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163話 離脱と逃亡

 後ろから追いかけてくるディアボロスの決して死ぬ事の無い雑兵を蹴散らしつつ、バイオレットはこの世界に来て初めて手に入れた“感情と知性”で考えていた。

 彼女を操作……正確には命令を出しているレガシーの想いと、自分が抜けた戦場について。


(雑兵共はシャドウが龍を召喚するなりすれば問題は無くなる。問題はあいつらか……)


 あの場にいた脅威になり得るだろう人物は全部で5人。その中でもレベリオという名前らしい人物は心ここにあらずという感じだったのでこの戦いではいない物としてカウントしてなんら問題ない。

 問題はその他の4人。フィーネ、サン、ミセリアとイラの姉妹だ。


 彼女達の強さそれ自体はバイオレット1人でもなんとか抑えられるレベルでしかない。

 なにせ、彼女達の強さは対人……つまり、戦う相手をプレイヤーに限定し、その装備や武器を、モンスターではなくプレイヤーを相手にする前提で組んでいるので彼らにとって脅威となっているに過ぎない。


 しかし、機械であるバイオレットにその対人装備は効果を及ぼさない。

 ディアボロスの面々が所持している武器のほとんどが“対象がプレイヤー、もしくは人族だったならダメージが増加する”という一文があるのだが、バイオレットの種族は人族でもなんでもない。言うなれば機械人形という名のロボットだ。


 対人装備は、プレイヤーを相手にすることを前提にするならば、その全ての攻撃を半減にして受ける事が出来るといった物もあるし、武器に関しても同じことが言える。

 ゲームのメインコンテンツがモンスターを倒す事だったのでそこまで強い武器は実装されていなかったのがまだ幸いだ。この場所にはランキング上位者が集まっているのだし、瞬殺されることは恐らくない。


「時間がかかれば分からない……か。マスター、この後はどうすれば良いのですか?」

「……」

「マスター?」


 いつもなら数秒で応答があるのに、その時返って来たのは妙な沈黙だけだった。

 バイオレットはまさかと嫌な予感を覚え、彼女がここ数十年引きこもっている屋敷の方角を心配そうに見つめる。


 機械遣いはその性質上、全ての運動能力やステータスを操る機械に託しているし、スキルなんかも全て機械に移植している。

 モニター上でアバターではなく、そのアバターが操っているという設定の機械を操る感覚がどんなものだったのかはそのクラスを選択するプレイヤーが少なかったのでなんとも言えないが、この世界では違う。

 バイオレットはバイオレットで、レガシーはレガシーの意志で行動している。


 無論バイオレットの各行動の最終的な決定権は操縦士(?)でもあるレガシーに委ねられているが、彼女は基本彼女自身の意志で行動している。

 つまるところ、今その操縦士であるレガシー本体が襲われれば、彼女は他の面々のように対抗する術を持っていないので文字通り為すすべなくあの世へ送られる事だろう。


 当然ながら、本体であるレガシーが死亡すればバイオレットもその機能を停止させる。

 そしてバイオレット自身の優先順位は、当然ながらスカーレットなんかよりもレガシーの方が数段上で――


「待って、私は無事。ただ考え事してた。この先どうすれば良いか……だったよね」

「……はい。スカーレットを助けること自体は簡単です。彼女ほどの実力を持った人が、こんな短時間で死ぬとは思えませんから。しかし、その先は?」


 仮にスカーレットを助け出したとしても、相手の秘策がどうにもならない限りwonderlandの面々に勝機は無い。なにせ、相手を殺す事が出来ないのだ。逃げるという選択肢を見出す事が出来ればなんとかなるだろうが、それも決戦の前にシャドウによって却下されている。


 仮にここで自分達だけで逃げたとしても、スカーレットはそれを許さないだろうし、仮にこの場は従ってくれたとしても後々死にたくなるほどの後悔と絶望が襲ってくるのは間違いない。

 スカーレットはお調子者でデリカシーが全くないが、それだけではない。

 彼女は人一倍仲間想いで責任感が強く、それを押し隠す為の仮面をかぶっているだけに過ぎない。

 長年の付き合いでその事を十分理解しているレガシーも、想い人のそんな優しい心を踏みにじっても良い物か。それだけを、この数分間ずっと考えていた。


(2人で逃げる……。どこへ? そもそも逃げられるの? いや、仮に逃げられたとして行く先は? 頼るあては?)


 この世界に来て顔や名前を売ったり、土地勘やなんらかしらの後ろ盾を得られていればまた話は違ったかもしれない。

 しかし、今この場に残っている5人は、カフカを除いて外の世界を全くと言って良いほど知らない。

 良くも悪くも彼女達にとってはこの場所で世界が完結していて、その先の世界……湖の上の世界が、本当の異世界だったのだ。


 本当の異世界で生活していく事それ自体はバイオレットがなんでも出来るので苦労はしないだろう。

 炊事、洗濯、戦闘。その全てをほぼノーリスクでこなしてくれるので問題にはならないし、金を稼ぐのだってどうにかなるはずだ。幸いにも、言語は日本語を全員が習得しているので日常会話に困る事はない。


 ただそれは、あくまで平常時の場合だ。


「ここで逃げたところで、奴らは永遠に私達を追ってくる。それも、今度はシャドウが言っていたように私達の装備やアイテムを複数、それも惜しみなく使ってくる。そうなれば、いくら私でもマスターを守り切れる保証はできない」

「スカーレットも、多分同じだよ。それに、あの子はその前に責任感と罪悪感、重圧で自分を殺してしまいかねない」


 ただでさえ引きこもりのレガシーは、バイオレットが居なければ日常生活も満足に送るほどが出来ないほど体力が無い。

 元々そこまで体力が無かったというのもそうなのだが、ここ数百年まともに体を動かしていなければ、仮にオリンピックで金メダルを取るようなアスリートだろうとそうなるはずだ。

 それはつまり、仮に戦闘になった時は何もできないお荷物になってしまうと言うことだ。

 バイオレットはともかく、スカーレットはそれすら重荷なるだろう。


「安易に助けろって言っちゃったけど……間違いだったかな。あはは……もう、分かんないや……」


 自嘲気味に笑ったレガシーは、小さくため息を吐いて肩を落とす。


 集中すれば目の奥に移り込んでくるバイオレットが見ている景色が浮かび上がってくるが、その視線の先にスカーレットの姿はない。

 ただ、彼女も視線を落としているのか派手にひび割れた石畳が見える。


 いくら彼女が強かろうとも、決して死ぬことが無い相手と対峙していればいつか限界は来る。

 早く助けに行かなければ最悪の事態になる事だってあり得る。


「あ~あ……どうしてこうなっちゃったかな……」

「マスター?」

「せっかくスカーレットと一緒に暮らせるってなったのにまともに顔も合わせらんないばかりか、あなたを通してしかお話しできないとか……自分が情けないよ」

「……そんなことは無い。マスターが必死に彼女と話そうと努力していた事を私は知っている。私相手に何時間も対面で話す練習をしていた。あれは嘘じゃない」

「200年くらい前にちょろっとしただけだけどね」


 当時はそれでスカーレットと話せるようになる。

 年甲斐もなくそんな幼稚な事を考えてバイオレット相手に何時間も笑顔を浮かべる練習をしたり、告白や世間話をする練習をしたものだ。


 しかし、結局家から出る事すらできなかったせいで断念してしまった。彼女を家に呼ぶ事なんてできなかったので関係が変わらず、むしろ離れてしまったのだ。

 これがレガシー自身のせいじゃないとすればいったい誰のせいだと言うのか。


「なんか、あれだよね。大切な物は失ってから気付くってよくいうじゃん? 一緒に暮らすってのは……まぁ、部分的にはそうなったけど、本質的には違って……その状況にどこか甘んじてた私も、その生活が無くなっちゃうってなればちゃんと後悔するんだね」

「……勝てばいい。奴らに勝てば、これから先も彼女と過ごせる。仮に今は勝てなくとも、魔王に助力を求めれば、もしかすれば勝機を見出す事が出来るかもしれない」

「どうかなー」


 諦めたように乾いた笑いを漏らした彼女は、どっかりとベッドに全体重を預け、はぁと再び深い吐息を漏らした。

 足を止めていたせいで蹴散らしたはずの雑兵共がうじゃうじゃと周りを取り囲んで嫌らしい笑みを浮かべているが、特に気にすることなくバイオレットは続ける。


「スカーレットを守りたいなら、それくらいは覚悟するべきだ。私はこれくらいでしか、力になれない」


 そう言って地面に片手を振り下ろすと、風圧だけで周りの20人ばかりの男達を吹き飛ばす。

 地面には拳大の穴が開いてしまっているが、こうなってはシャドウもカフカも咎めはしないだろう。

 それに、仮に叱られるとしてもその時にはお互い、もしくはどちらかが生きていない可能性も十分に考えられる。


「結局私は、あの子とは不釣り合いだったのかもね。まぁ、告白すらしてないし、ここに来てからまともに話す事は無くなったけど……」

「それは違う。私とスカーレットは良く話していた。師匠と弟子のような関係ではあったが、それでもその会話はマスターも聞いていたはずだ。彼女はしょっちゅうマスターを気にしていた。それは、親友以上のなにかによる感情だったと、私は思う」

「……」


 感情を持たないはずの機械の癖に……。そう思ってしまう自分が、たまらなく憎らしかった。


 NPCを本当の家族同然のように扱っていると噂されていた魔王とは大違いだし、彼女ほどの力があればこんな連中から彼女を救い出し、あまつさえ英雄となって彼女の隣に立つことも容易に出来ただろう。

 どんなことでも叶えるだけの力でも持ち、恐ろしいほどの知略を巡らせる彼女の力に憧れ、嫉妬したのは己の長いながい人生の中で、一体何度目だろう。


「マスターがどうしたいのか、それは私には分からない。私はマスターの考えや望みを叶える為だけに存在している道具でしかないからな。だけど、もし許されるなら一言言いたい」

「……なに?」


 初めて聞く、バイオレットの真剣そのものの声色。普段は感情が一切読み取れない、その見た目に違わず本当に機械なんだなと思わされるほど無機質な声。

 それが、今は人間と同じように……自分やスカーレットと同じように、確かな感情をその心に宿しているように思えた。


 そんな事があるはずが無いと分かっていながらも、レガシーは思う。もし、そうだったなら良いな……と。


 NPCではないにせよ、バイオレットは今や彼女のたった1人の理解者であり、親友であり、家族であり……失いたくない“物”の1つだった。

 彼女の変わり?とんでもない。そんな存在、いるはずがない。

 本心からそう思えるほど、レガシーにとって、バイオレットはかけがえのない存在だったのだ。


「大抵の事はなんとかなる。仮にその先の見通しが甘かろうが、間違っていようが、自分が思った通りに行かず失敗しようが……大抵はなるようになると、私は思う。だから……あまり気にするな。もしなにか不都合な事が起こっても、私が全て跳ね除けて見せる。マスターやスカーレットに、危害は加えさせない」


 ポンと自分の胸に右手を添え、軍人が敬礼をする時のように軽く目を閉じたバイオレットは、続くレガシーの言葉を待っていた。

 先程とは違うどこか心地よい沈黙がしばらく続いた後、それを破ったのはようやくこの場に戻って来た雑兵共の勇ましい声だった。


「……死なないというのは存外厄介だな。無効玉でこいつらの不死性は解除できないのか?」


 それに応答する声も無かったが、彼女は気にすることなく再び迫り来る男達の顔面の骨を叩きおり、潰し、足を捥ぎ、手を千切り、辺りを臓物と捥がれた四肢と生首が散らばる血の海へと変える。

 その時、ようやくと言って良いほどの時間を要しながらも、レガシーが口を開いた。


「スカーレットと一緒に、ここを出る。私を回収した後にシャドウとチャンが生きてたら、アイツらも一緒に行く。出来るでしょ?」


 ちょっぴり不安げに、それでもどこか確信めいた力強い言葉。

 そんなレガシーの言葉にバイオレットが返す言葉なんて、これ以外にはない。


「マスターが望むなら」


 地獄とも呼んでいいその凄惨な現場に、決意に満ちた勇ましいその言葉が静かにこだました。

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