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159話 天使と吸血鬼

 スカーレットは当時ハマっていたアニメの影響で、ラグナロクを始める時に自身のアバターに吸血鬼という種族を選択した。

 後に種族進化クエストなる、自身の選択した種族をさらに進化させることが出来るクエストや、新規ユーザー獲得の為に選択出来る種族が増えるのだが……。


 ともかく、彼女の種族は吸血鬼の中でも最上位。女王クイーン吸血鬼ヴァンパイアという種族だった。


 種族特性として、やはり見た目が強制的に赤い瞳になる事や日中の身体能力が減少するというペナルティが存在する。

 この場合の日中とは無論ゲーム内の事であり、どちらかと言えば夜の時間の方が多く取られていたゲームという事もあり、そこまでそのペナルティは気にするに値しなかった。


 いや、それよりもその吸血鬼の特性として夜の間の身体能力向上と、満月の日における全てのステータス大幅上昇という大きなアドバンテージがある。

 こんな肉体的なアドバンテージを与えられている種族は数少なく、種族固有スキルまで有しているとなると、それは女王吸血鬼のみに許された特権だった。


 なぜ吸血鬼という種族がそこまで優遇されていたのかは分からないまでも、ゲーム中でもっとも初心者や新規プレイヤーにお勧めされている初期種族は『吸血鬼』である事を考えると、その強さが分かるだろう。

 無論、最初の頃はそのペナルティに苦しめられるだろうが、慣れてしまえばその強さが実感出来るはずだ。


 それに、そのペナルティは日中に発生する物であり、魔法やスキル、アイテム等でカバーする事が可能な範囲だ。

 意外と知られていないが、吸血鬼がラグナロク内で最強の種族と呼ばれることが多かった所以は、そこにある。


「ボクは面倒な事は嫌いなんだよ! じゃんじゃかじゃんじゃか斬ってやってくよー!」

「ッチ! 馬鹿力め!」


 スカーレットがその身に纏っている一見動きにくそうなドレスは神の名を冠している。その効果は持続的なHPの大幅回復と攻撃力超上昇という非常に分かりやすい効果だが、それとは別で『スキルの追加効果倍増』という特殊な効果も付与されている。

 今彼女が使った物だと、そのノックバックの効果が本来の2倍発揮されているという事だ。


「どんだけ吹っ飛ばすんだ。馬鹿か!」

「いや~、思った以上に飛んで来たね~! ここは……あぁ、シャーリーの家か。うんうん、だいぶ飛んだね!」


 ようやくノックバック効果が落ち着いて2人の動きが止まったのは、彼女達が戦場から離脱した1分後だった。

 地面には彼女達が移動してきた痕跡がくっきりと残っており、横幅2メートルほどの巨大な地割れや破壊の後が広がっている。まるで大地震でも起きたかのようで、後始末が大変そうだなぁと暢気にそんなことを考えてしまう。


 彼女がそんなことを思えるのは、修復をするのは魔法使いであるカフカやシャドウ、荷物持ちに駆り出されるバイオレットであって自分ではないからだ。

 無論、アイテムや素材の運び出しなんかの、必要最低限の事はするつもりでいるが……。


 話を戻し、スカーレットは改めてミセリアの姿をその瞳に映してラグナロク時代に幾度となく戦った彼女の基本性能を思い出す。

 その姿はあられもない少女の姿。ネグリジェのような薄い服を身に纏っており、その姿は妹のイラとアバターから何まで瓜二つ。種族は2人ともに天使を選択しており、姉の方は剣士、妹の方は魔法使いと両極端な姉妹だ。


 ミセリアの特徴は速度と瞬間的な火力に全てを注いでいる短期決戦型の剣士。その実力はランキング50位以内に入った事もあり、ギルド内ではフィーネに次ぐ実力者だ。

 そのメイン装備や武器に関しての情報は次々と更新されるので当に覚えるのを辞めているが、覚えている限りでは神の名を冠している武器を持ち、装備の方はそこまで強くなかったはずだ。


(確かこの世界じゃ、物理的な攻撃は即座に命を奪う可能性を秘めてるんだっけ。そう考えるなら、アイツみたいな剣士タイプはメイン武器を持って来ていると想定するべき。PK集団なんだから、対人に特化した物と考えた方が良いとして……。神の武器にそんなのあったかね……)


 スカーレットはヒナのように全ての武器の特性やその性能を完璧に記憶していたわけでは無い。

 いや、というよりもこの場合、ラグナロクに存在している数千という種類の武器や装備の効果を全て暗記しているヒナが異常なだけだ。


 ともかく、スカーレットはヒナのようにすぐさまその性能をパッと頭に思い浮かべる事は出来ないので、最悪の状況を想定して脳内で戦闘をシミュレーションしてみる。


(天使は持続的なHP回復と回復魔法やアイテムの恩恵ボーナス。後は魔族やモンスターへのダメージボーナスだっけ。相性最悪なんだよな……)


 なぜミセリアやイラのような殺人鬼……PK連中が、魔族やモンスター相手にダメージアップのボーナスが付属する天使を選んだのかは知らないし興味も無い。

 しかし、スカーレットの種族である吸血鬼はラグナロクで魔族という種類に分類されており、その相性は最悪と言って良かった。


 唯一救いなのは、スカーレットも剣士であるがゆえにこの世界では一撃でその勝負が決まる可能性があるという点だ。

 首を斬られれば即死するとこの世界では、対剣士の戦いでは回復魔法やアイテムの類は役に立たない可能性が非常に高い。なにせ、そんなものを使う隙を与えてくれないのが剣士なのだから。

 仮にそんな隙を見逃す剣士が居ればそれはその剣士が2流であるというだけだし、かつてヒナがその役割を誰かに任せようと決意したその戦いも、それらを使用する隙が無かったせいだ。


「イラからだいぶ離されちまった。お前とタイマン張る気はないんだけどなぁ!?」

「そりゃお生憎様! ……ん? いや待て、お生憎で合ってるのか? ご苦労さん……ご名答……あ~……ご了解? それともご愁傷様……。日本語って難しいな!」


 日常会話に関しては苦労することなく日本語を使う事が出来るようになった彼女達wonderlandの面々だったが、未だに日本語やその使い方で迷う事はしばしばあった。


 特に外国ではしない使いまわしや、言葉は同じでも場面によって意味が変わる日本語は存在する。

「良いよ」や「大丈夫」なんかがそれに該当し、その度に外国人である彼・彼女らは困惑を口にしていた。


 戦いの最中だというのに、スカーレットはその疑問に直面して顎に手を当てて首をひねる。

 その“ゲームの時から変わらない彼女の姿”に、イラついた様子でミセリアが叫ぶ。


「全部ちげぇよ! むしろ最初の奴で合ってるよ! おめぇら、この世界で何年過ごしてんだよ!」

「知らん! と言ってやりたいが……そうだな。ここはあえて日本風に……。『何年何月何日、何時何分何秒? 地球が何回回ってキリストが何回生まれて死んだ時? 何回陽が沈んで宇宙が誕生してから何年後?』と、こう言っておこう!」

「お前小学生か! どこでそんな歪みまくった知識つけてんだよ! 日本人はそんな陰湿で意味わかんねぇこと言わねぇよ! てか、微妙に使い方と言い回し違うのやめろ! 地域独特の大富豪のルールみたいになってんだよ!」

「だ……? 悪い。その、だいなんちゃらっていうのはなんだ?」

「うるっせぇ! もうお前は黙ってろ!」


 なぜかキレられて訳が分からないと言いたげに肩を竦めた彼女は、一度ふぅと息を吐くとゲーム内で見ていたミセリアと目の前の少女に差異がある事に気付いた。


 そして、これは外国人であるとかそんな問題ではなく彼女自身の問題なのだが……。

 スカーレットは、他人が気にしている部分やその人の欠点について、深く考えずにズバズバ物を言う事があった。いわゆる、デリカシーが著しく欠如していたのだ。


 その性格は良く言えばおおらかであり大雑把、賑やかとも言えるが、思った事をすぐに口に出す関係で、彼女を嫌っている人間もギルド内に数多く存在していた。

 嫌っていたというよりは苦手としていたと言った方が正しいか。まぁ、それと同じくらい彼女は好かれていたのでギルド内で居場所を失う事は無かったし、何よりカフカやアリスが彼女を気に入っていた。

 その為、彼女はギルメンの……主に主要メンバーや幹部メンバーの間でムードメーカー的な役割を担っていた。


 そんな彼女が、ゲーム中で見ていたミセリアと今のミセリアの違いに我慢が出来るはずもなく、思わずポロっとそれを口に出してしまう。


「お前、そんなぎゃあぎゃあ騒ぐタイプだったか? もっとこう、大人しいというかクールぶって無かったか?」

「……誰のせいだと思ってんだよ! ていうか、クールぶってたって言うな! むしろあれが素なんだよ!」

「酢……? あぁ、料理に使う奴か。ボクも向こうにいた時は良く使って――」

「そうじゃねぇって言ってんだろうが!」

「……? 今初めて言ったじゃないか。何事も、嘘は良くないんだぞ?」


 真顔で首をかしげるスカーレットに耐え兼ね、ミセリアは今まで出したことも無いような唸り声と共に頭をガシガシと掻き毟る。

 その姿にドン引きしている様子の彼女の声をその耳に捉えると、今度こそ堪忍袋の緒が切れたのか、剣を構えて右上段から勢いよく斬りつける。


「死ねゴラぁぁぁ!」

「girls shouldn’t talk like that, で合ってたかな? 英語は苦手なんだ」


 女の子はそんな口を利いてはいけない。そう英語で言ったつもりだったが、どっちにしろミセリアは英語が分からないし、そもそもスカーレット自身あまり英語が得意じゃないのでそれが合っているかどうか分からない。

 つまり、どちらにせよミセリアにその言葉の意味が通じる事はなく――


ギンッ!


 鈍い金属音と赤い火花が散り、2人の剣が空中で激突する。


 ミセリアの持つそれは剣というよりは彼女が大好きな日本刀のそれにそっくりで、独特の禍々しい波紋が特徴的な片刃の物だ。

 柄には薄紫の毒々しい見事な細工が施され、その刃にはヘビのような模様まで見えるところから、そこに並々ならぬ思い入れがありそうだという考察が出来る。


「いやぁ、楽しみだ! 人間相手の稽古は全然してなかったからな! じっちゃんは相手してくれないし、バイオレットはそもそも人間じゃないし! 楽しませてくれ!」

「どこまでも舐めた口を! ふざけるな!」


 勢いよく剣を振り払ったミセリアは空中をクルクルと器用に回転しながら元居た位置に着地すると、目の前でふふっと楽しそうに笑っている女を見て額に血管を浮かべる。

 怒りで拳を震わせたことなんて何十年ぶりだろうか。そう思いつつ、身体能力強化のスキルを発動させて本格的な戦闘態勢に入る。


 時間凍結で実質的な無敵状態にある彼女とそれを知らないスカーレットではこの戦いの大前提や賭ける思いも心意気もまるで違うが……1つだけ確かな事がある。それは――


「てめぇにだけは絶対負けん!」

「良いね、その意気だ! ボクだって負けるつもりは無いさ!」


 お互いに、負けるつもりは無いという事だ。

 再び斬り合いを始めた彼女達の剣が交じり合い火花を散らすのは、その言葉が戦場に響いたすぐ後だった。

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