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197話 無邪気な興味と好奇心

「はぁ……はぁ……。まったく、嫌になるよ君達みたいな子と戦うのは!」

「そんなこと言われてもなぁ。私だって嫌だよ。お前強くないもん」


 フィーネとマッハが斬り合いを始めて10秒も経たないうちに、戦場にポツリとそんな言葉が響いた。

 それは残酷にも両者の圧倒的な戦力差と実力を現す物であり、ヒナやケルヌンノスが準備を終えるまでの繋ぎとして戦いに駆り出されたマッハは不満そうだった。


 彼女達曰く、魂の核を破壊すること自体は物理的な手段だろうが魔法的な手段だろうが問題なく可能だし、そうなってしまえばマッハだって一瞬のうちに彼女を切り刻む事が可能だ。


 だがしかし、それは同時に“物理的な手段しか持たない彼女は、時間停止には抗えない”事の何よりの証明でしかなく、外側の防御を突破できない事が確定した瞬間でもあった。


『龍神の――』

『枝垂桜 流水』


 フィーネが愛用しているスキルでマッハをどかそうと大ぶりの一撃を繰り出そうとするが、それが完成する前に既にマッハが次の一撃を発動していた。


 それはフィーネの手首から先を正確に斬り飛ばすと、その傷口から真っ赤な花を咲かせて辺り一面をまるで桜が落ちた後のような美しくも残酷な景色に変える。


 本来スキルの発生は、そのスキルを使用するとプレイヤーが決めて選択した瞬間から各スキルに応じた時間が設定されている。

 スキルを選択してから効果が発動、もしくは効果が発生するまでにかかる時間が少ないスキルもあれば、かなり時間がかかる物もあると様々だ。それは魔法だろうが変わらないし、ゲーム内で収まることなく、この世界だろうが変わっていない。


 しかし、ほとんどのスキルは現実で使用する事になろうともあまり気にならないタイムラグしか発生しないし、特別強力なスキルでも、長くても3分あれば発動可能だ。

 一部の例外は存在する物の、それくらいが普通とされている。


 魔法だって似たような物だし、その発生速度は専門用語で言えばフレーム。つまり、実時間の1秒をさらに60分割した物で表される。


 例を出すとすれば、12フレームが約200ミリ秒。つまり0.2秒程度……と考えれば良いのだが、正直言うとそんな事を言われても12フレームと倍の24フレーム――0.4秒――の差なんて、人間には認識できない。

 そんなものは誤差の範囲でしかないし、多くのプレイヤーはどのスキルがどのくらいで発生されるか……なんて覚えてすらいない。なにせ、その程度の事は戦闘にはあまり関わりがないからだ。


 だが……NPCであるマッハにはそんな事関係ない。


 元々ヒナも戦闘でよく使用されるスキルの発生速度や魔法の発生速度はある程度頭に叩き込んでいる関係で、マッハだってその辺の事は把握済みだ。

 しかも彼女の場合、前線で常に気を張っているせいでその感覚は魔法使いであるヒナよりも鋭敏であり、頭の回転速度は親とも呼べるヒナ譲りだ。


 相手がスキルを発動しようとしても即座にそのスキルよりも発生が早く、なおかつ効果的な物を自身が使用できるスキルの中から選択し、相手のスキルをなかった事にする。もしくは回避する事が可能であり、それはゲーム内では決してできなかった事だ。

 この世界が現実になった事で相手が発動しようとしているスキルを視認してからでもスキルを選択し、即座にそれを発動する神業を披露する事が出来るようになった。もっとも――


「こんな手段、戦いがつまんなくなるから普段はしない。でも、ヒナねぇの敵ってなれば話は別だ。そんな生ぬるい事なんてしたら、私が怒られる。そもそも、私だってヒナねぇの敵に対して戦いを楽しみたいとか思わないしな」


 そう。これはNPCであり“人間ではない”彼女だからこそ可能な技であり、体力の限界という、人間であれば誰しも直面する問題すらマッハには存在しない。

 その時点で若干アドバンテージがあるのだが、戦いを好んで楽しみたいと心から願っている少女からしてみればそんなものは必要なかった。


 だが、この世界でそんな事を言っても仕方が無いのでせめて己の優れた視力と感覚だけは使わぬようにと、今まで封印してきたのだ。


「それにさぁ、ヒナねぇ相手に1分は持たせるとか言ってたのもムカつくし。時間停止なんて物が無かったら、お前今頃5回は死んでるけど?」

「…………」


 ヒナが時間停止の防御を魔法で突破する為には、少なくともイシュタルの完璧なサポート化にある事と、ソロモンの魔導書を始めとする火力を大幅に上げる武器を装備している事が大前提だ。

 いくらイシュタルだろうとも全ての魔法を一度に使える訳でも無く、ヒナだって周りの状況を把握したり他の策を考えたり等ですぐに動ける状態ではない。


 それでも精々20秒程度あれば充分ではある。が、その間はマッハとフィーネの1対1の状況になる。

 そうなれば、嫌でもその実力差は露見するし、ゲーム時代ほとんどのプレイヤーが注目していなかったNPCにボコボコにされるなんて屈辱以外の何物でもないだろう。


(まーちゃんが抑えてくれてるから神の槍は確実に当てられる。さっきやったみたいにけるちゃんが一瞬でも相手の動きを止めていてくれれば私の魔法は当たるし、まーちゃんへの被害だって無い。この際、余裕はあるんだし神の槍以外でも防御の突破が出来るのか試してみるってのもありかも……)


 レベリオは論外として、サンはイシュタルを始めとしたNPCの3人が「ヒナに手を挙げるなんて許せない」と言った事から確実に殺さねばならない相手だった。

 だからこそ、彼女は自分の手が汚れるだのなんだのを気にする事無く魔法を放ち、事が終わった後もケロッとしていた。


 だが、フィーネは単に適当に選んだ実験台であり、殺そうが殺すまいが究極のところはどうでも良い。


 剣士なので逃がすと今後再び相対した時に面倒な事態になる可能性はあるけれど、自分にはマッハがいるので不意打ちの類は通じない。

 それに、メリーナの仇をまだ討てていない以上、彼女達ともう一度どこかで会う可能性は極めて高いのだ。ここで殺そうが殺すまいが、行き着く先は結局同じだ。


「たるちゃん、変更。魔法じゃなくてスキルであれ突破出来るのか試してみたい。そっちの方が今後の選択肢が増える」

「ん、分かった。なら、マッハねぇの為にも物理ダメージ計算の奴でやった方が良いと思う。突破できなかったら魔法ダメージ換算の奴と属性ダメージの奴でまた試せばいい」

「そうだね! 分かった!」


 今のままでは、時間停止を施されている者達を相手にする際、マッハは足止め程度の役割しか果たせない。それではあまりにも可哀想だというのは彼女達全員の共通意識だった。


 だが、ラグナロクには魔法ではあってもダメージは物理ダメージとして換算される物だったり、属性ダメージで換算される物。そして、その逆だって存在していた。

 スキルにだって魔法ダメージで換算される物から物理、属性……と、種類によってさまざま存在している。

 その豊富な選択肢を全て選べるのだって魔王の特権と言って良いし、彼女は現状の結果に満足することなく、その少年のような探求心に素直に従ってきたからこそ、イベントで常に首位を保っていられたのだ。


 彼女がもしも“最初に見つけた最適解”にこだわり続ける人間だったならば、環境の移り変わりが激しいゲームで常にトップを走り続けられるはずがない。


 そして、それを即座に提案でき、なおかつ発動しようとしていた魔法の数々をキャンセルしてすぐさま最適な物へと変更出来るイシュタルも大概にオカシイ。

 まぁ、魔王の戦闘センスや考え方を一番近くで数年という長い間眺め、共に戦う事で経験し、その血を受け継いでいるからこそ出来るのかもしれないが……。


「まーちゃん! GO!」

「はいよー!」


 それは、ヒナの準備が完了した事を示す合図だった。


 マッハが一瞬のうちにその場を離れ、スキルの巻き添えにならぬ位置まで後退した直後、ケルヌンノスが死霊の腕でフィーネの体を拘束し、身動きを封じる。ここまでは、先程サンに行われた事と何ら変わらない。

 唯一違うのは、この先に待っている結末がどうなるかは彼女達にすら分からないという事だけだ。


『英雄王の威光』


 魔法使いがスキルを所持している例はあまりない。

 アリスのような例外はまた別としても、基本的にスキルで出来る事は魔法で代用が出来るし、スキルで出来ない事は大抵魔法だろうができないようゲームバランスが調整されていた。


 使用する魔力が無いという一点のみでアリスのような例外がたまに現れていたのだが、ヒナだってそこまで多くのスキルを所持している訳ではない。

 そのほとんどはマッハかケルヌンノスに預けてあるので、彼女自身がスキルを発動する機会はまずないと言っていい。


 だが、マッハがスキルを使用して何度も相手に致命傷を与えているのに決定打になっていない所から見るに“剣士によるスキル攻撃”は有効打になり得ないのだろう。

 ならば“魔法使いによるスキル攻撃”は有効打になるのか。今回ヒナが追求したいのはそこだ。


 仮にそれが可能なのであれば上々だし、ラグナロクには様々なアイテムや装備が存在しているので、マッハにそれ用の物を装備させれば彼女を『魔法使い』という役職に変える事だって可能だ。

 無論それは専用のアイテム等を身に着けている間に限られるのだが、それでもマッハに仕事が無くなる現状は改善されるだろう。


 ヒナが発動したスキルは、イベントでアリスと戦った時も使用した物だ。

 本来は目標と距離が離れていれば離れているほど威力が増すのだが、そんなものはイシュタルの完璧なサポート化にある場合はそこまで気にならない。なにせ、この世界は無制限に強化魔法を施せるのだ、たとえ両者の距離が10メートルに満たずとも、本来の数十倍というふざけた威力が出る。


 黄金に光り輝く一筋の光線は……。メソポタミア神話における大英雄の攻撃は、そのまままっすぐフィーネの心臓目掛けて光の速さで駆け抜ける。

 仮に命中してしまえばただでは済まないだろうその一撃は、実体のない腕に拘束されている彼女に回避する術はない。だが――


「40秒耐えてくれただけで十分だ、逃げるとしよう」


1名の女の声が水面のように静かに広がった。

 直後、大英雄の攻撃はフィーネの心臓を穿つどころか、方向を180度変えてそれを放った少女の胸へと一直線に飛来する。無論、そんなものは予期していなければ避けようのない一撃だ。

 いくら魔王だろうが、傍に控えるグレンを含めた4人があり得ないような力を有していようとも、予期していなければ庇い切る事なんて不可能だ。


「え……?」


 ヒナが呆気にとられるような、少しマヌケな声が上がった直後、攻撃の余波で辺り一面が瞬く間に焼け落ちた。

 建物は吹き飛び、地面は吹き飛ばされ、近くにいたwonderlandの面々は体の一部を一瞬で欠損するほどの大怪我を負う。


 無論ヒナの傍にいた4人だって無事では済まないのだが、全員がイシュタルによって即座に回復できる程度の損傷しか受けていない。

 唯一マッハだけはHPが残り4割になるという洒落にならないダメージを受けていたのだが……


「そんなのどうでも良い! ヒナねぇは!?」


 HPを全回復してもらったマッハが喉を壊す勢いで叫んだその先で見た物は――

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