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181話 崇高なる計画、その成就。その果てに見えた物

 レベリオが望む事。それは彼女が恋に落ちた瞬間から変わっていない。

 ヒナの心を自分だけに向けさせること。その恋心を、殺意を、憎しみを、喜びを……全ての感情を、この世界の誰でもない。他でもない、自分自身だけに向けさせることだ。

 それが出来るのであれば、彼女は悪魔にだろうが化け物だろうが、いくら非情な存在にもなれるし仲間や家族、彼女にとって大切だと思える者の命なんていくらでも差し出す用意があった。


 最初にイシュタルを亡き者にしようという作戦は失敗に終わってしまったが、今は失敗して良かったものだと本心から思える。

 なにせ、イシュタルを亡き者にするよりも遥かに圧倒的に。それでいて効率的にヒナに殺意という名の愛を向けてもらえる方法があったのだから。


………………

…………

……


(こいつらがここに来て、もうだいぶ時間が経ってる。ジャスパー辺りがお姉ちゃんに連絡してるだろうし、マッハちゃんだけならもうそろそろ到着できる頃かな……?)


 サリエルから放たれた頭上からの重たい一撃を、右腕を肩から吹き飛ばしながらいなしつつ、レベリオは考える。

 マッハだけならもうそろそろ、もしくはもう到着していてもおかしくない事を考えるに、ヒナがこの場に到着するのにそう時間はかからないだろう。


(奴らはまだ生きてる? 生きてるね。上々)


 欠損した右腕を回復させつつ、その視線は目の前で驚異的な速度で鎌を振り回しているサリエル……ではなく、シャングリラやヘラクレスに守られているジンジャーとファウストに向けられる。


 それを不快に思ったのか、サリエルはこちらに集中しろと言わんばかりにクルクルっと鎌を回しながら横一文字に斬りつける。

 今度は臓物を辺りにまき散らしながら攻撃を受けたレベリオは、その『常人なら死ぬよりも辛いと感じる苦痛』を与えられながらも表情は一切変えない。

 ただ、流石に鬱陶しいと感じて来たのか手に持った剣をブンと振り回し、スキルを併用してサリエルへと斬りかかる。


『断罪の剣』


 刀身が禍々しい暗黒の炎に包まれ、切り傷を受けるだけで継続ダメージを与える凶悪な一撃へと昇華させる。

 だが、サリエルにその手の攻撃は一切通じない。なにせ、彼女は一撃のもとに切り伏せなければどんな攻撃を受けようとも即座にHPを全回復させるのだから。


いや、というよりそもそも彼女は次元移動という名の特殊スキルを所持しているせいで攻撃などほぼ当たらないのだが――


「くだらん。貴様の命より先にその剣の命を終わらせた方が良さそうだな」


 当の本人が誰よりもその事を理解している。

 ヒナの全力の攻撃だろうがまともに喰らわない限り……。いや、それでも回復のスピードが異常なせいで、コンマ数秒の内に致命傷となる魔法を七つ程喰らわせねば彼女を殺す事などできない。

 それを、サリエルはよく理解している。そもそも避けるなんて考えはその頭に存在せず――


「っち!」

「矮小な存在というのはどうしてこうも醜いのだろうな。己だけでは何もできぬ無力な小物というのにそれを理解せず、あまつさえ圧倒的な実力差すら分からんとは」


 真剣白刃取りの要領で自身に振りかざされたレベリオの攻撃を受け止めてしまう。

 これがゲームであれば剣がどうにかなることは無いのだが、現実の世界ではそうではない。仮に今サリエルがその手にほんの少し力を込めるなりスキルを使用するなりするだけで、その剣の生涯はあっけなく終わりを迎えるだろう。


(ここまで、計画通り)


 それを理解しているレベリオが一切慌てていないのは、これも全て彼女の頭の中で計画された事態だからだ。


 ジャスパーが今展開している防御魔法はあらゆる魔法の影響からドーム内にいる者を守る性質がある。

 その、あまりにも強すぎる効果によりプレイヤーが使用する際は時間制限やインターバルが長めに設定されているなどの無数のペナルティが設けられることによってバランスを取っている。だが、ジャスパーにはそんなもの存在しない。


 ただそれも、その防御魔法が一瞬でも解除され、その一瞬の隙に魔法を使用すれば意味の無い事だ。

 例えばイシュタルに精神支配の魔法をかけた後にその魔法が展開されようとも精神支配の効果は継続する。あくまでその防御魔法は『外部からの攻撃を全て遮断する』という効果しか持ち合わせておらず、内部からの攻撃だったりあらかじめ攻撃されている効果を打ち消すという性質は持っていない。


 そんな類の魔法はラグナロク内では確認されていないので、仮に使用できるプレイヤーがいるとすればイベントの首位報酬を総なめしていたヒナか、もしくは召喚獣に特別に与えられているくらいだろう。


(見えるよ、この後の展開が)


 同時にレベリオは――ギルメンにも秘密にしていた――未来視のスキルを使用し、そのタイミングを見計らう。


 魔法の外に居る者達への『仕込み』は既に終わっている。

 後は魔法を発動させるタイミングと“彼女”が絶叫をあげるタイミングを合わせる事だ。どちらか一方でもしくじってしまえば、それは完璧という以外にないこの計画の失敗を意味する。


「どこを見ている! わっちを蔑ろにするなど、良い度胸ではないか!」

「他の女には毛ほども興味が無いんだよ!」


 そう吐き捨てるように叫ぶと、レベリオは剣を握っていた右手の力を緩めて手刀を繰り出す。

 それにはハッタリだとバレない為に悪魔シリーズと呼ばれるスキルを乗せ、一撃受ければしばらく視界が真っ暗になるというデバフを与える物を選択する。


(これで、私の手を切断するか移動するしかないだろ!)


 仮に次元移動を使用して攻撃を避けようとするのなら、先程ジャスパーが言っていた『十秒時間を稼ぐ』という目的から遠のいてしまう。

 この傲慢な性格のサリエルが、己に課せられた任務遂行を数秒であろうとも遅らせるとは思えない。確実に手から先、もしくは右肩ごとその鎌で削り取ってくれるはずだ。


 十秒というのは魔法を解除してイシュタル達がジンジャーの元まで移動し、ジャスパーが再度魔法を展開するまでの時間を指していると思われる。

 ならば、タイミングはジャスパーが一度魔法を解除してから再び展開する直後だ。早すぎても遅すぎても失敗する。相手に主導権を握らせてしまってはタイミングを計るのが難しくなる。


 そう瞬時に考えた彼女は、あえて剣を手放し、利き手を一瞬ではあろうが使い物にならない状態にすることで“相手が自分で判断したように錯覚させた“のだ。

 誰だってそうだろう。脅威と思っていた敵の武器、攻撃手段が一瞬その手から離れてしまえば好機だと思う。ヒナのように異常に勘が鋭かったり戦闘経験豊富で罠かと勘繰る臆病で用心深い性格じゃない限り、この罠には必ず引っ掛かる。


『今!』


 レベリオの腕が両手共に地面に崩れ落ちたその瞬間、その場にイシュタルとサリエルの声が響いた。

 何かあってはいけないと念のために右肩だけではなく左肩から先も切り飛ばしたサリエルだったが、レベリオにとって問題なのはそこでは無かった。どうせ再生するのだから、腕の二本や三本好きに斬り落とせば良いと思う程度だ。ここでさらに追撃を受け、魔法を発動させるタイミングを無くされる事が懸念だったが――


(未来視であなたがその選択を取らないのは、既に分かっている。その傲慢な性格……やっぱりあなたは、お姉ちゃんの傍にいるには相応しくない。あらゆる事態を想定し、あらゆる可能性を考え、どんな時でも必要以上に保険をかけておくお姉ちゃんの臆病で用心深い性格を理解しようともせず、自分の力に過信して失態を冒すなんて……。お姉ちゃんならそんな事はしない。こんなヘマはしない。今回の件は私が悪いのではなく、お前のミスだ。お前が、お姉ちゃんの隣に居座りたいなどと大した実力も知能も無いお前が言うから、私はそれに反発した。こんな計画を思いついた。実行に移した。お姉ちゃんを、イシュタルちゃんを絶望させ、苦しめ、怒りを買うのは……)


 お前のせいだ。

 彼女がそう心の中で呟いた瞬間、魔法が発動した。ジンジャーとファウストが救助され、その治療が始められるよりずっと前。彼女達を戦闘不能にし、召喚獣達がこの場にやってくる僅かな時間を使って念の為と用意しておいた保険。


 それが今、最悪な形で発動される。


………………

…………

……


 レベリオがこちらをジッと睨んでいる。それが、イシュタルにはとても恐ろしかった。

 自分は何かとんでもないことをしでかしてしまったのではないか。ダンジョンでの事やメリーナの件もあり、彼女は今自分がしようとしている行いが正しいのか。それを今一度考える。


 左手を少し伸ばせば、現在進行形で治療が行われているジンジャーやファウストという名らしい彼女達の兄の痛ましい体が横たわっている。

 右手を伸ばせばそんな家族の姿を見てか、もしくはサリエルの予想以上の性能を見て怯えているのか、体を小刻みに震わせるソフィーの姿がある。

 正面を向けば、ヒナが自分の身を何があっても守るために寄越してくれた最強の守護神であるジャスパーやサリエルがその逞しすぎる背中を向けてくれている。


(ううん、大丈夫……。ジャスパーに守られてるのに私に危害が加わる事も、グレンがいるのにソフィーやジンジャーが殺されるなんて事も無い。絶対、無い。もうすぐヒナねぇもここに来る。そしたら、絶対にあいつを殺してくれる。それで、メリーナの事を謝って……勝手に家出したことも謝って、皆とまた暮らすんだ……。あの時みたいに、普通の家族として笑って――)


 ポロリと、その頬に一筋の雫が流れた。

 ようやくヒナに会える。それが現実味を帯びて来たせいなのか、彼女は自分でも気付かないうちに涙を流していた。


「セシリア……?」


 そんな彼女を心配してか、ソフィーは一歩彼女に近付く。その手を小さく震える肩に置こうとして……気付いた。


「え……?」


 彼女の右手が、手首から先が、無くなっていた。

 痛みは感じない。時間凍結の完成形を施している彼女は、仮に四肢を捥がれようが痛みなんて感じない。気付かないのは無理もない。

 だが、全ての攻撃から身を守ってくれるこの空間にいて手首から先が急になくなるなんてバカな事が――


「伏せろ!」


 次にソフィーが聞いたのは、先程まで余裕綽々、圧倒的強者、この場の支配者と言っても良い態度を取っていたグレンの……。天使の叫びだった。

 それに対応したのはソフィー本人――ではなく、いち早く事態を察したイシュタルだった。


「くっ!」


 その背中に横一文字の痛々しい刀傷を付けながらもソフィーを庇い、その上に倒れ込む。それが無ければ、今頃ソフィーの首は胴体からコロッと転がっていただろう。それで彼女が絶命するかどうかは定かでは無いが、そうなっていた可能性は十分にあると言える。

 なにせその攻撃を行った人物は――


「ファウスト! 貴様、何をやっている!」


 まだその体に無数の傷を付けてはいる物の、なんとか動く事は出来るようになったのか、ゆっくりと立ち上がったファウストだった。

 その瞳は虚ろに輝き、フラフラと左右に揺れる体は通常の状態で無い事を報せてくれる。


「僕はね、ソフィー。君がずっと嫌いだった。君が産まれたせいで母上は死んだ。君のせいで、僕は孤独に生きる事になった。君のせいで、アマリリスは死んだ」

「……おにい、様……?」

「僕をお兄様と呼ぶな、吐き気がする。母上の敵であるお前も、母上と父上から家族を任されておきながらその役目すら満足に果たせていないジンジャーも……。あぁ……母上は聡明なお方だったのに……唯一の間違いがジンジャーを選んだことだったなんて……」


 両手で顔を覆い隠しながらボソボソと紡ぐその言葉は本音か、それとも操られているがゆえに出ている言葉なのか。

 それは、その場の誰にも分からない。ただ確かなのは――


「君がそんな調子だと、私はいよいよ君を殺すしかなくなるけど良いのかい? 君は、まだ私に勝ったことないだろ」


 フラフラと立ち上がったジンジャーも同じ状態で、唯一違うのがその敵意と殺意が全てファウストに向けられているという点だけだ。


 普段であれば、そんな精神支配など数秒あればイシュタルがちょちょいと治せるのだが――


(痛い……。なに、この痛み……。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい)


 イシュタルは今まで安全な後方で、ラグナロクで最強だった存在三人に守られてきた。

 彼女達が傷を受ける事はあっても彼女が傷を負う事なんて無かったし、あったとしても掠り傷程度で済んでいた。この世界に来てからはそもそも傷を負うこと自体、四人の中であり得ない事となっていた。


 だからだろう。初めて味わうその痛み。肉を抉られ、体の外へ血液が滲み出るその感覚が痛くていたくて、泣き出してしまう程に耐えられない事だった。

 とても魔法なんて使用出来る状態ではなく、何も考えられず頭を真っ白にしてしまう。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! いたいいたいいたいいたい! ヤダヤダヤダヤダヤダ!」


 その絶叫が鼓膜を揺らして激怒したのはサリエル一人では無い。


「おい、何やってんだよお前。私らの可愛い妹に傷を付ける? は? ぶち殺すぞ」

「マッハねぇに同意。私達の可愛いかわいいたるを泣かせるとか許せない。殺す」

「…………」


 ようやくその場に到着した最強は、ただ何も言わず立ち尽くしていた。

 そして、無限にも思える数秒が経過した後、言った。


「なにやってんの、あんた」


 その目は、家族の誰も……。いや、ヒナ本人でさえ知らなかった彼女の本性と、レベリオに向ける以上の殺意と怒りを宿していた。

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