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160話 戦闘狂

 戦闘が始まってすぐにミセリアはある事に気が付いた。それは、この世界特有の肉弾戦で戦う者達に共通する大きすぎる壁であり、本来は存在しているはずの物だ。

 目の前の女にはその“ゲーム時と同等の動きが出来ない”という大前提が通用していない。いや、むしろゲームの時以上にその動きのキレが良いような気がする。

 そう、斬り合いの中で思っていた。


 通常、マッハのようなNPCでもない限りゲームでもなんでもないこの世界に来たその瞬間から、身体能力は俊敏性以外の全てのパラメーターが現実の人間程度の物に下方修正されている。

 普段から引きこもっていた人間はどんなに優秀な剣士をゲーム内で育成していようとも少し全力疾走するだけで息が上がるし、筋力の数値が存在しているせいで剣それ自体は持ち上げられる物の、振り回すなんてとても無理だ。


 その点、魔法使いが所持している杖はそこまで重くなく、彼女達が試した限り大きな枝程度の重さしかない。

 それを振り回さなくて良いのだから非常に楽だし、そもそもそこまで動かないので肉体能力の低下は問題にはならない。


 しかしながら、剣士などの物理的な攻撃手段しか持たない者達にとって、それはかなり致命的な物になる。

 なにせ、ゲーム内変わらない動き、もしくはそれに少し劣る程度の動きをしたければそれ相応の訓練をしなければならないのだから。


 ミセリアも例外なく地獄のような訓練をしてようやくまともに戦えるようになったが、その動きは到底ゲーム中のそれと同等なんて呼べるレベルでは無い。

 なんとか高い俊敏性のパラメーターと各種装備やスキル等の恩恵で誤魔化してはいるものの、未だに剣での戦いは慣れない部分が多いのだ。


 だがスカーレットは違う。

 明らかに場慣れしているだけではなく、その剣捌きはまるでアニメの世界で剣豪と呼ばれる存在が扱うそれと遜色ない。

 なんならそこに非常に高い俊敏性やスキルが重なる事で、目で追う事がやっとなほどの剣速になっている。


 なぜここまでこの女が戦い慣れしているのかは分からないまでも、ミセリアは決して致命傷を負わないように慎重に剣を交える。


「クッ! まったく息が上がらないのはなんでだぁ!? あぁ!?」

「おや、そっちはこれくらいで息切れかい? ボクはまだまだ戦えるぞ?」


 澄ました顔でふふっと笑ったスカーレットは、肩ではぁはぁと息をしているミセリアを見てさらにその口端を歪める。


 常日頃からギルド本部の祭壇でぐうたらし、任務で出かける事はあっても決して本気は出さず、その仕事のほとんどをイラやその他のメンバーに任せて来たミセリア。

 方や、この世界に来てすぐさまバイオレットを相手に修行を開始し、ここ数百年でも暇さえあれば――常に暇なのだが――シャドウに頼んで龍と殺し合いをしているスカーレットとでは、経験値も剣の腕前も、それ相応の差がある。


 ミセリアがこの世界に来るまではコールセンターのオペレーターだったという事もあり、元々体力に自信があるという訳でも、剣士に関しての特別な知識があるという訳でも無い。

 時間凍結は便利ではある物の、体力それ自体は増える訳でも固定される訳でもない。ただ外部的な要因で死ぬことが無くなるというだけだ。


「バケモンかよ……」

「失敬な。これでもボクはこの戦いを楽しんでいるんだ! シャドウの奴はあまり乗り気じゃないし、じっちゃんはそもそも戦ってくれない。バイオレットに関しては基本性能が高すぎて何度挑んでも勝てる気がしない。その点、君はちょうどいい!」


 バイオレットはマッハやケルヌンノスと同じようなNPCと同じ扱いなので、その基本性能はゲームの時とそこまで変わらない。


 しかし、彼女の場合はその身を覆っている鎧のような機械部分が物理的な攻撃に対して完璧に近い耐性を持っているせいで刃が通らないのだ。

 これは、神の名を冠している武器であってもそうだ。


「ボクも日々腕を磨いているんだけどね。まだまだだ」


 やれやれとどこか誇らしげに首を振ったスカーレットを見つつ、ミセリアは静かに考える。


 女の種族である吸血鬼は、昼間であれば身体能力が強制的に落ちる。

 それがこの世界でどんな影響を及ぼすのかは未知数なれど、今スカーレットはその弱点を克服する系統のスキルやアイテムを使用していない。

 仮に運動能力が落ちた状態でこの動きをしているのなら、剣士としての力量だけでは絶対に勝つことができないということの証明に他ならない。


(武士としてなんたるか……なんて殊勝な事を言うつもりは無いけど……。不快だなぁ!)


 剣士としての矜持なんてものは無いし、負けるとしてもそれは正真正銘の敗北というわけでは無い。なにせ、物理的な手段で自分を殺す事は出来ないので、真の意味で負けという事態には陥らないし、仮に1人で勝機を見いだせずとも、時間をかけていればイラが向こう側の仕事を片付けて援軍にやってくる。

 そうなれば話は変わる。なにせ、イラと2人ならばあの魔王ですら怖くないからだ。


 メリーナを殺害した時はメイン武器を持っていなかったし、装備も必要最低限だったので後れを取った。

 しかし、今の自分達ならば仮に魔王に向かおうとも勝てる。そう言えるだけの自信があった。


 ただ……。ただ、それではミセリア個人ではスカーレットに勝てないと認めるような物だ。

 ここ最近はずっと妹のイラに世話になっているという背景もあり、今回ばかりは自分だけの力で事を解決したかった。

 だから、早々に奥の手の1枚を切っていく。


『天界への階段』


 心の中でそのスキル名を答え、天使の種族固有スキルを発動させる。

 その瞬間に彼女の背後から神々しいまでの光が降り注ぎ、2人から少し離れた場所へ天へと延びる白い階段が現れる。

 その上階から一定の間隔でコトッ、コトッ、とハイヒールを履いているような足音が響く。


「短期決戦を望んでるみたいだね。ボクもそれには賛成だよ。なんだか嫌な予感がするんだ」

「……」


 天使の種族固有スキルは、ランダムではあるものの、天界からモンスターを呼び出す事が出来るという物だ。

 そのラインナップは様々なれど、基本的にはレベル80前後のモンスターが登場し、その強さは同じレベルの南雲や少し上を行くエルフクイーンを遥かに凌ぐ。

 その中でもこの独特の足音を響かせるのは――


「ルシファーか。これまた、この大一番で大当たりを引き当てたな……」


 複数体の召喚候補の中で一番の当たり。それが、今天へと続く階段から降りてきている漆黒の衣を纏い、赤黒い4対の羽を背中から覗かせている『堕天使・ルシファー』だ。


 その姿は凛々しい青年のようだが、顔全体が青紫色に染まり、持っている刃渡りが2メートルを超える程の巨大な剣は、一撃で大地を割るほどの威力を誇る。

 レベルも90前半とかなり高く、死神が対魔法使いに特化したような召喚獣だとするならば、このルシファーは対剣士に特化した召喚獣だ。


 手に持った剣をくるっと一回転させて肩に担いだスカーレットは、冷静に今の盤面を整理するべく一度その足を止めた。


 ルシファーが地上へと降り立ち、自分へ刃を向けてくるまでは残り10秒かそこら。

 この世界で彼がその階段を全て降りるまで攻撃開始を待ってくれるかどうかは分からないまでも、仮に予想外の動きをされても問題ない理由があるのでそこは心配しない。


(こっちも奥の手を使う? いや、それは今後の展開を考えるなら不利か。少なくとも大蛇は最後の最後まで取っておかなきゃいけない。そもそも大前提として、なんであいつらは私らを殺せると思ってここまで来た?)


 そう。彼女達がこの場所へと攻め込んで来たのは、それ相応の勝算があったからだ。

 それはシャドウが言うまでもなく分かっていた事だし、もしもそれが自分達の考えすぎだったとするなら、相手がマヌケだったという笑い話で済む事だ。

 ただ、ミセリアと剣を交えて分かった事がある。それは……


(時間をかければボクが絶対に勝つ。言っちゃ悪いけど、じっちゃんでも余裕で勝てるね。その程度の実力しかないのにボクらに挑む? ちゃんちゃらおかしい)


 スカーレットは脳筋であり、基本的には戦う事が大好きな戦闘狂だ。

 だが、その頭脳や頭の回転の速さはギルド内でも五本の指に入るほどであり、普段のお茶らけた態度やふざけた言動の数々が無ければ、彼女はシャドウの右腕として大変重宝されていた事だろう。


 その頭脳が今、この場で初めて正しく扱われる。


(無敵状態ってのも気になる。ここまで軽く斬り合った感じ、腕の一本か二本は切り落としたと思った瞬間は何度もあった……)


 その予感が気のせいでは無い事を確認する為、ルシファーが下りてくる僅か数秒の間に、彼女は再びミセリアへと斬りかかる。

 その速度は今までのそれよりも数段早く、油断していたミセリアが受けられる物では無かった。

 流石に反応は出来たようだが、その剣先は正確に彼女の右腕を肩から斬り――


「あっぶな!」

(まただ……)


 斬った。そう思った瞬間には、ミセリアはわずか数センチズレたところへと移動しており、剣は空を斬ってその地面に痛々しい傷をつけて彼女の足元へ石の破片を飛ばすに留まる。


 最初の頃は目の錯覚か。そう思ってこの違和感の正体に気付かないフリをしていた。

 だが、ここまで続くとなると流石に彼女でもその違和感に改めて脳のリソースを割く。


『龍王の一撃』


 ルシファーが下りてくるまでの最後の一撃とばかりにスキルを発動し、右斜め上から振り下ろす剣に緋色の鱗を纏った龍を纏わせる。

 その一撃は物理的なダメージと同時に、いかなる手段でも軽減・無効化する事が出来ない属性ダメージも同時に与える物であり、急所に当たればこの世界では一撃の下で命が終わる類の攻撃だ。


 スカーレットは寸分たがわずミセリアの首元めがけてその剣を振るい、その剣速も風を斬るその音が遅れてやってくるほど早い物だった。

 神速の一撃とはこの一撃の事を言うのかもしれない。そんな事を内心で思いつつ、再び起こる“まるで手ごたえの無い感触”に首を傾げる。


「さっきからあぶねぇなぁ! 鬱陶しいんだよ!」

「おかしいね。絶対に斬ったと思ったんだが……まるで幽霊でも斬っているようだ。味噌汁を作るために豆腐を切ろうと練習したあの日々を思い出す」


 日本の豆腐は美味しく、包丁で切ろうとすると慣れないうちはかなり難しい。

 それを身をもって知っている彼女は、この場でも遠慮なくそう言ったのだが……ミセリアは今日何度目かの怒りの声を上げた。

 そして、その時スカーレットは確かに見た。彼女の首元に一閃の血液と切り傷が走っている所を。


(どういう事だ……? あの傷はいったいどこから……)


 しかし、その疑問も次の瞬間には更なる疑問となって彼女の中に産み落とされる。すなわち、瞬きの間にその傷が消えてなくなったのだ。


 ミセリアは魔法使いでは無いので回復魔法の類は納めていないし、HPの回復はアイテムに頼っている。それはラグナロク時代の知識で覚えていた。

 しかし、今彼女がなんらかしらのアイテムを使った痕跡は無かったし、その両手は剣の柄をしっかりと握っていて塞がっている。

 ならば、もっと別のなんらかしらの手段で治癒を施していると考えた方が自然だ。


「なんだ……。なんだ、この違和感は……」


 なにか致命的な事を見落としている気がする。しかし、その致命的な何かの心当たりが全くない。

 どころか、もうそんな余計な事を考えている時間的猶予も、精神的な余裕も失われる。なにせ――


「我、天空より参りし堕天。またの名を、サタン」

「はい、僕の勝ち~!」


 対剣士を想定するならこれ以上の適任者はいないと言われているルシファーが……。サタンが、地上へと降り立ったのだ。


 その場には、子供のようにニシシと軽快に笑うミセリアの声と、ゴゴゴっというルシファーが発する独特の呼吸音のような耳障りな音だけが響いていた。

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