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201話 想い出と観光

 ヒナの元から離れたマッハとケルヌンノスは、後ろを気まずそうな顔をして着いてくるカフカに気を遣い、あれこれ話題を振っていた。


 例えば、異常なほどクオリティが高い街並みだったり、所々に見える季節外れの草木が生えている森のようなエリア。コンセプトカフェと呼ばれるような外観のお店だったりなど、wonderlandの事を次々と質問する。

 彼女たち自身がそうなのでよく分かっているが、人は“丹精込めて作った物を褒められたり、興味を持って質問されるのが大好き”なのだ。


「所々なんか趣味悪そうな物もあるけど、基本的にはオシャレで可愛い物ばっかだよな、ここ」

「本当に一つの国みたい。向こうに見えるのは……工場? 何を作ってるの?」


 そう言いながらケルヌンノスが指さした先には、巨大な石造りの門に囲まれた建物が聳え立っていた。

 日本の城に酷く影響を受けた建築家のデザインなのでその見た目は工場と言うよりも熊本城のそれに似ている。だが、中身は単なる食料生産工場というなんとも夢の無い話だ。


 ちなみに、あの場所を守護しているNPCキャラなんてものは存在しない。

その内部は全自動で動かせるようにプログラムされており、肉や魚などの低コストで安い食材が無限に手に入る。


「まぁ、あれを動かすのに膨大なエネルギーだったり資金が必要だから、この世界に来て金貨を稼ぐ手段が消えたせいで動かせないんだけどね」

「ラグナロク金貨は、この世界の金貨に換金できる。それじゃダメなの?」

「あれはあくまでラグナロク金貨で動くプログラムだからね。自動販売機の要領で、欲しい食材を必要な数入力して、求められた枚数の金貨と内部エネルギーを充填する事で全自動で集めてくれるんだ。ちなみに、中を見せろと言われても企業秘密だから無理と答えるしかない」

「別に興味ないー」


 ケルヌンノスが興味があるのは、その食材が美味しいのかどうか。そして、それはなんの種類の肉や魚なのか……という事くらいだ。

 ここら辺は料理人として仕方ない部分ではあるのだが、その他にも明らかに料理店だろといういで立ちの店がある度、カフカに聞いて回っていた。


「あれはなんの店?」

「サーベルのお店か……。なんだったっけね、洋食店とか言ってたかな? ちなみに、口コミはあまり良くないよ。彼がサボってNPCの料理スキルを上げてなかったからね」

「最悪。さっきの店も同じこと言ってた。中華料理も洋食も和食も、なんならフランス料理とか韓国料理とか、外国製の食べ物が多いから勉強したかったのに……」

「君の中には、そもそもラグナロクでは料理はあまり重要視されるスキルじゃ無かったという認識は無いのかい……?」


 カフカが呆れたようにそういうのも当然で、ラグナロクではそもそも“料理”と言っても、『一狩行こうぜ!』でお馴染みのゲームみたく、料理を口にすればなんらかのバフが貰える……なんてシステムを採用していなかった。

 単なる室内に飾る用の装飾品として扱われている事がほとんどで、たまにwonderlandのような国をモチーフにギルド本部を作っている者達が雰囲気づくりの為に料理店を採用していたくらいだ。


 そんな中でも料理スキルという物が実装されているのは、そのスキルを上げる事で料理の見た目が良くなって装飾品としての価値が上がるからだった。

 無論設定上やデータ上なんかでNPCに“料理が出来る”だったり“食いしん坊”という設定を付ける事は可能だし、彼女達に与える事も出来ないわけでは無い。

 まぁ、データが消費されて無になるだけでなんの効果も得られないのだが……。


「今からでも上げれば?」

「食料難なんでね。悠長に料理店を営む余裕なんて無いんだよ」

「……作り方は分かってるの?」

「さぁ? それは店主達に聞かなきゃわかんないさ。データとして覚えてただけだから知らないと言われる可能性もあるし、その逆もしかりさ」


 ケルヌンノスが知っているのは、あくまでヒナが好きな料理だったり家族の全員が好物と言っていた物くらいだ。

 装飾品として作ってほしいと言われた料理だったりは作り方としては分かるのだが、どうすれば美味しくなるのか……。その部分が良く分かっていなかった。


(中華料理が食べたいとか言われた時、作れないって言いたくない……)


 いや、正確には作れはする。ただ、彼女が得意なすき焼きだったり親子丼だったり、その他の料理に比べるとプロの一流料理人と料理上手の素人……くらいの差が生まれてしまうのだ。

 そんな、彼女にしてみればお粗末な料理を最愛の姉や家族に食べさせたくは無かった。


「なんで私達はこんな、聞いてる方が和むような会話をしながらダラダラ街を歩いてるんだろうね……。ディアボロスの残党はどこに行ったんだ」

「知らない。マッハねぇの索敵スキルに引っ掛かって無いんだから仕方ないじゃん。ね?」


 ムクッと頬を膨らませながら退屈そうに頭の上に両手を置いてダラダラ歩いている姉に問いかけると「ん! マジで引っ掛からん!」と不満そうに呟く。


 ヒナの元から離れて既に20分近くは体感で経過しているというのに、これまで出会った敵の数は0だった。

 その代わり、全く必要のないwonderlandに関しての知識と将来ヒナが食べたいと言った料理を上手く作れない事への不満と不安ばかりが増えていく。


「他には何があるの?」

「何が……って言われても難しいな……。そもそもこの国は、中心に幹部だったりその他有力メンバーの家があって、そこから円形状に土地が広がってるんだ。外側に行くにつれてその子のランキングだったり強さ、wonderland内での序列が下がっていくんだけど……それとは関係無しに、私達個人が自由に作ったスペースもあるからね。皆が平等、だけど強くなったことに対するご褒美みたいなものがあるってイメージだね」

「……良く分かんない。つまり?」


 ケルヌンノスの遠慮のない物言いに苦笑したカフカは、どう説明すれば良いのか言葉を選んで言う。


「つまり、アリスやさっきの広場に居たレガシーみたいに、ランキング一桁の強い人は街の中心部に家があって、高級住宅並みの豪勢な造りなのさ。逆に、ランキング三桁の人達は街の外側に家がある。広さや外観はまちまちだけど、大体はちょっと小金持ちだな、くらいの家になってる」

「小金持ち……? 豪邸ってほどじゃないけど、めっちゃ広いってこと?」

「そういう事だね。ただ、こんなに大きな街……私達は国って言ってるけど。その中に、住宅しか無いのは不自然だろう? だから、各々が好きなお店や広場、その他様々なスペースを作ってるんだ。その配置は限りなく現実の世界に沿ったものにしてて、何人もの建築家だったりデザイナーの意見を聞いて、美しくも自然な街並みを完成させているんだ」


 円卓の騎士のギルド本部がラグナロク史上最高の“個”としての評価を受けていた。

 ならば、wonderlandのギルド本部はラグナロク史上最高の“集合体”としての評価を受けている。


 日本のみならず、海外の有名なクリエイターやデザイナー、建築家だったりが数多く在籍していた強みを存分に発揮し、その街並みは世界のどこかにあったとしても別に不思議では無いだろう。

 実際、この場所の写真をヨーロッパ辺りの国の画像としてSNSに上げれば、たちまち数万件のイイネが付き、続いて『どこの国だ!』というコメントで溢れかえる事だろう。

 少なくとも、ゲーム世界の風景だと思う者はいないはずだ。それくらい洗練されている。


「めっちゃ金かけてそうだよな~。ヒナねぇの課金額と良い勝負しそう」

「同意。ヒナねぇも大概だって自分で言ってたけど、今までの総課金額を全部注ぎ込んでようやくこの国が出来るくらいにはなりそう」


 ほへーと街並みを暢気に見回す二人を他所に、カフカは内心で「そんな訳あるかい!」と盛大なツッコミを入れた。


 無論、環境の移り変わりが激しいMMORPGというゲームで常に最前線を駆け抜け、数多のプレイヤーを全く寄せ付けない強さを誇っていたヒナの課金額が数千万で足りるとは思って居ない。

 しかしながら、このギルド本部はメンバー全員が途方もない金と時間、そして労力を費やして完成させたものだ。その額は億を超えるだろう。


(そんな金をゲームに課金する人なんて、どこの社長だよ……)


 まぁ、ヒナやその両親が大企業の社長だったりしたなら話は変わるだろう。

 だが、それにしたって億単位のお金を容易にゲームにつぎ込めるはずがない。注ぎ込めたとしても、魔王として全プレイヤーに恐れられるほどに至れるのかと言えば……即答は出来かねる。


「ちなみに、ヒナの生涯課金額がいくらなのか教えてもらう事は出来る?」

「ん~、確か――」

「そんなこと、ヒナねぇの許可なしには言えない。多分、許可なく教えたってバレたら怒るもん」


 一瞬口を滑らせそうになった姉にジト目を向けつつ、ケルヌンノスはキッパリとそう言った。


 いくら両親の膨大な、それこそ贅沢をしなければ一生暮らせただろう遺産やかけられていた数多くの保険金等、その全てつぎ込んでいるのだ。

 総額は1億や2億なんて金額では到底収まらないし、人に誇れるような物でもない。恐らく、ヒナがこの事実を人に知られればまず確実に恥ずかしがり、それを教えた本人を怒るだろう。


(たぶんマジギレはしないけど、数日口を利いてもらえないくらいはありえるもん……。そんなのやだ)


 話が良くない流れになっているので強引に話を戻すべく、ケルヌンノスは止まっていた全員の足を強制的に進めてしばらく行ったところで適当に指を指した。


「あれってなに? なんかピンク色の……」

「ん? ピンク……あ~……」


 その建物と、作った人物の顔を思い浮かべながらカフカは少しだけ恨めしそうに心の中で「バカ!」と叫ぶ。


 その施設は看板にフランス語で『男の夢』と書かれており、外観がピンク一色というどこのアニメに出てきそうな店なんだよ!とツッコミたくなるような場所だ。

 まぁ、なにも隠さず言うのであれば媚館というか、えっちなお店と言うか……。まぁ、そういう場所だ。


 中は意外と簡素な造りになっているし、それっぽい見た目のNPCが数人待機しているのだが、VRゲームでもなんでも無いのだから実際にプレイヤーがサービスを受ける事は出来ない。

 しかし、そのプレイヤー『puranaria(プラナリア)』は、建設に反対したカフカを始めとした女性プレイヤーにこう説いた。


『街にエロい店がないなんて不自然極まりないだろ! 良いか、世間様にはこんな言葉もあるんだ! 科学が発展したのは、戦争の為である。だがしかし、その技術は兵器の次にエロに使われた。ってな!』


 その場にいた数十人の者達が思っただろう。そんな言葉ねぇよ……と。


 しかし、彼のあまりの熱意に爆笑したアリスが、ギルマス権限で建設を許可してしまったのだ。

 こんな建物に数百万という単位を吹き飛ばす神経がカフカには分からなかったが、まぁこれはこれで良い想い出ではある。問題は――


(こんな純粋無垢を体現したような子になんて言えば良いのさ! あのアホ!)


 この世界に来ていない能天気なバカのせいでカフカが意味の分からない窮地に立たされているのだが、彼女はこの局面をどう乗り切るのだろうか……。

 仮に正直に説明してしまえば、後から余計な知識を付けるなとヒナに怒られる可能性があるし、はぐらかしたとしても賢いケルヌンノスはそれが嘘だと見抜く可能性がある。


(あぁぁぁ! 誰か助けてぇ……)


 カフカの悲痛な叫びは、誰にも届くことなく湖の上へと消えて行った。

それは不自然すぎる間と沈黙として現れ、ケルヌンノスが可愛らしく頭に疑問符を浮かべて首をかしげるだけだった。

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