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161話 違和感の正体

 対剣士最強との呼び声高い堕天使ルシファーを、極低確率ではあってもリスクなしで呼び出せる天使の種族固有スキルはかなり強い部類に入る。


 鬼族の鬼人化などの、次に使うスキルの効果を倍増させるような物や、シャドウのような龍神族の“スキルは使えないが素の身体能力が高く、特殊な能力を持っている”というような者達は確かに存在する。

 ただ、そんな強者達を抑えてラグナロクの最強種族ランキング1位に、種族の大幅増加アップデートが入った直後から数年後のサービス終了までずっと居座っていた存在がいる。

 それがどんな種族なのか、言わなくても分かるだろう。


『女王の威厳 攻撃変換 カルマ


 吸血鬼。その中でも最上位の種族である女王吸血鬼にだけ許されている種族固有スキルは、鬼人化や天界への階段なんかとは、理不尽さが段違いなのだ。


 無論普通の吸血鬼や、一段階下の『王女プリンセス吸血鬼ヴァンパイア』という種族にも専用のスキルはあるし、それもかなり強力な部類な事に変わりはない。

 しかしながら、女王になるともう何段階もその理不尽度が上がる。


 女王の威厳という名のそのスキルは、自身の弱点を克服するかのように、使用した時間が朝だろうが昼だろうが自身の周囲数メートルの範囲だけを満月の夜へと変化させる。

 吸血鬼の女王は遂に種族の悲願であった太陽を克服し、その強大な力の元に月を従え、太陽を服従させた……とは、公式の設定資料に書き込まれている文言だ。


 まさにそれを実現するかのように、スカーレットの周囲数メートルは瞬く間に暗闇に包まれ、彼女の瞳がより一層緋色に染まる。


「あ~……忘れてた。お前、そういや女王だったか……。これは僕の判断ミスだな……」


 ガシガシと頭を掻きながらミセリアは言った。


 それに反応するようにルシファーが動き、その巨大な剣をスカーレットに向けて上段から勢いよく振り下ろす。

 それは一撃で地を割るような重たい攻撃だった。物理的な攻撃ではHPが単なる数値のデータでしかないこの世界では絶命に至ってしまうような類の攻撃だったし、避けなければいくらスカーレットでもその頭からひしゃげてその人生に幕を下ろす事になる。


 だが、スカーレットは動かない。

 辺りが暗闇に包まれ、その瞳をまたさらに緋色に染め、口内の牙が鋭く口の端から覗いてもなお、動かない。


「ばかっ! やめろ!」


 ミセリアがルシファーに叫ぶも、それはほんの数秒遅かった。

 その巨大な剣は狙いたがわずスカーレットの脳天に直撃し……その膨大なダメージを全てルシファー自身に還元する。


「そんな……バカな……。この、我が……」


 ルシファーのレベルとその圧倒的な攻撃力。そして、この世界特有の“物理的な攻撃は受けた対象をそのまま死に至らしめる可能性がある”という特性。

 それらが全て加わり、ルシファーの体は数秒も経たずボロボロと崩れ落ちる。

 それはまるで乾いた砂を握りつぶした時のようにあっけなく、それでいてどこか神秘的にも見える光景だった。


 闇の光が堕天使の体を包み込み、その足先からまるで崩れるかのようにこの世界から消え去ってしまう。

 その圧倒的な攻撃力は本来スカーレットに向けられているはずであり、彼女が仮になんの対策も講じていなければ頭から潰れて臓物をまき散らしていただろう。


 だが――


「勝ちを確信して突っ込ませたお前の怠慢だ。ボクがカウンタースキルを持っていない訳がないだろ」


 スカーレットがルシファーを呼び出されて身構えた理由。それは、堕天使を防御に使われてイラを始めとした他の面々が加勢に来るまでの時間稼ぎをされることを嫌ったからだ。

 その物理防御力は神の名を冠している武器を持ち、種族固有スキルで身体能力と攻撃力を大幅に上げたとしても容易に突破出来るものではない。

 それに、あまり無茶をして隙を晒そうものならそこをミセリアに突かれる恐れがある。


 だが、ルシファーを防御ではなく攻撃に使うなら話は別だ。

 なにせ、彼女を始めとした多くの剣士は大抵の場合カウンタースキルという、相手の攻撃をそっくりそのまま……場合によっては倍以上の威力にして跳ね返すスキルを所持している。


 まぁこの世界でそのスキルを使うのは“カウンタースキルを発動するには一度攻撃を受けなければならない”という大前提をクリアしなければならないので、ゲーム中で扱う時とリスクが釣り合っていないのも確かだ。

 しかしそれも『攻撃を受ければダメージを受け、最悪死に至る』という前提の元に成り立っている思考だ。


 魔法による攻撃ではHPの数値がきちんと作用されることは確認済みなので、対魔法使いに対してカウンタースキルを発動する事はそこまで苦では無い。

 むしろ所持していたり、相手が魔王(ヒナ)のような極端に火力がおかしい相手じゃなければ、むしろ使い得だ。


 再三言うように、この世界では物理的な手段で受ける攻撃は即死に繋がる可能性があるし、カウンタースキルも万能ではない。

 例えばダメージを受けた際、使用者のHPが0になっていれば無論スキルは失敗に終わるし、ほとんどの場合は“魔法ダメージは跳ね返せるが、物理ダメージと属性ダメージは跳ね返せない”というような制限が設けられている。

 つまり、どれか1種類のダメージを跳ね返す事が出来るスキルなら、他の2種類のダメージは跳ね返せないのだ。


 そして当然ながら、跳ね返す事が出来るダメージは相手の攻撃力や魔法の威力に全て依存するので、使い手によって評価がかなり変わる。


 武器等による攻撃力増強等の恩恵も受ける事が出来ないので、相手から受けるはずだったダメージやその倍の値を相手に返す。という形になる。


 極端な事を言えば、ヒナやマッハもその手のスキルは所持している物の、ほぼ確実に自分達で与えるダメージの方が大きいと知っているので使う事は極めて稀だ。

 逆に、初心者や中級者の場合は多くの場面で使用する事になる。なにせ、大抵の場合は相手が与えてくるダメージの方が自分達の攻撃よりも強いのだから。


「あーあ、勝ったと思ったのに……。やらかしちゃったなぁ……」


 種族固有スキルの中でも、鬼人化のようにアイテムを使う事でインターバルをリセットできるものもあれば、天界への階段や女王の威厳のような、いかなる手段を用いてもインターバルをリセットできない物もある。


 だが悲しいかな、天界への階段は召喚魔法の類であるのに対し、女王の威厳は効果時間の非常に長い“身体能力強化”のスキルだ。

 すなわち――


「ニア、僕の勝ちだ! なんてね!」


 舌をベッと出しながら彼女を小ばかにするように笑ったスカーレットは、その剣を肩に担ぐように軽く持ち上げた。

 本来はそれだけの動作。ただ、剣を肩に運ぶ為に持ち上げるだけの動作のそれは、女王の威厳の効果によって強制的に攻撃へと変換される。


『女王の前では全ての者がその存在に平伏しなければならない。太陽も月も、地面に咲く花々や天を泳ぐ鳥達。果ては虫や動物。その全てが女王にひれ伏し、忠誠を誓う。もしも彼女に従わぬ者があるならば、その者は女王の怒りを買うだろう』


 このスキルが初めて発表された時、公式のPV(promotion video)に映し出された文言だ。

 その後、運営が用意した美しい吸血鬼のアバターがこのスキルを使用している場面が流れるのだが――


「は……?」


 この世界では、また別の変化を遂げていた。

 ある意味では運営の用意したキャッチコピーと言う名の設定。その通りになっているという訳でもあるのだが……。


「驚くよね~。このスキルを使ったボクを前にちょっとでも敵意を持つと、ボクの行動全てでダメージを負うんだって~。あ、回避不可能だから、そこんとこよろしく!」


 右肩から左足の付け根まで大きく切り裂かれて大量に鮮血をまき散らしているミセリアに、まるで友達を遊びに誘う時のような気軽さで女王は言った。


 2人の距離は大体5メートルほど離れており、彼女が持っている剣の刃はせいぜい60センチといった所だ。

 普通なら攻撃が届くはずもないし、攻撃とも呼べないその動作でダメージを受けるはずがない。


 だがしかし、今の女王を少しでも敵意を持ってその視界に映そうものならその動作の全てにダメージ効果が付与される。

 そしてそれは回避不可能、軽減不可能、無効化不可能という理不尽三点セットで送られてくる。


 先程のような剣を肩に担ぐという行為では、下から上に剣を振った。その事実が敵意を持って女王を瞳に映していたミセリアを、同じく下から上へと切り裂いた。

 仮にここで女王がトントンと剣を肩に当てる事があれば、それは剣を上下に振ったと認識され、またしても彼女に敵意を持つ全ての存在にダメージを与える事だろう。

 今度は、その肩がザックリとえぐられるはずだ。


 無論ゲーム内では自身の身体能力を強化しつつ周りを夜にすることで更なる身体能力強化を得る事……くらいの恩恵しか無かった。

 それだけでも十分強力だったし、上昇する身体能力の値がバカにならないので最強の種族だと言われていた訳だ。

 それなのに、この世界では彼女を最強にしているスキルがさらに強化されているのだ。


 この攻撃はいかに物理防御に特化した装備で身を固めていようとも軽減は出来ないし、ダメージはその時の女王の攻撃力をそのまま参照するので大ダメージになる事は間違いない。

 仮にヒナが同じ立場に立たされていたのだとしても、そのダメージを避ける事は出来ない。なにせ、女王の威厳は“そういうスキル”なのだから。


「全く……。これだからお前や魔王なんていう脳筋共と戦うのは嫌なんだ……。真面目にやってた僕らがバカみたいじゃないか……。うえぇぇ」


 口内から大量の血液と胃液を吐き出しつつ、ミセリアは愚痴った。


 無敵だとは言ってもそれ相応の痛みや不快感はある。

 ジンジャーやソフィーはそこら辺も改良した“完全版”の時間停止を使用しているのでそれらも無いのだが、彼女達がそれを知る術はない。その開発者達が、その情報を国の上層部に挙げていないからだ。


 情報源がその上層部から……。正確には、アムニスの操る人形から得ている彼女達は、ジンジャー達が上層部に挙げていない研究成果は掴んでいない。

 逆に言えば、彼女達が上層部に挙げていて、なおかつ上層部がそこで止めている研究成果や過去の事件・事故の真相も、全て知っているという事でもある。


 まぁその件については“今は”どうでも良い。


「なるほど……。お前達がボクらに勝てると思ってるのはそれが理由か。今までの違和感が気のせいじゃなかったことに安堵するべきか……それとも、ボクの勝ちが消えた事に嘆くべきか……」


 致命的なはずの一撃を喰らってもまだ立ち上がり、その傷の修復まで始まっているミセリアの体を見て、女王はポツリとそう言った。


 やれやれと言いたげに首を振ったその仕草すら、敵意を持って女王を見ていたミセリアには致命的な一撃となって襲い掛かった。その首の骨は砕け散り、頭部がポロっと地面に落下する。

 それに付随するように首無しとなった胴体もゴトッと鈍い音を立てて地面へと横たわる。

 しかし――


「あぁぁぁ! ウザいウザいウザい! なんなんだよそれ! おかしいだろそれ! 滅茶苦茶じゃないかそれ!」

「それを言いたいのはこっちだ。首と胴が別れてのうのうと喋っていられる姿を見て、おかしいと表現せずしてなんと言う?」


 女王の正論は、悲しいほど無情に空へと飛び立った。

このお話を最後に、連載ペースを落とさせて頂きます。

詳しくは活動報告の方へ纏めています!


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