207話 実験結果と逃走
ヒナの妹3人が他者から見て見れば微笑ましい理由で言い争いをしている中、ヒナはグレンに出来るだけ威圧感を与えぬよう笑顔で聞いた。
それはもちろん、彼女達の護衛を任せていたはずのカフカの居場所だ。
「カフカなら、マッハ様が連れてこられた賊の相手をしております。相手と言っても、元の形が分からぬ肉塊を相手にアレコレ喋っているだけなので、ご覧にならない方がよろしいかと」
「えぇ……なにそれ……。そいつ、誰なの?」
「マッハ様の話ですと、ミセリアとか言うそうです」
そんな名前のプレイヤーがディアボロスの幹部に居たな。そうヒナが思い出すのに数秒もかからなかった。
今すぐにでも何があったのかマッハとケルヌンノスに問いただしたいのだが、本人達はイシュタルを羨ましがると言う名の説教に忙しいようで、その邪魔はしたくなかった。なにせ、言い合いがあまりに子供のそれで可愛らしくてずっと見て居たいと思ってしまう程愛らしいからだ。
彼女達の事をよく知らない周りの面々は止めろよ……みたいな目をヒナに向けているのだが、ヒナからしてみれば彼女達が本気の喧嘩をしない事は分かり切っているので、しばらくすると勝手に仲直りする事も知っている。
なので、眺めるだけ眺めた後に、彼女達に『何で止めてくれなかったの!』と怒られるまでがセットだ。そこまでやって、全員が等しく怒られて自分は可愛い家族にムスっとされるというご褒美が……って、そんな事はどうでも良い。
「カフカは、なんでその肉塊と話してるの?」
「そこまでは分かりかねます。ただ、マッハ様のお洋服が汚れておりますので、恐らく戦闘になった物と――」
「うん、それは分かるよ。どうせあの人は神装備持ってないからまーちゃん相手に何もできず負けたでしょ」
仮に傷を付けられたとしても、その状態で彼女達が自分の前に出てくることを選ぶとは思えない。そして、仮に彼女達が『頑張ったね』と褒めてもらいたいから傷もそのままにして入る。なんて言いだせば、まず間違いなく外で待機している召喚獣組が止めるだろう。
イシュタルが斬られた事であんなに激怒したヒナを見た後なのだ。それを許す命知らずで能無しな召喚獣など、イシュタル救出作戦に呼ばれるはずが無い。
「ねぇねぇグレン。私もその人と話してみたいんだけど、ダメ?」
「申し訳ありません、主様のお目に入れる事を容認できる物ではありません。申し付けてくだされば、わらわが直接聞いてきます」
「むー」
ぺこりと頭を下げたグレンに対し、ヒナは分かりやすく不満げに頬を膨らませる。
この場所には人の目があるのでかしこまった態度なのは分からないでもないが、親が電話になると声がワントーン高くなるあの現象と同じで、どこか気に食わないのだ。
それに、グレンの場合は未だに先程やってしまった八つ当たりの件を引きずっている気もする。それは完全にヒナのミスなのだが、ヒナもヒナで他人の目があるのに召喚獣に頭を下げるのは変に思われそうで嫌だった。
彼女は、NPCを家族同然のように扱う事が当然だと思って居るものの、それが異端な考えであることは十分承知している。
それを理解した上でマッハ達に接しているし、ゲームの頃からそうだったので今更そこは曲げるつもりは無いし、曲げたくても曲げられない。
ただ、召喚獣相手に頭を下げたり親しげに話す行為は流石にゲームの中でもやってこなかったので、この場でするのは少しだけ怖い。
人見知りやコミュ障であるヒナは、他人の目を必要以上に気にする所がある。ここに誰もいなければ、素直に謝る事も出来るし、いつものように気楽に接してくれとも言えるのだが……。
「じゃあ、その人が神シリーズの魔法かスキル持ってるのかだけ聞いといて?」
「神シリーズ……ですか? それはまたどうして?」
「神シリーズの魔法って、何が来るか分かってないと対処が難しいの。それぞれの魔法とかスキルによって対応策ってバラバラだしさ。今回は事前情報が全くない中で戦ったから、仮に神シリーズの魔法やスキルを所持してるなら、対策纏めないと。それと、仮に何も持ってないって言われた場合は、武器とか装備の情報も引き出しておいて」
「承知いたしました」
ペコリと再び頭を下げたグレンにムスっとしながらも、ヒナはようやく怒りが収まったらしい2人の頭を撫でて椅子に座り直した。
今回はイシュタルがヒナの後ろで罰として立たされており、マッハとケルヌンノスが狭苦しいだろうに無理やり膝の上に乗っていた。
どちらも満足そうに満面の笑みを浮かべているのでヒナが文句を言う事は無いのだが、正面に座っている笑顔が胡散臭い男は微妙そうな顔をしていた。
ただ、この時に限ってヒナは膝の上の愛しい2人しか見えていないので他人の目なんてどうでも良い。
相変わらず自分達だけで世界が完結しているカップルかの如く、だらしなく頬を緩めながら口を開く。
「まーちゃんけるちゃん、どうだった?」
「別に面白くもなんともなかった~。やっぱり剣じゃあいつら死なないって~」
「ん、一応色々試してきたけど割と予想通りの結果だった。ヒナねぇの意見が聞きたいと思って戻って来た」
「あ、実験して来てくれたの! ありがとー!」
「当然。ヒナねぇ、開発者の話とか聞いてもじゃあこれは?とか色々質問するって分かってたし」
どうやら、ヒナ以外の全員がいない事になっているのはマッハとケルヌンノスも同じらしい。
彼女達も、目の前にいるwonderlandの面々とジンジャーとソフィーの2人は見えていないようだ。実験結果をあれこれ話しつつ、ヒナが疑問に思った事の全てをケルヌンノスが教えてくれる。
「即死系の魔法が効かないのは想定通りだとして、重力魔法で再生できなくなるって言うのは新しい収穫だよね。それも込みで考えるなら、レベリオの体の一部分くらいはどこか欠損してるって考えても良さそう?」
「うん、多分そう。暗黒世界の射程からあんな短時間で逃げられるはず無い」
「だよね。物理ダメージ計算の魔法も効果は無いって言うのは、それはスキルも込みで?」
「もちろん。魔法もスキルもどっちも試した。魔法ダメージで計算されるスキルは魔法よりかは効果は劣るけど殻を割るだけの力はあると思う。属性ダメージに関しては微妙。多分物によるから、もっと実験重ねないとダメかも」
完全にボス攻略会議の一角になってしまったのもあって、ディアボロスの面々は呆れながら『これがトッププレイヤーか……』なんて、自分達もそのトッププレイヤーの一角を担っていた事を忘れて感心していた。
まぁ、半分が『あぁ、懐かしいなぁ』と感傷に浸っていた訳だが。
「ねぇジンジャー……さん。重力魔法でなんで体が再生しないか分かったりする?」
「あなたみたいな人にさん付けで呼ばれるのは逆に委縮するから辞めて欲しいんですけど……まぁ良いでしょう。重力魔法に関してそこまで見解が深いわけじゃないのでなんとも言えませんが、そこまで強力な物なら体に刻まれた術式そのものが機能しなくなる……とかが考えられる。あ、ます」
「強力な重力で体に刻まれるなりした術式そのものが潰れて、魔力がその術式を通らなくなっちゃうとか?」
「まぁ分かりやすく言えばそうですね。正確に言えば、術式って言うのは魔法を完成させる道筋というか道しるべであって、そこを魔力それ自体が通る訳じゃありません。ただ、全ての魔法は術式に直す事が出来て、魔力がその術式通りに流れたり、捻じれたり、また交差したりすることで魔法が完成します。その術式が複雑になればなるほど高度な魔法になる訳ですが、重力によって術式が機能し無くなれば――」
「術式ありきの時間停止みたいな魔法は、どうしたって機能しなくなるって事?」
ジンジャーは、なんでこんな小難しい話に平気な顔で着いて来れるのかと疑問に思いながらも、コクリと小さく頷いた。
魔力だったり術式だったり。その説明は確かに複雑で難しい物ではある物の、ゲームの設定だと考えるとそこまで難しくはない。
魔力はそのまま魔力と考えれば良いし、術式はナビだとでも考えれば良い。
遠くて複雑な道のりを超えた先にある目的地。この場合は魔法の完成系に向かうためには、それだけ難しい術式が必要。
そして、その術式が使えなくなれば、いくら途中まで目的地に向かって歩いて居ようとも自分が今いる場所だったり向かうべき場所が分からずに立ち往生。結果、目的地には辿り着けないという事だ。
そう考えるなら、時間停止の術式はそっくりそのまま説明できることになる。
物理的な手段でいくら攻撃されようが術式それ自体が破壊されないのでバグや不具合を起こす事もなくすんなり目的地に辿り着け、無傷の状態を保つ事が出来る。
ただ、魔法的な攻撃は道を間違えるだのマップの情報が更新されておらず、向かった先が生き止まりだった等の『バグや不具合』が発生してしまう可能性が高くなる。ただ、それらの不具合だって時間が経てば徐々に復旧するのと同じで、魔法的な攻撃でも再生それ自体が困難なわけでは無い。
重力系の魔法に関しては、そもそも術式が壊れてしまうので修復もくそもない……という事だろう。
「なるほどね。そう言われると分かりやすい」
「そうか? 私はさっぱり分からんぞ」
「あなたはそもそも深く考えるタイプじゃないでしょ。まぁ、かくいう私もスカーレットと同じで何がなんだか分かってないんだけど」
「我々が色々考えても仕方ないでしょう。重要なのは、作戦の立案をしているシャドウがこの件について理解している事です。シャドウが分かっているなら問題ありません」
腕を組んでそう言ったチャンに、スカーレットがすかさず言う。
「カッコつけちゃって~! 結局じっちゃんも分かってないんじゃん!」
「……」
「こういう時日本人ってなんて言うんだ~? じっちゃんの、名に懸けて!とかだっけ?」
「スカーレット、バカに見えるから止めて」
頭を抑えたレガシーにそう言われ、スカーレットは渋々と言った感じでへーいと気の無い返事を返す。
それからしばらく時間停止についての軽い質問がシャドウから飛び、話し合いの場は解散となった。まぁ元々、この話合いというか会議の場は魔法の開発者に色々話を聞こうという場でしかないので、要件が終わればさっさと解散するのは自然なのだが……。
「じゃあ、私達はこれで……」
『は?』
店から出た直後、魔王とこれからの事について話し合いをしたいと思って居たwonderlandの面々は、ヒナがそう言った瞬間とんでもないスピードで空――湖の上に消えて行った事でポカーンと口を開けて見送るしか無かった。
召喚獣とマッハ達3人も最初は置いて行かれた……?と一瞬放心状態となったが、冷静に考えると他人と話しすぎてストレスが溜まっただけなのは分かるので、全員に軽く『じゃあねー』と挨拶した後、ダンジョンへと戻っていった。
数分の沈黙が続いたのち、その場に残された誰かが呟いた。
「良いね、自由で……」
それは、その場にいるほぼ全員の総意だっただろう。




