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16話 依頼の詳細

 一度本部に戻って装備を整えたヒナ達は、翌日ムラサキに言われた通り正午過ぎ――時計が無いので太陽の位置から計算して大体の目安を付けている――に冒険者ギルドの本部前で待っていた。


 彼女達は、通常冒険者達が付けている自らのランクを示すプレートを身に着けていない。もちろん所持はしているが、ケルヌンノスやイシュタルが「ダサい」と一蹴して身に着けたがらなかったからだ。

 そんなわがままは本来許されないのだが、ワラベが特例として認めていた。なにせ、彼女達はムラサキに容易に勝利する事が出来る化け物であり、彼女からも味方にしておけと言われているからだ。

 今後、彼女達でしか解決できない案件が必ず出てくる。その時に友好的に協力を要請できるような関係でいられることがもっとも重要で、ほどほどの事であれば口を噤むように言われていた。


 ヒナは久しぶりの冒険という事もあって主装備であるソロモンの魔導書を手にしており、ケルヌンノスも己の武器である冥府神ヘルの鎌を手に持っていた。

 唯一イシュタルだけは杖や武器を手に持っていないが、彼女は基本ヒーラー役として後衛にいるが、そもそもこの世界の人間やモンスターが弱いと思われているので、杖なしでもなんとかなるだろうとの余裕からだった。

 彼女は一応杖なしでも回復魔法等は扱えるので、もしもの場合でも問題は起きないというのも大きい。

 そういう面で言えば、ヒナやケルヌンノスが持っている武器もどちらかと言えば雰囲気重視である側面が大きかった。


 ヒナの持っているソロモンの魔導書は見た目で言えば少し分厚いボロボロの本だ。

 表紙の皮が所々剥げ、数ページ捲れば瞬く間に崩れ落ちて消滅してしまいそうなほど酷い有様だ。だが、その実耐久力は凄まじく、見た目に反して武器破壊の類では破壊できない特殊な物だ。

 この魔導書は攻撃魔法で使用する魔力が半分になりその威力が倍になるという反面、回復系統のスキルや魔法を扱う際は使用する魔力が3倍になり、その効果が半減するというデカすぎるデメリットを抱えている。

 実は、ヒナがイシュタルを作り出したのはこの装備のデメリットを無くすためだったりするのだが、本人にそれを言うと傷つくので言っていない。


 一方でケルヌンノスは、死神の鎌をイメージしたような杖をその小脇に抱えていた。

 間違ってもそれが杖だとは思えないような見た目だが、これはヒナがカスタムでそれっぽくしているだけで、本当はその名前に似つかわしくない骨だけで出来た細長い棒だったのだ。

 性能はイベント限定品であるが故に申し分ないのだが、いかんせんそのビジュアルが気に食わなかったのでお金を使ってカスタムしたのだ。

 その効果の程は、死霊系のスキルや魔法の効果が3倍に跳ね上がり、即死系のスキルや魔法が抵抗レジストされなくなるという非常に強力な物だ。

 そもそも神の名を冠するボスモンスターは即死系の攻撃なんて無効にしてくるのだが、逆に言えば、即死無効の耐性が無いモンスターはこれを持ったケルヌンノスが居れば数秒で片付くという理不尽っぷりだ。


 ヒナの持っているソロモンの魔導書は、過去最高難易度と呼ばれた個人イベントで首位を取った報酬として。ケルヌンノスが持っている冥府神の鎌は過去にホラー系作品とコラボしている最中に開催されたイベントの上位3位入賞景品として配られた物だ。

 ソロモンの魔導書を持っているのはラグナロク内でヒナだけだったが、イシュタルがいるせいでそのデメリット効果が一切発動しないので、プレイヤーの間ではインチキだと言われていた。まぁ、それはヒナも長年苦楽を共にしてきたので深く実感しているのだが。


 そもそも、回復魔法を使う時に生じるデメリットを消したいから回復系のスキルや魔法を全てNPCに預けてヒーラーにするなんて普通はしない。

 NPCは自分の思い通りに動いてくれない事があるし、万が一不測の事態が起こった場合に自分が回復系のスキルや魔法を習得していないという精神的な余裕が無いのはデメリットにしかなり得ないからだ。

 だが、ヒナは装備によって状態異常無効などの各種耐性を獲得し、HPや防御力に関してもそれなりに自信を持っていたためにそうする事が出来たのだ。


「楽しみだね~! どんな冒険が待ってるんだろ!」

「……強い奴がいると、嬉しい。マッハねぇが全部倒すと、つまんない……」

「はっは~。こういうのは前衛の特権だな~!」

「……けるねぇはまだマシ。私は、多分ほとんど仕事ない」


 いじけたようにヒナの服の袖を引っ張るイシュタルは、苦笑しつつその頭を撫でてくるヒナのおかげで少しだけ機嫌を良くする。が、それでも仕事が無いという事実は変わらないのでやっぱり不満ではあった。


 ヒナやマッハ、果てはケルヌンノスまでも回復系のスキルは所持していないが、一定レベル以下のモンスターや人物からは攻撃その物を受け付けないという常時発動型のスキルを持っている。

 それに、多少のダメージなら時間経過で装備が癒してくれるので、本格的にやる事が無さそうなのだ。

 だからこそ、出番が無い事を不憫に思った2人からヒナの隣を占領する事を見逃されていた。


「あ、ほらほら来たよ! 私、馬車とか初めて乗る!」

「……ヒナねぇの横は、私だから……」


 城門の方から走ってくる2頭の黒馬に引かれた豪華な馬車を指さし子供のようにはしゃぐヒナを横目に、イシュタルはマッハとケルヌンノスにジッと細い目を向ける。

 その手はヒナの服の裾を掴んで絶対に譲らないと言いたげで、そんな彼女の姿を見て苦笑を漏らした2人はコクリと頷いて許可を出す。

 本当なら昨日応接室に居た時膝の上でヌクヌクしていたケルヌンノスはともかく、マッハはその隣に居たかったのだが、ダンジョンで多めに出番があるだろうことを引き合いに出して無理やり納得させていた。長女なのだから、これくらいは我慢出来ると自分に言い聞かせて。


 その馬車がヒナ達の前で止まると、中から昨日とまったく同じ紫色の着物を着た狐の面を被ったムラサキが出てきた。

 彼女は予定より遅くなってしまった事を詫びつつ、依頼の詳細を纏めた資料と例のモノクルをヒナ……は怯えて拒否されたので、一番身軽なイシュタルへと手渡した。


「御者はギルドで雇っている者だから、目的地までは安心してくれていい。大体5時間もあれば到着するだろう。それまで、快適な馬車の旅を過ごしてくれたまえ。依頼が終了したら近くのギルドにその旨を報告してくれれば、私から話は通しておくよ」

「……分かった」


 コクリと小さく頷き、ヒナを先頭にして次々と馬車に乗り込んだ面々は、最後にムラサキが「大丈夫だとは思うが、くれぐれも無茶はしないでくれ」と言った事で苦笑を漏らす。

 自分達より弱いくせに何を言ってるんだとか、見下したわけじゃない。家族以外の誰かから心配されることが今までなかったせいで、その言葉が新鮮だっただけだ。

 だが、その本心はムラサキに伝わることなく彼女も乾いた笑いを漏らして馬車の扉を閉めた。


 馬車の中はフカフカのソファが向かい合うように置かれ、扉の向かい側には外の景色が見られるよう小窓が付いている。

 豪華すぎない内装と派手な装飾の施されていない点が気に入ったのか、ヒナや3人の顔はとても晴れやかだ。

 窓際の小さなテーブルにはムラサキが気を利かせたのか、冷たい水とコップが人数分用意されており、よほど冷えているのか陽の光に照らされて水の入った容器に水滴が浮かんでいた。


 間もなくして馬車が動き出すが、その揺れさえほとんど感じることなく酔う心配も無さそうだ。

 だからこそ、イシュタルは目的地に着くまでに大まかな概要を把握しておこうとムラサキに渡された資料を開き、モノクルを身に着ける。

 瞬く間に資料の文字が日本語へと翻訳され、その依頼内容とこれから彼女達が向かう場所の簡単な概要と地図が浮き彫りになる。


「今回の依頼は、あのムカつく狐が言ってたのとまったく同じ。新たなダンジョンが発見されてその前調査に行った冒険者が帰ってこないから調査しろって事らしい。だけど、私達の前に捜索に行ったダイヤモンドランクの冒険者とも連絡が取れてない。だから、あの人に依頼がいった」

「へぇ~。ダイヤモンドって、それなりに強いんだろ~? よっぽど強いモンスターでも出るのか?」

「分からない。それを調査して、もし前任者で生存している人が居たら保護しろって書いてある。ダンジョンの調査は後回しで良いけど、出来れば1層の奥まで行って下の階層に繋がる階段があるかどうかも確認してほしいと書いてある」


 ダンジョンには様々な種類が存在する。

 ダンジョンの最奥に潜んでいるモンスターを倒すとそのダンジョン自体が力を失ってモンスターが出現しなくなったり、宝が消えてしまったりする、いわゆる消費型のダンジョン。

 それと、ダンジョンが何層にも渡って地下深く形成されており、階層毎にボスモンスターが配置され、それらを倒す事で下の階層への階段が現れる、階層型のダンジョン。

 主な種類はこの2つだが、他にも一部のモンスターしか出現しないダンジョンや、罠の類が大量に設置されたトラップダンジョン等もある。


 しかしそれらの知識は、ラグナロク内にダンジョンというギミックが存在していたのでヒナ達も知っていた。どころか、ギルド本部をダンジョンの形にして一種のロールプレイとして楽しんでいる変わり者のプレイヤーも存在していたほどだ。


「下の階層を確認って、それが消費型のダンジョンだった場合はどうすんだよ。ボス倒した時点で、そのダンジョン死ぬぞ?」

「その場合は仕方が無いと書いてある。そもそも、ダイヤモンドランクの冒険者が一時的にでも行方不明になってるならかなり危険なダンジョンだから封鎖する可能性が高い。なら、仮にダンジョンそれ自体が死んだとしても文句は言われない」

「そっか~。なら、ついでに下の階層があったら私らで攻略するか?」

「……それも面白いだろうけど、最悪私達も行方不明って事にされる。攻略するなら、一度報告を済ませてからの方が無難」

「うぇ~、それもそっか~。行方不明って思われてあいつが来たら面倒だもんなぁ~。それに、何階層あるかも分かんないしな」


 そう。階層型のダンジョンの厄介なところは、最深部が何層なのか分からない点だ。

 ムラサキは彼女達に基本的なダンジョンの知識が無い事も考慮してダンジョンについての補足を載せていたのだが、現在見つかっているダンジョンは、最高で39階層まであると書かれている。さらに、39階層が見つかったのはつい最近で、さらに下の階層もあるのではないかと噂されている程だ。


 階層型のダンジョンは、大抵階層を下りるごとにモンスターもその階層を守護しているモンスターも強くなっていく傾向がある為、今現在そのダンジョンの30階層より下に行けるのはサファイアランク以上の冒険者と決められている。

 そんな永遠にも近い階層型のダンジョンを攻略しようと思えば、とても1日やそこらでは足りない。少なく見積もっても1か月はかかるだろう。


「それに、国も観光したい。資料を見る限りだと、かなり興味深い」

「興味深い~? どこがだ?」

「国名とその首都が私達も知ってる名前。それに、資料に記載されてる絵を見る限り、王城の見た目が、あるギルドのそれにそっくり」

「……たる、ほんと……?」


 ヒナが怪訝そうにそう尋ねると、イシュタルは真剣な表情を浮かべてコクリと頷き、ヒナに資料とモノクルを手渡す。

 すぐさまイシュタルの言が正しいのか資料に目を通したヒナは、うーんと首を傾げると「分かんない」と彼女へ返却する。


 ヒナは他のギルドにさほど興味が無かったし、国名や首都の名前に関しても、確かにどこかで聞いた事があるな~くらいで、どこのなんという名前なのかまでは分からない。

 それに、ギルドの本部にそっくりだという王城だって、確かにギルドをそんな風にカスタムしているギルドはあったけれど、そういうギルドは別段珍しくも無かったので偶然という線も考えられる。だからこそ、分からないと答えた。


「なぁなぁたる! その国の名前は!?」

「……私も気になる。知ってるかもしれない」

「……国名はブリタニア。王都はキャメロット。嫌でも、アーサー王の伝説が頭をよぎる」


 ケルヌンノスとマッハは揃って「あ~」と声を漏らすが、ラグナロク以外の事に関してさほど興味の無かったヒナはその伝説を全く知らなかった。

 マッハ達3姉妹が知っていたのは、AIがその知識の大半を占めていた時、その知識の中にアーサー王の伝説がインプットされていたからだ。

 あまりにも有名なアーサー王の伝説。そして、その国の王城は彼の国の伝説をその名に冠したギルドの本拠地であるキャメロット城――プレイヤーにそう呼ばれていただけだが――に瓜二つだったのだ。


「確かギルド名は……円卓の騎士、とかだったはず」

「あ~……ヒナねぇにも声かけてきてたよな、あそこのギルドマスター」

「うん……。ヒナねぇを神みたいに崇めてた記憶がある。見る目のあるギルドマスターだった」


 そう言われ、確かにそんな名前のギルドから勧誘を受けたことがあると思い出す。


 ヒナがそのギルドに勧誘を受けたのは、彼女が魔王と呼ばれ始めて半年~1年が経過した頃だった。

 過去1熱烈なアプローチを受け、ヒナが人見知りでなければ絶対にそのオファーを受けていただろう唯一のギルドがその円卓の騎士と呼ばれるギルドだった。

 ほとんどのギルドがヒナを勧誘する時、その強大な力が欲しいと言うばかりだったが、そのギルドのギルドマスターはそんな連中とは一味も二味も違ったのだ。


『君の力は確かに偉大だし強大な物だ。だが、私達は君の力が欲しいんじゃない。他ならぬ、君自身が欲しくて声をかけた! どうだろう、我がギルドに来て、共にこのゲームを楽しまないか!?』


 チャット上でしかないが、そんな熱烈なアプローチを1か月近く受けたヒナは、なんとかどこのギルドにも属する気は無いと突っぱねて断ったのだ。

 普段は門前払い……時には勧誘チャットをシカトする事もあるヒナが1か月も付き合ったのは、彼が初めて『ヒナの力』ではなく『ヒナ自身』が欲しいと言ってくれたからだった。


「……ヒナねぇ、どうかした?」

「ん? ううん、なんでもないよ。でも……そうだね、観光は……してみたいね」


 絶対に他人の空似……というか偶然の産物だろうが、あのギルドの外観はかなり様々なサイトで取り上げられていたし、勧誘されて本気で入ろうか迷った時期もあったのでくどいほど調べていた。

 海外の有名クリエイターが設計図を書き、数人のプログラマーとメンバーが各々お金を出し合って創り出されたその城はまさに芸術と言っていい。彼女が知る中で、間違いなく一番完成度の高いギルド本部だ。

 空似――偶然の産物かどうかなんて、その似ているという王城を見れば一発で見抜けるほど自信があった。あんなに隅々までこだわっていたギルド本部を、ヒナは知らない。


「確かさぁ、あそこの幹部とか主要メンバーって、全員それらしい名前じゃなかったか? ランスロットだの、ガヴェインだの、そんなのが居た気がする」

「……私は、ヒナねぇと同じでそこまで興味は無かった。でも、ヒナねぇを勧誘してきてた奴の名前がアーサーだってのは知ってる」

「そこまでこだわってたのが凄いって、どこかで聞いた記憶がある……」


 ギルドランキング第5位の上位ギルド『円卓の騎士』は、主要メンバー13人がそれぞれ伝説通りの名前を冠している事でも注目を集めていた。

 海外にも数多くファンのいたアーサー王の伝説を忠実になぞり、それらしい各ギルドメンバーのロールプレイと本気としか思えないそのギルド本部建築はラグナロク内でも大変ファンが多かった。


「仕事が終わったら、ゆっくり観光してみよう。私も、気になる」

「だなぁ~! その時間があると良いな!」

「……美味しい物、あると良い……」


 そんな和やかな雰囲気のまま、馬車は整備された街のはずれを走っていた。

 彼女達がブリタニアに到着するまで、残り4時間と32分。

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