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158話 開かれた戦端

 顔に見覚えのあるディアボロスの幹部メンバーが3人ほどいる事に内心驚愕しつつ、その戦場でただ1人、その時を今かいまかと待っていた少女は、相手が動くよりも先に行動を開始した。


 彼女――スカーレットが着用している装備は当然ながら神の名を冠している装備だし、どこから取り出したのか、いつの間にか右手に構えている剣も当然のように神の名が付いている。

 その剣の柄には見事な金の細工が施され、刀身は刀の方がカッコいいという理由から片刃になっている。

 まぁ、それは見た目だけで実際は両刃なのだが、それを突っ込むのは無粋という物だ。


『獅子の突撃』


 瞬間的に火力と俊敏性を上げるスキルを発動させ、ラグナロク時代からの因縁の相手とも言って良いミセリアへと斬りかかる。


 Wonderland側の手勢は4人しかいないので各人が幹部メンバー1人だけを相手にするのは無理なのだが、ミセリアとイラの2人がいるなら話は別だ。

 彼女達のコンビネーションは言葉を必要としないし、まだ彼らが過ごしていた世界が現実ではなく仮想だった頃からその完璧以上の連携は有名だった。

 なにせ、2人なら“NPC無し”の魔王と張り合うくらいの事は出来るのではないかと言われたほどだ。


 この戦場に姿を見せているディアボロスの幹部は、スカーレットが記憶している限りミセリア、イラ、そしてレベリオだ。

 本来なら一番剣士としての力量が劣り、なおかつやる気なさそうに大きなあくびをしているレベリオを狙うか、もし姿があればアーサーと肩を並べるほどの実力者であったフィーネを狙うべきだ。

 しかし、この場にフィーネの姿は無いし、ミセリアとイラの姉妹が揃っているならまずは――


「分断するっしょ~!」

「あぁ!? 分断して勝てると思ってるなんて、おめぇは相変わらず脳筋だなぁ!? 金と力の事しか頭にねぇだろ、チンパンジー!」

「アッハッハッハ! そんな面倒な奴はメイシアだけで十分さ!」


 この場にはいない……というか、そもそもこの世界に来てすらいないかつての仲間の事を頭に思い浮かべつつ、スカーレットはビュンと風を斬る音と共に剣を振った。

 それは大上段からミセリアの首を狙った一撃だったが、なんのスキルも乗せていない一撃では当然ながら防がれてしまう。

 ただ、獅子の突撃というスキルはただ火力と俊敏性をあげるだけではない。攻撃が命中した際、その対象を数メートル吹っ飛ばす“ノックバック効果”を付与するのだ。


 彼女だって戦闘狂ではあっても、その実ただ戦う事を趣味としているだけでは無い。

 ちゃんと作戦を考え、その作戦が上手く行った後に相手をボコボコにするその快感に酔いしれ、この世界に来てから修練に励んでいたのだ。


 つまり、ただ戦う事が好きなだけの変態……というわけでは無く、キチンと頭の中で考えながら戦うタイプの戦闘狂という訳だ。


「全く困ったものだね。まぁ、君達がいるなら分断は必須マストか。こういう時日本でなんというのかは知らないけど、君の相手は私がしよう」

「……龍がいるからあなたもいるとは思っていた。でも良いの? イラの相手はそこの人形バイオレットの方が適任だと思うけど」


 土煙とわっはっはという子供らしい、とても30代半ばの女性の笑い声とは思えない軽快な声と共に消えて行ったスカーレットに少々呆れつつ、シャドウは少し前に出てそう言った。

 ただ、指名されたイラ自身は街の奥へと消えて行った姉を一瞥し、怪訝そうに首をかしげる。


 それもそのはずで、彼女は魔法使い。それも、ランキング換算するとかなり上位に食い込むほどの実力者だ。

 彼女達……というか、ギルメンのほぼ全員から毛嫌いされているサンには劣る物の、彼女だって力のある魔法使いだ。


 そんな彼女も、当然ながらこの世界では生身の人間として変わりない。

 ならば、魔法使い相手には肉弾戦が得意なバイオレットをぶつけるべき。その意見は当然正しい。


 シャドウだってそんなことは分かっているし、なんならここに来たのが彼女達ではなく魔王やその他……例えば円卓の騎士の面々だったなら、迷わずバイオレットを中心に戦闘のプランを組み立てる。


 しかし、ここに来たのは圧倒的な実力を持っているかと言われるとそうでもなく、ただPKや姑息な戦術でその勢力を拡大してきたディアボロスだ。

 何をしてくるか分からないし、ここに来た“勝算”の正体が分かっていないのに、切り札を易々と封じられるわけにはいかなかった。


「幸いにも、君の隣にいる人はさほどやる気が無いようだからね。バイオレットは自由に動かしてそこら辺の有象無象を倒してもらうとするさ。良いよね?」

「はい、問題ありません。ではマスター、戦闘モードに入る許可を」

「オッケー! 現場の判断は全部任せるよ! やっちゃいな!」


 その声にコクリと力強く頷いた彼女は、すぐさま通常モードから戦闘モードへと移行する。


 全身を赤い光が包み込み、まるで蒸気でもあげるようにモクモクと白い煙がその機械仕掛けの体から湧き上がる。その瞬間から彼女の各種身体能力と攻撃力が飛躍的に上昇し、その瞳が血よりも赤い綺麗な赫へと染まる。

 まるで怒りに燃えあがる鬼を象徴とするような姿に、イラとレベリオ以外のディアボロスの面々はハッと一瞬で意識をそちらへ集中させる。


「必然的に、私の相手はあなたという事になるのでしょうね。相対するのはあなた方がうちのマスターを襲撃してきた時以来ですか」

「オジサンと会話なんてしたくないんだけどなぁ……。はぁ、お姉ちゃん来てくれないかなぁ……。“謝りたい事がある”んだけどなぁ……。あの時、私の本心とは真逆の事言っちゃって傷付けちゃったよね……。それが気になっちゃって、今じゃ夜も眠れない生活を送ってるんだよ? なのに、アムニスのせいで外に出られないし、今回は強制参加だし……あーあ、やる気出ないなぁ……」


 数メートルにも及ぶ長い槍を構えたチャンが一歩前に踏み出して戦闘の意志を示すも、レベリオはどこか心ここにあらずといった感じで空を見上げた。


 上空にはここが湖の底だという事を一瞬忘れそうになるほど、地上と変わらぬ温かさと光を届ける太陽の光が降り注ぎ、なんの魔法なのか暗雲までも徐々に立ち込めている。

 これなら、天候を操作する系の魔法も正しく機能するだろうなぁと暢気に考え――


「やる気が無いなら、早々にご退場いただこう!」


 そんな隙を、ランキング上位者の彼が見逃すはずが無かった。

 そのシワシワの額に怒りで血管を浮かべつつ、鋭利な槍先をスキルで攻撃力をさらに上乗せしながらその心臓目掛けて容赦なく突き刺す。


 何十年も前に現地の人と結婚して子供を授かったと近況報告に来た仲間が言っていた事だ。

 この世界ではHPという数値データは基本的に信用しない方が良い。対魔法使いならまだしも、剣士や槍使いなどの物理的な手段で攻撃を行う場合、そのゲージが数値的には存在していようとも絶命する事がある。

 そんな、戦ううえでは大変重要な情報をもたらしてくれたのだ。


 彼が今どうしているかは知らないが、寿命を考えれば、彼も自分と同じく残り数十年の命だろう。

 それに、エルフは種族的な設定で、子孫を残すとその強さが全て子へと引き継がれる……。というような物がラグナロクにはあったはずだ。なので、その設定が生きているのなら彼はもう戦えない体になっているだろう……。


 なんて、戦闘とは全く関係のない事を考えていたからか。チャンは、目の前で起きている光景に気付くのが遅れた。


「違う、違うんだよお姉ちゃん……。私の、死んだ姿も愛するって気持ちは本当なんだよ……? あの時はただ、お姉ちゃんに私をもっと好きになってもらう為にあんなこと言っただけで、ちゃんとメリーナの事は今でも大好きだし愛してるんだよ……? 優しいお姉ちゃんなら、冷静になれない今は無理でも、きっといつかあのお家に埋めてあげるでしょ……? その時、一緒にお墓参りに行って、もう一度愛の言葉を言える、いや、言いたいってくらいには愛してるんだよ? ごめん、ごめんね……違うんだよ、本当に……。私、そんな悪い女じゃないんだよ……? ちゃんと自分の言った事くらいは守るし、責任は持つよ……?」


 心臓を正確に貫かれたはずなのに、うわ言のように誰かの事を、誰かに対する謝罪を述べているレベリオは、未だにその腰に下げている刀らしき物を抜く気配が無い。

 しかし、確かに槍はその体を貫通して向こう側に除き、槍先からはポタポタと赤い血液が地面へと滴っている。

 仲間からの情報によれば、彼女は即死していても不思議ではない。


 いやそれ以前に、自分がこんなことをされればここまで冷静に、それでいてブツブツと何事かを言っている余裕は無くなるだろう事は想像に難くない。


「!? あなた――」

「チャン、離れろ!」


 一瞬呆気にとられたチャンだったが、数メートル後方から飛んで来たシャドウの鬼気迫るような迫真の呼び声で意識を取り戻す。


 神の名を冠しているメイン武器は惜しいが、それでもその命令に従ってすぐさま回避行動を取り、スキルまで使って瞬く間にレベリオから数十メートルという距離を取る。

 流石に離れすぎだったか。彼がそう思ったのと、少し先の地面がえぐれて青白い閃光が目の前を通過したのは同時だった。


「これだからレベリオを連れてくるのは危険だと言った。こんなに早くバレる予定じゃ無かったのに、もうバレちゃった。嫌がらせならもうお腹いっぱいなんだけど。真面目にしないなら、次は本気で行くよ?」


 その魔法は、イラが所持している数少ない神の名を冠している魔法だった。


 後に炎と鍛冶の神とされたギリシア神話に登場するその神は、古くは雷と火山の神であったという説もある。

 その事から、運営は“見栄えが良いから”というくだらない理由でこの魔法を創り出し、同時に鍛冶スキルを収めているプレイヤーしか習得できない魔法も同時に創った。


 その神の名を冠する攻撃魔法『雷と炎の神(ヘパイストス)の激昂』は、広範囲に炎と雷の固定ダメージを発生させるフィールドを展開しつつ、神の名に恥じぬ圧倒的な攻撃力で対象を焼き焦がす魔法だ。

 その直撃を喰らってもなお、全身を出来損ないのパンケーキのように黒焦げにするだけで一向に冷静さを取り戻そうとしないレベリオは、ただブツブツと念仏のように懺悔を述べる。


 その異常な光景を見て、機械であるバイオレットとこの場にいないスカーレット以外の者達は、異様なその姿と恐ろしさにブルっと背筋を震わせた。

 特に引きこもり少女のレガシーは、ランキングの順位だけ見ればこの場の誰よりも上なのに、初めてジェットコースターに乗った時のように若干漏らしかけていた。


 パチパチっと地面で炎が燃え盛る小さな音と、バリバリっと静電気のような白い稲妻が這う様を放心状態で見つめつつ、チャンはまたしても信じられない物を見る。

 神の名を冠している己の武器が……ゲーム中で何度も自分の命を救ってくれた相棒が、今の一撃でレベリオの体から抜け落ち、その膨大な“はず”の耐久値を一瞬にしてゼロにした。

 その結果……バキンと嫌に高音な悲鳴を響かせ、根元からポッキリと折れたのだ。


「ば、バカな……」


 神の名を冠する武器は並大抵の攻撃では破壊出来ないし、そもそも破壊しようとしてもそれには途方もない攻撃力が必要となる。

 魔王でさえ一撃で破壊するのは無理だろうし、そもそも神の名を冠する武器はその貴重さ故に耐久値を常にマックスにしておくのが基本だ。

 壊そうと思い至る事がそもそもないし、あったとしてもそれは無謀と一笑に付される行為だ。


 例外なく、チャンも戦う事が終ぞとしてなかったこの世界でも、生活の中で手入れは欠かさなかったし、その耐久力が減っているという認識は無かった。

 それなのに……。そのはずなのに……一撃で、その人生を終わらせたのだ。


「スカーレット、いけない!」


 その事に遅ればせながら気付いたシャドウも、つい先ほどこの場からミセリアと共に姿を消した仲間の事を思い出す。

 今まさに、懸念していた相手の“勝算”の正体が分かり、完全に勝ち目のある戦いでは無い事が分かったのだ。

 いや、そもそも勝つとか負けるとかそういう次元の戦いではない。これは――


「地獄か……」


 バイオレットが殴り倒していくディアボロスの面々も、戦闘不能なほどの怪我を負った先から復活していく様を見て、チャンはそう呟いていた。

 そこに追い打ちをかけるように、その場に2人の幹部が姿を現した。


『大体何があったか予想は出来るけど……。そうか、もうバレてしまったか。予定よりだいぶ早いね』

『……カフカハイナイノカ。アリスナキイマ、ワタシトタイトウニヤリアエルマホウツカイハアイツグライダトオモッテイタンダガ……。ザンネンダ』

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