表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/238

193話 迫りくる破滅と再会

 マッハは特段泳ぎが得意だとか、水中で長く息を止めていられるといった特技は無い。

 ただし、彼女ほどの身体能力があれば泳ぎ方がどれだけ大雑把でもとんでもない速度は出す事が出来る。

 ただ気を付けの姿勢で適当に足をバタバタさせるだけで全国大会に出ればぶっちぎりの優勝を掻っ攫えるような少女だ。特別息を長く止めて居なくとも、海底にある王国へは辿り着けるだろう。


「マッハ様、わらわも同行いたします。もう二度と、あのような愚かな行為はしたくありません」

「ん~? 別に、私はもう気にしてないぞ? 多分ヒナねぇも、余裕が出てきたらグレンが悪くなかった事くらいはすぐ察してくれるから、逆に謝られると思う」

「それは重々承知の上です。ですが、仮にも与えられた役目を見誤ってご息女に痛い思いをさせてしまったのはわらわの責任。次同じような事が起これば、私は私を許せないでしょう」


 その言葉には“次同じことをしたら自害を選ぶ”という硬い意志と決意が見て取れた。


 実際、ここで仮にマッハになんらかの手傷を負わせてしまうようなことがあれば、彼女はその責任とヒナからの圧、殺意、怒りで圧し潰されて死んでしまう。

 再び召喚されようとも、その瞬間に自死を選ぶか地べたに這い蹲って許しを請う事しかできなくなる。


 それは、実質彼女の人生の終わりを意味する。


 ヒナは、そんなことをされても人と関わった経験が無さ過ぎるが故にどうしてよいか分からず、結果『帰っていいよ……』なんて、思っても無い事を“相手の為に”口にする。

 その結果、彼女は二度とその召喚獣を呼ぶ事無く、心の片隅で大丈夫かな?と思いつつも二度と顔を合わせない。

 その内、彼女の記憶からも周囲の記憶からも忘れられ――


(それだけは……。そんな結果にだけは、なってはダメだ)


 レベリオ程歪んでいないとしても、彼女だってヒナに想いを寄せる1人なのだ。そんな結果は望んでいないし、仮にもう二度と召喚されないとしても、そんな結末は嫌だった。

 イベント首位報酬の彼女は死亡したとしても、南雲のスキルを使用した時のように“二度と召喚する事は出来ない”という重すぎる代償を支払う必要はない。


 ただ、唯一あり得るのは――


「ヒナ様が、わらわの力を必要としないのであればそれは仕方がありません。あの方はそれだけの実力を併せ持ち、なおかつわらわ抜きでもなんとかできる頭脳を持ち合わせていらっしゃる。それだけではない。ヒナ様の傍には、マッハ様方3人のご息女がいつも傍にいてくださる。わらわの力など、それこそ微々たる物でしょう」

「……」

「ですが、失望されて召喚されない。これだけは、看過できないのです。わらわの勝手な願いと願望である事は承知ですが、どうか――」

「ストップ! さっきから気になってたんだけどさぁ……」


 右手の人差し指をピッとグレンに向け、マッハは嫌そうな顔で唇を尖らせる。


「ヒナねぇはヒナねぇであって、別にお母さんじゃないんだよ。ご息女って言い方、止めてくれない? 妹ちゃんとか、妹って方が良い!」

「……は? あ、いえ……失礼しました。今後は改めます」

「ん! 分かったなら良い! 私らはあくまでヒナねぇの『妹』であって、子供じゃないからな! ここ、テストに出るぞ!」

「しかと、心に刻んでおきます」


 恭しく頭を下げた彼女に満足そうな笑みを浮かべつつ、渾身のボケを華麗にスルーされた事に少しだけショックを受ける。


 まぁ今は事態が事態だし、普段ならどんなにつまらないボケでも拾ってヨイショして甘やかしてくれるグレンも自分に余裕が無いのだろうから仕方がない。


「良し、行こうか!」

「ハッ!」


 そう言うと、マッハはふぅと深く息を吸い込んで勢いよく湖の中にダイブした。


 気を付けの姿勢を保ちつつ、水中で目を開けると痛いので『真眼』というスキルで周りの状況を知覚しつつ、暗く沈んでいる海底都市に向けてバタバタと適当に足を動かして向かって行く。

 そのすぐ横をグレンも続き、彼女は天使の加護によって水中だろうが関係なく呼吸する事が出来るようで、周囲を警戒しながらマッハに置いて行かれぬよう随時バタ足で並走する。


 湖の底にある海底都市はなんらかのアイテムで守護されているのかかなり目を凝らさねばならぬほど暗闇の底に沈んでおり、目算だけでも水深数百メートルの位置にある。

 現地の人間が見つけるのはまず不可能だろうし、見つけられたとしてもここまで潜ってあの都市に足を踏み入れるのは無理だ。


(水圧が無い……? いや、グレンが傍にいて中和してくれてるだけかな……)


 息が続かないというのもあるが、その問題を魔法なり種族特性なりでクリアしたとしても、普通の人間は『水圧』という物に負けて水深数百メートルの地点までは辿り着けない。

 重力系の魔法はジンジャーレベルの魔法使いでなければ使用できないし、基礎レベルが低い現地人ではそもそも“重力魔法ってなんだよ”となるのがオチだろう。


 マッハの場合はグレンが傍で献身的にその身に降りかかる水圧を全て消し去っているので特に問題は起こっていないが、仮に1人の場合は『水圧で潰される前に目的地に辿り着けば良いだろ』という謎の理論で乗り切ろうとしたはずだ。

 その結果自分の身に何が起こるのかは分からないが、神の名を冠する武器以外でダメージをそもそも喰らわないのに、重力で自分の体がどうこうなるなんて、彼女は考えていなかった。


「マッハ様、あの海中都市ですが、なんらかのアイテムで防御を張られていた形跡があります。今は跡形もなく破壊されているようなので侵入は容易だと思われますが、本来は外部からの侵入を防ぐなんらかのアイテムが設置されていたのかと」

(ふーん……。そんなアイテムってなんかあったかな?)


 グレンと違って水中では自由に息が出来ないので、マッハはその言葉に返す事無くコクコクと可愛らしく頷くしかない。


 さらに言えば、彼女達がギルド本部にしていたあの小屋は『家族の暖かさ』を重要視して作られているので、そんな物騒な物は配置されていない。罠や侵入者に対する対抗策なんて物も存在しないくらいだ。

 当然それ用のアイテムだったり魔法もゲーム内に存在はしているし、ヒナも所持はしている。

 だが、終ぞとして使われることが無かったのでマッハではそれがどんなものなのか、どんな効果を発揮し、どんな代償を伴うのか。それは何も分からない。


「中の気配は……全部で200を超えると思われます。その中でとりわけ強力な個体は両手で数えられる程度のようです」

(その中の2人か3人は私じゃ勝てないんだよなぁ。相手が神装備持ってたら撤退するか、もしくはグレンに盾になって貰うしかないな……)


 この場にはヒナの命令で来ているが、ヒナが最も嫌うのはマッハを含めた家族の誰かしらが傷つく事だ。

 そして、傷付いた原因が自分の出した命令だともなればヒナは言わずもがな必要以上に自分を責め、そして二度と癒えない傷を負ってしまう可能性がある。

 グレンが所持している軽い治癒魔法で誤魔化せる程度の傷であれば問題は無いが、重傷を負ってしまったり死亡するようなことがあった場合。それが最悪なのだ。


(1番に優先するべきは私の安全……。分かってるよ、ける、たる)


 今までの彼女達であれば、ヒナの命令は自分の命を賭けてでも遂行する。そんな心意気で任務に挑んだ事だろう。


 しかし今回の件で――メリーナの一件で、ヒナにとって大切なのがなんなのか。それを身に染みて理解した。本当の意味で、ヒナの心を理解したと言い直しても良い。


 彼女は戦闘面において自分やマッハ達が出来ると思った事しか指示しない。

 仮にそれが失敗したとしても保険としてその他にいくつものプランを考えている事がほとんどだし、仮に保険が無かったとしてもその状況に応じた最善手を瞬時に思いつくからこそ、彼女は魔王と呼ばれていたのだ。


 死亡して蘇られるのかどうか。それがまだNPCの場合は確定していない現状であまり無茶な事はするべきでは無いし、ヒナに涙を流させるなんて言語道断だ。

 なので、1番に考えるべきは己の命。そして、次点でヒナの指示になる。この優先順位の変動は、この世界に来た当初の彼女達では絶対に考えられない変化だろう。


「マッハ様、そろそろとうちゃ――」

(なんだ?)


 後数秒で海底都市――wonderlandの本拠地に到着するところで、頭上から凄まじい力の気配を感じて、2人は思わず動きを止めた。

 レベリオ程度の魔法使いでは絶対にありえない、なにか恐ろしく強大な魔法が放たれようとしているのだと直感した。

 そして、それを可能に出来る魔法使いはこの世に――


「いけないっ! お2人のメイン装備は――」


 マッハは、神の名を冠している武器以外からの攻撃は一切受けない。それが、ゲーム内でもヒナを含めた2人しか入手していないクロノス神の衣の効果だ。

 しかし、それは反対に神の名を冠する武器から受ける攻撃を二倍にするというとてつもないデメリットを背負っており、神と戦う時以外は重宝する物の、神と戦う時は逆に殺してくれと願い出るような物に変身する非常に扱いが難しい物でもある。


 そして今この時、ヒナとケルヌンノスはまさに神そのものであり、2人のメイン武器はソロモンの魔導書と冥府神の鎌。どちらも神の名を冠する武器で――


「ッ! マッハ様!!」


 その瞬間、グレンはマッハの小さな体を己の両腕で抱きかかえ、ギュッとその胸に抱きしめる。

 彼女がムギュっと苦しそうな声を漏らしたほんのコンマ何秒か後、グレンに魔王と冥府神の怒りと悲しみ、絶望の一撃が加わる。


「グハッ!」


 あらゆる攻撃に耐性を持ち、生半可な火力では瞬く間に回復されるほどの回復力。さらには、ヒナですら削り切るのは至難の業だと思えるほどの膨大な体力。

 そのどちらもを併せ持っているグレンが、その口から真っ赤な液体を吐き出した。


(ヒナねぇ、ける? なにがあったんだ……?)


 それでも、グレンが死ぬとは考えていないマッハは暢気に……というよりも、自分が受ければ即死するだろうその攻撃が躊躇なく湖に向けられている事に疑問を感じていた。


 いくらグレンがいて、剣士としての勘で攻撃を察知できるかもしれないとはいえ、それはあまりに無遠慮で……なにより、ヒナらしくない。


(暗黒世界も使ってる……。けるも私に遠慮する余裕が無いくらい焦ってる……? 逃げられそうになってる……いや、そんなはずないか)


 あの3人が本気で相手になっていて、しかも魔王としての自覚を取り戻したヒナの前から逃げられる人間なんていないはず。

 そう思っていても、マッハにはそのくらいしか2人が焦ってマッハに遠慮することなく魔法を放つなんて考えられなかった。


「ま、マッハ様……先に行ってください……。私は、もうしばらく、動けそうにありません……」


 暗黒世界の影響をもろに受け、グレンは死亡まではいかない物の、立て続けに強力な魔法を喰らった事でHPをかなり削られてしまっていた。


 しかも、暗黒世界を受けるとしばらく身動きが取れなくなってしまうというのはいくらグレンであっても同じだ。

 星の重力には逆らう事などできないし、それがケルヌンノスから放たれたものならなおさらだ。


 だが、マッハは気にしない。

 自分を守ってくれたグレンに目線でお礼を述べると、魔法の効果が消えて後続が来ない事を確認した後、再び同じ姿勢で海底都市を目指して進んだ。

 その数秒後――


「やっと着いたな~。ここまでは魔法の効力が届いてない……って事は、侵入を防ぐアイテム以外の魔法がなんかあるんだろうなぁ。まぁ、そうじゃないとこの場所が浸水するから当たり前っちゃ当たり前か」


 バタバタと泳ぎ、ある一定の場所に辿り着いた瞬間に水が消え、重力が発生する。


 グレンと離れた事でとんでもない水圧が彼女の体に降り注いだが、それでも彼女がなんともなさそうにしている所から見て、やはり神の名を冠する武器以外ではダメージなんて彼女に与える事が出来ないのだろう。


 腕を組みながら自分が降りてきた所を眺めつつ、周囲をキョロキョロと見回して、気付く。


「……あ~、なんか面倒なとこに来ちゃった感じ?」

「オマエハ……」

「ちょ!? マッハちゃんじゃん! なんでこんなとこにいんの!?」


 ディアボロスの面々とwonderlandの面々が対峙し、今まさにシャドウが全員を一か所に集めようとしていた戦場のちょうど中心だったのだ。


 サンは驚愕の表情を浮かべ、イラはそれどころじゃないのか鬼の形相のまま。

 Wonderlandの面々は様々だが、今まさに叫ぼうとしていたシャドウはポカーンとマヌケ面で口を開け、カフカは処刑場でヒナを見つけたマーリンのような驚きと歓喜の表情で――


「これ、どっちが味方なんだろ……。人相くらい聞いてくるべきだったなぁ……」


 マッハのその言葉で、現場に再び混乱が生じる事になるのだが……それは、長くは続かなかった。

 なぜなら――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ