18話 階層ボス
『この世全ての生物へ死を運ぶ 極寒領域』
目の前でヒナ達4人を威嚇していたブラックベア7体が、瞬く間にその瞳から生命の気配を消失させる。
二足歩行で迫ってきていた大型の熊はその動きを止めると次々にバタリと地面へその身を預け、自らの命が終わったことを告げる。
スキルを放ったケルヌンノスはふぅと白い息を吐くと、隣でふわぁとあくびをしているマッハを見つめ、ふふんとその薄い胸を張る。
なにも反動が無かったことを誇っているのではなく、広範囲の殲滅に限ってはヒナよりも優れており、その戦闘能力がマッハ以上である事を誇っているのだ。
実際、彼女が使ったスキルは即死系のスキルや魔法を無効化する能力を持っていなければ逃れる事は出来ず、冷気に対しての完全耐性を有していなければダメージを受けるという物だ。その効果範囲は半径50メートルにもおよび、当然近くにいるヒナ達もそのスキルの対象だ。
「うぅ……けるちゃん、寒いよぉ……」
「こっちじゃ氷とかは出ないんだなぁ~」
「……私にも出番が出来た。けるねぇには感謝……」
ヒナ達は冷気に対してある程度の耐性は持っているものの、即死系のスキルは無効化していないのでなんの対策もしていなければケルヌンノスのスキルで一緒にあの世へ旅立っていた。
しかし、彼女達がその対策をしていないのではなく、イシュタルが一挙に全ての対策を行えるので任せているだけだ。
今ケルヌンノス以外の3人はイシュタルの保護魔法に守られており、体の内をカイロで温めているかのような温もりと、白銀の神々しいまでの光に覆われていた。
これは、即死系のスキルや魔法を一定時間無効にしてくれる保護魔法で、主に最強のボスモンスターと言われていたヘルを討伐する為にヒナが必死で手に入れた魔法だ。
ついでに言うならば、今ケルヌンノスが使ったスキル『極寒領域』は、ラグナロクでは一定範囲に氷のフィールドを形成し、その範囲にいる生物に冷気ダメージを与える特性を持つ。
だが、ここではその特性を発揮しておらず、ただ周囲の温度を数十度下げて息を白くするに留まっていた。
いや、留まっていると言うのは語弊があるかもしれないが、とにかく、ラグナロク内でのスキルとほぼ同じ効果が表れていたという事だ。
ちなみに言うと、スキルや魔法を使うのにケルヌンノスが発したような長ったらしい詠唱は必要ない。ただスキルの名前を発して、使うと念じればスキルを扱う事が出来る。
今回の場合だと『極寒領域』と唱えてスキルを使うと意識するだけで十分事足りる。だが、ヒナにカッコいいからとそう設定されたケルヌンノスは、緊急時以外はその微妙にダサい詠唱を口にするのだ。
その詠唱は特に必要のない物なので、その時の気分によって変わるのだが……今は本筋からズレるので良いだろう。
「なぁんでブラックベアしか出ないんだよ~。私の出る幕ないじゃんか~」
「日頃の行い。私はいつも頑張ってる」
「えぇ? 私も頑張ってるじゃん!」
「ヒナねぇは生きてるだけで偉い。でも、敢えて言うなら何を頑張ってるのかよく分からない」
「う……。その、上げて下げるのやめない……?」
刀を鞘にしまって不貞腐れるマッハの横をどや顔で歩くケルヌンノスと、その後ろをイシュタルにジト目を向けられながら涙目で歩くヒナ。
彼女達の姿を先に来た冒険者達が見たら何をやっているんだと憤るだろう。なぜなら、彼らは洞窟に入って数分も経たないうちにブラックベアの群れに襲われてその人生に幕を閉じたのだから。
それに、ここに来る予定だったムラサキも本来なら彼らと同じ道を歩むはずだった。彼女も、イシュタル達の見立て通りブラックベアに勝利を収めることは難しいからだ。
もちろん1体であればなんとかなるだろうが、その群れともなると逃げる事に専念しなければ到底生きて帰れない。いや、そもそも見たことの無いモンスターの強さを正確に測れるかと言われると、一流の冒険者と言えど怪しいと答える他ないだろう。
一方のヒナ達はと言うと、現状だけでも十分満足していた。
ここに来た目的がダンジョンの調査であるという事は把握しているが、そんなことを忘れるほどに、このダンジョンは楽しかった。
ムラサキよりも遥かに強い――彼女達にとってはどちらも雑魚だが――ブラックベアが滅茶苦茶な数発生しているだけでなく、全力とはいかないまでもそれなりの魔法が使えるからだ。それだけで、かつての冒険を思い出して心は踊るし、ここ最近溜まっていたストレスが一気に解消されていく。
「あ~あ、今ので何体目だよ~。もう200は倒してるだろ~?」
「ちょうど今ので341体目。ミズガルズで狩りまくった頃を思い出す」
「うげぇ、数えてるのかよ~。体感、もう4時間はここにいるぞ~?」
そう、ヒナ達は既に4時間以上この洞窟でブラックベア掃討を繰り返していた。
下への階層が見つかれば早々に引き上げる事が出来るのだが、自動的にマッピングをしてくれる優秀なシステムアシストが無いばかりか、ダンジョンが無限にも思える程広いせいで未だにボスらしきモンスターの部屋すら見つけられていない。
それだけならまだしも、その迷路のような入り組んだ通路が無数に広がっているせいでどこから来たのかすら分からないという状況に陥っていた。
最悪洞窟を壊して脱出する事も視野に入れており、今のところそうやって脱出する事が一番手っ取り早いだろうと結論が出ていた。
途中1度だけマッハも戦いたいとその刀を振ったが、あまりにもあっけなく片付いたせいでそれ以降はやる気を失って雑談に興じていた。
マッハは戦闘を好む種族ではあるが、一方的な戦いはあまり好きじゃない。血沸き肉躍るような、ヒリヒリする命のやり取りが大好きなだけで、一方的な虐殺はあまり好まない。
反対に、アンデッドでもあるケルヌンノスは命を奪うという行為そのものを好む傾向にあった。
だからこそ、ヒナが「ケルヌンノスが楽しそうだから」という理由で掃討を任せているのでヒナの隣をマッハに譲って隊列の先頭を鼻歌交じりに進んでいるのだ。
「後1時間してなんにも成果が無かったらもう出ようよ~。お腹空いた~」
「……賛成。私も、お腹空いた」
「えぇ~? もうちょっと遊んでいこうよ~!」
いつも早く帰りたいと嘆くのはヒナのはずなのに、今はそれとは別の光景が広がっていた。
ヒナもお腹が空いていないのかと言われるとそんなことは無いのだが、久しぶりに冒険をしていると実感できているせいか、空腹よりも幸福で頭がいっぱいになっていた。
そして、それは先頭を歩くケルヌンノスも同様らしく、ヒナの言葉にコクコクと頷く。
「ぶ~! じゃあ、せめて私の索敵スキル使わせてくれよ~。暇なんだよ~」
「……賛成。マッハねぇの索敵スキルでボス部屋を探せば、サッサと帰れる」
「え~? それじゃつまんないじゃん~! ねぇけるちゃん!」
「うん、ヒナねぇは分かってる……。せっかく自動マッピング機能が無いんだから、堪能するべき」
「脳筋どもめぇ~!」
恨めしそうにガクッと肩を落とすマッハだったが、その数秒後にパッと顔を上げると瞬く間にその顔を輝かせる。
索敵スキルを使うまでもなく、己の直感がブラックベア以外の強者の匂いを嗅ぎつけたからだ。
「この先! この先に、強い奴の気配がある!」
「え、まさか……ボス?」
「な~んで残念そうなんだよヒナねぇ! ほら、行くぞ行くぞ~!」
ようやく終わりが見えたと子供のようにはしゃぐマッハは、ケルヌンノスを追い越して立ちはだかるブラックベアには目もくれず、ただ一刀の元に切り捨てていく。
自分の立場が再び失われたとガッカリする反面、数時間ぶりのヒナの隣ということですぐに調子を取り戻したケルヌンノスは、その手をギュッと握りながらマッハの後を追った。
イシュタルが持つ松明の光を待たずに右に左に駆けていくマッハは、しばらくして1つの異様な扉の前で立ち止まると、バッと両手を振り上げて「やった~!」と声を張り上げる。
それは洞窟内にあるには不自然極まりない5メートルほどの巨大な鉄の重苦しい扉で、ラグナロク内でダンジョンにこのような扉がある場合は、決まってその先にその階層のボスモンスターが配置されていた。
彼女達が行うべきはこのダンジョンの調査と、もし可能であれば下の階層への階段があるかの探索だ。なので、この部屋にいるだろうモンスターを倒せば下への階層があろうが無かろうが、任務達成で帰宅出来るのだ。
「うぅ……もう終わっちゃうの~?」
「……まぁ、またどうせすぐに依頼は来る。それに、下への階層があれば今度来れば良い」
ガクッと肩を落としたヒナの背中をゆっくり擦りながらケルヌンノスがそう言って慰める。
素材や宝物なんてものに興味はないのでそこら辺は全てスルーしてきた彼女達だが、なにもこれで冒険が人生最後という訳では無い。明日にでもまた準備を整えて再挑戦すれば良いのだ。
「そ、そうだよね! また来れるよね!」
「うん……また、いつでも来れる」
「……ヒナねぇ、単純」
胸の前でグッと手を握って自分を励ますようにそう言うヒナに、イシュタルはやれやれと頭を振って肩を竦める。
そんな3人を無視し、マッハはウキウキしながらボスモンスターの顔を拝もうと重厚な鉄の扉を押す。
今までろくに出番が無かったのだから、ボスモンスターくらいは一人で戦ってもバチは当たらないだろう。そう、勝手に自分へ言い聞かせる。
実際ケルヌンノスやヒナもボスモンスターと戦うつもりはなくマッハに任せるつもりだったのでそれは良いのだが、いきなりギギギっと腹に響くような不気味な音が響いた為にその背筋をブルっと震わせる。
「も、もう! ま~ちゃん、開けるなら一言声かけてよ~!」
「ごめんごめん~! あっ! ほら、ボスモンスターもミズガルズにいた奴だ!」
笑顔で振り返りながら抜刀したマッハは、その奥に佇んでいた青黒い肌のミノタウロスを指さしてそう言った。
ボスモンスターが配置されたボス部屋は全体の広さが約20メートルと闘技場より少し狭い空間だったが、その周りには異様に人骨が散らばっており、青い炎が不気味に室内を照らしていた。
その中央に胡坐をかいて挑戦者であるマッハに苛立ちと殺意の籠った視線を送っているのは、その見た目通りの名を持つ『ブルーミノタウロス』と呼ばれる高レベルのモンスターだ。
ミノタウロスとは人の体と牛の頭を持ったモンスターを指し、ブルーミノタウロスはその肌が青黒いことからその名前が付いたとされている。
主な生息地はミズガルズやヨトゥンヘイムのダンジョンや洞窟内であり、そのレベルは最低でも70と言われている。
大した攻撃力は無いのだが、耐久力が他のモンスターに比べても群を抜いており、耐久力だけを考えれば神の名を冠するモンスター、巨人系統のモンスターに次いで3番目だ。
その背丈は2メートル弱と背の高い人間程度しかないのだが、背丈が低いマッハからすれば十分大柄で恐怖の対象になり得る。だが、彼女が求めていたのはこういう強者との戦いだ。恐怖よりも歓喜に震えて地面を強く蹴りブルーミノタウロスへと突進していく。
「たる~、援護頼む!」
「……分かった」
音速を軽く超えるような速度で走りながらもその動きを捉えているかのように顔を動かすブルーミノタウロスを睨み、マッハはその背後に回り込んで横一文字に斬りつける。
だが、ミノタウロスはそれを素手で受け止めると無理やり体勢を変えて回し蹴りを放つ。
「ぐらぁぁ!」
『絶対障壁』
『完璧防御』
その攻撃を避けようともせず、マッハはスキルを、イシュタルは保護魔法でその身を守る。
その効果によってマッハはダメージを受けることなくミノタウロスから距離を取る事に成功するが、妹から責めるような視線を受けてベッと舌を出す。
「……援護してって言ったのに……」
「ごめんってば~! つい反射で! 次っ! 次は、使わないからさ!」
パンっと手を合わせて申し訳なさそうに謝るマッハは、イシュタルが呆れたようにコクリと頷いたことでその顔を綻ばせる。
再びミノタウロスへと向き直って刀を構えなおすと、今度は防御の事は一切考えずに動こうと心に決め、地面を強く蹴る。
『狂戦士化』
その筋力を数倍に高め、ついさっきまで彼女が立っていた場所に大きなクレーターが出来る。
瞬く間にミノタウロスの懐に潜り込むと、先程とは比べ物にならない速度で刀を振り、その体へ3本の刀傷を付ける。
「ぐらぁぁぁ!」
『双竜剣 蘭』
呼吸の間を置かず、立て続けにスキルを使用してミノタウロスの体に2本の刀傷を付ける。
それらはまるで龍の爪で引っ掻かれたようにその肉を抉り、上半身と下半身を分断し、その断面から噴水のように青い血液を吹き出す。
「うっわ、これでも死なないとか……君、結構レベル高いね~」
「ぐ、ぐらぁぁぁ」
上半身と下半身が別れているのにも関わらず絶命しない……どころか、両手を地面に突き立てて勢いよく上半身だけで飛び上がると、頭上で手を合わせてマッハの頭蓋骨を叩き割らんと拳を振り下ろす。
刀で受ければ折れはせずともその耐久力がゴリっと削られるだろうその攻撃に、マッハは見向きもせず愛刀を鞘に戻して迫るミノタウロスに背中を向ける。
『完璧防御』
「!?」
「いや~、可愛い妹にも活躍の機会を与えないとなぁって思ってさぁ。はい、もう死んで良いよ~」
マッハがニコッと笑うと、ミノタウロスの方へ振り返ってスキルで強化されている肉体から手刀を繰り出し、その牛の額を貫く。
どろりとした血液が手を伝うが、それすら彼女にとっては快感なのか、口の端を歪めて「大勝利~」とヒナ達へピースを向ける。
そもそも神の名を冠するモンスター討伐を嬉々として行っていた彼女達にとって、どれだけレベルが高いモンスターだろうが、負ける要素は見当たらない。
もちろん一定レベル以下の存在からの攻撃を受けないというスキルはあるが、ブルーミノタウロス程のモンスターになると流石にそのスキルも機能しない。攻撃を喰らえば普通にダメージを喰らうし、死ぬ可能性だってある。
それでも、その場にイシュタルがいる限りは絶対に安全と言えた。
「マッハねぇ……別に、無理して活躍の場とか貰わなくて良かった……」
この4人の中でヒーラー兼バフ、デバフ役を担っているイシュタルがいる限り、彼女達はそもそも戦いにおいてダメージを喰らうという事があまり無い。
神の名を冠するボス相手だと流石にそんな訳には行かないまでも、普通のボスモンスター程度であればなんの問題にもならない。
それが、トッププレイヤーたる彼女達4人のパーティーだった。
だが、そんな背景がありつつも無理に活躍の場を与えられたと不満そうに頬を膨らませるイシュタルは、初めに活躍の場を奪われたことを未だに根に持っていた。
近接戦闘を行う上で最低限の防御系のスキルを所持しているマッハと、あらゆる状況に対応できるように数多の防御魔法を使えるイシュタル。
直接戦闘に関わっておらず、なおかつ援護してほしいと言われていたのに勝手に防御スキルを使われたら、いつもは冷静な彼女でも少しくらいムッとするのは仕方ない。
「も~、それくらいで怒んないの。ま〜ちゃんもわざとじゃないんだから、ね?」
「…………今度同じことやったら、マッハねぇには二度と防御魔法使わない」
「げぇぇ! ご、ごめんって~!」
普段優しい人ほど怒らせると怖いとはよく言ったもので、3人の中で怒った時に一番怖いのはイシュタルだった。
それを十分理解しているマッハは、今度ばかりは本気で手を合わせて謝る。
「……ん、許してあげる。今回だけね」
「ん! じゃあほら、早く帰ろう~」
「帝都に帰るまで、まだしばらくかかる……」
「ける~、そういう事言うなって~……」
天井を見上げながらうぇぇと項垂れるマッハは、そのお腹をぐぅぅと鳴らすと、苦笑しているヒナに「疲れたからおんぶ!」と手を広げてねだる。
ヒナはもちろんそれを断ることなくその小さな体を背中に背負うと、入り口まで歩くのが面倒だというケルヌンノスの意見に賛成して手元の魔導書へ魔力を集中させる。
『炎帝槍』
ボス部屋の天井に向けて炎の槍を放ち、その圧倒的な攻撃力と貫通力で地表部分まで繋がる直径3メートルほどの大きな穴を開ける。
太陽の光がボス部屋へ漏れ、7メートルほど上がった先に地上があるという事が分かる。
後にダンジョンとして開かれた時に問題になる気もするが、その時は知らないと嘘を吐けばバレないだろうと自分に言い聞かせる。
それに、このダンジョンに挑んでここまで来れる人はそう多くないだろうし、いたとしてもそれは自分達だけだろうという妙な直感もあった。
「……相変わらず、ヒナねぇの魔法の威力はおかしい。それ、そんなに威力のある魔法じゃないのに……」
「だって~、今の私にはこの子がいるんだもん!」
手の中で風に吹かれペラペラとそのページをめくる魔導書を優しく撫でながら、ヒナはにっこりと微笑む。
その後、イシュタルを抱きかかえたケルヌンノスがぴょんとジャンプしてその異常とも言える身体能力で一気に地上まで出る。それに続き、背中にマッハをおぶったヒナもぴょんと飛翔して地上へと上がる。
「……もう太陽が傾きかけてる。ギルドへの報告は明日にして、もう帰ろう……」
「そうしよ~。終わったと思ったらお腹空いて来た~。早くけるちゃんの料理食べたい~」
「…………分かった。早く帰ろう」
頬をポッと赤く染めながら右手を地面へとかざしたケルヌンノスは、ボソボソっと口の中で呪文を唱えると魔法を発動させる。
『我の呼び声に答えよ 眷属召喚 霊龍』
地面に5メートル四方の巨大な青白い魔法陣が浮かび上がり、巨大な龍がその場に顕現する。その鱗はまるで存在しないかのように透明で、6本の長い髭はガラスのように太陽光を反射する。
この龍は通常では視界に捉える事の出来ない特別なモンスターで、そのレベルは90後半。召喚魔法を手に入れる為にはある特定のボスモンスターを倒し、稀に手に入るのを根気よく粘るしかないという面倒極まりないシステムのせいでこの魔法を使える魔法使い自体がかなり珍しいという側面がある。
「お久しぶりです主様。それで、吾輩になんの用でしょうか」
渋くも品のある声がその場に響き、ヒナの背中でその顔を喜色に歪めていたマッハが小さくうぇと呟く。
ダンジョンに潜る前に彼女が偏屈ジジイと言い、ケルヌンノスが眷属を呼ぶと言っていたのは、この龍の事だ。
「私達をギルドまで運んでほしい。場所は飛びながら説明する。ヒナねぇ達も、あなたに乗せられる?」
「もちろんでございます。吾輩でお力になれるのなら、お安い御用でございます」
普段は気品あふれ、自らが認めた者にしかその心の内を見せない気高い龍なので心配していたが、ケルヌンノスの心配は杞憂に終わった。
霊龍にとって、主が認めた人物なら己の背に乗せても問題ない。それどころか、必要とされたことに喜びを感じて今にも咆哮をあげたい気持ちでいっぱいだった。
ピョンっとその背中に飛び乗った3人は、その場に暴風を巻き起こしながら飛ぶ龍の背中で子供のようにはしゃいでいた。が、そんな彼女達をダンジョンの最深部からモンスターの目を通して眺めていた男はチッと舌打ちすると、傍に控える女に彼女達を追うよう指示を出した。
「人の住処壊しといて……無事でいられると思うなよ、雑魚共が……」
1人になった男の狭い自室に、憎しみと怒りの籠った声が静かにこだました。