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190話 天宇受売命

 ラグナロクの鉄則。いや、大前提――この場合は常識と言い換えても良い。

 それは『神の名を冠する魔法やスキルは、神を冠するモンスターを倒す事の出来るプレイヤーにしか与えられない』という物。


 全ての魔法、スキルを差し置いて最高の性能を誇っていると言われる神シリーズ。

 それは、神の名を冠した魔法やスキルに与えられた特別な称号であり、女王の威厳のような破格と言っても良い種族固有スキルを除いた場合、その他のスキルや魔法とは比べ物にならない程優秀な効果を発揮する。

 その割に伴う代償――例えば消費する魔力やHP――が比較的少ない、もしくはそもそもそんなもの存在しないというオマケ付きだ。


 これは神の名を冠する魔法やスキルだけに留まる話ではない。

 無論、そんな大層な名を冠する武器に関しても、それらを使用する事が出来る。つまり、造る事が出来るのはその素材を“神を討伐することで得られる強者”という大前提がある。

 それに加え、神からドロップする素材はかなり稀少だし、大抵の場合複数人で挑むので周回するとなるとかなりの時間がかかるのもプレイヤー間での常識となっていた。


 無論イベント等で高位の順位に着くことが出来れば賞品として贈られることもあったのだが、個人イベント首位はいつも同じプレイヤー。

 そして、表彰台に上るのだってたまに『お前誰だよ』と上位プレイヤーから総ツッコミを受けるような者が居たとしても、大抵は変わらなかった。


 まして、ギルド対抗イベントがあったとしても、1位の座には大抵『wonderland』が居座っており、たまに『円卓の騎士』などの上位ギルドが来る事があった程度だ。

 間違ってもPK集団であり、人殺しに特化した装備やスキル、魔法を所持している者達が倒せる相手ではないし、そんな連中が神の名を冠した魔法を持っているはずがない。


 それは、ラグナロクをプレイしていてディアボロスメンバーがどういう者達なのかを知っているプレイヤーからすれば当たり前の事実だった。


 もちろんその推測は当たっている。

 実際、1名を除くプレイヤー以外は神の名を冠する魔法やスキルなんて持っていないし、対モンスターの場合に有効で、プレイヤーに対してはそこまで効果を及ぼさない魔法やスキルは所持していない。

 当然だ。そもそも彼らは真面目にイベント事に取り組む事など無かったのだから。


『必死にイベントに参加するよりも、そいつらを殺して装備を奪った方が断然楽』とは、アムニスの言葉だ。


 無論ゲームの楽しみ方は人それぞれだし、ラグナロクはそのプレイ範囲の広さを売りにしていた事もあって、ディアボロスは運営からも放任されていた。


 そんな背景を詳しく知っている元高性能AIである2人は、彼女が神の名を冠する魔法を使用したその瞬間、一瞬思考を停止させた。

 彼女のような人殺しが、ラグナロクにおいて最強の名を欲しいがままにする神を倒したことがあるなど、絶対にありえない事。絶対に、あってはならない事だ。


「……ありえない」

「あ、アメノウズメって確か――」


 そう。レベリオが欲しかったのはこの動揺だ。

 魔法を使用するのに詠唱など必要としない彼女がわざわざ詠唱を口にしたのは、彼女達の動揺を誘って少しでもその動き出しを遅らせる為だった。


 いくらヒナだろうと、予想外の展開には未来視を使用していたとしても数秒の思考時間を有するはずだ。

 魔王と恐れられていようと、その中身はレベリオが最もよく知っている。


 彼女は、ゲームでは天才的な能力を発揮し、その戦闘能力の高さで名実ともに最強の名を欲しいがままにする存在だ。

 だが、それ故にあらゆる状況に対応しようと考えを張り巡らせ“すぎる”所がある。


 予想外の事態が起こった時、まずはその状況を把握しようとするだろう。それは、未来視のスキルでこの場面を見たその瞬間から始めているはずだ。


(パーティーメンバーとしてカウントされるから他の3人もその光景は見ているはずだけど、このスキルはお姉ちゃんがゲーム内でも使った事が無い技。なら、そのモーションは見た事が無いはず。変に考えて動きを鈍らせるくらいなら、お姉ちゃんにそっち方面を全て任せて、自分は最高のパフォーマンスをしようとするでしょ? その信頼関係は、私が一番よく分かってる!)


 そう。いくら魔王が完璧超人で、全てにおいて隙が無く、戦闘においては誰も敵わないとすら言われる化け物であっても、今その横にいる2人はそうではない。

 なにせ、それを創造したヒナ自身が“自分が完璧だ”なんて事を思っていないから。

 2人はヒナの考え方を色濃く受け継いでいる関係で、自分が完璧な存在じゃない事を誰よりも分かっている。


 だが、ヒナに対する信頼は絶対だ。

 彼女なら何をしても認めてくれる、なんとかしてくれる、許してくれる。そんな絶対的な信頼があるからこそ、彼女達2人は自分に分からないことがあれば彼女に頼る。

 それが戦闘の事、それも戦闘中となればそれはもう確定事項だ。


(お姉ちゃんは数秒前にこの未来を確認し、その先に起きる事象も把握している。そこから自分がどう行動すれば良いのかを考え、次に考える事は――)


「たるちゃん、全員に移動速度上昇のバフかけて。後、移動速度低下の無効化。けるちゃんはまーちゃん呼び戻して役割交代。急いで!」

『ん!』


 天宇受売命の舞踊。その効果は、自身に対する移動速度超上昇の効果を付与しつつ、自身の周囲数百メートルという広大な範囲の敵に対して移動速度超低下の効果を付与する。

 このデバフの付与は装備なんかの耐性などでは解除する事も抵抗する事も、ましてアイテム等で無効化する事も出来ないかなり特殊な物だ。

 防ぐには同じ神の名を冠する魔法くらいしか手段が無いのだが――



――シャンシャンシャン



 レベリオが右手で拳銃を撃つようなポーズを取り、その魔法を発動した数秒後、天空から鈴の音色が心地よく響き渡る。

 それはまるで天使が終焉のラッパを吹く時のようで、レベリオにはまさに『神の祝福』を示す音色だった。


「ヒナねぇ、マッハねぇがいない。多分、もう湖の底」

「ダッシュ! まーちゃん以外追いつけない!」

「? あいつは逃げられない。魔法で縛ってる」

「ちが――」


 その瞬間、レベリオは己の勝ちを確信してニヤリと笑った。


 ケルヌンノスとイシュタルに非は無い。

 未来視のスキルで自分が分からない場面が映し出されれば、それは自分達が考えるよりもヒナに考えてもらった方が効率的には良い。

 それに、自分達のスペックはゲームの頃とは違って色々考えながらヒナの要望に瞬時に応え、それでいて現場の状況に応じた最適な魔法を使用する事なんてできない。なので、戦闘中は余計な事など考えずに目の前の事に集中するしか無いのだ。


 ただ、一方のヒナも全ての対処法を一瞬で導き出せるわけでは無い。

 それに、仮に対処法を見つけ出せたとしてもそれを実行に移すためのピースが無ければ、そもそもお話にならない。



――シャン、シャンシャンシャン



「じゃあね、お姉ちゃん。また会うその時は、こんな情けない姿を晒さないように気を付けるよ。ついでに言えば、もっともっと私も強くなっておくね!」


 日本最古の踊り子とも言われるアメノウズメ。その神の祝福がもたらした超スピードでヒナの目の前から風のように消え去ると、最終決戦の効果が発動されるギリギリを感覚で察知し、すぐさま湖にダイブする。


「ッ! 追うよ! 最終決戦は無効玉で掻き消せる!」

「っ! もう!! いやだいやだいやだ! また逃がすなんていやだ!」

「だからマッハねぇって……! いやだ......メリーナ!」


 ケルヌンノスとイシュタルが瞳に大粒の涙を浮かべ、ヒナが額に青筋をこれでもかと浮かべたその直後、天から鳴り響いていた鈴の音が……。

 魔法発動直後から、常に鳴り響いていた鈴の音が不自然などピタッと止まった。


「待てやぁぁぁ!」


 女の子とは思えぬ怒号を発し、罵声を発し、怒りで大地と大気を震わせる魔王は、この状況を未来視で見ていた時からスタンバイしていた魔法を発動させる。


天空神ユピテルの激情』


 レベリオが飛び込んで波紋が広がるそこに、天空神の怒りが降り注ぐ。

 天が雄たけびをあげ、湖上空で竜巻を発生させ、雷鳴を轟かせ、(ひょう)を降らせる。


 竜巻の殺傷能力は通常のそれとは比べ物にならぬほど高く、雷鳴は少し触れるだけでも中位プレイヤーぐらいであれば瞬殺する破壊力を誇る。

 当たるだけで隕石を落される以上にダメージを受けるその雹は、まさに理不尽の権化その物だろう。


 この魔法は範囲攻撃の中では三本の指に入る強力な魔法だが、その代わりに発動するまでにかかる時間が少しだけ長いというデメリットがある。

 様々な異常気象を突如引き起こすのだから多少のタイムラグは仕方ないのだが――


『暗黒世界』


 怒れる冥府の神も、ロアの街を襲ったモンスターの命を一瞬で刈り取ったその魔法を湖に放つ。


 2人共に神の名を冠する武器を所持しているので、仮にこの魔法がマッハに当たりでもすれば彼女は大ダメージを受けるし、むしろ2人の本気の魔法では死亡しかねない。

 だが、それは共にいるグレンがなんとかする。なんとかしなければ許さないと心に念じ、信用という名の無茶振りで気にしていなかった。否、気にする余裕など無かった。


 レベリオが逃げてしまう。

 メリーナの仇が……。雛鳥の仇が……。イシュタルの仇が……逃げてしまう。

 その事実が、彼女達の中から“冷静”の二文字を完全に消し去っていた。


 しばらくしてその魔法の効果が消え去った後、3人はまだ希望を捨てまいとマッハの後を追って湖に飛び込んだ。


 その姿を水中の岩陰から“見届けた”レベリオは、右腕の再生が叶わない事に戸惑いつつも、ふふっと笑ってその場から姿を消した。


「次会う時は、ちゃんと決着を付けようね」


 誰もいなくなったその場には、レベリオの嬉しそうな声の残滓がしばらく残っていた。

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