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157話 シャドウの決意と皆の覚悟

 カフカがwonderlandを去って魔王へと救援要請に行った直後、シャドウは残った面々が集まっている中央広場と呼ばれている場所へと来ていた。


 そこはアリスの趣味で非常に質素な田舎街のそれをイメージして作られており、30メートルほどの大きな円形の開けた場所の中央にゆったりとしたベンチが2脚。そしてそれを囲むような形で2体のウサギと頭にシルクハットを被った男の銅像があるだけだ。

 これが何を意味しているのか、このギルドに所属している面々で知らない者はいない。


 どれだけ自分の趣味に走れば気が済むんだと言いたくなるような代物だが、この細工を施すのに必要なお金はアリス自身が工面しているので文句を言う権利はない。


 それに、立場が上のギルメンはこうして王国の一部に自分の趣味に走らせた場所を設ける事が許可されているので、他の者達も似たような場所を作っている。

 無論その条件は様々だ。例えば自分の家の近くである事や、他の幹部メンバーの承認を得る事。資金は全額自分で工面する事……など。


 本来は1か所だけと定められている通称『自分エリア』と呼ばれる場所は、実はギルドマスターという権限を使ってアリスは2か所用意していた。

 まぁそれも、この広場と少し行った先にある『アリスの茶会』と言う名のコンセプトカフェ風のお店だけだったので、ギルメンは強く反対しなかったのだが……。


 ともかく、そんなアリスの趣味全快の広場へ集まった面々を見回し、シャドウは内心ではぁと自分を落ち着かせるために息を吐いた。

 これから作戦を話そう。そう思って口を開こうとしたその瞬間、アイテムの補充等を終わらせてやる事が無くなったスカーレットが不満そうに言った。


「カフカは逃がしたのか」

「……あぁ。生憎と、文句を受け付けるつもりはないよ」


 実をいうと、カフカを『救援を呼びに行ってほしい』という名目でこの場から遠ざけたのはシャドウ個人の判断だった。それも、普段ならば絶対にしないような“個人的な感情から来た指示”であり、そこに合理性なんて微塵も無い。

 むしろこの場合の最適解はあまり気乗りしていない様子のチャンに救援を呼びに行ってもらう事であり、魔法使いでかなり強い部類に入るカフカはむしろ残した方が良かった。

 その事を分からないギルドメンバーはwonderlandに所属していないし、当然ながらスカーレットも理解していた。


 彼女は吸血鬼という無限の寿命を持つ種族らしく、赤い瞳と鋭い2本の牙をキラリと光らせながらいつものようにヘラヘラと笑うシャドウを見つめる。


 彼女は身に着けている装備がカスタムによってダークグレーのドレスになっており、細部までこだわり抜かれたそれは、見事という言葉以上の物で表さないと失礼に当たる。

 1人だけ西洋のパーティーから出てきたような可憐な美しさと犯し難い高潔さを持ち合わせているその姿からは想像出来ないほど戦闘狂なのが玉に瑕か。


 ドレスの所々に細かな赤や金の装飾が施されており、決して下品に映らず、むしろ高潔な吸血鬼という印象を与えるそれは、まさに天才的なバランスとデザインだ。

 彼女の家や自分のスペースもかなりセンスが良いので、ギルメンの多くから装備のデザインについて意見を求められていたのだが、それは今関係ないので割愛する。


「なぜそんなことをした。カフカが後で知れば、絶対怒るぞ」

「その時に私が生きていれば、お叱りはキチンと受けるとするさ」


 ふふっと笑ったシャドウの姿に普段の軽い雰囲気は全くと言って良いほど感じられず、その覚悟の程を感じ取ったスカーレットは思わず息を呑んだ。

 普段からチャラく軽々しい男がここまで真面目に事を言うなんて。そんな衝撃があったのだ。


 しかし、今はそれよりも……


「あの噂は本当だったんだな」

「あの噂? あぁ……。何百年も前の事を持ち出すのは良くないよ。『Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction』」

「お前の流暢な英語、久々に聞いたな」

「この世界の標準語が日本語なんだから仕方ないじゃないか。世界で一番難しい言語と言われるだけの事はあるよね」


 苦笑するように薄く笑ったシャドウは、脳内でこの世界に来た時の事を改めて思い出していた。


 アリスとカフカに指導を受けてなんとか日常会話を出来るレベルにまで日本語を勉強した事。

 そして、何百年と生活しているうちに自然と日本語を使う必要のないこの場でも日本語で話す程度にはそれが染みついてしまった事などだ。


「長い旅だったね……」

「諦めるのか? お前らしくないな」


 腕を組んで不満そうにそう言ったスカーレットに、今現在分かっている情報を周りの2人にも聞こえるように、それでいて出来るだけ簡潔に説明する。

 一番の問題は、相手が龍達の攻撃を意に返さず攻撃を仕掛けてきている事であり、それも近いうちにこの国への侵入を果たすだろうという事まで、全て洗いざらい。


「相手のその無敵状態に関して心当たりは無いのですか? マスターが逃げたいと仰っているので、私もここから逃げる準備を始めるべきか迷っているのですが」

「悪いけど、この場所を奴らに占領されるとそれはそれでマズいんだ。世界が終わりかねない」

「……」


 この王国には、ここ数百年の生活で彼らが生きて来た結果消失した食料以外の物……例えば貴重なアイテムやら装備、その全てが揃っている。

 それも、ギルドランキング1位の名に相応しく、大変貴重な課金アイテムも数えきれないほどあるし、金貨や装備なんかも文字通り吐いて捨てるほどある。

 そんなものをPKギルドの連中にまるまる渡してしまってはこの世界が滅茶苦茶になってしまう。


 かつて理想郷と呼ばれていたブリタニア王国がプレイヤーの力によってあそこまでこの世界に影響を及ぼし、知識と言う別の形ではあってもこの世界に多大な影響を及ぼしているシェイクスピア楽団。

 どちらも、ゲームや元居た世界の知識に基づいた物であり、本来はこの世界になかったはずの文化や力だ。


 まだそれが良い方向に作用しているので彼らも問題視していないが、この王国にある物で世界を統べようと思えば……文字通り、武力でという面だけで言えば可能だ。


「奴らがなんの為にここに来たのかまでは知らないけど、仮に世界征服なんていう子供のような目的のために動いているのだとすればどうだい? ここを捨てて逃げたとしても、いつかは彼らと相対する事になるだろう。その時、あちらは無数のアイテムを駆使してくるだろうね。恐らく、今回の数倍や数十倍という規模で」


 そんな状態の相手と戦うのと、万全とは言いえなくとも最悪の状態ではない今戦うのどちらが良いか。

 そんなの、幼稚園児でも分かるような事だ。


「マスターは、そうなった時は魔王に助力を願ってはどうかと言っています。彼女ならば持っていないアイテムなど無いだろうと。装備も、私達の物と同程度の物は揃えているだろうとの事です」

「いくらあの人でも、物量で押されてしまってはどうしようもないでしょう。それに、仮に魔王の実力が私達の想定を上回る物だったとしても、確実ではありません。言うなれば、アイテムと装備だけなら、私達のギルメン全員分と言っても過言ではありませんから」


 Wonderlandの課金総額は優に300億という額を超えている。

 月々の売り上げの半分以上を彼らだけで担っていたとなればそれがどれだけおかしい事なのか分かるだろうし、所属していた全員が3000万以上を課金していたというおかしいギルドだ。


 そんなメンバー全員分の財力と努力の結晶を相手に、果たしてここに居る4人とカフカ、魔王を含めた6人。いや、正確には魔王の傍にいるNPCも含めて9人で太刀打ち出来るのか。


「無理だろう? だから、ここを渡すわけにはいかないんだよ。それに私個人の感情的にも、あんな奴らに私達の聖域を踏み荒らされたくはない」

「……それは、違いない」


 その絶望と怒りに満ちた声はバイオレットの声ではない。今も自宅に引きこもって彼女の目を通してこの場を見ている少女の声だった。

 何年ぶりに彼女の声を聞いただろうか。その顔や姿も今やおぼろげになりつつあるのだが、今そんな事を言ってもこの場の全員の意見だろうから口を噤む。


「じゃあ、改めて役割を確認しようか。チャン、あまり気乗りしないだろうが、いつも通り敵の攻撃を引き付ける役目を担ってくれ。スカーレットは好きに戦ってくれて構わないが、バイオレットの邪魔だけはしないように」

「お、前線に出ても良いのか!?」

「後ろに下げても、私達4人だけではそもそも戦線が成り立つかどうか怪しいからね。君には最初から前線で戦ってもらった方が良いと判断したまでだよ」


 結局、数の暴力というのは存在する。

 それも、相手がなんらかしらの能力で無敵状態にあるのならば、そもそも戦端が開かれるかどうか。それが戦いという最低限の形を成り立たせられるのかどうかも不明だ。


 攻撃しても相手が無傷でいるというのなら前線は瞬く間に崩壊するし、逃げる隙も戦う事も許されず、ただ圧殺されるだけになる。

 そんな事ならば、実力を発揮できずに死ぬよりも戦って死んだ方が良いだろうというシャドウの些細な気遣いだった。


「私は構いませんが、相手がプレイヤーという事であれば遠慮なく斬りますよ。事後処理は任せて構わないという理解でよろしいですか?」


 スカーレットがキャピキャピと、まるで夏休みにプールに遊びに来た子供のように飛び跳ねている横で、無表情のままそう言った老人。彼の名はチャン。槍使いでありながらタンク職も収めている変わったプレイヤーだ。

 その外見は白髪の年老いた老人だ。

 まぁ、老人と言っても筋骨隆々で口ひげを生やした凛々しいという言葉が似あいすぎるダンディな男なのだが……。


 バトラーのような格好をしているそれは、彼がフランスで経営していたバーの制服らしい。

 当初は店の宣伝としてそれを着用していたのだが、イケてるバトラーとしてネットで注目されてしまったのは彼も予想外だっただろう。

 その結果彼のお店が大繁盛し、忙しくなったせいでゲームに費やす時間が減ってしまった事は皮肉以外の何物でもない。


 彼の種族はラグナロクでも珍しかった『仙人』という物で、元は人間のアバターだったプレイヤーが、ある特殊なクエストをクリアする事で至れる更なる高見だ。

 基本性能と設定上の寿命が延びるだけなので大抵のプレイヤーはクリアすらしていないし、そもそもそのクエストの存在が知られていないので魔王すらクリアしていないというオマケ付きだ。


 そんな彼は分かりやすいほど平和主義の人間だが、こうしてたまにその本性を現す時がある。

 自分が認めた人間や大切だと思っている場所を穢され、汚され、犯され、なにより破壊されることを最も嫌う。

 彼にとってこの場所は、自身のお店に次いで大切な場所だった。


「あんまり乗り気じゃなかったじゃん、じっちゃん! なになに、やる気?」

「On n'a qu'une vie」

「なになに、シャドウと同じで、最近は母国語ブームなの!?」


 子供のようにはしゃいでいるスカーレットは、この場で唯一フランス語が分からないバイオレットとレガシーに、今チャンが言った言葉の意味を教える。


 それはフランスにあることわざであり、意味は『人生は一度だけ』という物である……と。


「あなたも、死ぬ覚悟を決めているという事ですか? マスターと同じく、この戦いで死ぬつもりは無いと考えていましたが……」

「私は寿命の無い貴女方と違い、生きられても残り50年程度です。どうせ終わる命なら、ここで燃やし尽くしても良いでしょうと思っただけです。無論、無駄に死ぬつもりはありません」

「……分かったよ。じゃあ僕も、覚悟を決めるよ。バイオレット、頼んだよ」


 そのレガシーの言葉に、バイオレットは小さくだが、しっかりと頷いた。


 この場に揃った全員が覚悟を決めたところで、シャドウは作戦の続きを口にする。


「バイオレット、君は僕らの中で最高戦力だ。レガシーを含めた僕ら全員の安全確保を第一に考えつつ、敵を殲滅してくれ」

「え、ちょっと待ってよ! 僕のバイオレットが一番仕事多くない!? てか、全員のお守りしながら敵を殲滅とかどうするのさ!」

「そこはほら……気合さ」


 シャドウが胸の前で両手をグッと握りしめると、バイオレットを通してその光景を見た少女は分かりやすく嫌悪感を示す。

 そしてその内心が伝わったのか、それとも感情が無いはずのバイオレットもそう思ったのか、思わず吐くようなしぐさをしながら不満をアピールする。


「君にそんな器用な事をされるとちょっと心に来るものがあるんだけどね……。まぁ良い。ほら、敵さんのお出ましだよ」


 シャドウが指さしたその先には、龍の猛攻を受けてもなお目立った傷を負っていない数人の女とその部下と思われる者達ががニヤリとした笑みを浮かべて立っていた。


 この瞬間から、ゲーム中では幾度となく行われてきたwonderland対ディアボロスの戦いが始まった。

 それは、カフカがちょうど湖の上に到達したまさにその時だった。


「さぁ、殺戮の時間ショータイムだ。楽しみだなぁ、イラ!」

「……お姉ちゃん、あんまりはしゃがないで。割と面倒な人が残ってる」


 バイオレットを指さしながらそう言ったイラの声が、戦いの開始を告げるゴングになった。

作中で出てくるシャドウの英語は『愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』というある偉人の言葉です。

引用させて頂きました。m(_ _)m

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