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177話 世界を滅ぼす戦力

 ヒナがイシュタル救出の為に呼び出した戦力は、まさしく世界を滅ぼすに足る面子だった。

 この5人を相手に勝利を納める事が出来るプレイヤーは存在しない。少なくとも1人という条件を付けるのであれば、万全な状態のヒナであっても流石に無理と言わざるを得ない。

 何人かで挑めば問題ないのかと言われるとそんなわけないだろと答えるのだが、少なくともヒナ達4人で勝てるほどの戦力では無い事を明記しておく。


 今回作戦の指揮を務めている忍者は高レベルでありながら攻撃力にかなり振り切られているような召喚獣で、反対に防御力といった耐久面はかなりの難がある。

 しかし、彼にしか使用する事を許されていないスキル『忍術』がかなり強力で、どんなにデバフに対する抵抗を装備やアイテムで獲得していようとも、彼のそれからは逃れられない。

 オマケに、忍術は魔法とは違うので相殺する事も不可能であり、避けるか受けるしか選択肢が存在しないのだ。


 そんな彼をヒナが切り札として使っていた頃は、自身が前方に出て後方から忍術で相手を拘束なり攻撃するなりして己のサポートとして使っていた。

 その役目が終了したのはケルヌンノスやイシュタルを創り上げたからなので、その性能は切り札として使っていた当初から変わっていない。つまるところ、彼自身には強化も弱体化も入っていないのだ。


 そして半人半獣のヘラクレス。彼は反対に防御と攻撃をバランスよく兼ね備えた存在だ。

 しかし、彼が使用してくる攻撃はどのような手段だろうと回避も相殺も出来ず、その火力を一身に引き受けるしかない。

 その攻撃力は一部で神の名を冠していると言われるにふさわしく、一撃喰らうだけでも上位プレイヤーはHPの3割以上を持っていかれる。

 基礎レベルが低く装備もままならないこの世界の住人など、彼の一撃を受けるだけで絶命する事は想像に難くない。


 シャングリラはさらにその上。完全にヘラクレスの上位互換と言っても差し支えなく、攻撃防御共にラグナロクでも最上位に君臨する。

 召喚獣の強さランキングなる物があるとすれば、必ず上位3人の中に名前が挙がるだろう。

 何より厄介なのは、彼は一度死亡したとしてもHPを全回復し、死亡時に背負っていたデバフ系統も全てリセットして復活する事にある。

 一度倒した後に聞こえる彼の龍の咆哮は、討伐者に絶望をもたらす事だろう。


 ジャスパーは体中に血よりも濃厚で目が痛くなるほどの真っ赤な人骨を張り付け、飾りつけ、身に着けているアンデッドだ。

 その身に装飾として付いている人間の頭蓋骨の数は23にも及び、人で言えば肩に当たる部分に闘牛の頭を飾り付けている大変悪趣味な骨英雄スケルトンヒーローだった。


 骨英雄はスケルトンの上位種としてラグナロクでは周知されていたのだが、骨英雄それ自体は高難易度クエストやダンジョンに度々敵モンスターとして登場する程度の強さだ。

 レベル換算すれば80前後であることが多く、剣士や槍使いの前衛であれば打撃や斬撃無効の常時発動型のスキルがあるせいで討伐に大変苦労するだろう。


 だが、そんなモンスターが神を超えるほどの性能を持っていると言われるのは理由がある。


 それは、ヒナが呼び出すイベント限定のジャスパーと呼ばれるこの個体は特別で、レベルは90後半。それも、攻撃力が非常に高く、打撃や斬撃だけではなく、刺突から魔法、果てはスキルによる攻撃。その全てを無効にしてくるスキルを所持しているからだ。

 つまるところ、このモンスターを倒す方法はラグナロク内に存在しないのだ。

 その代わり、ゲーム内時間で10分という非常に短い召喚期限――フィールドに存在出来る時間制限――が与えられている特殊なモンスターでもある。


 だが、この世界にはそんな制約はない。

 召喚主のヒナが何かしらの理由で彼に魔力を供給し無くなるか、戻れと命令されるまで、彼はこの世界に居続ける事が出来る。

 他の4体だけであればヒナもマッハ達を含めた4人でかかればなんとかなる”かも”しれないと答えるだろう。

 しかし、このジャスパーという存在が、それを全て無に帰してしまうのだ。


 ただ、ラグナロクでは時間制限がネック過ぎるというヒナの判断によってあまり日の目を見る事は無かったし、召喚獣の強さランキングでも上位に名前が挙がる事は無い。

 その全てはやはり『時間が経てば勝手に消えるので耐えていれば良い』という前提の元だ。


 と言うのも、上位プレイヤーであれば高々10分程度耐える事は造作もないし、回復アイテムなんかも駆使すれば耐えきれない方がおかしいという物だ。

 しかし、それが時間無制限となると話は変わってくる。その順位は大きく変動し、誰もが口を揃えて言うだろう。奴は、最強だ……と。


「ケケケ。ワレはイシュタルサマのゴエイにアタレバヨイのダナ?」

「あぁ。お前にはそれが一番適任だ。周囲はどうなっても構わないそうだ。イシュタル様を守れるのならな」

「ケケケ。ゴシュジンサマはタイヘンゴリップクなヨウスデスナ」


 耳をつんざくような甲高い声を上げ、ジャスパーはイシュタルとソフィーの前に立ち、魔法を発動する。

 それは瞬く間に彼から半径数メートルを更地にし、続いて青白いドーム型の防御魔法が発動される。

 これは、ヒナやマーリンがブリタニア王国で使用した物と同じものだ。


 しかし、彼が使用する魔法の全ては召喚期限という名の時間制限があるという前提があるので、その全てが強力に強化されている。

 この魔法の場合、プレイヤーが使用する場合と違って時間は無制限。魔力もそこまで消費しないというボーナスが付与されている。もしもヒナが彼と戦う事になれば、さっさと諦めて逃げた方が賢明だという判断を下すはずだ。


「おい、陰険坊主。わっちにもはよう役目を与えぬか。いくら主様の命だとしても、お前のような小僧にこき使われるのは好かぬ」

「……あなたは好きに動くと良い。その方が私を含め、奴らも動きやすくなる」

「ふん! 分かっておるではないか」


 そう言ってその豊満な胸を主張するように揺らしたグレンは、長い金髪と夕焼け色の瞳を揺らしながら手に持った巨大な鎌でブンと空気を斬った。


 その高貴で傲慢、勝気すぎる性格と言葉遣いは苦手とするプレイヤーも多い中で、その圧倒的なビジュアルとスタイルの良さで、キャラの人気投票で常に1位をキープしている存在でもある。

 そんな彼女がもしも男性プレイヤーの手に渡っていたならば、その使用用途は容易に想像できるはずだ。


 彼女のグッズが発売される度にネットでは転売に嘆く者達が続出し、広告なんかで彼女が嫌そうにしながらもゲームの紹介をする姿は一部の熱狂的なファンでは大変ウケ、一時期課金額が倍になったという伝説まで作ったほどだ。


 そんな広告塔とも言える彼女だが、その性能は呆れるほどに高い。

 まず、召喚獣のランキングで彼女を1位にしないプレイヤーはいないだろう。ヒナに対しても1対1の純粋な勝負で勝てるかもしれないと言わしめる唯一の召喚獣だ。

 ただ、彼女達が戦うなんて事は絶対に起こらない。グレンが召喚獣だからとかそういう問題ではなく――


「わっちに命令して良いのは主様だけだ。わっちに合わせられるのも、わっちの事を理解してくれるのも、全て主様だけだ。それをゆめゆめ忘れるな。お主ら如きがわっちに完璧に合わせるなぞ、到底不可能だとな」

「……」


 このグレン、ヒナと非常に仲が良いのだ。それも、この世界に来てからではなく、ヒナの生きる世界がラグナロクだった時からだ。

 その時から2人は共に戦う事が多く、その時もヒナは彼女に好きに動くように言っていた。自分が合わせるから、好きなように動けば良いと。


 自由にフィールド上を動き回る最強の召喚獣と最強のプレイヤー。そして、当たり前のようについてくる最強のNPC3人。

 彼女達5人が揃っていれば、どんなに自信過剰で傲慢で、オマケにヒナの強さを理解していない愚かなPKプレイヤーだろうと、ヒナの討伐は諦める。


 強力が故にその維持に必要な魔力量は膨大なのだが、彼女はこの世界に来てからも4度ほど呼び出してラグナロク時代の事を語り合っていた。

 それ程までに2人の中は良好だし、人見知りするはずのヒナが気負う事無く笑顔で語り合える数少ない存在だ。

 むしろ、家族以外ではほとんど皆無に等しいそんな存在は、彼女ともう1人か2人しかいない。


「そうだよねそうだよね! あなたみたいな強い子に合わせられるプレイヤーなんてお姉ちゃん以外にいないよね! むしろお姉ちゃん以外に居たらそんな奴は私が殺してあげるよ! あなたとお姉ちゃんの関係は私が理想とする関係でもあって、憧れで、嫉妬の対象で、殺意の対象で、解釈違いで、不一致で、究極の同担拒否の私でも認めざるを得ない存在なんだよ!」

「……」


 突如としてウットリとした表情を浮かべながら口を開いたレベリオにドン引きする影正は、隣で不愉快そうに眉を顰めたグレンに気付き、そっと一歩身を引いた。

 本当ならば今すぐ数歩後ろに下がったところに防御魔法を展開しているジャスパーに頼み込んでそこに入れろと頼みたいが、そんな情けない事出来るはずがない。


 それに、グレンの前ではそう思った瞬間に行動に移さなければ手遅れなのだ。つまり――


「同担拒否だと? ハッ、貴様如きが主様を推すなどとおこがましい。実力がまるで伴っておらぬではないか。彼の方の隣に立っていいのは、わっちやご家族の方のように実力を伴った選ばれた者達だけなのだぞ。分を弁えんか」


 いつの間にかキャベツの千切りのような状態になってそこら中に赤黒い血液と臓物をまき散らしているレベリオに侮蔑の瞳を向け、彼女は言った。


 実を言うと、グレンと言う名は正式名称では無い。

 正式名称で彼女を呼べばその性能が詳しく調べられると危惧したヒナが、公式で明言されていなかったのを良い事に勝手に名前を与えただけだ。

 その燃え盛るような苛烈な性格と燃え上がると手が付けられなくなるほどの破滅的な攻撃力。そして目に見えぬほどの速度で攻撃を繰り出すその手腕。

 まさに、全てが完璧と言って良い存在だ。


 ヒナが彼女にグレンと名付けたのはその性格や攻撃力が紅蓮の炎という魔法からイメージされる人物像に合致したと言うのもそうだが、一番は彼女の元の名前である『サリエル』には絶対に辿り着けないよう、まったく関係のない名前にしたかったのだ。

 そうしてグレンとして生を受けたサリエルは、死を司る天使として神話に名が残っている。


(相変わらず滅茶苦茶な奴だ。攻撃が見えん)


 決して弱いとは言えない……。いや、むしろ召喚獣の中でも最上位に君臨するほどの実力を持っている影正ですら、サリエルの攻撃は視認できない。いわば、それほどの強さを誇る存在だ。

 そして、そんな存在を容易く5体も。それもたった1人の家族を守るために召喚出来るヒナに対し、歓喜の声を上げる者が、この場には2人居た。


「あぁ、お姉ちゃんからの愛を感じる。特大の愛を感じる。これ以上ないくらいの愛を感じるよ! 私に出来るかなぁ? これくらいの愛を、愛情を、恋を、憎悪を、殺意を向ける事が、私に出来るかなぁ!? できる……できない? いいや、違うよね! できないんだったら出来るまでやるだけだよね! この気持ちが伝わらないんだったら、伝わるまで伝え続けるしかないよね! そうだよね、お姉ちゃん!」

「流石主様だ。わっちの友と呼ぶにふさわしいだけのお人だ。これほどまでに細切れにし、実力も伴っておらぬ奴の討伐になぜこない大所帯で向かわねばならぬのかと少々疑問だったが、そういう事か。ご家族を守るためにここまでなさるとは、その膨大で海よりも深い愛にわっちも早いこと預かりたい物だ。が、しかしそれはご家族との間にわっちが入る事にもなる……。いくらわっちでもそれは望むところでは無いし、むしろ傲慢が過ぎるという物か……? いや、しかしわっちの望みで言えばイシュタル様の妹としてでもその末席に加えていただけることが最も望ましい……」


 そんなことをウットリと頬を染めながら、冗談でもなんでもなく大真面目に言う2人。その顔は幸せで満ちており、頬は朱色に染っていた。

 そして、2人に共通している事はヒナが大好きであるという事ともう1つ。同じくヒナを愛する存在を、その家族以外には許せない、究極の同担拒否であるという事だ。


『あぁ!? 貴様、舐めてんのか!?』


 空気が揺れるほどの絶叫が響き渡った直後、再びサリエルの鎌が振り下ろされた。


 その場にヒナが合流するまで、残り30分。

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