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204話 異端者の正体

久々の更新になり、申し訳ありませんm(__)m

 時を少しだけ遡り、マッハとケルヌンノス、カフカの3人がwonderland内に残っているディアボロスの面々を掃除しに行った数分後、ようやくイシュタルとグレンに同行する護衛が決まった。


 正直、護衛なんてヒナと戦ってもいい勝負をするだろうグレンがいれば問題ない気もするが、その慢心がイシュタルに痛みを与えた事を、ヒナは忘れていない。

 そして、普段であればいくらヒナの決定だろうが自分の存在価値を半分以下に減らすような発言には食って掛かる彼女でも、前例があるので何も言えず口を噤んでいた。


「正直、魔力がカラカラな私がなんの役に立つのかという疑問は残るけれどね。護衛ならレガシーの方がまだ向いていると思うよ?」


 イシュタルを大事そうに胸に抱えたグレンにジロジロ敵意の籠った目で睨まれているシャドウが、気まずそうにヒナに言った。

 スカーレットはこの場でヒナのオタクトークに付き合うという役目を与えられ、何かあった場合の対処にとバイオレットとレガシーが残る事となったのだ。

 一番この場を離れたいと思って居るのはスカーレットだろう。それこそ、シャドウと交代しても良いとさえ思って居た。どうせ、彼にはほとんど役目が無いのだから。


「魔力が空ならたるちゃんが回復出来るから気にしないで良いもん。それに、レガシーは機械マスターとか人形遣いとかその類でしょ? 本体の傍から一定距離以上離れても起動できるの?」

「僕は機械マスターの上位職の機械遣いだ。僕はともかく、バイオレットはこの世界じゃどれだけ本体の私から離れようとも実働可能だよ。本体の私が死ぬと動かなくなっちゃうのはゲームと変わんないけどね」

「ふーん。でも、一応の護衛は必要でしょ。その子も、本体のあなたが気になってしょうがないみたいだし」


 ヒナがそう言うと、バイオレットが気まずそうにコクリと頷いた。

 実際はヒナがいるのでまったく気にならないどころか、自分が守るよりもヒナに守られていた方が安全な気がするので自分の存在意義が分からなくなっているのだが……。


 だが、彼女はレガシーと違ってコミュ障ではない。今この場で絶対者(ヒナ)が求めている回答が『本体が心配でしょうがない。絶対に離れたくない』という類の物であるのは分かる。なので、空気を読んでそういう態度をとったに過ぎないのだ。


 スカーレットは誰に何を言われようともヒナの話し相手という役目を譲られる事は無いだろうから、シャドウはその時点で全てを諦めて考える事を放棄した。

 念のため陸地に上がる前に魔力を全回復してもらい、ペコリとこの場に残る一向に頭を下げる。


「出来るだけすぐに帰ってくるようにするよ」

「ああ」

「分かった。何事もないとは思うが、気を付けろ」


 特に死んだ目をしているスカーレットに対して向けられたその言葉を最後に、グレンの超スピードとシャドウが呼び出した龍が湖の中へと飛び出っていった。


…………

……


「グレン、あんまり気にしないで。私は別に怒ってないし、ヒナねぇは特別心配性なだけで、あなたの力を疑ってる訳じゃない。じゃないと、私の護衛で同行を許さないと思う」


 湖の中を進む途中、イシュタルの役目はグレンのメンタルケアとなっていた。

 若干いい匂いがする気がするその胸に抱かれる感覚と、ヒナにはない大きな二つの果実の感触はどことなく違和感がある物の、これはこれで良いなと感じてしまう自分が不甲斐ない。

 姉妹の全員がそれに恵まれなかった故なのか、彼女達は巨乳に対する恨みや憎しみと共に、若干の羨ましさと憧れを持ち合わせていた。


 イシュタルがそんな暢気な事を考えているというのに、グレン本人はヒナの前では流すまいとしていた一粒の涙をポロっと頬に伝わせる。


「いえ、わらわの不甲斐なさが招いた結果です。ご主人様があのように激昂する姿は、初めて拝見しましたので……」

「そうなんだ……。でも、多分大丈夫だよ。ヒナねぇ、あれで結構子供っぽいところあるから、一回寝たら全部忘れると思うし」


 それは流石に無いだろうとグレンも思って居るが、自分が思って居る以上にヒナが怒っていないというのは同意だった。


 どちらかと言えば怒りの矛先は直接イシュタルを守っていた骸骨(ジャスパー)に向けられているはずで、次点で傷の手当てをする際アワアワしていたシャングリラとヘラクレスだろう。

 グレンは、いわば最も関係ない1人としてカウントされており、その怒りが『やつあたり』や『理不尽』と呼ばれる類の物であるのは、ヒナが一番分かっているはずだ。なにせ、ヒナは普段は温厚で優しい心根の優しい子だ。むやみやたらに責任を押し付け怒鳴り散らすような、無能なジジイみたいな事はしない。


「イシュタル様は、過去にご主人様があのように激昂した場面を何度かご覧になられているのですか?」

「ん~、何度かあったかなぁ。一番酷かったのって、ラグナロクのサービスが終了するって発表された時だったから。あの時は、滅茶苦茶荒れてた」


 ヒナが最も荒れ、怒り狂ったのはその時だろう。


 現実世界でも発狂し、怒り狂った彼女はゲーム内でもその怒りをぶつけた。それを、彼女の姉妹達が見ていない訳がない。

 当然慰める事はしたのだが、自分の生きる理由。目的。人生そのものと言っても良かった場所を突然奪われる少女には、何を言っても無駄だった。それこそ、ヒナにとっては本当の家族同然だったNPC3人とも、もう会えなくなるのだから。


「その時は2ヶ月くらい荒れてたよ。だから、多分大丈夫。スカーレットとかいう奴に私達の事熱弁してたし、多分もう忘れてる。私自身もそこまで気にしてないし、初めて『痛み』を味わって怖かっただけで、よく考えればヒナねぇのとばっちりで一回ダメージ受けた記憶はある」

「と、とばっちりですか……?」

「うん。ダンジョンに潜った時、範囲攻撃が味方にもダメージが通るのかって実験で喰らった。あれは理不尽」

「大変でしたね……」

「でしょ。ヒナねぇはそういうところある」


 呆れたように笑ったイシュタルは、グレンの顔に若干の明るさと笑顔が戻った事で“これ以上は不要だ“と判断した。

 むしろ、必要以上に慰めてしまえば逆にグレンのプライドを傷付けてしまう。


 ヒナへの態度ですっかり忘れているかもしれないが、彼女はゲーム内でも最強の召喚獣としてヒナに与えられた最終兵器のような物だ。

 そのビジュアルの良さと気難しい性格でラグナロクの広報を担当するくらいには人気キャラなのだが、プライドの高さだって尋常ではない。ヒナやその家族相手ならばそのセンサーは途端にガバガバになるのだが、やはり嫌だと感じるラインはある。


(一体、何を見せられているんだろうね……)


 護衛として着いて来たはずのシャドウはもはやいない者として扱われている事に微妙に居心地の悪さを感じ、彼が跨っている龍も同じくグレンの圧に委縮していた。

 3分とかからない陸への道が1時間程度に感じる程で、ようやく陸地に辿り着いた時にはぁと大きなため息を吐いてしまったほどだ。


「ビックリした……。またなにか、来るのかと思った……」


 ソフィーは、命令を与えられぬままポカーンとしている精神支配状態のジンジャーを横目に、突如湖の中から出現したグレンとイシュタルを見てホッと胸を撫でおろした。

 隣に居る見た事のない胡散臭そうな男と、自分が挑んでもボコボコにされるのだろう金色の鱗を纏う美しい龍にはもはやため息しか出ない。


「グレン、主様はどうした」

「今は皆様と共に雑魚狩りに勤しんでいる。それよりも、その不愉快な喋り方は止めよ。お主は、いつからわらわより偉くなったのだ」

「……分かった。それで、ご命令はなんと仰せなのだ?」

「ふん。とりあえず、奴らの不死性の解明を優先するのと同時に、そやつらとイシュタル様との関係を知りたいから連れて来いとの仰せだ」


 グレンがそこまで言って、ようやく胸の中のイシュタルを開放した。

 そして、そのままトコトコとジンジャーの元まで歩くと右手をかざし、魔法を発動する。


医学の神(アレクレピオス)の寵愛』


 古代ギリシャ神話における英雄であり、医学の神とされるアレクレピオスの名を冠する魔法は、あらゆる状態異常や精神支配、その他様々な物から対象者を開放する効果を発揮する。

 HPや魔力の回復等は無い物の、この状況においては最も適した魔法だと言える。


「……私は、一体」

「やっぱり、神シリーズ以外の精神支配。こんなのに引っ掛かるならジンジャーもまだまだ」

「セシリア……? それに、後ろにいる人達は一体……」

「ん、そこから……。めんどくさい……。ソフィー、後は任せる」

「は!? いや、私だってよく分かってないんだけど!?」

「むー……」


 ハムスターのように可愛らしく頬を膨らませるも、そもそも異端者とは何かすらを理解していないソフィーも、今の状況は分かっていなかった。

 そもそも、イシュタルを助けに来た目の前の異形の者達が何者なのかも分かっていないのだ。説明しろと言われても、そんなの無理だと答えるしかない。


「やっぱり、セシリアは母上と同じなんだね。君もそうだけど、後ろの美しい彼女。私でさえ、強さを測りかねる」

「他の奴らは測れるの?」

「ま、なんとなくだけどね。少なくとも、この場で私が勝てるのはそっちの怪しい男くらいさ」


 自嘲気味にそう言ったジンジャーは、シャドウを指さしてそう言った。

 まぁ、シャドウ自身は自分が戦うというよりも呼び出した龍達が代わりに戦うので本体がそこまで強くないのは仕方が無いのだが……。


「いや、それは無い。ジンジャーでも、シャドウには勝てないと思う。そこら辺から、まず説明する」

「……あぁ、頼むよ。その前に、一個良いかい?」

「なに?」

「ファウストは、なんで死んでるんだ?」


 その一言で、どこか現実味の無かったほのぼのとした空気が一気にピり付いた。

 ジンジャーは、精神を支配されていた間の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。自分と同じく完璧な時間停止を施していたはずのファウストが。仲は良くなかったが、家族であるファウストの死に、少なからず動揺していたのだ。


「それも含めて、全部話す。悪いけど、ヒナねぇの許可を貰ってないから蘇生は出来ないし、多分許可も下りない。許可されたところで、どっちみち殺される事に変わりはない。それくらい、こいつがした事はヒナねぇにとって許されない行為だから。私が何を言おうとも、多分納得しない」


 精神支配を受けていようが何だろうが、自分の家族を傷付けた人間をヒナが許す事は絶対に無い。

 蘇生しても彼女達の手で再び殺される事にしかならないし、そもそも蘇生しても良いという許可は“イシュタルは”貰っていない。ので、勝手に蘇生させる訳にもいかない。


「……分かった。とりあえず、話を聞こう」

「姉さま……」


 ジンジャーの普段とは違うその態度に、ソフィーも覚悟を決めて地べたにちょこんとお尻を付けたイシュタルの口から語られる事実に、ただ耳を傾けた。

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