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172話 救出任務

 イシュタルが見つかった。その報せを聞いた瞬間のヒナの歓喜は、それはもう言葉では表せないような物だった。


 どこかで事件や事故に巻き込まれているのではないか。

 実はもうディアボロスの面々に拉致され、酷い事でもされているのではないか。

 そう思うと、ここ数日は目を閉じる事さえ難しかった。


 流石にケルヌンノスに怒られそうだったのでしっかり睡眠はとっていたのだが、それでも毎晩夢に見るのは、幸せだったこの世界に来てからの日々だ。

 なぜか両親と共に3人が一緒の夢に出てくる事は無いのだが、それはヒナが知るところでは無いし、特に気にしている所でもないのでスルーする。


 ともかく、彼女は忍者村の長からイシュタルを見つけたという報告が来たその瞬間にマッハでも目を見張るほど盛大にジャンプしてだるまの部屋の天井をぶち破りかけた。

 だが、そんな片鱗は一切見せることなく、まるでその動揺を悟られまいとするかの如く、無理やり怖い声を出していた。


(あいつ、別に悪い奴じゃないんだけどなぁ。なんか、いっつも貧乏くじ引いてない?)


 暢気にそんなことを考えていたマッハは、次の瞬間ヒナの口から出て来た言葉で全身を恐怖と動揺で震わせ、思わず隣の妹の顔を伺った。


「ヘラクレス、シャングリラ、ジャスパー、グレン。あんた達、すぐに影ちゃんに合流して。私達もすぐに行く。全ての決定権は影ちゃんにあるけど、もし戦闘になったらたるちゃんの生存最優先。他の事なんてどうでも良いから、全力であの子は守って」

「!?」


 ヒナが名を上げた4人の召喚獣は、いずれも個人イベントで首位を獲得した際に獲得した召喚魔法で呼び出す事が出来る召喚獣だ。

 忍者村の長である影正かげまさもそうなのだが、4人は召喚獣の中でも別格の強さを持つと言われる者達だ。


 ラグナロクに置いて最強とされるモンスターは無論神の名を冠してるモンスター。これは変わらないし、プレイヤー間でもそれは絶対であるという認識が確立されている。

 しかしながら、もちろんその神の名を冠するモンスターの中でも強いモンスター、弱いモンスターというのは存在する。

 そして極稀ではあるものの、神の名を冠しているモンスターよりも強い召喚獣やモンスターが現れる事がある。

 具体的な代表例として言えば、幾度も名前が挙がる閻魔だ。


 閻魔はその対抗策を所持していないプレイヤーにとっては一部の神には劣るまでもそれなりに厄介な存在だし、仮に対抗策を所持していて最初に放たれるスキルを凌げても、強さは依然健在だ。

 圧倒的攻撃力と防御力を誇る閻魔を攻略出来るプレイヤーなんてそこまで多くないし、実際召喚獣の強さランキングなる物があれば必ず10番以内には入ってくる。


 さて、なぜ今そんな話をしたのか。

 それは、ヒナが名を上げた4名の召喚獣はいずれも『神をも超える召喚獣』として広く知られる者達だからだ。


 マッハは回復役のイシュタルと共闘したとしても勝ち切れるかは時の運に任せるしかなく、ケルヌンノスに関してはイシュタルと戦っても勝ちの目なんて絶対に見えないような存在だ。

 それだけで、4人がどれだけおかしい性能を持っているのかが分かるだろう。


 ヒナがギルド本部の守りにと残してきた召喚獣も大概ではあったのだが、その4人はまた別格だ。

 あまりに強力すぎるのでその維持に掛かる魔力量は膨大だし、グレン以外は異形の姿をしているのでヒナもあまり目に入れたくないと思っている。

 実際、閻魔と同様、この世界には呼び出すまいと決めていた3人でもあるのだから。


『承知しました、主様』


 4人からそんな返事を受け取ったヒナは満足そうに頷くと、マッハとケルヌンノスに「行くよ」と声をかける。

 しかし、当の本人から待ったがかかる。


「ヒナねぇ……あいつら送るのか? ちょっと過剰じゃないか?」

「え、えぇ? でも、何かあってからじゃ困るもん。それにほら、あの子達なら何があっても大丈夫でしょ? なんか知らない人達と一緒に居るらしいし、影ちゃんだけじゃもしもの時勝てるか分かんないって言うんだもん……」


 まるで悪戯がバレた子供のように言い訳を並べるヒナに、2人は呆れるようにため息を吐いた。


 確かにイシュタルに何かあってからあぁしていれば良かったと後悔するのでは遅い。

 それに、この世界には上位プレイヤーも複数人……どころか、数時間前にwonderlandという、ラグナロクではトップに君臨していたギルドのサブギルドマスターが救援要請に来た。

 それを即答で断ってしまったのでもう関係は無いだろうし、二度と会う事も無いだろう。しかし、トップギルドの面々まで来ているとなるとその戦力は過剰から妥当という二文字に早変わりする。


 もし仮にディアボロスの面々と総当たりで戦う事になったとしても、その4人が居ればイシュタルの無事は保障される。

 相手がいかに不死身だろうが、4人は『死なない』という理由だけで勝てるような生易しい存在ではないからだ。

 なにせヒナだって、1人で戦った場合はかなり時間を使わなければ勝利を掴めないのだから。


「じゃあさっさと行こう。私もたるが心配」

「だよね! はい、ま~ちゃんも準備して! 武器忘れないでね! あと、だるまちゃんにお弁当お願いして!」

「自分で頼めば良いじゃんかぁ……」

「それはやだ!」


 口をアヒルのように尖らせながらそう言ったヒナは、最後に小さな声で『だって知らない人は怖いもん……』と付け加える。


 それをしっかりと聞いていたマッハは、ここ数日部屋を借りておきながら何を言ってるんだと呆れてしまう。

 まぁ、そんなところもヒナの可愛い所なので渋々という感じを出しつつも、しっかりだるまにお弁当を頼むのだが……。


「待ってマッハねぇ。私が作る。私が作った方が美味しく出来る」

「……多分、ヒナねぇはおにぎりとかそういうのを期待してるんじゃないか? ける、そういう単純な奴はあんま得意じゃなかったじゃん」

「それはっ……! だって、あんなの料理じゃないもん。マッハねぇでも出来るのを、料理とは言わない」


 そう。ケルヌンノスは料理に関してはミシュランで最高評価を獲得しても良いほどの腕前を持っている料理人だ。

 恐らくだが、この世界で店を出せばたちまち世界的に有名なお店になる事は間違いないだろう。

 無論食材そのものが美味しいという大前提こそ必要だが、それさえクリアされれば、ケルヌンノスが作る料理はどんなものでも基本的には美味しくなる。


 しかしながら、そんな彼女にも弱点はある。

 それは、あまりにも簡単な料理。例えばおにぎりや目玉焼き、ゆで卵なんかの物はかなり苦手だという事だ。

 無論設定にはそんな事書かれていないので、料理の腕がプロ並みなのも、その手の『家庭的な料理』が苦手なのも、全てケルヌンノスの個性だ。


「そうだよけるちゃん。道中に片手間で食べたいだけだから、おにぎりとかで良いの。ごめんね?」

「…………今度だるまに美味しい作り方教わっとく。次からはそれも私だから」

「負けず嫌いだな~」


 マッハはあからさまにムッとしながらそっぽを向いたケルヌンノスに呆れの目を向けつつ、食堂で仕事をしているだるまの元へ向かった。

 食堂の厨房では、普段の気の抜けるような姿と言葉遣いからは想像出来ないほどキッチリと白いエプロンを下げただるまが忙しそうに走り回っていた。


 料理人というクラスを取得し、さらにそれを極める事によって手に入れる事が出来る『空間認知』と『限られたエリア内での移動速度超上昇』という、ヒナでも持ち合わせていない数少ないスキルを駆使し、器用に厨房を回しているようだ。


 空間認知で作っている各料理の進捗状況を確認しつつ、食堂の厨房という限られたエリア内であれば瞬間移動にも等しい移動速度を誇る彼女は、同時にいくつもの料理を作る事が可能だ。

 まぁ、そのほとんどがラグナロク産の食材に味付けをしたり煮る、焼く等するだけなので非常に簡単だから可能……というのもあるのだが。


「ねぇだるま~、私ら出掛けるからお弁当作って~」


 この場に来た時、だるまが手を開けるのを待っているとかなりの時間を取られる。過去の経験からそう学んでいるマッハは、作業中の彼女に構わずそう呼びかけた。

 なにせ瞬間移動が可能なので、次から次に各階層で暮らしている200を超えるNPC達のご飯を作る事が可能なのだ。

 そんな途方もない作業が完了するのを一度待っていた事があるマッハからすれば、もうあんな思いは御免だった。


 そして“友達”であるマッハからの呼びかけならば、その作業を中断してでもだるまは応じる。なにせ、彼女はだるまにとって初めて出来た友達であり、かけがえのない存在だからだ。

 それはヒナにとってのマッハやケルヌンノス、イシュタル達のような家族に対する愛情と同じで、とても尊く、堅いものだ。


「出掛けるんですかぁ? ならおにぎりとかで良いんですかねぇ?」

「うん、それで良いって~!」

「じゃあ6つ作りますねぇ。具は何が良いかなぁ?」


 相変わらず眠くなるような声と話し方だなと思いつつ、マッハはそこまで聞いてないなと思い出す。

 ただザックリ簡単な物で、片手で食べられる物なら良いだろうとしか思っていなかったので、その中身まで気にしていなかったのだ。


「ヒナねぇは塩だけのやつが好きだからそれと、けるはドラゴンの肉入ってるのが好き! 小さいのじゃなくて、サイコロステーキみたいな大きい奴がゴロっと入ってるのな! そんで私は……魚だな! 魚入ってる奴が良い! それと、私のだけは海苔も付けて! コンビニで売ってるみたいな感じで!」

「了解ですぅ。ドラゴンのお肉ですかぁ……。ご飯と合わせるならジャイアントドラゴンかなぁ? お魚はムーンフィッシュとメディカルサテライトが合うと思うんですけど、どっちが良いですかぁ?」

「どっちでも! 任せる!」


 実際は、マッハはケルヌンノスと違って食材やその相性については良く知らないし、ヒナのようにモンスターやその効果を全て丸暗記している訳では無いので、そう言われても分からないだけだ。

 しかし、胸を張って「分からん!」と言うよりもこっちの方がカッコいいだろうという意味の分からない理由から、彼女はそう言った。


 ヒナが塩を振りかけたおにぎりが好きなのは、日頃から疲れるような事をしていたこの世界に来る以前の生活で、簡単に作れる塩おにぎりに大変お世話になったからだ。

 ケルヌンノスが大きなドラゴンの肉が入っているおにぎりが好きなのは……そうすれば必然的におにぎりその物が大きくなって作りやすいし、肉を焼く過程で料理が出来るからだ。

 マッハが魚が好きなのは、特に深い意味はない。強いて言えばヒナは『肉より魚派』なのだが、恐らく関係ないだろう。


 数分後、だるまは気を利かせてお勧めの魚を使ったおにぎりを2種類用意した。

 その事に満面の笑みと力いっぱいのハグで応えたマッハは、必ず帰ってくると残してその場を去った。

 そしてそのすぐ後、ダンジョンから圧倒的な力の気配が消えた。ヒナ達がイシュタルを救出しに向かったのだ。


「……メリーナ。私は……。私は、いったいどうすれば良いんだ……。教えてくれ……」


 その頃、ある少女の自室で、ヒナに関する記述がまとめられた数多い中の一冊……彼女と出会ったその日の事について記されたノートをギュッと握り締め、雛鳥はポツリと呟いていた。


 死ぬ勇気も無い。かといって生きる気力も無い。

 涙は既に枯れ、声は数十年分歳をとったかのようにしわがれてしまっている。

 瞳の光は失われ、全身は脱力するようにソファの背もたれに寄りかかっていた。


「私を……。わたしも……すくいだしてくれ……」


 誰かに向けたその願いは、真っ暗なその部屋に静かに広がり、静かに消えて行く。

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