外で作る物としては……。いや、彼女がヒナに振る舞う物としては、70点は付けられる物に仕上がっている。
ラーメンだってそうだ。
そもそもこれは自分達が食べたいというよりかはヒナに一口だけでも分ける事を前提で作られ、どちらの味も楽しんでほしいという気遣いで調理した物だ。
豚骨のダシをじっくり取る時間が無かったのは残念だが、幸いにも肉に関しては『エリュマントスの猪』という、ギリシア神話に登場する怪物の素材が保存されていた。
それは、ケルヌンノスが『濃厚なダシを取るならこいつ以外ありえない』と豪語するレベルの素材であり、大変貴重な代物だ。本部に帰った時弁償するから使わせてくれとだるまに頭を下げて使用する許可を得たそれを惜しみなく使用した。
ラーメンには欠かせないチャーシューにもその猪の肉が使われ、味玉だったり海苔に関しては納得できる最高級の食材が無かったので妥協している。
まぁそれでも、街にこんなラーメンを出す店があれば2時間待ってでも食べたいとたちまち行列が出来るだろう逸品だ。
醬油ラーメンに関しては……ヒナが大好きな素朴であまり飾らない、良い意味で『庶民的な普通の物』をあえて出している。
ヒナは手の込んだ料理はもちろん、この料理は逆にあまり手間や素材にこだわらない普通の物が良い……。とワガママを言う事があった。無論、それは出来上がった物の『見た目が好みだった』というどうでも良い理由なのだが、ケルヌンノスはそんな真意は知らない。
なので、この世界に来てからもその教えを忠実に守り、ヒナが好きな物を提供できるように己の脳みそを常にフル回転させているのだ。
「美味しそう……」
「けるの料理久々だもんな~! 早く食べよ!」
「ん、家に帰ったらまた毎日作る」
「……ありがと、けるねぇ」
ヒナの隣にケルヌンノスが、マッハの隣にイシュタルが座って全員で手を合わせる。
いつも通りヒナが『いただきます』と満面の笑みで口にすると、3人もニコッと笑って同じ言葉を口にする。
「おいし……」
「はぁぁぁ! やっぱけるの料理しか勝たん~! うっまぁぁぁ」
「うん、ほんとけるねぇの料理はおいしい……」
大好きな家族に揃って絶賛されると、それが久々だったこともあって頬を赤く染め、ズルズルと静かに麺を啜る。
今まで当たり前の日常としてその人幕を見て来たケルヌンノスだったが、ここ最近はそれが当たり前なんかじゃなく『いくつもの幸福の内の一つでしかない』という事を改めて知った。
家族4人で暮らせることは当たり前なんじゃなく、この上なく幸せで幸運な事なんだと、今回の件で十分すぎるくらいに思い知った。
だからこそ、この幸せな時間を守る為にもっと力を付けなければ……。自分の大切な人を守る為に、自分が出来る最大限の事を精いっぱいやろう。そう、改めて心に誓う。
「ところで~、ヒナねぇ。この後どうするんだ~? あのムカつく奴には逃げられたけど、別に諦めるつもりは無いよな?」
食事が一段落して、ヒナもお腹を擦りながら大満足という笑顔を見せたのを確認し、マッハが口を開いた。
食後のデザートを隣でホクホク顔のケルヌンノスにねだろうとしていた……なんて言えないヒナは、一瞬で思考を『皆のお姉ちゃん』から『魔王』へと切り替えた。
「うん、もちろん。だから、これから私達はもっと強くならなきゃいけないと思う。私とけるちゃんは無詠唱魔法の習得は出来てるけど、それを完璧な物にしてどんな状況だろうと使用出来るように訓練しなきゃ。まーちゃんは、たるちゃんと一緒に時間停止の研究を開始してほしいけど……出来そう?」
そう言われ、イシュタルは少しだけ考えてからコクリと小さく頷いた。
「時間停止の原理自体は聞いたし、ヒナねぇの知識を借りられるなら多分どうとでもなる。ジンジャーのところで魔法も学んだし、マッハねぇとけるねぇが色々実験してくれたおかげでだいぶ構造は理解出来てる。新しく疑問点が出てきたら、またステラにでも行ってジンジャーに聞けば良い」
「あ、そうだ。たるにケガさせたあいつは結局蘇生しなかったけど良いのか?」
「別に……。あんな人、生き返ってほしくないもん」
プイっとそっぽを向いてあからさまに嫌悪感を露わにするヒナを見て、その場の全員が『可愛いな……』と思ってしまったのはまた別の話だ。
話を戻すが、結局のところ逃走したレベリオを今度こそ仕留める為、自分達の実力を上げる方面で話はまとまったと言っていい。
だが、これはあくまで『対レベリオ』に関して決着がついたというだけで、その他の事についてはまだ何も決定していないという事だ。
「ヒナねぇ、他にも考えなきゃいけない事はある。例えばwonderlandの人達と手を組むのかどうかとか。まぁ多分、近いうちに私達の家にカフカが来そうだけど」
「けるに同意~。その時になってアタフタするより、あらかじめどうするか決めといた方が良いと思うぞ~? 手を組むのか、協力はしないけど妨害もしないみたいなスタンスを取るのか~とかさ」
そう言われ、いつもならその時を想像して勝手に怯えてしまうヒナだったが、今は精神を『魔王』だった時の完全戦闘態勢に移行している。
知らない人が自分の元へ協力を要請しに来るが、それを受け入れる事のメリットデメリットを完全なる損得勘定の天秤にかける事が出来る。
知らない人……怖い。なんて、そんなバカみたいな事、魔王は考えないのだ。
(あの人達と協力したとしても、結局実力だけで言えば全員束になってようやく私抜きのこの子達と同程度……。召喚獣込みだと私だけでも圧勝できると思う……。そんな戦力差と数で、協力するメリットある……?)
現状、マッハとケルヌンノスが実験と称した掃討作戦を行った事でディアボロスの残党はかなり数を減らしている。
それに、自分が本気を出せば幹部メンバーだろうがなんとかなるだろう。唯一懸念事項があるとすれば新たな敵対ギルドが現れた場合だが――
「いや、今は良いかな。協力する事でこっちの情報が必要以上に漏洩する可能性を考えたら、メリットより私を含めた皆の安全面に懸念が残る気がする。特にまーちゃんの装備に関して情報が洩れたら結構致命的だから、そこは絶対死守したい」
「確かに、マッハねぇの装備の能力が割れない内は多分マッハねぇだけでもなんとかなる。たるがいる内は私達が殺されることは無いから、その点から考えても今急遽誰かと手を組む必要は無い」
「まぁなぁ~。それに、結局ヒナねぇより強い奴が居ないんだから、手を組むって言っても一方的にこっちが戦力的な援助するって結果になりそうだし~」
頭の後ろで手を組んで面倒くさそうにそう言ったマッハに、ケルヌンノスとイシュタルが同意とばかりに激しく頭を振る。
ヒナはその言葉に苦笑を返すしか無かったが、実際その通りなので何も言えない。
しかも、常時この『魔王モード』を発動するなんてできないので、普段の状態ならコロッと騙されて良い様に使われる自信がある。
それによって自分が被害を被るのであればどうでも良いのだが、家族にまで被害が及ぶのであればそれは絶対に避けなければならない。それに、何度も言うが今は手を組まないと倒せないという強すぎる相手がいないのだから、そもそも誰かと手を組む理由が無いのだ。
「そう考えると、家にある全員の装備の点検と確認作業を改めてしておきたいかも……。予備の装備の性能は即答できると思うけど、一応復習しておかないと不安だし……」
「なら、帰ったらまずそれだな! 結局アイテムも出し惜しみして使ってないから、残数確認もして心に余裕持たせた方が良いかもな!」
「賛成。マッハねぇは結構遠慮なく使うけど、けるねぇとヒナねぇは全然使ってない。もっと出し惜しみせず使うべき」
『はーい……』
イシュタルに正論パンチを喰らい、2人は各々顔を見合わせてしょぼんと肩を竦めた。
結局ヒナはいつもの貧乏性と、自分の強さを正しく認識しているがゆえに“アイテムを使わずとも解決できる”としてアイテムを使用しない場面がかなり多い。
そしてケルヌンノスは“アイテムとはいえヒナから貰った物を失いたくない”という気持ちが先行して、そもそもアイテムを使用するという選択肢を頭の中に思い浮かべない。
ゲームであればそんな考えはまだ『可愛い』として通用するのだろうが、この世界ではそうはいかない。
「私だって万能じゃ無いっていうのはここ最近の失敗で身に染みて知ってるはず。緊急を要する事態だったら、私に遠慮せずアイテム使ってほしい。特にHPとか魔力回復系のポーションは」
『……分かった』
「ん、別にそれくらいなら気にしないし、そんなくだらない事でヒナねぇとけるねぇがいなくなっちゃう方がやだ」
今回の件でお互いの大切さを改めて認識した4人にとって、それはなにより重い言葉だった。
絶対の守護神であるイシュタル本人からそう言われてしまえば、ヒナやケルヌンノスだけじゃなくマッハもその認識を強くし、そんな状況がくれば迷わずそう進言するだろう。
「じゃあ次。メリーナの件。どうするか、もう決めるべき」
「……」
「…………」
「………………」
ケルヌンノスのその一言で、その場の空気は一気に数段冷え込んだ。
全員が心の中で思って居ながらも、どこか逃げの姿勢で今まで言葉にしなかった事だった。
イシュタルの命の恩人であり、全員にとっての恩人でもあるメリーナと、その子供でもある雛鳥の件だ。
「ねぇだるま。雛鳥、まだ生きてるよね」
厨房で忙しそうに働いていただるまは、静かなその声を聞いて機敏な動きを止め、ふぅと静かに息を吐いて声だけを響かせた。
「今朝メリーナ様のお部屋にお食事を運んだ際は、全部綺麗に食べてくださいましたぁ。相変わらずお顔はまだ見せてくださいませんけどぉ……」
「ん、それが分かれば良い。ありがと」
「はいぃ……。雛鳥様を、よろしくお願いしますですぅ……」
相変わらずの情けない声ではあったけれど、確かな心配がそこにはあった。
そして、家族の全員が揃ったのであればやる事は決まっている。
「この後、すぐ行こっか……。あんまり時間かける物じゃ、ないもん」
「ん、分かった。なら、すぐ片付ける」
そう言うと、ケルヌンノスは自身のスキルを使用して空になった丼2つと2枚のお皿を空中に浮かせ、厨房へとトコトコ歩いて行った。
数分後、皿洗いと片付けを終えたケルヌンノスが戻ってくると、4人でメリーナの部屋へと重たい足を引きずっていく。まだ、全てを終わらせるには早すぎるのだ。
自分達の恩人とその子供である雛鳥には、伝えなければならない事と謝らなければならない事が山ほどあるのだから……。