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175話 狂った愛こそ、正常の愛

 イシュタルを庇うように現れた5つの影。それを見た瞬間、一瞬だけではあった物のレベリオの怒りは頂点に達した。

 長年溜めていたマグマが噴火するかのように一瞬で爆発し、その脳天から湯気を吹き出しそうなほどに怒りをその身に溜め、解放して発狂する直前に気付いた。

 その5つの影が放つ気配と殺気、そして彼らの異常なまでの性能の高さが意味するものを。


(この世界に召喚獣とかそういう概念が無いのは確認済み。そもそも、そういう概念があったところでここまで強いモンスターを呼び出すにはそれ相応の技量と魔力が必要なはず。なら、この魔法を使用した人間は少なからずプレイヤー。それも、結構な力を持ったプレイヤーのはず……)


 一瞬でそこまで考え、次にそのプレイヤーが誰なのか。それを考察する。


 5つの影の内、見覚えのある物は1つだけ。

 忍者のような格好をしたその男は、あるイベントで首位を獲得したある人物が一定期間だけではあるものの切り札として使用していた。

 あの頃のレベリオはその人が召喚するモンスターにすら嫉妬している状態……。恋愛で言う所の、相手が自分以外の異性といるだけで嫉妬し、その相手を殺したくなる期間だった。


 長年の月日を過ごしたり、恋する相手の事を分かってくればそんな些細な事で殺意は湧かないようになるが、まだ恋に落ちて1年と経っていなかったあの時は、モンスター相手にも本気で殺意を抱いていた。

 そして、その人物が呼び出したモンスターだと仮定するなら、ネットに転がっていた情報から他のモンスターの正体もおのずと見えてくる。


 上半身裸で下半身に藁のような物を羽織っている猛々しいという言葉が似合いそうな、半分人間で半分獣のような顔を持つ男。

 イベント首位報酬として配られたはずのそれは、神の名を冠しているともいないとも言われ、その見解はプレイヤー間で違っていた。

 その名は――


(あいつはヘラクレスか。それを前提に考えるなら、あのドラゴンに似た黒龍はシャングリラって考えた方が良いな)


 ヘラクレスの隣でレベリオを威嚇している片翼の黒龍は、ある小説に登場する理想郷ユートピアの名称で知られている。

 だが、その性能は理想郷のそれとは程遠い。

 一声鳴けばレベル20以下のNPCは即死するし、その口から吐き出される死の吐息ブレスは即死攻撃耐性を持っていなければどれだけ高レベルのプレイヤーだろうが一撃で葬る。


 オマケにその鋭い牙や爪での物理攻撃は呆れるほどに強力で、堅い鱗に体を守られているせいで並大抵の攻撃ではダメージそれ自体を与える事が出来ない。

 少なくとも、ダンジョンでヒナ達が相手にした眠りの神ヒュプノスよりは強いと言える。


(隣のジャスパーとグレンも……イベント首位報酬だったはず。こんなおかしい戦力を、たった1人の家族のために使える人なんて――)


 普通のプレイヤーであれば、NPCなんて道具に過ぎず、いなくなったとしてもすぐに変わりが見つかる代用が利く人形でしかない。

 しかし、レベリオが恋をする相手はそんな事は思わない。

 

 本来命が無いはずのNPCに本物の愛情を注ぎ、家族として扱い、あまつさえ感情など存在しない彼女達にでさえ愛を向けられる存在。

 全てのプレイヤーの頂点に君臨し、決してその座を譲らなかった孤高の存在。

 そんな人物、レベリオは1人しか知らないし、彼女以外にそんな人物が存在していたなら即座にその不届き物の命を終わらせるために己の力を全て投入するだろう。


「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!」


 ここに召喚獣達を寄越したその存在に数秒足らずで辿り着いた彼女は、吹き出しかけていた怒りを綺麗に愛情と快楽に変換して叫ぶ。

 それは発狂に似た歓喜と歓声であり、周辺の空気や地面を揺らすほどの声量だった。なぜ喉が潰れないのかと疑問になるほどで、正体不明の液体が彼女の足元からジョロジョロと漏れ出していた。


「え……?」


 だが、その召喚獣達に驚いたのはレベリオだけではない。

 いるはずのない強力すぎる援軍やその正体に気付いたのは、無論イシュタルも同じだった。

 震える絞り出したような声を思わず口から発し、恐怖とは違う別の感情で手が揺れる。まるで体が自分の物ではないかのように、ブルブルと震え、全身から力が抜ける。


「あれ……。お、おかしい……。体に力が……」

「セシリア……? ど、どうしたの?」

「ソフィー……おかしい……。あんな……あの人達は……こんな……こんなところに、いるはず……」


 恐怖とも喜びとも違う、イシュタル自身も良く分からない感情が次々と心の中に湧いてくる。

 だがそれは決して気持ちの悪い物だとか、死を感じさせる類のものではない。むしろ逆だ。絶対に安全。何があっても自分の身は守られるという万能感と安心感を与えてくれる。

 そして、ここに居るはずのない、自らその居場所を手放して裏切ったある少女の温かい、愛に溢れる笑顔が脳裏に浮かぶ。


「うわぁぁぁぁん」


 その瞬間、イシュタルは泣いた。

 ここ数週間、ジンジャー達に依存しようとすることでなんとか我慢していたその涙や押さえつけていた感情を全て吐き出し、戦場である事など忘れて泣き叫んだ。


 自分はまだ、あの人に家族だと思って貰えている。守るべき対象だとして……守らなければならない存在だと、認識されている。守る価値のある存在だと、思って貰えている。

 それだけで、イシュタルの存在価値はぐんと跳ね上がる。なにせ、イシュタルにとってはその少女が全てで、その少女と他の2人以外はどうでも良かったのだから。

 そんなに大切だったはずの人を傷付け、同じくらい大切になるかもしれなかった少女を死なせてしまった罪。それを背負うために……責任を取るために……彼女の元を離れた。


 いや、それは違う。言い訳だ。

 イシュタル自身がヒナの傍を離れたかったのはそんな殊勝な心があったからでは無いし、それは自分で自分を納得させるために吐いた嘘だ。


 本当は……。そう、本当は、勝手に自分は必要とされていないのだと絶望し、それなら……と、勝手に離れただけなのだ。

 ヒナからそう言われた訳でも、メリーナを殺してしまった責任を追及された訳でも無いのに、勝手にそう思って離れただけだ。

 自分勝手すぎるその決断を、姉妹の誰も許してくれないだろう。だから、自分はもうあの場所には戻れない。自分の中でそんな結論を出し、勝手に絶望して新たに必要としてくれる人を探しに出ていたのだ。


(最低だ……)


 恋人と別れた瞬間に新たな人と付き合いだす人間がいる。そういう人種を、ヒナは心底毛嫌いしていた。

 無論自身は誰とも付き合った事が無いし、孤独に生きて来たので好きな人なんて物も出来た事が無い。ただ、恋愛に関しては彼女なりの考えをしっかりと持っているくらいには彼女も見識があった。

 その中で彼女が言った事を、4人の中で頭脳を担当していたイシュタルが忘れるはずがない。


 ヒナはそんな人達の事を、総じて『好きでもないのに付き合うクズ。最低』と評していた。

 そんな存在に、今自分は堕ちてしまっているのではないか。そう考えると、死とは別の恐怖で体が震えそうになる。

 だが、今はそんな将来襲い掛かってくるかもしれない絶望よりも、ヒナが助けを寄越してくれていた。その事実が何よりも嬉しかった。


「み、味方……なの?」


 なんとかその召喚獣達からセシリアを守ろうと、震える体に鞭を打って魔法を使用しようとしていたソフィーは、その動きを止めてセシリアを見つめる。


 正直、この世界で一番強いと思っていたジンジャーが目の前の女に全く歯が立たずに軽くあしらわれていたのにも驚きだが、彼女よりも強い気配を放っている5つの影には勝てる気がしない。というより、挑む事自体がアホらしいと本能で感じる。

 仮にこれを使役している人物がいるとすれば、それは神と呼ばれるにふさわしい存在だろう。


「あぁ……あぁ! これだから……これだからお姉ちゃんはかわいいんだ! 私が愛するに値する唯一の人なんだ! 普通こんなに馬鹿げた戦力なんて持ってないし、持ってたとしても家族を守るためだけに派遣なんてしないよ! 自分を見捨てた、離れていった家族を探し出して、その命を守るためにここまでするなんて流石お姉ちゃん! あぁ……健気で可愛い……。愛してる。あいしてる、あいしてるあいしてるあいしてるあいしてる! あいしてる!」


 頬を先程より一層染めつつ、女はくねくねといやらしく体を揺らす。

 はぁはぁと熱い吐息を漏らし、股の下を濡らしながらうっとりとした表情を浮かべる。


「計画変更だ! だったら私は、もっと別の手段で、もっと別の方法で、もっともっと絶望的な手法で、もっともっと、もーっと怒りと殺意と愛を貰おう! お姉ちゃんからの愛、今度はちゃんと、しっかりと、キッチリと、受け止められるかなぁ……。えへへぇ、私、気絶しちゃうかもなぁ……。あぁ、それも良い。いやむしろそれが良い。それしか嫌だ!」


 この瞬間、レベリオの目標が『イシュタルを殺してヒナからの愛を受け取る』という物から別の物へと変更された。

 それは、彼女が以前の計画よりももっと絶望し、怒りと殺意を買えるのではないかと瞬時に思い至った計画だ。

 そして、天才的なその頭脳が導き出したそれは、大抵の場合間違える事はない。


「私が導き出した結論に間違いなんてあるはずがない! 私がお姉ちゃんを愛したのも、恋したのも、愛したのも、愛したのもあいしたのもあいしたのもあいしたのも! 間違いなんてない! 奴らはおかしいっていうけど、愛なんて本来は狂ってる物なんだよ! 狂ってる愛、つまり狂愛こそが正常なんだよ! それが分かって無い連中が、この世界には多すぎるんだ! 私は、お姉ちゃんを愛してる。あの人の全てに恋をして、愛していて、殺したいって願ってる! そう、声を高らかにして言える!」


 両手を広げまるで演説をするかのようにそう言った彼女は、次の瞬間イシュタルに目を向けて言った。


「“あなた”の怒りや絶望は、お姉ちゃんにとってのそれになるよね! アハハハハハ!」


 その狂気に満ちた笑い声は、しばらく戦場にこだました。

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