200話 ジャパニーズオタク
腹部の治療を受けてワンピースを再び着用したヒナは、とりあえず無事であることをマッハとグレンに報告し、可愛らしく両手でピースの形を作る。
それで誤魔化しているつもりだろうが、彼女達は……特に、この世界に来て痛みを経験しているイシュタルはその身に降りかかっているだろう痛みを想像して笑顔を浮かべる事ができないでいた。
ヒナは、自分の小さな体に襲い掛かってきている体を引き裂かれたり、身を焼かれるような激しい痛みをおくびにも出さず笑顔を浮かべているので心配したくとも口にはできないし、マッハに関しては『ヒナは痛みなど感じない』など見当違いの事を思って居そうだ。
それに、ヒナが自分達に心配をかけまいとしてわざと隠している事なんて分かり切っているので、気遣う優しさを見せるべきだろう。
「グレン、とりあえずあいつらは逃げたと思って良いんだよな? 私の索敵スキルには引っ掛からないんだけど」
「はい。わらわの物にも既に反応はありません。ですが、追跡を許してくださるのでしたらすぐにでも居場所を突き止めて見せます」
「だって~。どうする、ヒナねぇ?」
マッハからの疑問の視線に、ヒナはうーんと一瞬だけ考え、すぐさま首を横に振る。
今は彼女達の捜索も大事だが、結局見つけて後を追ってもリターンはそこまで無いだろう。
仮にどこかへ消えてしまったレベリオを見つけられるというなら話は違うが、湖の中に消えてそのまま行方不明になっている所を見るに、いくらグレンやその他の召喚獣でも見つけられる可能性は低い。
「多分、あの人は不用意に仲間と合流なんてしないと思う。だから、ディアボロス云々は後回しで良い。とりあえず今は、目の前の事に集中したい」
ヒナがそう言うと、その場の全員に再び嫌な意味での緊張が流れた。
ディアボロスの面々が標的になっていたのでwonderlandの者達は魔王に対してあまり警戒をしていなかったが、よく考えてみればこの場の全員が魔王と面識があるわけでは無い。
無論ゲーム内で交流した……というか、何度か矛を交えた事があるのは確かだし、レガシーに至っては何度かイベントでぶつかってその度にボコボコにされているという実績まである。
マッハが単体で勝てない存在の1人は無論彼女なので、ヒナを含めた5人の警戒度は彼女に対する物が一番大きい。
次点で、シャドウの傍で状況が飲み込めずに黙り込んでいる召喚獣。その名や性能ももちろんヒナの頭の中には入っているが、情報を持っていると悟られる訳にはいかないのでもう一度静かに頭の中に思い浮かべるだけに留めておく。
『……』
『……』
その場に沈黙が流れ、全員が数秒後に開かれるかもしれない戦端を意識し始めた、まさにその時だった。
「ヒナ、私達に君と戦おうなどという考えはない。君と戦っても、どうせ勝てない事はこの場の全員が分かっているからね。その、向けられているだけで震えてしまいそうになる殺気を抑えてくれないかい?」
あらかじめ死を覚悟していたというのもあり、shadowがいつもの飄々とした態度で務めて冷静にそう言った。
それに続くようにカフカが口を開き、バイオレットにこの場で一番弱いだろう幼女を抱えさせることでそれが偽りで無い事をなんとか伝える。
「……ヒナねぇ、多分、アイツらは味方だと思う。この中で一番強い奴が、一番弱い奴抱えてるもん」
「一番弱いって……。そりゃそうだけど、そんなハッキリ言われると傷付くんですけど」
バイオレットの腕に抱かれる幼女は不満そうに頬を膨らませて抗議するが、それに一番に口を開いたのは先程まで彼女を抱えていたスカーレットだった。
「だっはっは! 確かに、この中じゃその子が一番弱いよね! 君、名前は知らないけどズバズバ言うその性格は嫌いじゃないよ!」
「…………ケルヌンノス」
「ケルヌンノスか! 私は君と友達になれそうだ! そのファッションセンス、中々イカしてて好きだぞ!」
彼女も、若い頃は日本のあにめに憧れてゴスロリ系の服だったり地雷系と呼ばれる、どちらかと言えば過激目のファッションを好んでいたので、ケルヌンノスの見た目に刺さる物があったのだろう。
彼女達以外には分からないだろうその独特のセンスではあるが、この場ではスカーレットの『思った事をそのまま口にする性格』がこれ以上ないくらい良い方向へ働いた。
「ん、あいつは見る目がある」
「私もそう思う! なぁなぁ、あんた、私らの服はどう思う!?」
彼女達を褒めるという事は即ち、彼女達を創造したヒナを褒めるのと同義だ。
そして、そのファッションは全てヒナがデザインした物なので、センスが良いと褒められるのは気分が良かった。
テンションをあげたマッハは警戒する事を忘れたようにスカーレットにトコトコ走っていき、目の前で無邪気な笑顔を浮かべて両手を広げる。
ケルヌンノスは名前を知られていなかったことにムスっと頬を膨らませ、ヒナは危なくない!?と内心ヒヤヒヤなのだが――
「ん~……君の外見で肌の露出が多めなのは気になるな……。だが、別に悪いという意味じゃないぞ! むしろ、大人になりたいと背伸びしている感じが堪らなく可愛いじゃないか! その胸元が控えめな事や、君自身が良い意味で子供っぽく天真爛漫な性格をしているからなおさらだ! その相乗効果で、その服装はエロいとかそういう方向ではなく、むしろ可愛い方面に君の長所を伸ばして――」
そこまで聞いたヒナは、自分が人見知りなのを忘れて信じられない速度でスカーレットの元へ走り、その両手をグッと熱く握り込む。
そして、マッハ達が見た事無いほどに瞳をキラキラさせながら言う。
「そう! そうなんですよ! まーちゃんって元気っ子ってよりは天真爛漫っていうイメージなんですけど、無理して早く大人になりたいなぁとか思ってる感じの子なんですよ! 私の前でだけはまだまだ子供なんですけど、それでも必死でお姉ちゃんやってる感じがすっごく可愛くて、でも当然だらしない所もあるから妹二人には姉として認識されてなくて不憫で……! でも、そんな子がちょっと過激な服を着てるってギャップが堪んなくないですか!?」
「え……? あ、あぁ……そうだな……?」
「けるちゃんだってそうですよ! 私達の中では一番落ち着いててお姉さんなのに、その服装はまだまだ年相応の子供というか、どこか可愛らしさを残してるんですよ! たるちゃんはお姉ちゃんとお揃いにしてみたんですけど、本人の性格があんなだからそのギャップがもう堪んなくて! 全員悪魔の耳を付けてるのはお揃いの物が欲しいなぁって安直な考えからですけど、それでも姉妹の仲が良い事の何よりの証明になるんです!」
「おおう……。これがジャパニーズオタクってやつか……」
今のヒナは、完全に『推しキャラを熱弁するオタク』になっていた。
傍から見ていればそれは微笑ましい光景にしか思えず、熱弁される妹達にしてみればそんなこと考えてたのかと赤面したくなるものなのだが……
「ヒナ様……。なんと尊い……」
約一名、レベリオ程歪んではいないまでも彼女に愛を注ぐ者からしてみれば、それはさらに彼女の事を好きになる要素でしか無かった。
無論ヒナの事を“強大な力を持っているプレイヤー”としか認識していなかったwonderlandの面々からしてみれば困惑しかしない訳だが……。
「でですね! ポイントはここからなんですけど!」
その後も、彼女の数分に渡る自身のこだわりポイントだったりマッハ達姉妹の可愛らしい惚気話を永遠と聞かされることになったスカーレットは――
(重いな……)
異常なほどに溢れてくるヒナの妹達に対する想い。
それは、ヒナの事情を知っていれば“家族を失って自分で創り出すほどに孤独に苦しんだのだから極大の愛を注ぐのは当然だ”と思えるような事だ。
だが、彼女が天涯孤独の身であると知らない者からしてみれば“なぜNPCにそこまで異常な愛を注げるのか分からない”と断じてしまいたくなる程だった。
だが、いくら空気が読めないスカーレットでも自分が好きな物を否定されるとイライラするというのは経験がある。
そして、相手は決してイライラさせてはダメな魔王だ。職場の上司やいくら断ってもデートに誘ってくる勘違い男とは違って、キッパリ拒絶して良い相手でもない。
仮にそんな事をしてしまえば、その瞬間にこの場の全員の首が飛ぶ。それくらいに考えた方が良いだろう。
「ん、分かった。ヒナ、君の熱い想いは分かったが、その話の続きは掃除を終わらせてからにしないか? この国には、まだディアボロスの残党が複数いる。そいつらに話を邪魔されるのは、君の本意じゃないだろう?」
「ん! そうしよ! けるちゃん、まーちゃん! 相手の数って何人くらい?」
「ん? ん~、多分230人くらい? 何人かは割と強そうだけど、私らには関係ないレベルだと思うぞ?」
刀を鞘に戻しながら恥ずかしそうにそう言ったマッハは、隣でだらしない顔を晒しているグレンの脇腹をくいっと抓りつつ、合ってるよね?と無言の確認をする。
それでハッと我を取り戻したグレンも、今一度自身の感覚に確認を取ってコクリと小さく頷いた。
先程この場に居た連中もマッハ達を基準にすればその強さは大したことが無いし、万が一にも負けるなんてことはあり得ないだろう。
Wonderlandの面々はまた別にしても、ディアボロスにはランキング一桁で収まっているようなプレイヤーは存在しないのだ。それに、今はイシュタルがいるのだから仮に不測の事態が起こったとしてもなんとでもなるだろう。
「ディアボロスの残りの人達も不死身なの?」
「ん? あぁ、一度斬り合ったが、奴らはゾンビのように蘇ってくる。恐らく、あれが奴らの標準装備なんだろうな」
「ふーん……。ちなみに聞くけど、あなた達の中にヒーラーっているの? 私の記憶では、多分いないと思うんだけど……」
「ヒーラー……」
そもそも、ラグナロクにおいて回復魔法に特化した魔法使いを使用するメリットなんて存在しない。
パーティーで行動するか、もしくは戦闘を己で作成したNPCに任せる事が大前提となってしまうし、仮にパーティーで行動する事になったとしても、大抵の場合はアイテムや魔法でなんとかなる範囲でしかない。
獲得出来る魔法の数に上限が無いのだから、わざわざ回復に特化した魔法やスキルだけを集めるメリットが無いのだ。
これが敵からの攻撃を一身に引き受けるタンクだったりするなら話は別だ。
実際、パーティー内にそのような存在がいるだけで戦闘がかなり楽になるというメリットが実際にある。
ただ、ヒーラーなんて役目を率先して引き受けるプレイヤーはwonderlandに限らず存在しなかった。
「じゃあ、カフカとか言ったよね。あなたがまーちゃんとけるちゃんに同行して掃除してきて。たるちゃんとグレンは上で転がってたあの人達を回収したらここまで連れて来て。その後の処遇とか、たるちゃんとの関係をゆっくり聞いておきたいし。あなたがいれば、仮に向こうが攻撃して来ても大丈夫でしょ? まぁ、向こうにはシャングリラとかヘラクレスがいるから大丈夫だとは思うけど……」
そう。ヒナはイシュタルの援軍に向かわせた召喚獣達に何も言わずこの場に来ている。
それに加え、あの場に居た二人の者達とイシュタルがどういう理由で一緒にいたのか。その後の処遇をどうするのか。それをまだ何一つ決めていなかった事を思いだしたのだ。
すっかり自分が人見知りである事を忘れているような口ぶりだが、その的確な人員の配置と判断の速さは流石というべきだった。
実際、shadowが自由に彼女達を動かしても良いと言われたのであればヒナと同じような事を口にしただろう。
「あ、けるちゃん。掃除って言っても明らかに火力不足とかなるんだったら一度戻って来て良いからね。そこは無理しないで?」
「ん、分かってる。じゃあ行こう、マッハねぇ」
「はいはい~。カフカ―、ほら、行くぞー。道案内して~」
出会って数分しか経っていない他人と行動するというのに警戒心なんて微塵もないその様子は、無謀と言ってもいいかもしれない。
だが、彼女達は根拠もなくそんな態度を取っている訳では無い。
「……はいはい。どうせ勝てませんよ……」
仮に不意を突かれたとしても、相手は魔法使いだ。
剣士であるマッハを欺くなんてまず不可能だし、正面から戦って負けるとも思えない。そしてなにより――
「ヒナねぇが信用して私らと同行させるんだ。じゃあ、あんたは大丈夫だ。な?」
「ん。ヒナねぇの人を見る目は確か」
姉に対する絶対的な信頼だった。
彼女が、少しでも怪しい要素がある人物と自分達が単独で行動するのを許すとは思えない。仮にカフカに少しでも不審な点があれば自分も同行すると言い出すはずなので、ヒナの検閲を潜り抜けたカフカには警戒する必要は無いと言う事だ。
「なるほどね……。羨ましいね、自由で……」
カフカの疲れたようなその言葉は、マッハの嬉しそうな声とそれに呆れたケルヌンノスのため息によって掻き消された。




