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21話 プレイヤー

 ダンジョンに発生するモンスターの全てを引き連れて行進してきた男は、目の前で起こった事を数秒理解できずに思考を停止させた。


 数日前、彼は自室のPCの前で楽しかった過去の栄光がその命を終わらせる瞬間を今か今かと待っていた。だが、なんてことない一瞬の瞬きの間に、その世界は一変した。

 飾りっ気もないもない、ラグナロクで積み重ねた栄光の数々に縋り付くかのように飾ってある自室が、石壁で囲まれた薄暗くジメジメした場所に様変わりしたのだ。

 その点で言えば、ヒナがこの世界に送られてきたのと同じだった。ただ違うのは、彼には温かく迎えてくれる家族のようなNPCがいなかったことだ。


 NPCはもちろんギルド内であるそのダンジョン内に無数に配置されていたが、その全てが命を持たぬモンスターの役割を果たし、ヒナのように、自身のパーティーに同行させる仲間というよりは単なる飾りとして運用していた。

 ダンジョン深層の階層ボスとして配置し、時折ギルドのメンバーと自身のギルド――ダンジョンのようにカスタムしている――を攻略する際に幾度となく倒していた。彼は、NPCをそんな使い方しかしてこなかった。

 それももちろんラグナロクにおいて正解であり、数多ある楽しみ方の一つだ。


 彼がサービス終了日に有休をとってまでその命の終わりをこの目に焼き付けようと思ったのも、ラグナロクで過ごした日々がかけがえのない物だったからだ。

 ギルドランキング78位と上位ギルドの仲間入りを果たした時は、ギルメン全員で祝勝会を開き、数人ではあったもののリアルで酒を飲んだものだ。

 同じ会社からリリースされた『アポカリプス』というゲームで同じようにギルドを立ち上げ日々を歩んでいるが、それでも彼にとってラグナロクは、そんな大事なギルメンと出会えたかけがえのない物だった。


 だからこそだろう。そんな大切な者達との思い出の場所に侵入してきた者が居た時、すぐさま怒りに任せてモンスターに排除させたのは。

 たった1人、訳も分からぬうちに知らない場所へ突然転移させられ、ラグナロク時代に愛用していた装備とダンジョンを与えられるなんて、到底受け入れられる現実ではない。

 だがそんな彼の悲惨とも言える内心を嘲笑うかのように、再び侵入者が現れた。まだ現実の理解が追い付いていなかった彼は、失った大切な物を嘆き悲しむかのように、再びモンスターに侵入者迎撃の指示を出した。


 人を殺す。そんなの、もちろん現実世界で行った事は無いし犯罪になるようなことに手を染めた事なんてない。

 それでも、大切な仲間達と共に築き上げた城に無断で侵入してきた者達を許せるほど、彼に温情という物は存在していなかった。

 これ以上は侵入者も無いだろう。そう思い、これからの事を考え始めていた数時間後、再び侵入者が現れた。ヒナ達だ。


 またかと若干呆れつつも、今までの2組の侵入者は比較的低レベルであるブラックベアの群れになすすべなく殺されていったので、今回もそうなるだろうという予感はあった。

 だから、ヒナが最初に放った魔法を見た時は内心密かに動揺した。

 ラグナロク時代にギルドメンバーの1人が使っていた魔法がそのまま使われ、しかもその威力は仲間のそれとは桁が違ったのだから。


 男は焦った。彼女達は何者なのか、少なくとも、今まで侵入してきた者達とは別格の強さを持つ者達である事は間違いないと。


 だがしかし、よく彼女達を見て見ればどうってことは無い。そこら辺の少女が着ているような私服姿なのもそうだが、妙に仰々しい武器を持っているのは1人だけ。他2人は刀とボロボロの本を持っているだけではないか。これであれば、第3階層の階層ボスでやられるだろう。そう思ってどっしり構えていた。


 そんな男の思惑は、再び裏切られることになった。

 ヒナ達は、1階層の階層ボスであるブルーミノタウロスを倒した後、あろうことかダンジョンの入口に戻るのではなく、その場で魔法を放って天井に穴を開けたのだ。

 そこから脱出するなど考えてもいなかった男は、柄にもなく激高した。

 それがきっかけとなり、最下層を守っていたNPCに一時的に持ち場を離れさせ彼女達を追跡し、その報いを受けさせるためにこうして侵攻してきたのだ。


 彼女達の強さは見た目で言えばさほど強くはないだろうし、ブラックベアやブルーミノタウロスくらいなら自分も1人で倒せる。彼らはそれほど強いモンスターでは無いからだ。

 それに、最初に来た2組の侵入者はブラックベアにすら勝てていなかった。だからこその油断もあっただろう。

 早々に片付き、心の平穏を取り戻せる。そう思っていた彼の思惑は、再び同じ少女達によって阻まれた。


「い、今の魔法は……確か、メリーナが手に入れるのが面倒で諦めたって言ってた……」


 ギルメンの一人であり、ラグナロク内でも屈指の実力を誇っていた魔法使いが、5時間かけても手に入らなかったから諦めたという魔法とまったく同じだった。

 その効果も、威力も、しばらく動けなくなるという追加効果も……全てが、同じだ。


「ま、まさか……俺と同じようにこの世界にきた奴が、ここにいるって事か……?」


 ここが、自分のいた世界とは違う世界。しかも、自分はラグナロク時代に手に入れたスキルを使えるのに対し、ヒナ達以外の侵入者が使っていた魔法はラグナロクには無かったものだという事も、把握していた。

 それを全て理解しているからこそ、男は困惑する。

 この世界には、ラグナロクにはない魔法が存在している。なのに、ラグナロクにある魔法すら存在しているのか……そんな、バカな話があるのかと。


「と、とりあえず回復しねぇとな……」


 男は純白の全身鎧を身に纏い、それなりのレアモンスターの素材をいくつも必要とする長剣を腰に下げていた。彼が目指したのは、清廉潔白な聖騎士。

 夏のボーナスを全てつぎ込んで自分の理想の形に装備を整えた時は、その滑稽にも見える姿からギルメンの半数からからかわれた物だ。

 だが、男はそれも良い思い出だと記憶に刻んでいた。


 今の魔法で自身のHPを半分以上削られ、さらには移動速度鈍化の効果が付与されていた。

 彼が身に着けているのはそれらを解除してくれる装備ではなく、あくまで筋力値や防御力を底上げしてくれるもので、副次的な効果であるHPの自動回復も、流石に半分を回復しきるのは半日以上の時間を要する。

 申し訳程度に獲得していたHP回復系のスキルを使用しようと集中を高め――


「やっと私の出番だ~!」


 男が回復スキルを使用する前に、マッハが到着した。城壁から男が居た場所までは1キロほどの距離があったのだが、その間をわずか数秒で移動してきたのだ。


 男――マルセルの数メートル前の地面には大きなクレーター状の凹みができ、その中央に腕を組んでその薄い胸を張り、満面の笑みを浮かべる少女が現れる。

 鬼族特有の角を額から生やし、耳があるべき場所から捻じ曲がった角のような物を生やしている。腰に差してある刀はマルセルの知識にはない物なのでこの世界の武器だろうか。


「……何者だ」

「んぇ~? それ、君が言っちゃうの~? そっちこそ何者なのさ~。たる怒ってたぞ~?」


 可愛く首を傾げ、うーんと唸る少女がなんとも憎らしい。

 マルセルは、少女がブルーミノタウロスを倒した張本人であることを知っている。その技量はレベル80前後かそれ以上である事は間違いないし、それなりの攻撃スキルを持っている事も確認済みだ。決して油断して良い相手ではない。相手では無いが……


(俺の敵じゃねぇ)


 なにせ、少女は軽装も良いところだ。

 剣士であっても鎧すら装備せず、持っているのは刀のみ。

 恐るべき身体能力ではあるが、それはスキルによって上方修正が行われているだけであって、装備を何一つ身に纏っていないのはマルセルからすれば殺してくれと言っているような物だ。

 それであれば、容易にスキルを使用して一刀の元に斬り伏せられる。


『身体強化 力』


「あ、ラグナロクのスキル使えるんだ~」

「……なに!?」


 マルセルは、目の前の少女から『ラグナロク』という単語が出てきたことに驚愕する。

 目の前の少女は、この世界の住人ではなく自分と同じようにラグナロクのプレイヤーなのか。そんなバカげた考えが頭の中をグルグルと渦巻く。

 だがしかし、プレイヤーだから、少女だから。そんな理由で、自分の大切な場所を壊した罪が消えるはずがない。

 人殺しがなんだ。そんなの、自分の大切な物を壊した報いなのだから当然だ。


(鬼族って事は、それなりの戦闘能力保有者だな……。種族固有スキルも所持してる可能性が……)


「あ、やる気なんだ~。良かった、ここで逃げるとか言われたら拗ねるとこだったや~。『鬼神化』発動! なんちゃって」


 可愛らしくベッと舌を出したマッハは、マルセルが危惧した種族固有スキル――特定の種族しか使えないスキル――を発動した。

 額から伸びている角がメキメキとその長さを倍増させ、筋力と俊敏性、次に発動するスキルの効果を倍増させる。そして、そんな状態で使うスキルと言えば1つだ。


『神格化』


 ただでさえ強力なスキルである神格化を鬼神化によって効果を倍増させることにより、マッハの戦闘能力はNPCが持って良いそれを遥かに凌駕する。


 この組み合わせはプレイヤーが所持する事によって莫大な恩恵を受けられるので、高々NPCに所持させるスキルでは無いのだが……ヒナは、そんな思考なんて持っていなかった。

 どうせ自分は使えないんだから、使えるマッハに半ば押し付ける形で持たせたスキルだからだ。

 そもそも、自分が使えないスキルなんて獲得しようとしないのが常識なのだが……。


「あっそ……。神もを殺したことがあるってか。見下すとこっちが死ぬな、こりゃ……。なら俺も……『神格化』発動」


 神の名を冠するボスモンスターを倒せるプレイヤーはさほど多くない。

 まず初めに、100レベルでないと彼らの前に立つことさえ許されない。一撃を貰っただけでHPゲージが半分以下になっているようでは戦力にならないからだ。


 さらには、そのモンスターに有効打を持っていることが大前提だ。

 弱点となる魔法やスキル、何かしらダメージを与える手段を持っていなければ、そもそも倒す事が出来ない。

 それを相手モンスターの攻撃を耐えながら相手のHPが無くなるまで与えなければならないので、30人以上同じ条件を揃えるプレイヤーを集めなければならない。


 マルセルも、片手で数えられる程度ではあるが、ギルメンと共に神の名を冠するイベントボスモンスターを討伐し、スキルを獲得したことがある。

 まぁ、ほとんどギルメンの介護プレイによって倒せていたのだが……。


「良いね良いね~! 私が望んでたのってこういう戦いなんだ~!」

「……あっそ」

「ノリ悪いなぁ~。そんなんじゃ女の子にモテないよ~? ま、いっか! 行くよ~?」


 緊張感の欠片も無いマッハは、はぁと肩を竦めながらそう言うとその顔から笑顔を消してビュンと風を切るように疾走する。それは音を置き去りにし、生半可な力量の戦士では目で追う事すら困難な速度だ。

 だが、マルセルはスキルのおかげでその動きを捉えられる。だからこそ、マッハの剣技に対応できる。

 右斜め上から勢いよく振り下ろされる刀を長剣で受け止めると、反撃とばかりにスキルを放つ。


『枝垂れ桜 舞』


 下から上に流れるように放たれる長剣は、マッハの頬を掠めピッとその整った顔に傷を付ける。だが、装備の効果で癒える範囲だったのかすぐさま何事も無かったかのように再生する。

 ニヤリと笑ったマッハは、すぐさまスキルを発動して相手の背後へ回ると、自身も同じスキルを使用する。


『枝垂れ桜 舞』


 マルセルがやったのと同じように、それでいて俊敏性の値が桁違いなおかげで彼の放ったスキルの何倍も早く刀が振られる。

 それに反応できるような反射神経を30過ぎたマルセルが持ち合わせている訳もなく、防御のスキルを使用する前に純白の鎧に一刀の傷が深く刻まれる。


 HPの減少は装備のおかげで微々たるものだが、初めての生身での戦闘を経験し、その難しさに内心動揺する。

 今までPCの画面を見ながら操作していただけで、生身で剣を振ったり刀を向けられた経験などあるはずがない。

 スキルは本能に従って発動できるので問題は無いが、相手が繰り出してくるとなると話は別だった。


(目では追えるのに、体が動きについていけねぇ!)


 マルセルは筋力値とHPにかなりステータスを振っていた。

 俊敏性は仲間に補ってもらう前提で装備などを選んでいたので、動体視力はもちろんながら長剣を振る速度や移動速度もマッハの比ではない。

 スキルを発動していなければマッハの動きは間違いなく追えていないし、そもそも攻撃を当てる事すら叶わなかっただろう。


 自身の鎧を少しだけ気にしながら地面を強く蹴ってマッハから距離を取る。

 瞬く間に両者の距離は10メートルほどになるが、マッハはニコッと笑うとその距離を一瞬で詰める事が出来るスキルを発動させる。


『神椿 爽』

「刺突スキルだと!? そりゃ、槍使いのスキルだろうが!」


 マルセルの心臓へ向けて躊躇なく刀を突くマッハは、そんな苦言ににやりと口元を歪める。

 剣士が槍使いのスキルを使えないなんてことは無い。ただ、その威力は本来の使い手が使う時の数倍落ちるというだけだ。

 なのでマッハは、刺突スキルに分類されるそれを、発動時の超加速の部分だけ利用し、残りの刺突部分に関してはスルーするという荒業で何度もヒナの危機を救っていた。

 もちろん、それはデータ上の危機であって実際にヒナの命が危険に陥った事は無いのだが……。


『蒼龍剣 大海』


 槍使いのスキルである『神椿 爽』で距離を詰め、刺突が放たれる前に次のスキルを放つことで刺突攻撃をキャンセルし、距離を詰める部分だけを使用する。

 ヒナの異常な研究の末に編み出され、マッハにしつこくそう教え込んだ――NPCに戦法を教え込めば戦いの中でそれを実演してくれる機能があった――事で完成した、2人だけのスキルだ。


 マッハの持つ刀が龍の咆哮を轟かせ、マルセルの鎧に爪で引き裂いたかのような傷跡を付ける。

 さらに、それだけでは終わらない。

 そのスキルは、攻撃が命中した場合追加でダメージを与える効果を持っている。


「っ! 俺の装備が!」


 データ上であれば装備の耐久値を超える攻撃を受けるか、武器破壊等の効果を持つ攻撃を受けなければ破壊されなかった装備が、粉々に砕け散る。

 純白の全身鎧がまるで砂かなにかのようにバラバラに切り刻まれ、跡形もなく土へと還っていく。


 耐久力の値だけで見ればまだまだ余裕はあったが、マッハの異常なまでの攻撃力とスキルによってさらに強化された筋力から放たれた攻撃をまともに受ければ、鎧なんかはひとたまりもない。

 ゲーム上ではありえない現象でも、現実となれば話は別だ。

 ヒナが持っているソロモンの魔導書のように武器破壊等の効果を受けない物であればまだしも、マルセルの全身鎧はそんな効果は持っていなかった。


「意外と大したことないじゃん~! なんだよ~、もっと良い戦いが出来ると思ったのに期待外れ~。そもそも動きに体がついていけてないじゃん」

「……」


 刀を鞘に納めつつガッカリと言いたげに肩を落としたマッハに、マルセルは怪訝そうな目を向ける。

 急にゲームと同じステータスを手に入れたからと言って、運動を全くと言っていいほどしてこなかった身からしてみればその動きに体がついていかないのは当然だ。にも関わらず、目の前の少女はそれが当然のことであるかのように語る。

 種族固有スキルと『神格化』という超強力なスキルを発動し、その身体能力を限りなく極限まで高めているはずだ。

 それは既に、人がどうこうできるレベルの動きは出来ないはずだ。それなのに――


「あ~あ。こいつ、どうすれば良いんだろ~。ヒナねぇに聞いてくればよかった~」


 地面にヘナヘナと座り込むマルセルを視界に捉えつつ、マッハは退屈そうにはぁとため息を吐く。

 期待外れだと諸々のスキルを解除し、ガックリと肩を落とす。


 城壁の方を睨みつけ、ケルヌンノスと共にこちらを眺めているヒナに向けて口パクで「どうしたら良いの~?」と問いかける。


(俺のことは、もう眼中にないってか……。その油断が、お前の敗因だ!)


 マルセルはマッハに気付かれないようにその背後へ回り込み、意識を集中させる。

 幸いにも、自分はまだ『神格化』のスキルを解除していない。それでいて、標的は完全に油断している。このチャンスを逃すほど、マルセルは低レベルのプレイヤーでは無かった。

 仮にも上位ギルドのギルドマスターを務めていたのだ。ほとんどギルメンに頼りきりだったとはいえ、自分だってそこそこのスキルを所持している。一矢報いることくらい、なんでもない。


『龍の牙』


 男がマッハの背後へ向け、渾身の一撃を振り落とした。体が動きについて行かずとも、スキルの効果は対象に当たりさえすれば自動的に発現する。

 マッハの背中に龍がガブリと嚙みついたような傷が現れ、完全に油断していた彼女はバタッとその場に倒れ込む。


「はっは、油断してるからだ、馬鹿野郎! 俺の勝ちだ!」


 高らかに笑ったマルセルの体がヒナの放った魔法によって跡形もなく消し飛んだのは、そのわずか数秒後だった。

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