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182話 魔王の怒り

 ヒナにとって、家族とは誇張無しで自分の命よりも大切な存在だった。

 例えば燃え盛る業火の中に家族と自分が取り残され、救助隊がやって来たとする。しかし、状況から見てどちらかしか助けられないと言われてしまえば、ヒナは迷わず家族の方を助けろと叫ぶ。仮に家族が拒んだとすれば、自ら火の中に飛び込んで命を絶つだろう。

 それは全て家族をもう失いたくないという過去の悲しみと、家族という存在に人一倍固執しているからに他ならない。


 そして、それはヒナの考えを色濃く受け継いでこの世に生れ落ちた3人の姉妹にとっても例外ではない。

 特にイシュタルやケルヌンノスに関して言えば、長女だからと変に気負って責任を重く受け止めすぎるマッハと違い、自分の感情を素直に表に出す分その傾向が強かった。


「やっとたるに会えるって思ったのにトライソンに襲撃されてるって、まじで意味わかんないなあいつ。ストーカー?」

「それは思った。あいつなんなの? ヒナねぇ、ほんとに心当たりないの?」


 イシュタルと合流する数分前、彼女達は森の中をマッハに担がれながら全力疾走していた。

 その速さは二人を背負っているとは思えない程で、今2人目掛けて弾丸でも放とうものなら即座に目標を見失ってそこら辺の樹木に突き刺さるはずだ。


 ただ、ケルヌンノスもヒナもその事に関して特に何かを言う事もなく、まるで気にしていない様子だ。

 霊龍に乗ってくることも考えたのだが、どうしてもイシュタルが心配だと口にしたマッハが「私が走った方が早いだろ」と半ばゴリ押ししたのだ。

 その背中にヒナの貧相な胸が当たり、細いながらもがっしりと自分の胸元をギュッと握る愛しい両腕の感触が欲しかったなんて、そんなことはほんのちょっとしか思っていない。


 話を戻すが、ヒナはケルヌンノスから言われて今一度うーんと首をひねる。

 トライソンという名に聞き覚えは無い。それに、自分が誰かにあそこまで執着……彼女なりに言えば“愛される”覚えなど無い。

 メリーナからの純粋な愛情すらも、何か特別な事をした覚えは無いし、他のプレイヤーと関わる事すら無かったのになぜ?と思う程だったのだ。


 だが、それに関して言えばメリーナの自室にあった資料の中にそれらしい物があったのも、また事実だった。

 今は雛鳥がいるせいで確認が出来ていないのだが、あの恥ずかしい資料の中にはヒナには関係のない……。正確に言えば、ヒナに害を成すかもしれない者や警戒しなければならない人物の名前がリストとしてまとめてあったのだ。


「危険人物リストというか、そんな感じのがあったの。その中にはその人の特徴だったり戦闘スタイルだったり、どんな攻撃を好んでるのかの分析も書いてあったのね? その中で女の子のプレイヤーが2人いたの」

「そいつらかもしれないって事か?」

「か、可能性だけで言えば……?」


 ヒナだって自信は無い。なにせ、そもそもそこに書かれていた名前に『トライソン』という名は無かったのだ。

 しかも、そのリストのほとんどがPKギルドであるディアボロスの面々であり、水面下でヒナの殺害を企てていたのではないか。そう記されていただけだ。しかも、その根拠はメリーナが自分すらまったくアテにしていない女の勘だと言うのだから笑いものだ。


 ただ、ヒナはなぜそんな物騒でこの世界では役に立ちそうもないリストに目を通していたのか。

 それは――


「あそこまで念入りに私の事を調べ上げてて、模倣しようとしてた人だもん。そこに乗せるには相当な根拠があるんじゃないかなって思って。実際、私もアリスって人に殺されるかもなぁって思ってたから」

「ヒナねぇが!?」


 突如としてそんな驚くべきカミングアウトをしたヒナに、マッハは驚きの声をあげて一瞬だけスピードを緩めてしまう。

 足がほつれコケてしまいそうになるのをケルヌンノスが死霊の腕で抱きかかえ、ぶーと文句を言いたそうに頬を膨らませる。


「集中する。早く行って加勢しないとたるが心配」

「ご、ごめんじゃん!」


 腕に抱かれながら辛辣な目を向けてくる妹に謝りつつ、マッハは背中のヒナに詳しく話を聞いてみる。


「んー、上手くは言えないんだけど。Wonderlandって言う一位ギルドのマスターって、一時期かなり強引な手段でギルメンを集めてたの。ランキング上位者でギルドに入ってない人を片っ端から勧誘して最強ギルドを作ろう!みたいなね? その中には、私みたいに一人でギルドに所属してる人も含まれてたから」

「それなら、普通に勧誘すれば良いだけ。なんでヒナねぇの命が狙われるの?」

「ヒナねぇがそんなギルドに入る訳ないだろー? ただでさえ人見知りなのに」

「う……」


 確かにその通りなのだが、妹に言われると若干心に傷を負ってしまうのはどうしてだろうか。

 まぁ、気にしても仕方のない事ではあるし、マッハの言う事には半分理由など無く、直感というかその時思った事を口にしているだけなのでそもそも気にするだけ無駄だ。

 こっちが気にしていても、当人は何気なく口にした悪意のない一言など覚えているはずが無いし、そもそも他人を傷付けようと思って故意に悪口を言うほど悪い子でもない。


「分かった。ヒナねぇを倒して無理やりにでも自分達の元に来させようと画策してたとかそういうの?」

「そう、けるちゃん正解!」

「はー? なんだそいつ。頭悪いんじゃないの?」

「同意。ヒナねぇが仮にそんなことされたら、理不尽すぎてゲーム辞めてた」

「……私の心の中読んでるの?」


 そのレベルで、彼女達は自分が考えている事をズバズバ言い当ててしまう。

 彼女達には、自分にあるような心の弱さなんてものは微塵も存在していない。人間的な部分という意味ではこの世界に来てから設定や今までゲーム内で過ごしてきた日々から勝手に保管されているだけだ。

 それをなんとなくではあるが把握しているヒナでも、思わずそう口にしてしまうほどに、彼女達は自分の考えを言い当ててしまう。


 戦闘面において、マッハは剣士特有の勘の鋭さとNPCであるというこの世界特有の長所を生かして戦闘を有利に運ぶことが出来る。

 ケルヌンノスに関しては本能の赴くままに、時にはヒナやイシュタルの指示通りに動く事で周りをサポートする役目を自主的に引き受ける。

 ヒナは、その天性の戦闘センスとゲームで培った知識でその場に最適な魔法を即座に選択し、第六感とも言える超感覚で自分や家族に迫る危機を察知する事が出来る。


 それぞれ戦闘面においては考え方も動き方も違うのはそうだし、日常生活においてもしっかり者のケルヌンノスやイシュタルとは違い、マッハはどこかだらしない。ヒナもどちらかと言えばマッハ寄りなので何も言えないのだが、4人――今は3人――には明確な違いがある。

 

 だがそれは、事ラグナロク時代の事になると途端になくなる。

 NPCである3人は作られた時期が違う故に記憶の総量に違いはあれど、ラグナロク内での記憶はほぼ同じだし、ラグナロクにおけるヒナの立ち位置や立場、力に関しての認識は気持ちが悪いほどピッタリ同じだ。

 つまるところ、ヒナがラグナロク時代の話をすれば家族全員の心や気持ちはピッタリと一致し、言葉にしなくとも相手が何を考えているかくらいは分かるのだ。


「つまりヒナねぇは、トライソンはその女のプレイヤーのもう1人かもって思ってるってことか? 今から行くところって、wonderlandとかいうギルドの本拠地なんだろ?」

「カフカだっけ。そいつが助けて欲しいって言ってた場所と一致してる。多分そう」

「そんな奴が今頃ヒナねぇを殺す為だけにそんな嘘つかないだろ? もう1人は誰だったんだ?」


 普段考えるのを苦手としているマッハでも、こんな事態だ。そんな事など言っている余裕などなく、足りない頭を必死に回転させてヒナを守る為に知恵を振り絞っていた。

 当然それを理解しているケルヌンノスも姉の頑張りに応えるべく、普段はイシュタルに任せている考察なりこの先の展開を予想しての発言を頑張って口にしていた。


 それが当たっているのかどうかは自信が無いし、イシュタルほど正確で分かりやすい言葉にはなっていないかもしれない。だが、それでも発言しないよりはマシだろう。家族とは、こういう時に互いを支え合える関係を言うのだから。


「ディアボロスのメンバーらしいよ? 名前はレベリオとか言ったっけ……? メリーナが私をフィールドとか狩場で見かける時、遠目から観察してる時が多いって書いてた」

「……メリーナも大概ヤバい奴だよな、そう考えると」

「マッハねぇ、言わない。たるの命の恩人」

「そうだけどさぁ……。むー! 分かったよ!」


 それからしばらくその話題は続いたが、数分後に全員が激昂してそんなどうでも良い会話など忘れているなど、誰が想像しただろうか。


………………

…………

……


「なにやってんの、あんた」


 ヒナのその言葉が耳に届き、レベリオは歓喜した。

 その怒りが自分に向けられている物ではなくとも、ヒナの怒りを引き出す事が出来た。そう確信しその頬が緩み、股の下が不味い事になりかける。


 主人の怒りに塗れた声が鼓膜を揺らし、召喚獣の全員が己の死を覚悟した。

 イシュタルに危害が加えられてしまった事で守護を任されていたジャスパーは怒りよりも不甲斐なさから身を震わせ、ヘラクレスとシャングリラはすぐさま治療を施そうと治癒魔法の準備を始める。

 影正に関してはファウストの腹に蹴りを入れて距離を取らせ、その鋭い眼光を恐怖でブルブルと震わせる。


「…………」


 一番激昂しそうなグレン――サリエルはと言えば……黙っていた。

 何を言うでもなく、ただその場に到着したヒナを見つめ、怒りを抑えながらジッと己に下される審判を待つしか、無かった。

 ヒナと同じく、ヒナの姉妹達を敬愛している彼女自身が今回の事を一番許せなかった。


己の不甲斐なさからイシュタルを泣かせてしまい、その喉が張り裂けんばかりの絶叫が他の家族の方にまで届く。これは、たとえ何百万回死んで詫びても詫びれるものではない。

二度と姿を見せるなと言われても足りず、これを冒したレベリオ、ファウストを消し去ったとしても到底贖えるものではない。

 彼女に“判決”を下せるのは、この世で最も彼女が愛し、尊敬し……そして恐れている少女だけだ。


 それを察したのか、それとも怒りで他の事を考える余裕など無いはずなのに冷静に盤面を一瞬で確認して指示を出しただけなのか。

 ともかく、永遠にも思える数秒が経過した後、ヒナの口が開かれた。


「マッハ、グレンとあいつを抑えて」

「……分かった」


 自分だってファウストを今すぐ殺したい。八つ裂きにして妹を泣かせた責任を取らせ、ケルヌンノスに何度もなんども蘇生させ、その度に殺してやりたい。

 そう、本気で思っていた。だが、ヒナに言われてしまえばそれは他の――ケルヌンノスか、もしくはヒナ本人に譲るしかない。


「ご主人様……」

「グレン、次は無いよ。私が行くまで、そいつの足止めと不死性の解明をしといて。それくらいは出来る子でしょ?」

「っ! ハッ! 必ずや、この失態を拭うだけの成果を!」


 怒りでプルプルと震えそうになる声をなんとか抑え、グレンはペコリと頭を下げた。

 最強の召喚獣にはあるまじき行為であることは重々承知だが、今の状態のヒナにはどうでも良いらしい。


「何をしてる! サッサと治せ!」

『っ! はい!』


 次に彼女がその怒号を向けたのは、イシュタルの治療に当たっていたヘラクレスとシャングリラだった。

 自分達では治す事が出来ないので傍観していたが、子供のように痛いと泣き喚いているイシュタルの傷は相当に深いのか、かなり手こずっていた。


 今回は前回と違ってダンジョン攻略の為に持参したアイテムも持って来ているが、イシュタルがいるという安心感が仇となり、HPを回復する物は持って来ていないのだ。

 普段は召喚獣にすら丁寧な言葉を使い、最大限距離を置き、何かの間違いで反逆されないよう気を付けているヒナではあっても、今回ばかりは仕方がない。


「おいジャスパー。お前が居て、なんでたるちゃんが傷を負う。なんの為にお前をこの編成に組み込んだと思ってるんだ! 死ぬ気で守れよ!」

「も、申し訳ありません!!」

「申し訳ないじゃないだろ! 私の家族なんだよ! ちゃんと守ってよ!」

「はい! 二度と同じことが無いよう――」

「あったら殺すよ。何言ってんの?」


 その姿は、まさに鬼と言って良かった。

 普段の優しく、どこか頼りなく、ナヨナヨして自信の無いヒナと同一人物だとは、到底思えないほど怒りで瞳が真っ赤に染まっていた。

 それこそ、レベリオにメリーナを殺された時よりも……。


 いや、それは違う。

 ヒナは、あの件があったからこそ余計に怒っているのだ。


 今まで、自分や家族には危害を加えられないだろうと心の中でどこか驕っていた部分があったのはヒナも同じだ。

 だが、あの件があって以来、その自信は宇宙の彼方へと飛び立ってしまった。

 一歩間違えば自分も家族も命を奪われるような世界だと実感した。自分は元より、マッハ達だって蘇生が効くかどうか分からないし、試す方法も無い。

 

 仮に家族が誰か1人でも欠けてしまえば、ヒナや残された2人は正気を失って生きる事など不可能になってしまう。

 それは、死亡という形でなくとも正気を失ってヒナが死の淵を彷徨った事からも明らかだ。

 4人は、他の3人がいるから生きていられるし、傍にいてくれさえすれば他には何もいらないのだ。


 恋人なんかが軽々しく口にする『君がいれば他に何もいらない』という言葉の中には、当然お金だったり生活に必要な物だったりは自然と除外される。

 普段生活していくためにはお金が必要不可欠だし、お互いの時間だって時に必要となるはずだ。だが、ヒナ達の場合は違った。


 彼女達の場合、今すぐ全財産を捨てて生きろと言われたとしても『他の家族がいれば』と、全員が口を揃えて言うだろう。

 彼女達にとって全財産とは金銭や家、装備や武器なんかでは無い。まして今まで積み上げて来たスキルや魔法、体術なんかの力でもない。

 お互いの存在なのだ。


「けるちゃん、あいつ殺して。私はたるちゃんと話してくる」

「ん、分かった。蘇生はして良いの?」

「後で。今は他にもやる事が沢山ある」

「…………ん」


 そう短く言ったケルヌンノスは、とことこと可愛らしいしぐさで歩いていき、一度イシュタルの隣で立ち止まる。

 そして、治療を受けながらもイヤイヤと首を横に振る妹に一言言葉を贈った。


「たる、もう二度と私達の前からいなくならないで。次は許さないから」


 ポロリと地面に滴った雫は、彼女の本心を代弁しているかのように次々と溢れ出した。

 怒りで身を震わせているはずなのに。アンデッドは、種族特性として涙を流さないという設定がラグナロク内には存在していたはずなのに。

 それでもなお、彼女は大粒の涙を瞳に溜め、言った。


「迎えに来たよ、たる」

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