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188話 天才と秀才の違い

 バトルロイヤル形式で行われたラグナロク第6回個人イベント。その詳細は、まだゲームがリリースされてから4ヵ月と経っていなかったこともあり、かなり控えめな物だった。


 広大なフィールドに散らばった各プレイヤーがFPSゲームのように出会い次第戦闘を行い、最終的に残った1人が優勝。その次に死亡したプレイヤーが準優勝……というような形式で行われた。

 その後、時間配分が……と頭を悩ませ、一度だけ開催されたトーナメント式の個人イベントに繋がった訳だが、神を討伐する系のイベントでは無い個人イベントでは、基本この形が採用されていた。


 そんなイベントで首位となったヒナに送られた魔法。それこそが、今イシュタルが使用した『最終決戦』だった。

 効果は単純。自分のパーティーメンバーと相手モンスター、もしくはプレイヤーを選択すると、両者の戦闘が決着を迎えるまで決して逃亡を許さない。という物だ。


 これはPVPにおいて『勝てなさそうだから逃げる』という選択肢を強制的に排除できる有用な魔法……という訳ではなく、ただ単純に“まだゲームがリリースされて間もないし、そんなにぶっ壊れた魔法なんて配布出来ないよな……”と考えた運営が、そこまで強い魔法を配布しなかっただけである。


 実際、そんな事を考えて逃亡するような相手ならば無理して追う必要は無いと言えるし、仮に追うとしてもそれだけの力の差があるのであれば、プレイヤー自身が逃がさぬよう魔法なり物理的な手段なりで迎撃する事が出来る場合がほとんどだ。

 むしろ、そこがこのゲームの醍醐味とも言える『やり込み要素』として認知されていたし、PKされそうになった時の報復としては十分すぎるだろう。


 それに、そもそもヒナはPKなど相手から狙われなければ基本しない主義だったし、無用な怒りすら買いたくなかったので、仮に返り討ちにしたとしても奪い取った装備品やアイテムはよほど理不尽な相手でない限りわざわざ返しに行っていた。

 無論、自分を意図的に狙いに来た……なんて連中相手にはそんな義理を立てる必要はないと感じていたので自分の物にしていたのだが……。


「ううん、ありがと。私もその魔法使ってもらおうと思ってた」

「ん、なら良い。逃亡されると腹立つ」


 ゲーム内では使用される事など無かったそんな魔法だが、今この瞬間はまた話が違った。


 以前のようにクラス専用スキルで逃亡されてしまえば、いくら無数の課金アイテムを用いたとしても逃亡を許してしまう。こればっかりはアイテムの使用とスキルの相性が悪すぎるのが問題なのだが、それはまぁ良い。

 ここで重要なのは、これは強制的に発動される魔法なので抵抗したくとも出来ないし、お互いの距離が一定以上離れてしまえば強制的に対面数メートルの距離に戻される事にある。

 これは、逃亡用のスキルを使用されたとしても優先される効果なのでメリーナの時のように、何もできず逃亡を許してしまう事は無い。


 数年前にゲットし、使用されることが無かった魔法だろうともその効果を正確に把握し、必要な場面でそれを使用するという選択が可能。

 それこそが、ヒナが魔王でいられた理由の一端でもある。


 よく、勉強や暗記は苦手だが、ゲームの事になるとスイスイっと頭に入ってくる。とバカな事を言う子供がいるだろう。

 だが、それは大人からしてみれば“くだらない”と一蹴したくなるような事でも、子供目線からすれば“なんか分からんけど覚えられる”という程には不思議な物だ。

 ヒナは普通の人よりもその傾向が色濃く出ていた。


(これを無効にできるスキルや魔法は存在してない。強いて言えば課金アイテムくらいだけど、その場合はアイテムを使われた直後に隙が出来るはずだからそこに神の槍をもう一度ぶち込む。後は――)


 先程冷静じゃないと言われたが、それは正確に言えば正しくない。

 あの場では最適な答えがあれしかなく、魔力を吸収するという手段が本当に有用な物なのかどうかが知りたかっただけだ。


 もしも自分の仮説が間違っていれば、相手の性格上“魔力”の方を選択して煽りまくってきたはずだ。

 それをしなかったという事は、ヒナの想像は正しいか、少なくとも有効打にはなり得るのだろう。


 ヒナが先程の魔法で得たかった結果とはこれだ。

 無論相手の不死性の解明やその打破も大切だが、PVPにおいて最も重要なのは、どれだけ相手に虚偽の情報を掴ませるか。

 今レベリオは、ヒナが自分の不死性について何も分かっていないか、まだ予測を立てているだけと考えているだろう。


 予測を立てているという部分だけは当たっていても、その予測はヒナの中で既に確信へと変わっている。

 認めたくは無いが、ヒナだってレベリオの性格を理解して自分がどんな行動をすれば相手がどんな行動をしてくるか。それを正確に予測できるようになっていたのだ。


(魔力吸収。もしくは簒奪の手段として有効だと思われるのは私が持ってる商業の神ヘルメスの簒奪と計略と陰謀の担い手シークレット・サービスくらいか。後ラグナロク全体で言えば、アリスとかいう人が使ってきた旧約聖書シリーズに1個。後は……伝説の大怪盗コラボにそれらしいのがあったくらいかな……。でも、あれはコラボ作品だから推奨レベルもあんまり高くないし、たるちゃんに持たせてあるけど多分効果は見込めない)


 怒りで身を震わせながらも、頭の中では冷静に状況を分析してこの場合の最適解を導き出すべく脳みそをフル回転させる。


 この中で最も可能性が高そうなのはアリスが使用して来たギルドイベント首位賞品である魔法だが、当然ながら自分は所持していないし、あれは『魔力固定』という単純な魔法で対策可能だ。


 時間停止と言うらしい魔力の固定化を行っているのであれば、恐らくレベリオの状態というのはそれに近い物だろう。

 むしろそれの上位互換とも言って良い魔法――技術ではあるのだろうが、この世界で生まれ落ちた魔法ならばラグナロク産の魔法に威力も性能も劣るはずだ。ならば――


「グレン、まーちゃん。この周辺を探索して。多分だけど、近くにプレイヤーが住んでる王国があるはず。そこにいる人を、誰でも良いから1人連れて来て」

「この前来たカフカとかいう奴が住んでるっていう?」

「そう、その人。不甲斐ないけど、今一番有効なのは、その人が持ってる魔法」


 もちろん彼女だって数多くの奥の手を持っているし、魔法による攻撃でレベリオを仕留められないのか。そう言われれば、恐らくできると答える。

 だがしかし――


(たるちゃんを傷付けたあいつらが敵になる可能性だってあるのに、奥の手はあんまり晒したくない……。ただでさえグレンっていう最大の切り札の正体を曝け出してるのに……)


 そう。ここでも彼女の貧乏性が出ていた。

 仮にジンジャーが敵に回り、自分が思っている以上に強かった場合、あまり奥の手を曝け出していると面倒な事になる。そう考えたのだ。


 自分が所持している魔法とケルヌンノスが所持している魔法。そして、イシュタルの強化魔法によるサポートと今回は無数に持って来ている課金アイテムの補助。

 それらでレベリオを殺せると9割方思っているし、それくらい彼女達に対する信頼は厚い。

 だがそれでも保険という物は必要だし、これはラグナロクで戦って来た頃から取ってきた手法だ。

 どんなに安全で、どんなに勝利が約束された場面だろうと決して油断はしない。

 何が起こっても対応できるように無数に保険を張り巡らせ、確実な勝利をその手に掴むまで安心はしない。


 そのラグナロク時代では当たり前で最低限だった事が、今までの戦闘ではできていなかった。

 メリーナの死は、彼女を“家族の愛に飢え、孤独に怯える高校生”から“史上最強の魔王”へと引き戻すには充分だった。


………………

…………

……


 一方で、レベリオはと言うと――


(どうする? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!?)


 既にヒナから愛を受け取るなんてことは頭になく、この場からどうすれば生き残る事が出来るのか。それしか頭に無かった。


 ヒナに対する愛は冷めたのか? 否。

 ヒナに対する殺意は収まったのか? 否。

 ヒナに対する数々の発言は嘘だったのか? 否。


 だがしかし……彼女の頭には今、逃げる事と生き残る事しか無かった。

 それほどまでに、彼女の頭はぐちゃぐちゃに溶かされ、かき混ぜられ、ポッキリと心が折られていた。


 なぜこうなってしまったのか。

 なにをどうやったらヒナに殺されたいとまで言っていた狂人がここまで怯えるのか。それは、おそらく誰にも分からない。


(やる気なかったからアイテムなんてそんなに持ってきてない……。私が持ってる魔法やスキルは大抵お姉ちゃんとイシュタルちゃんだけで賄えるし、対応も可能。唯一対応できないのは気配遮断スキルとかになるんだろうけど、それでも勘だけで突破してくるような人だからこそ、私は愛したんだ……)


 クラス固有スキルで逃亡する事さえできれば、ヒナだって以前のように何もすることなどできずこの場から生き延びる事が出来るだろう。

 だが、今使用された魔法の効果をレベリオが知らないはずがない。

 まずは、それを解除しなければそもそもこの場から逃げられない。


 彼女は向こうの世界では天才すぎるという言葉では収まらない程に優秀だった。

 世界一の難関大学にも満点合格出来ただろうし、どんな企業にだってその気になれば楽に入社できただろう。それこそ、世界一の大企業にだって……。

 それほどまでに、彼女の頭脳は天才的で、世界一の“秀才”と言っても良かった。


 その天才的な頭脳はしかし、魔王とは違って戦闘センスやゲームセンスに影響を及ぼすものでは無かった。

 ただ単に“世の中を生きていく上では有用な能力”というだけで、世の中でもなんでもない世界を生き抜くのに最適な能力を持っている魔王とは似て非なる物だった。


 魔王が0から物事を考え、様々な推測を建てて行動し、結果的に100点の結果を導き出すのに対し、レベリオは既にある無数の1をうまく組み合わせて100の結果に持っていく道筋を見つけるのが得意なだけだった。

 よく言うだろう。1から2を生み出すのは簡単でも、0から1を生み出すのは難しいと……。


 分かりやすく言えば、ヒナは大ヒット作を連発して世に生み出す天才漫画家。

 一方でレベリオは、この世界に数多くある大作の二次創作でブームを何度もなんども作り出す大人気同人作家だ。

 どちらが良いと論じるつもりは無い。ただ、彼女達は創作者という部分では同じでも、その性質は全く違うのだと言いたいのだ。


 そして現状、普段であれば些細な差でしかないそんな溝も、致命的な差となって表れていた。


(私が持っているアイテムだけでも恐らく最終決戦は無効化できる。ただ、その際に生じる隙を見逃してくれるほどお姉ちゃんは優しくない。なら、私がアイテムを使う瞬間を必ず狙ってくるはずで、私はそこを凌いでスキルを発動出来ればとりあえずは安全圏。それを可能にするには、アイテムを使用する瞬間をお姉ちゃんに視認させない事が第一条件……)


 そう。この場合、全てを0から考えて組み立てなければならないヒナよりも、無数に転がっている1から物事を組み立てる事が出来るレベリオの方が取れる選択肢が広く、また、それによってどんな展開になるのか先読みもしやすいのだ。


(分かりやすいのは目くらましだけど、イシュタルちゃんが居る以上秒単位でそれは対処される。未来視のスキルだって使うだろうし、その手は使えない。なら、未来で見られても一見すると無駄だと思える行動を取りつつ、私がお姉ちゃんの視界から消えないといけない。でも、ケルヌンノスちゃんの攻撃とお姉ちゃんの攻撃が襲ってくるから、あんまり露骨にも動けない。だったらどうするか……)


 無数の選択肢を一つずつ頭の中に思い浮かべて慎重に検討し、少しでも相手に自分の狙いがバレる可能性や実行不可能だと思える物を排除していく。

 40件を超える案件が彼女の頭の中で却下されていったまさにその時――


「主様。その件でしたら、奴が現れたのは湖近くだったと記憶しております。恐らく、その探し物とやらは湖の中にあるのではないでしょうか? うっすらとですが、強者の気配を複数感じます」


 グレンのその言葉で、彼女は閃いた。この場から逃走可能で、なおかつ目障りなディアボロスの連中を消せるかもしれない素晴らしい案を――


(あぁ……生き残れる……)


 その瞬間、まだ顔の輪郭すらも再生していない彼女の口元がニヤリと歪んだ。

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