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17話 初めての戦闘

 ブリタニア王国に到着し、馬車を下りたヒナ達を迎えたのは陽光に照らされて光り輝く銀色の荘厳な城だった。

 そうは言っても、彼女達が馬車を下りたのは王都キャメロットではなく、その少し手前にある名も無き小さな村だったので正確には分からない。それでも、城の上で風にはためく赤い御旗は、見覚えがあった。


「う、うそ……」

「……ヒナねぇ? どうかした?」


 ヒナの優れた視力だからこそ捉えられたその御旗に描かれた物。剣を握り、それを天高く掲げている男の姿は、まさしくギルド『円卓の騎士』のシンボルマークだ。

 シンボルマークなんてものを作るのはよほどロールプレイにこだわっているギルドくらいだが、そのギルドを象徴するマークとしてはかなり分かりやすい。

 しかし、それ故に分かる。あの荘厳で光り輝く城は、自分が良く知っているギルドの本拠地であると。


 馬車から降りてのんきにあくびをしているマッハや、この後の予定を確認しているイシュタルはそこまで城に興味は無いのか一瞥しただけでスルーする。が、ヒナの隣にいたケルヌンノスはヒナに釣られるようにしてその城に目を向けた。

 彼女にはなぜヒナが泣きそうになっているのか、なぜそんなに動揺しているのかは分からなかったが、小刻みに震える彼女の右手をそっと握る。


「……こ、この世界に……私以外のプレイヤーが、いる……」

「……ヒナねぇ?」

「ねぇ皆! あそこ行きたい! あの城、行ってみたい!」


 遠くの地でその城の一部だけを晒している王城を指さし、彼女は歓喜で全身を震わせる。

 自分に良くしてくれた、一番ラグナロクで親交のあった――1か月話しただけ――ギルドが自分と同じくこの世界に来ているなんて……。そう考えるだけで、どこか不安だった心のうちがパーッと照らされるようだった。


 だがしかし、そう思ったのはヒナだけだったようで、マッハやイシュタルはその顔に難色を浮かべる。


「ヒナねぇ、まずは依頼を終わらせてからにするべき。目算だけど、あそこまで行くにはいくら急いでも2時間はかかる。馬車を使うにしても、まずはギルドでラグナロク金貨を換金してからになる。なら、どうせ依頼を完了させた後に報告しに行かないといけないからその時に換金してからあそこに行った方が、どう考えても効率が良い」

「賛成~。ていうか、どうしたんだよヒナねぇ~」

「……」


 ヒナにとっては思い出深いギルドだったとしても、彼女達にとってはそこまで興味のない事柄だった。というよりも、彼女達が『円卓の騎士』について知っているのは、ヒナが勧誘されていた時にどうしようと彼女達に相談していたからだ。

 アーサー王の伝説について知っているのはAIにその情報が入力されていたから。

 逆に言うと、マッハ達3姉妹はそれ以外の情報を知らないのだ。

 そのギルド本部が豪華な城であってかなり細かい部分まで作り込まれているという事を最低限知っているくらいで、そのギルドのシンボルマークや正確な城の外観は知らない。

 だからこそ、果てに見える王城よりも、目の前の冒険の方が優先度は高かった。


「そ、そうだよね……。ううん、なんでもない」

「ん~? 変なの~」


 もしここで王城に行かないと選択したとしても、それは二度とあそこに行けないという訳じゃない。

 依頼を完了させてからでもあの城には行けるし、その場合依頼を完遂させてから向かった方が効率が良いというイシュタルの言は正論すぎて反論の余地が無い。

 だからこそ、ヒナはそれ以上何も言わない。気になりはするが、自分だって皆との久しぶりの冒険が楽しみな事には変わりないのだから。


「……それにしても、馬車はここまでで帰りはギルドまで歩けって言うのは、不親切。ダンジョンの前で待っててくれればいいのに……」


 イシュタルが手元の資料を睨みつけてダンジョンのある方角を確認しながらボソッと愚痴る。


 そう、彼女達を運んできた馬車はこの村で彼女達を下ろした後にそのまま王都へと向かって帰りにも乗せていくという事は無かった。

 ダンジョンの調査が終われば近くのギルドまで徒歩で帰還、必要であればその時初めて帝都に帰還する為の馬車を手配してくれるという事になっていたからだ。


 その理由だが、ダンジョンに行った実力派の冒険者が立て続けに帰ってきていないという事もあり、馬車がこのあたりで待機していると危険であると判断されたからだ。

 それに、ヒナ達が帰ってこなかった場合は永遠とこの場で待つことになってしまうので、一度王都に帰還させるというのは賢明な判断でもあった。


「仕方ない……。それに、帰りは帰りで試したい事がある……。私の眷属に乗って近くの街まで行けるのか、気になる……」

「けるの眷属~? あ~、あの陰険ジジイ?」

「……そう。私も含め、あいつは飛べる。もし皆を乗せて飛べるなら、かなり時間の短縮になる」


 マッハの問いにコクリと頷いたケルヌンノスは、その場で数センチだけプカプカ浮いて見せる。

 彼女は種族的な特性で地に足を付けなくとも移動出来るし、呼吸さえ本来は必要ない。それでも皆と同じように振る舞っているのは、そうしておいた方が自分だけ仲間外れにされていると感じ無いからだ。まぁ、そんな性格を設定したのはヒナ自身なのだが……。


「うげぇ……。私、あいつ嫌いなんだよなぁ……」

「マッハねぇとは相性が悪いだけ。面倒見が良いタイプ」

「……私はあの人、結構好き。話が合う」


 3人がそんな会話を繰り広げてダンジョンの方へトコトコ歩く中、ヒナはまだ心残りがあるのか背後に遠ざかっていく王城をチラチラとその瞳に宿していた。

 だが、そんな時間も長くは続かず、馬車から降りて10分も経たないうちに目的の場所がその姿を現した。


 そこは、辺境の村にあるとは思えない程荘厳なドラゴンの像が2対並んだ場所だった。

 神社にある狛犬のように配置されたドラゴン像は来る者を威圧するかのようで、それらを無視して少し進んだ先には大口を開けて挑戦者を迎え入れる洞窟。その手前にはご親切に松明が立てかけられ、チリチリとその炎を燃やしていた。

 ダンジョンと言うよりも見た目は挑戦者を求めているような迷宮に近い。そんな印象を受ける。


「……ちょっとだけワクワクする。外観を見る限り、強いモンスターが出そう……」

「気合い入れてこ~!」

「……マッハねぇ、ちょっとは私達の分も残してくれると、嬉しい」


 流石に洞窟の中にドラゴンはいないだろうが、それなりに強いモンスターが出てくることを期待して、3人は並び順を改めてから洞窟の中に足を踏み入れる。

 明かりを灯す魔法はヒナが使えるが、なにがあるか分からないしせっかく用意されているんだからと、入口に立てかけられていた松明を最後尾のイシュタルが持つことになった。

 仕事が無いと嘆いていた彼女はそれだけでもありがたいのか、少しだけその頬を緩ませている。


 洞窟の中はゴツゴツとした岩肌とガスのような白い物が至る所からプシューっと吹き出していた。それに加え、地面には所々鋭い突起のようなものが突っ張っているせいで非常に歩きにくく、よく目を凝らしていないと履いている靴や装備を貫通して足裏に穴が開くだろう。

 洞窟内は非常に暗く、松明の明かりが無ければまともに前さえ見えない。その割には何本もの細い道が無数に伸びているせいで、まるで迷路のようになっていた。


「……そう言えば、食料とかを持ってきていない。すっかり失念していた」


 しばらく洞窟を進んだところで、ケルヌンノスが思い出したようにボソッと呟いた。その声が嫌に洞窟内を反響し、奥へ奥へと消えていく。

 ヒナもその言葉で思い出したが、ラグナロク時代は冒険に行くのに飲食は必要なかった。装飾品としての食材や料理は存在していたが、それらはあくまで装飾品であって食べたり食べさせたり出来る代物では無かった。だからこそ、失念していた。

 それはマッハやイシュタルも同じだったらしく、思い出したように「あ~」と呟き、それが洞窟の奥へと反響していく。


「そう言えば……お腹空いたかも」

「……やめて、マッハねぇ。こういう時は忘れるに限る」

「……うっかりしてた。もしもの時に脱出する用のアイテムさえ持ってきてない」


 ラグナロク時代にはアイテムボックスが存在し、装備の他に色々な物を持って冒険に出る事が可能だった。だが、それもあくまでデータ上存在しているというだけで、実際には用意をしなければ手元にすら現れてくれない。それを怠ったが故の、今の状況だった。

 脱出アイテムも、魔法が使えなくなった時用の魔力やHP回復ポーションも、その他様々な便利アイテムも、何も持っていない。ただ、各々の装備だけが完璧という状態だった。


「ぐるぉぉぉぉ!」


 そんな折、やっと最初のモンスターが顔を出した。

 暗闇の中でキラリと光るその瞳は血のように赤く、全長は3メートルほどの真っ黒な毛皮に覆われた二足歩行する熊だ。

 その爪は凶悪なほど鋭く伸び、金属鎧をバターのように切り裂く性能を持っている。その名を――


「あれ、こいつブラックベアじゃん。ラグナロクにいたモンスターって、この世界にも出てくるんだな~」

「……こいつ、最低でもレベル45はある。あのムカつく狐でも、勝てるか怪しい……」


 そのモンスターはラグナロクにも存在し、その見た目からブラックベアと名付けられていた。

 主にミズガルズのダンジョンや荒れ地に生息し、3頭から10頭で群れを構成して狩りをする。

 その戦闘能力は非常に高く、最低でもレベル45以上、個体によっては60を超える。

 しかし、このブラックベアはドロップする素材が希少な装備を作るために必要な場合が多く、プレイヤーに一番倒されているモンスターは何かと言えば真っ先にこのモンスターの名前が上がるだろう。


 ヒナの魔法火力がおかしいという前提でも、30レベルも行かないモンスター相手にしか効果のない魔法を避けれなかったムラサキが勝てるような存在じゃないのは確かだ。

 オマケに、暗闇の中で赤く光る瞳は2つじゃない。全部で、8つだ。

 ムラサキでも1体が相手であればまだ辛うじて勝てる可能性はあるだろうが、それが4体同時ともなれば彼女が生存できる可能性は絶望的だろう。

 そして、この洞窟においてこれがデフォルトで出現するモンスターだとすれば、先に調査に来た冒険者達の生存も、これまた絶望的だ。


「なぁ~、誰がやる? 私で良いか~?」

「ま~ちゃんがやらないなら私がやりたい!」


 このモンスターは物理的な攻撃に対して高い体勢を持ち、その毛皮が大変高値で売れるためにあまり刀や剣などの物理的な手段で無理やり倒すのは推奨されていない。

 その前提知識を持っているので、マッハはその刀を抜くことなく後ろの2人に目を向ける。

 そして、彼女のそんな意志を正確に読み取り、ヒナが子供のようにキラキラした瞳を向けながら手を挙げる。


「……なら、次こいつが出てきた時は私が相手にする」

「うん! ありがと!」


 隣で残念そうにしているケルヌンノスの頭を優しく撫で、ヒナは手元のソロモンの魔導書に魔力を集中させる。

 スキルでさらに魔法を強化させることも出来るが、今回は愛用の武器があるのでそんなことはしない。それをすると、洞窟それ自体が持たずに崩壊して生き埋めになる可能性がある。そんなことは、うっかりしているヒナでも分かっている。


『神の雷』


 洞窟にバリバリっと衝撃が走り、音を置き去りにした雷撃が突如としてブラックベア達の体を焼き尽くす。それらは瞬く間に辺りに広がり、4人の体内にも静電気を発生させてその髪を少しだけチリチリに焦がす。

 レベル70以上のモンスターをも一撃で殺す強力な魔法でありながら、ソロモンの魔導書の効果でその威力を倍にされた魔法の直撃を受ければ、ブラックベアはひとたまりもない。文字通り、一片の欠片も残さず消滅し、辺りには肉が焼け焦げる独特の匂いが残った。


「あ……やりすぎちゃった」


 暗闇で、ヒナのそんなマヌケな声が静かに響く。

 思わずこの世界で初めての戦いという事で張り切ってしまったが、明らかに威力過剰だったと後悔する。まぁ、ブラックベアの毛皮や爪は所持数上限まで持っているのでどんな倒し方をしてもあまり変わりはないのだが……。


 それとは別で、ゲーム内では見られなかった現象が起きた。

 髪の毛が雷撃を受けた影響で少しではあるが焦げるという初めての経験。もちろん痛みは無いが、それとは別で、頭を小突かれたような微妙な痛みを受ける。


「……なるほど、ダメージを受ける感覚ってこういう事なのか~。初めてのダメージが敵じゃなくてヒナねぇからってのは、なんだかなぁって感じだけどな」

「知らない奴から貰うよりマシ。数秒あれば回復する範囲……」

「うぇぇ!? みんな、ダメージ受けたの?」


 ラグナロクでは、同じパーティーに所属するメンバーからの攻撃は受けないというシステムがあった。だが、ヒナも含めてこの場の全員が先程の魔法の余波を受けて微々たるものだがダメージを受けていた。

 そもそもこの魔法は反動でダメージを喰らうような魔法では無いのだが……その点を無視しても、ゲームとは様々な点が違うという事を改めて認識する。


「……強すぎる力は反動を受けるのか、それともここが狭すぎてその魔法の力が逃げ場を失って跳ね返って来たか。多分、そのどっちか」

「うわぁ、どっちもありそう~。なら、次けるが戦う時は魔法じゃなくてスキルで頼む~」

「……分かった」


 小さくコクリと頷いてさらに足を進めた一行は、少しだけ憂鬱になりつつ……それ以上に予想に反して手ごたえがありそうなダンジョンだとその胸を躍らせた。

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