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203話 蹂躙と恐れ

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皆様、いつも応援・ご愛読ありがとうございます!m(__)m

「ねぇ~、こいつで何人目?」

「38人目。だいぶ掴んで来た」

「まだまだじゃん。も~、いい加減めんどくさくなってきた~」


 殺伐とした戦場に似合わない暢気な可愛らしい声が響く。

 結果から言えば、マッハの役目は『現状は無い』という結論に落ち着いた。


 彼女達風に言えば、マッハは卵の中身をどうこうする事それ自体は出来るが、卵の殻を割る事は出来ないと結論付けられたのだ。

 ケルヌンノスの所有している物理ダメージ換算の魔法を試してもディアボロスの連中はゾンビのように蘇ってくる事が分かった。

 ただ、同時に面白い事も分かった。


「重力魔法が治癒すら許さないっていう情報は収穫。原理が全然分かんないから、後で皆と一緒に考える必要がある」

「ねぇ~、もう帰らないか~? 正直こんな雑魚共放っておいても私らの敵じゃ無いだろ……? 早く帰ってヒナねぇに褒めてもらいたいんだけど」

「ダメ。一応、試せることは全部試す。後からこれはどうなるの?とか聞かれた時、答えられなかったら嫌だもん」

「ぶー!」


 ハムスターのように頬を膨らませ、愛しの姉にもうしばらく会えない苛立ちを目の前のスターとかいう名前らしい男を斬りつける。

 彼はレベルがそこまで高くないらしく、叫び声すら上げる事無くキャベツのみじん切りのような体に分解され、周囲に赤黒い血となにかぐちゃっとした赤い物をまき散らす。それがなにかしらの臓器と分かるのは、恐らく彼が切り刻まれた場面を見た者だけだろう。


 そんな彼にケルヌンノスがまだ時間停止を施した者に使用したことのない類の魔法をかけ、絶命するかどうかを見届ける。

 絶命するならそれで良し。しないのであれば、どんな副次的な効果――例えば治癒が遅くなる等――が出るか。そもそも何も影響を与える事は出来ないのか。

 その全ての実験結果を頭の片隅に書き記しつつ、マッハが数秒おきに量産していくそれらに再び別の魔法をかけていく。


(なんで私、ここに居るんだろ……)


 当初、ケルヌンノスの魔法が彼らに通用しなかった時の保険……いや、単なる道案内兼護衛として同行していたカフカは、地獄のようなその光景に思わず真顔になっていた。


 先程まで和やかにどうでも良いような話をしていた彼女達が、笑いながら……時には姉に会えない事への不満を漏らしながら殺戮を行うその現場が地獄で無いと言うのならば、なんだろうか。

 なにより恐ろしいのは、彼女達を突き動かしているのが憎しみや怒りではなく、単なる『興味』という点だ。


(どこをどうしたらどうなるのか。彼女達にあるのはそれだけで、後は一方的に相手を殺しているだけ……)


 先程から、重力魔法から即死魔法。スキルだったり物理的な攻撃を行う死霊魔法だったり、その他様々な魔法を使用して相手の体内で魂がどう動くのか。それを興味深そうに観測しているのがその証拠だ。

 ケルヌンノスがアンデッドである事などカフカは知らないので、彼女が人の魂を正確に認識できることも知らない。その状態で今の彼女を見れば、それは苦しんでいるプレイヤーをうーんとか可愛らしく首を捻りながら痛めつけているだけの狂人にしか見えないだろう。


 そして、それはケルヌンノスだけでは無い。

 曲がりなりにも対人戦においてエキスパートであるはずのディアボロスの面々と対峙した瞬間、その中でも特に強者と思われる数人を瞬時に細切れにする判断の速さ。そして、その圧倒的なスピードと攻撃力で相手に反撃を許さぬ強さ。

 相手が魔法で攻撃して来ようものなら、終ぞとして解明されなかった『無敵能力』でケルヌンノスへダメージが行かぬよう無理やりタンクとなっている。


 そう。マッハの恐ろしい点は、相手が神の名を冠する武器やモンスターじゃない場合、その装備の効果のおかげでダメージを受けないので“疑似的なタンク職”として働ける点にある。

 極論、今のように無理やり攻撃を受けに行ってもダメージが入らないのだから問題ない。


 例えるなら、ドッチボールでどんな球にも飛びつき、必ずキャッチしてとんでもないスピードで投げ返してくる運動神経が周りの数倍あるような子供。あれと同じだ。

 彼女にはどんな攻撃だろうが通用しないし、攻撃しよう物なら報復としてなのか、それとも単に鬱陶しいと思われるか。

 どの道、その者の体は数秒後には細切れにされている。


「重力魔法だと傷が治癒できないらしいって事は分かった。即死魔法はもちろん効かないし、物理ダメージ換算の魔法も効果無し。でも、属性ダメージを与える魔法は少しだけ効果がありそう。多分、物による感じ」

「物による? なんだそれ」

「召喚魔法で呼び出した霊龍のブレスは効果なかったけど、私が持ってる神シリーズの魔法は死んだ。違いがよく分かんない」

「ヒナねぇなら分かると思うか~?」

「多分分かんないと思う。強いて言えば、この魔法を開発した奴なら分かるかもってくらい」


 ヒナが詳しいのはあくまでラグナロク内の事に関してで、この世界オリジナルの魔法には全く詳しくない。魔力という物に関してもその圧倒的なセンスで知覚しているし、即座に無詠唱魔法を使用する事が出来ている事から考えるに、魂の部分では知覚しているはずだ。

 だが、この時間停止の原理についてはこの魔法の開発者に聞いてみる他無いだろう。


「それか、エリンなら分かるかも。魔法には自信あるって言ってた」

「エリンか~。久しぶりに会いたいなぁ……」

「ん、色々あったし向こうの状況も気になる。これだけの事が起こってるなら、あのムカつく女にも伝えに行った方が良いと思う」

「ムカつく女ってのはどっちだ?」


 男を再びみじん切りにしながらそう呟いたマッハに対し、ケルヌンノスは少しだけ考えて『マーリン』と呟いた。


 エリンに対する信頼と愛情に次ぐものを持っていたはずのマーリンがなぜ“ムカつく女”という評価に落ちてしまったのか。それは、ダンジョンにエリンが着いてこなかったことが原因だった。


「ん~、まぁそうだなぁ。一応伝えとく?」

「そっちの方が良い。それと、もう実験したい事はあらかた終わった。もう残りはどうでも良い」

「あ、そう? じゃあ帰るか?」


 その会話を聞いていた弱者――ディアボロスの者達――は、ホッと胸を撫でおろした。

 彼女達の指揮を執っていたミセリアは戦闘が始まってすぐに行方をくらましてしまったので万が一にも勝てる可能性は消えたし、マッハやケルヌンノスがそもそも何者なのか知らない者もいる中で、カフカの事を知らぬ者はいなかった。


 そのカフカの強さも能力も全てを把握している彼らが、彼女がすぐ傍でドン引きしているのを見れば、その2人の強さがカフカと比べるまでも無い事は想像出来る。

 そもそも、戦いが始まってから彼女は加勢しようともしていない。それが、彼我の戦力差を嫌と言う程彼らに突き付けていた。


 いつしかその場には、勇ましい掛け声が響き渡る戦場ではなく、ただ自分が切り刻まれ幼女の実験体にされるのを大人しく待つ病院の待合室のような静かな光景が広がっていた。

 地面は一面が赤黒く染まり、そこら中に細切れにされた死体が散乱する地獄絵図。耐性の無い者が見ればたちまち嘔吐し、数日は何も食べられない生活を送るそれを前に――


「なぁ、帰ったら最初の夕飯はけるが作ってくれよ。だるまの料理も良いんだけど、久々に食べたい~」

「……だるまに厨房貸して貰えないか聞いてみるつもり。でも、何を作るかはヒナねぇ次第」

「多分、たるの好物だと思うぞー?」


 そう言った姉に、ケルヌンノスも同意するようにコクリと頷いた。彼女も、しばらく離れていたイシュタルのおかえり会をするように、ヒナは彼女の好物を望むだろうと思ったのだ。

 変に気を遣うのではなく、単に家族として『おかえり』という気持ちを伝えるのに、ケルヌンノスの料理は最高の“家族の味”だ。


「何作る気なんだ~?」

「ドラゴンの霜降りステーキと、ゴールドダックの卵を使ったオムライス。材料が無かったら家に帰るのも検討する。たるが一番好きなのは、それ」

「うわぁ、お腹空いて来た……」


 じゅるりと涎を口元で拭いつつ、目の前の男を切り捨てる。

 段々面倒臭くなってきたので、マッハは後3人くらい予備の実験で殺せば、後は逃がしてやっても良いかもと思い始めていた。なにせ、ここで戦闘を始めて既に40分が経過している。

 そろそろ戻ってあげないと、いい加減ヒナが心配する。


「ん、それもそう。ヒナねぇが心配するからそろそろ帰る。それで良い?」

「……ん!? あ、私? 私は別に良いけど……こいつら、そもそも何してたの?」

「…………それもそう。おいお前、なにしてたの」


 カフカにそう言われ、ケルヌンノスは思い出したようにまだ若干息がある肉片に向かってそう問いかける。

 すると、口だけを器用に再生しながら『アイテムや装備等の回収です……』と力なく答える。男は、切り刻まれた時に襲い掛かってくる地獄のような痛みに必死で耐えていた。


「一応、こいつらが集めたアイテムとか武器を全部元の場所に戻してからにしよう。私らだけじゃ骨が折れるし、わざわざ持っていくのも手間がかかりそうだ」

「ん、分かった。じゃあお前達、そういう事だから早く動く。終わったら五体満足で帰してやるから早くする」

「あ! その代わり、作業サボったりしてたら容赦なく殺してくからな! 私ら、さっさと帰りたいんだ!」


 マッハの余計な一言によって、そこは病院の待合室から一転して大人気料理店の昼時の厨房のように慌ただしく動き出した。

 人殺しを生業にしていた彼らでも、目の前で一方的に仲間が虐殺されていくのを見せられると、元々レベルも高くなかった事も相まって戦意を完全に喪失していた。


 生きていたい。そう思っている訳では無い。

 ただ、玩具のように扱われ、ゴミのように犬死するのは嫌だった。今まで何十人、何百人と無意味に殺戮して来たのにも関わらず、自分達がその立場になると瞬く間に生きながらえようとするのだから人間は不思議だ。


(皆、今頃なにしてるんだろ……)


 マッハが天を見上げてそう思ったのと、近くの建物の陰から彼女達3人を殺意の籠った目で睨みつけていた少女が剣を抜いたのは同時だった。

 そして、ケルヌンノスに向かって一つの影が襲い掛かった。

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