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206話 ゲーマーの本質

 ヒナと別れてから実に20分という非常に短い時間で帰還したイシュタル達は、すぐさまジンジャーと自分がどんな関係なのかを簡潔に説明した。

 もちろん、その説明の最中ヒナは極度の人見知りを発動してグレンの後ろに隠れ、ジンジャー達の視界に極力入らないようにしていたのだが、それは良い。


 問題は、全ての説明が終わった後に放たれたヒナの一言だった。


「で、たるちゃん……。この人達の事、好きなの……?」

「……」


 なんだその、メンヘラ彼女の彼氏が女友達の話をした時みたいな反応は……。と思ってしまったのはイシュタルだけじゃないだろう。

 実際、それはその場にいたwonderlandの面々も同じことを思っており、こいつ本当に魔王なのか?と二度見してしまったほどだ。


 いや、それを言うならイシュタルが帰還するまでスカーレットに対して強烈に姉妹愛を語っていた彼女が、知らない人間が来た途端涙目になってグレンの背中に風のような速さで避難した時も同じことを思ったはずだ。

 その速さ故にあぁ……と思ったのもあるが、今の彼女はそこら辺にいる少女にしか見えない。


「ヒナねぇの方が好きだよ」

「だよね……うん、そうだよね……。私の前からいなくなるとか、その、言わないよね……」

「そんなくだらない事考えてたの? そんなわけないじゃん」


 はぁと呆れたため息を吐きながら言ったイシュタルは、嫌がるヒナの腕の裾を摘まみながら2人の前に連れてくると、怯える彼女を姉だと紹介した。

 無論、2人は会話を聞いていたので察しているのだが――


(この人が、異端者の中で最強……?)

(どう考えてもそっちにいるロボットみたいな人の方が強そうじゃない?)


 2人の内心は、誰が見たってそう思うだろうというような物だった。

 実際、今のヒナよりもどっしりと構えながら油断なく2人の力を見定めんとする視線を向けているバイオレットの方が手強そうに見えるだろう。今のヒナなんて、迷子の子供と何ら変わらないのだから。


「ほらヒナねぇ、しっかりして。時間停止の原理聞くんでしょ?」

「うぅ……まーちゃん達が来てからにしない……?」

「マッハねぇ達がいつ帰ってくるか分かんないじゃん。それまで何するの?」

「し、しりとり……とか?」

『…………』


 これでもヒナは大真面目だ。

 彼女達がとんでもなく実力の高い魔法使いである事など、その佇まいや雰囲気からなんとなく分かっているし、イシュタルの話からもそれは間違いなさそうな事が分かった。

 ただ、相手が魔法使いならとりあえず自分が傷付けられる心配は無いし、この場にはイシュタルもグレンもいるので万が一の事態が起こっても大丈夫だと安心しているのだ。


 だが、当然そんなバカみたいな提案が受け入れられるはずもなく、ディアボロスの無敵性の確信でもある時間停止の原理を聞くことになった。

 ただ、地べたに座ったままなのもあれなので適当な店に入る事になった。


 都会にあるオシャレなカフェと言うより古き良き日本の古民家のような面持ちのそこは、カフカが作った古民家カフェだった。

 温かみの感じる木造建築で、赤い煉瓦が使われた屋根は可愛らしさを重視したのだろう。古民家カフェにしては派手過ぎる気もするが、そもそもこの街が日本をコンセプトにしたものでは無いので、街に合わせてこの色にしたと言った方が正しいのだろう。

 どちらかと言えば西洋風のこの場所に、ポツンと木造建築があるだけでもかなり浮いているのだ。これで屋根が瓦だったりすれば完全に場違いだ。


「僕らはそれでも良いと言ったんだけどね。日本の、特に昭和の建築物はれとろとか言ったっけ? なんか良いだろう?」


 店に入った瞬間、何も考えずソファ席にどっかりと腰を下ろして両手を広げたシャドウは、誇らしげにそう言った。

 召喚獣は当然ながら店の外で万が一の場合に備えて警戒しているので、この場にいる男は彼とチャンだけだ。

 そして、それ即ち彼ら以外は女性であるという事でもあり――


(こいつモテないな……)


 と、ヒナ以外の全員が思ったのだがそれはまた別の話だ。

 ヒナがそんな事を考えなかったのは、店内が昭和レトロというより生活感がある豊かな調度品で纏められていて、そのセンスに目を奪われていたからだ。


 ヒナだって、シャドウが言うように昭和の言葉に出来ない雰囲気は好きだった。

 ただ、ヒナが何より好きなのは再三言うように『家族の温かみ』だったり『溢れ出る生活感』だ。


 カウンターに佇んでいる70代くらいのおじいさんはたっぷりと顎の下に白いひげを蓄えている物の、ラフな制服姿でこちらにニコッと微笑みかけてくれる。

 壁際に置かれたコーヒーメーカーだったりグラス、煙草の灰皿はその配置まで綺麗に考えられているのだろうとヒナには感じられるし、カツカツと独特の音を奏でる柱時計もオシャレポイントが高い。


 席は店内を見渡す限りソファ席がいくつかと、小さな可愛らしい木造の椅子が何脚か。天井からは小さなランプがいくつもぶら下がっていて、床は板張り。

 これが変に畳だったりしない所が“狙いすぎていない”として高評価だ。日本らしさだとか、生活感だとかはそう言った、言ってしまえば『分かりやすい』物では無いのだ。


「ヒナねぇ、早く来て。店内はまた後で見れば良い」


 ヒナの感性をそのまま受け継いでいるイシュタルも、この店内を見てテンションを上げていたりするのだが、よく知らない人がいる手前、だらしない所は見せたくなかった。

 マッハがいれば一緒にはしゃいだり、ケルヌンノスがいたらクールにここが良いと分かったような口を利いてヒナに同意されてキャッキャされる……。なんて展開もあるだろうが、この場には自分だけなのでそういう事は出来ないのが少しだけもどかしい。


「は、は~い……」


 人見知りのヒナにはキツイだろうが、話が始まってしまえば一番アレコレ質問を飛ばすのは彼女だろうと、気を利かせてヒナを中心に座らせ、その膝にちょこんとイシュタルが座る。

 当然のように隣ではなく膝の上に乗ってくる彼女に少しだけ苦笑しつつ、目の前のジンジャーと目が合うとすぐさま逸らしてしまう。

 どれだけ自分が有利な立場に居て、絶対に危害が加えられないと知っていても人間という生物それ自体が、ヒナにとっては怖かったのだろう。


「一応料理とかドリンクを注文できるみたいだけどどうする?」


 卓上に置いてあった小さなメニュー表を手に取って、イシュタルがそう言う。

 そこには、確かに数種類のドリンクと申し訳程度に添えられたデザート類の値段が書かれていた。


「自分達のギルド本部にあるのに、お金取るの……?」

「金を取らない店の方が不自然だろってのがカフカの言さ。まぁ、ここの金は僕らが払うから気にしなくて良いよ。好きな物を頼むと良いさ」


 シャドウがそう言うと、真っ先にスカーレットとレガシーがアイスコーヒーを店員のおじいさんに注文する。

 一応アリスが教えていた事もあって日本語を読解可能なジンジャーとソフィーはホットコーヒーを、シャドウがジンジャーエールを注文した。

 ヒナとイシュタルはコーヒーやジンジャーエールなんて飲めないので、カフェオレを注文する。ついでに、ヒナは小腹が空いたとプリンアラモードまで頼んでしまう。


「あ、あの……この、ジャンボチョコパフェみたいなやつも……」

「ヒナねぇ、これから大事な話がある。それに、けるねぇが帰ってきたら絶対拗ねるから我慢する」

「うぅ……そうだよね……。分かった……」


 分かりやすくしょぼんと肩を落としたヒナを慰めつつ、全員分の品が届くまでに5分ほどを要し、ようやく話が始まった。

 だが、話と言っても時間停止の基本的な概要は全員がまぁそうだろうなという感じで聞き流した。そんな物、生粋のゲーマーならば見ていれば分かる事だったからだ。


「再生するのも、物理的な攻撃が効かない事も見てれば分かる。魔法による攻撃が有効なのはなんで?」


 ヒナがそう質問すると、ジンジャーがどう言えば彼女達に分かりやすいかと懸命に頭を悩ませる。

 魔力的な~と言っても、専門家でもない彼女達が分かるとは思えないのでそれ以外の説明が必要なのだが――


「時間停止と大袈裟に言っても、本質は私達の体の成長をその魔法がかけられた時点でストップする事を言うんです。仮に外側から何かしらの力で私達の体に成長……変化と言い換えても良いですが、それが加えられると自動的に魔法がかけられた時点の状態に戻ろうとする力が働くんです。そういう術式を組んだので」

「それは分かるの。なんで魔法に関してはそこに脆弱性が生まれるの?」


 先程まで怯えていたのが嘘のように、まるでイベントの神を攻略する時のように目をキラキラさせながらそう聞くヒナに少しだけ呆れつつ、イシュタルもジンジャーが何を言うのか注目する。

 まだ話し始めて10分も経っていないが、この時点でヒナの脳内ではジンジャーとイシュタル以外の全員がいない事にされているだろう。


「術式を組んでいると言っても、所詮は魔力の通り道を定めているだけに過ぎないので、そこに別の魔力が干渉すると術式に不具合が起こりやすいという研究結果が出ています。時間停止は、いわば自由(オート)で発動する治癒の魔法です。体に変化が生じたらそこを元に戻すという過程に、当然魔力を消費する。ただ、消費する魔力は当事者ではなく空気中に漂う物を使用しています。それで半永久的に治癒を可能にしているのですが――」

「魔法によって変化をもたらされた場合、自分の周りにはその攻撃で使われた魔力が一時的に離散する事になるから、術式に乱れが生じて再生が遅くなったり治癒そのものが出来なくなる事があるってこと?」

「……お、おそらく」


 ヒナの早すぎる理解とその正確性に若干引きつつ、なぜ専門家でも研究者でもない彼女がそこまで魔力に関して理解が深いのか。それが分からず混乱してしまう。

 術式を組んだジンジャーでさえ9割方そうだろうという曖昧な結論しか出せないし、この結論を出すまでに数年を要したというのに……。


「じゃあ、その時間停止をこちら側から解除する方法はあるの?」

「いや、基本的には存在しません。精神支配された状態で自ら解除する等の事は可能ですが、攻撃魔法等で強制的に解除するのはまず無理なはずです」

「じゃあ、例えば強力な攻撃魔法でその時間停止の治癒が追い付かない状態にし続けたら殺せるって事? それとも、また他の方法があるの?」

「時間停止を破れる程強力な魔法がそもそも……っていう問題は通用しないと思うので答えますが、理論上はそうだと思います。あくまで物理的な手段に対応できない私達魔法使いのために編み出した絶対の防御術式なので、魔法使いを相手にする事は想定していないんです」


 つまるところ、魔法使いが剣士を相手にするのは肉体的な性能上不利。それを覆すために生まれたのが時間停止であって、そこまで強力な魔法使いを相手にする際の術式では無いのでバグが生じるのだろうという事だ。

 そこまで強力な魔法じゃない場合にはバグが発生しないのは、周囲に拡散する魔力量が少ないせいで術式が乱れる事が無いからだろう……とも。


「魔法は魔法でも物理ダメージ計算されるやつだとどうなるのか見たいな……。それと、属性ダメージ換算される奴も。あ、あとスキルだと魔力の消費がそもそもないから、魔法ダメージ換算のスキルとかだとどうなるんだろう……。死霊系の魔法はそもそも即死系統の魔法が効かないならアウトかな……。いや、でも一応魔力は消費するだろうから可能性はある……? この世界特有のルールとかも込みで考えるなら、もう少し抜け穴はありそうだし、まだまだ研究の余地が――」


 顎に手を当てながらブツブツ考え始めたヒナは、もうパソコンの前でイベントのボスをどう効率的に討伐するか考えていた時と全く同じだった。

 正直、魔力や魔法に関する事をなぁなぁで済ませていたwonderlandの面々は話についていくだけでいっぱいいっぱいなので、頭の中で疑問符を浮かべていた訳だが――


「あ、まーちゃん達が帰って来た」

『は?』


 なんで見てないのに分かるんだ。その場の全員がそう思ったのと、店の扉がグレンによって開かれて土で全身を汚したマッハとケルヌンノス、異様に疲れているカフカが帰還した。

 そして次の瞬間、その場に緊張した空気が流れた。


「……なぁたる。なんで抜け駆けしてんの?」

「マッハねぇに同意。抜け駆け禁止」

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