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186話 魔王激怒

 ケルヌンノスがファウストへと魔法をかけて彼の精神を半ば崩壊するギリギリで留めた直後、グレンとマッハの元に怒れる魔王と目元を拭いながらもキリっと目の前を見つめるイシュタルが合流した。

 彼女はもう既に以前のイシュタルへと完全に戻り、今はただメリーナの敵を討つ事だけに集中していた。


「お待たせ」

「ん。ヒナねぇ、多分あいつが不死身の原因はブラフマー系の奴だと思う」


 かつてないほど……。いや、アリスと死闘を繰り広げた時と同じように集中したヒナには、もう油断なんて二文字は存在しない。

 以前のように瞬きするなんて油断はなく、ジッと相手を観察しながらマッハによるその最低限の説明だけで相手の能力になんとなくではあるものの検討を付ける。


「たるちゃん、私に強化――」

「違うマッハねぇ。あいつはブラフマーみたいなちゃちな能力で不死身性を保ってる訳じゃない。時間凍結って言う、ジンジャー達が開発したオリジナルの魔法で体内の時間を完全に止めてる」


 試しに自身が放てる最強の魔法をイシュタルに強化魔法を施してもらった状態で放とうとしたその瞬間、同じくレベリオから目を離す事無く真剣な顔でイシュタルがそう言った。


 普段戦闘中に自分から発言するのは彼女にしては珍しく、しかもその内容がマッハが導き出した宿敵の不死身性についての結論とは全く違ったのだから問題だ。

 すぐさまヒナは魔力を練り上げて神の槍を放つのを一時中断し、その話を詳しく聞く事に決める。


 グレンとマッハに余計な横やりが入らぬようにレベリオを抑えてもらっている間にイシュタルから詳しい話を聞き、その内容を自分なりに要約して噛み砕く。


「えっと……つまり、私達の中にある魔力は血液と同じように体の中を循環していて、その流れを強制的に止めると、外部から衝撃が加わった時に自動的に魔力の流れが元あった場所に戻るから、実質的な無敵状態になってるって意味?」

「ん、多分そう。私も詳しくは理論が複雑すぎてあんまり理解は出来てない。でも、物理的な攻撃では傷が付かない事も、魔法による攻撃で傷が付く事も、この目でしっかり確かめてる」


 イシュタルがジンジャーの研究所に居た時、時間停止についてはレベリオと再び相まみえて戦う事になった際必ずぶち当たる問題だと早くから察していた。

 なので、その理論は詳しく分からないまでもしつこいくらいにジンジャーやソフィーに聞いていた。

 実際にジンジャーの魔法でソフィーの体に穴が開く場面を見ているので、魔法による攻撃が有効な事も確認済みだ。

 ただ、理論が良く分かっていないのでザックリと『魔法による攻撃には弱い』という事しか分かっていなかった。


 ブラフマーの時間巻き戻しと違うのは、あちらは時間経過で勝手にHPが回復して行き、結果的に“時間をかければ元の姿に戻れる”という物だ。

 物理的な攻撃で彼にダメージを与える事が出来なかったのは、それはブラフマーの物理防御力が高すぎたというのが一番の理由だ。

 無論、マッハが導き出した“一撃の威力が低い”という物も不正解という訳では無いのだが、100点満点の回答では無かった。


「魔力の流れを固定……か。なら、それを動かす事さえできたらその時間停止とかいう魔法って強制的に解除できるんじゃないの?」

「……? どういう意味?」

「例えばさ、相手から魔力を吸い上げるとどうなるの? 元の位置に戻すとは言っても、戻る魔力が無いんだから戻れないとか無い?」

「……分かんない。ありえるかも」


 イシュタルも、その発想は無かったと驚きの表情を見せた。


 ヒナの凄い所は、こんな“一見すると意味の分からない突飛な発想”が数秒で頭の中に浮かび、大抵の場合それがその場の最適解だったりするという事だ。

 これが数多くの戦場と視線を潜り抜け、常に最前線で戦い抜いて来た少女の勝負勘の強さと言えば良いのだろうか……。


 絶対に日常生活では使わないだろう能力だが、戦闘面においてここまで洗礼された野生の勘とも言うべき第六感が備わっている相手と戦うのは非常に面倒だ。

 なにせ、自分がどんな策を講じようともそれが瞬く間に見破られるか、野生の勘だけで回避されてしまうのだ。

 正攻法で倒したくとも、それが出来ないからこそ彼女はラグナロク内で魔王という名の称号を手に入れたのであって……


「試してみようか。まーちゃん、グレン、そのままそいつ抑えてて!」


 物は試しだ。

 仮にこの理論が間違いだったならまた別の仮説を立て相手を追い詰めていけば良いだけだ。


 数学でも同じように、問題の答えが分からなければ最悪答えに当てはまる可能性のある数字をどんどんはめ込んでいけば、いつかは正解の数字に辿り着く。

 むしろ、答えが分からず空白のままで回答するよりも、何かしらの答えは書いておけと言われるように、分からなければ分からないなりに考える事。それが、何より重要なのだ。


『さぁ選べ 破壊と均衡の天秤パーフェクト・リブラ


 この魔法はギルド対抗イベントの参加賞として配られたそこまで強くない魔法の一つだ。

 効果は、対象となる相手プレイヤー、もしくはモンスターの魔力を半分吸収し、自分の魔力へ変換する。もしくは、HPを半分吸収して使用者、もしくはパーティーメンバーの誰かのHPをその値だけ回復するか相手自身に選ばせるという物だ。


 その魔法を発動させた瞬間、周囲にゴーンと大きな鐘の音が鳴り響き、世界の時間が停止する。

 その停止した時間の中で動けるのは、魔法を使用したプレイヤーと対象に選ばれた者。そして、使用したプレイヤーのパーティーメンバーだけだ。

 この空間ではいかなる魔法やスキルも使えないし、アイテム等も使用できなくなる。

 当然ながら装備によるHPの自動回復だったり魔力の自動回復も機能しない。この停止した世界の中では、ただ判決が下るのを全員が見守るしか無いのだ。


 対象となったプレイヤー――今回の場合はレベリオ――の前に大きな天秤と、それを操る若い女がスッと佇む。

 その女は肩のところまで伸ばした黒髪を優雅に靡かせ、透き通るような蒼い瞳をまっすぐレベリオに向けて口を開く。


「さぁ、哀れな罪人よ。選択なさい」


 自然と背筋を伸ばしてしまうような勇ましいと言えば良いのか、凛とした声がその場の全員の鼓膜を揺らし、レベリオに選択を迫る。


 どちらかを選択しない限りこの魔法からは解放されないし、どちらかを選べば装備やアイテム、両者のレベルの差に関わらず抵抗する事は不可能。問答無用で、選択した魔力かHPが吸収される。


 女が支配する天秤は魔力かHPを選択する事によって左右へ傾き、対象者のそれを半分吸い取った時点で破壊される。

 それ自体になんら効果や影響力は無く、ただのゲームシステム的な演出だと捉えてなんら問題は無い。


 ちなみに言っておくが、どちらも選択しなかった場合や選択を放棄した場合はランダムで強制的に女が対象者のプレイヤーからどちらかを吸収してしまう。

 効果だけを聞けば強すぎる。

 そんな声が出てもおかしくは無いのだが、この魔法の欠点はそこでは無い。


『HP』


 細切れになったレベリオが即座に姿を再生してそう呟くと、その瞬間に停止していた時間が動き始める。

 同時にレベリオのHPが一瞬にして半分以上削られ、まだ治療が完璧では無かったイシュタルへ分配され、余剰分は天へと返されてしまう。


(そっちじゃないんだよなぁ……)


 そう。この魔法の弱い所は、自分が望んだ方を吸収させてくれるとは限らない事だった。


 相手に選択権がある以上、自分が魔力を吸い上げてほしくともHPの方を選択されてしまえばその魔法は無駄になってしまう。

 それに加え、この魔法は連発出来る物の、吸収する値は対象の現時点での魔力、またはHP総量を参照する。

 つまり、2回連続で同じ選択肢を選んでも魔力やHPが0になる事はない。


 むしろこの魔法は魔力をかなり消費する燃費の悪い魔法なので、そんなに連発していれば使用者側の魔力が切れて逆にピンチに陥ってしまうのだ。

 まぁイベントの参加賞なのでそこまで強い魔法を配る訳にはいかなかったという運営の意図はもちろんあるのだが、ヒナがこの魔法を選択したのには理由があった。


「お姉ちゃん、やりたい事が見え見えだよ! そんな素直な所はお姉ちゃんの良いところではあるんだけど、やっぱりいつものお姉ちゃんみたいな冷静さがまだ足りてないんじゃない? いつものお姉ちゃんなら、普通の魔力吸収の魔法を選択しても私に抵抗されるってのは分かり切ってるから、そもそも別の手段を模索するか、搦手を使って抵抗させないようにするか、もしくは全く別の手段で私の魔力を吸収する為に動いたはずだよ」

「……」


 そう。仮に普通の魔力吸収系の魔法を使用したところで、レベリオとヒナのレベルは同じ100。そうなると、相手はPVPを専門に活動しているプレイヤーなのだからその手の耐性は隙なく揃えていると考えて良い。

 そんな状態の相手に魔力吸収魔法なんて抵抗されないはずがなく、唯一抵抗不可能の魔法で試したところで、その狙いが透けているのであれば、レベリオは当然彼女の思い通りに行動なんてしてくれない。


「いつものお姉ちゃんなら、ダメ元ではあろうとも一度『豊穣神フレイヤの贈り物』を使って私の動向を観察して、抵抗されるようなら別の案を考えるくらいの冷静さは持ってるはずだよ? どうしたのかな? やっぱり、イシュタルちゃんが傷付けられた事への怒りがまだ残ってるのかな? それとも、私がメリーナを殺したこと、まだ怒ってるの? それともそれとも、もしかしたらその両方かな?」

「…………」

「あ、ごめんねごめんね! そう言えば、私お姉ちゃんに一個謝りたい事があったんだ! あの時私、メリーナに酷いこと言っちゃったけど、あれ嘘だからね? 私はちゃんと、メリーナの事を死んじゃった今でも忘れず愛してるし、恋してるし、尊敬してるし、私よりも先にお姉ちゃんの魅力に気が付いた唯一の人だってしっかり理解もしてるよ! あの場ではお姉ちゃんに私を愛してもらいたかったが故にあんな心にもないこと言っちゃったけど、今でも私はメリーナ――」


 最後まで彼女が言葉を紡ぐ前に、彼女の頭部を魔王が放った神の槍が。腹部を、冥界の神が召喚した暗黒の炎を纏う龍の牙が貫いた。


 神々しくもラグナロク内最高火力を誇る神の槍の直撃を受け、レベリオの頭部は原形が分からない程にぐちゃぐちゃに捻り潰され、目玉や脳みそがそこら中に飛び散る。

 もはや再生は不可能だろうと思わせる程のそれは、しかし胴体の方も同じことが言えた。


 冥界の神が呼び出した暗黒龍の牙はどんな物でも貫く高い攻撃力と貫通力、オマケに与えるダメージ全てが属性ダメージというオマケ付きだ。

 一撃受けただけで体内の臓器の全てがその機能を失い、いくら再生しようともその隅から腐り落ち、周りの臓器や血液にすら影響を与えて腐敗をもたらす。


「お前が――」

「おまえなんかが――」

『メリーナの名を口にするな!!』


 2人の怒りは大気を震わせ、大地を震わせ……水面を揺らした。

 その叫びは天に登り、地を巡り、水面へと届く。


「……この声、どこかで聞いた覚えがある」


 その時、遥か水底で絶望を心に宿していた少女がポツリと小さく呟いた。

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