154話 強者の集い
名前からして円卓の騎士の面々が創り上げたのだろうブリタニア王国へと向かわせていた召喚獣から『ヒナという名の魔法使いによって国が壊滅状態になっている』と報告を受けた時のカフカの心労は、おそらく誰にも想像できないだろう。
魔法大国ステラから馬車で4日ほど行った先に、巨大な湖がある。
Wonderlandの面々が最初にこの世界にやってきた時、その膨大な土地を有した王国はその湖の淵をグルッと囲むように展開し、湖の部分にあった都はそっくりそのまま水底へと沈んでしまった。
だが、ゲーム中にアリスが課金アイテムを使って守護していた事もあって中の施設は無事だったし、後に転移してきた1人が持っていたアイテムを使って王国を地底へと隠したので結局不便は無くなった。
上から覗き込んだくらいでは決して分からないし、そこに住まう魚達の生態系にもなんら影響を及ぼしていないので現地の人々には気付かれていない。
だが、その湖の近くにあるシャーディス王国という国では、近年湖で採れる魚の量が減少してきていると問題になっていたりもする。
その原因は――
「カフカ。マスターが、もう魚は飽きたと訴えてきている。どうにかしてくれ」
ノックも無しに家の扉を開けて無骨にそう言ってきたのは、この世界に来た直後から数える程度しか皆の前に姿を現さない少女が操る機械だった。
その姿は20にも満たないほど幼く、髪は雪のように白いそれを肩のところで短く切り揃えている。
首から下のそれは種族的な特徴である無骨な鉄の塊で、辛うじて人の姿を保ってはいる物の、一目で人間では無いと分かるそれだ。
とんでもない強度を誇る金属の体と、同じ素材が使われている事でその威力を数倍に高めている拳は、今や素の肉体能力ではこの場に残っている誰よりも上だ。
種族特性として武器や防具を装備できないとはいえ、単純な攻撃力で彼女の右に出る者はいないだろう。
だが、そんな彼女にも臆することなくカフカは言った。
「あのねぇ……。だったら君かあの小娘が地上で食材を買って来ればいいじゃないか。湖から勝手につまみ食いしてるの、知ってるからね?」
「それはマスターの命令に反する。それに、あくまでつまみ食いをしているのは私ではなく軍師殿の龍達だ」
「そりゃ、大半はそうだろうけどさ……」
カフカは声のトーンも表情も一切変わらないその機械を少しだけ恨めしそうに睨み、頭を抱えながら一度報告に来ていた召喚獣を下げさせる。
今現在シャーディス王国で問題になっている魚の捕獲量減少の原因を作っているのは、ここ数百年の食糧ストックを全て吐き出してしまった彼女達だった。
いや、彼女達というよりはこの世界にやってきてからこの場を動いていない5人の内の2人が原因だった。
1人はカフカの目の前にいる機械の少女を自宅のベッドに寝転がりながら操っている“見た目だけは”幼い少女だ。
彼女は普段家から出ない癖に、機械を操るという性質上精神的な疲れや気苦労が多いらしく、人一倍お腹が減る速度が速いそうだ。
ちなみにこれは彼女が操っている機械がそう言っているだけなので信ぴょう性がどの程度あるかは定かではない。
そしてもう1人の犯人……というか主な元凶は、軍師と呼ばれているゲーム内でもボス討伐やPKギルドなんかに襲われた際の全体指揮を行っていた男が呼び出している龍達だ。
龍神族を選択しているその男は、種族固有スキルを持たない代わりに魔力やHPなんかの初期ステータスがかなり高めに設定されており、龍系のモンスターを呼び出す際にその性能を引き上げる事が出来る。
そのおかげもあり、この世界に来てからこの場所の防衛を任されているのだが……その龍達が非常に食欲旺盛なせいで、食料が消える速度が数十年単位で早まっていたりもする。
「Shadowが消すと危ないと言うから黙認してるだけであって、私としてもどうかと思ってはいるさ。だけど、あの子らがいないともしもの時の対応が遅れるじゃないか」
「私はそれに関して何かを言いたいわけでは無い。ただ、マスターがつまみ食いの真犯人、ひいては主犯では無いと弁明したにすぎない」
「あ、そう……」
若干怒りながらそう言った機械――本人が言うにはバイオレット――は、カフカの気のない返事を聞いてやれやれと言いたげに首を振る。
そうしたいのはこっちだと叫び出したくなるのを必死で堪え、カフカは一度おかしな方向へ転がっている話を修正するべく、わざとらしく咳払いをする。
「で、ちょうど良いから君に相談なんだけどさ。いよいよこの世界にも魔王が来たらしいんだよね。どうするべきだと思う?」
「カフカ、あなたはいつも話の流れを変えるのが下手すぎる。マスター曰く、コミュ障とか言うらしいそれを、いい加減直せ」
「うるっさい! 今は私の質問にだけ答えなさいよ!」
単なる機械に長年気にしている部分を指摘されて分かりやすくぷんすか怒り出したカフカは、バイオレットがしばらく待てとその起伏の無いなだらかな声で言ったのを聞いてはぁとため息を吐いた。
どうせ彼女を操っている少女に連絡を取っているのだろうと思っていると、数秒もしないうちにまったく別の事を言われてカフカの頭は一瞬真っ白になる。
「軍師殿を呼んだ。後2分もすれば来ると言っている。そういう事は私ではなく軍師殿と話すべきだ、カフカ」
「……」
「なんだ、私の顔に何か面白い物でも付いているのか? こういう時、ニホンジンは何が言いたいのか分からない顔をする。まるでそう、なんと言ったか……。確か『キツネニツママレタヨウナ?』だったか」
「もう帰れ」
目頭をギュッと抑えてシッシと手を振ったカフカに習い、バイオレットは何も言うことなく彼女の家から出て行った。
そしてその5分後、とんでもない強力な気配と共に1人の男が来訪し、またしてもノックをせずに家へと入り込んでくる。
「はぁ。君達はノックという習慣を知らないのか? ていうか、私は君達に対して何回これを言えば良いんだ?」
「悪いねカフカ。執事は主人の部屋に入る時ノックをしないと言うじゃないか。私達もそれに習い、君の家に入る時だけはノックをしないようにしようと協定を結んでいるんだ。ちなみにこの協定が出来てから君がそうボヤくのは、少なくとも僕の前だと387回目だ」
「しょうも無い事を数えてる暇があるなら、君達の龍の教育をもう少しなんとかしてもらいたいね。魚は飽きたとか言われても、私は知らんぞ」
「はっはっは。こんな時、君達はなんて言うんだったかな、耳が痛いというんだっけ? まぁなんでも良いか。それで? 魔王が来たとかいう興味深い話の続きを聞こうじゃないか」
軽々しい。そんな言葉が良く似合うような軽薄そうな男は、そう言ってカフカに断る事なく部屋のソファにどっかりと腰を下ろした。
カフカの家はベッドと執務机、後は簡易なソファや暖炉があると言ったような、どこか田舎臭いそれだ。
ベッドに腰掛けながらはぁとため息を吐く彼女を面白そうにニヤニヤ見つめつつ、軍師――シャドウは腰まである長い黒髪をサラリといじって宙に舞わせる。
ヤクザが着ているような黒いスーツと金色の羽織、両腕には龍の入れ墨を彫っている。
彼はそのファンキーすぎる見た目とは裏腹に、ランキング23位の魔法使いという圧倒的な力の持ち主だったりする。
ちなみにカフカのランキングは14位、先程まで部屋に居たバイオレットとそれを操っているマスターのLegacyという名のプレイヤーは8位に位置付けている。
他にもこの場に残っている2人は、それぞれランキング26位のタンク兼槍使いのChanや、37位の剣士であるScarletが居たりする。
これがギルドランキング1位のwonderlandの力だ。
1人いるだけでも滅茶苦茶な戦闘力を誇るランキング上位100名に名を連ねている、もしくは連ねた事があるプレイヤーのほとんどが所属している。
そしてプレイヤーネームからも分かる通り、彼ら・彼女らは全て外国人だ。
日本人はアリスとカフカの2人だけであり、この世界に来た面々は全部で13人だった。
既に半分が寿命で帰らぬ人となったり、アリスのように世界を見て回りたいとここを去って行ったが。
「なるほど。それは間違いなく魔王――ヒナだね。とうとうこの世界に来たか」
胡散臭くふふっと笑ったシャドウは、召喚獣から受けた報告を全て詳細に語ったカフカを一度その視界に納めると、真面目に考えているようにしか見えないほど真剣に頭を抱える。
だがその実、その頭の中には今日の夕飯や龍達の躾に関してしか入っていない事を分かっているし、彼がそのポーズを取るのは『考える人』という彫刻を真似ているだけだ。そこに深い意味は無いし、なんなら良い歳してそれがカッコいいと考えるような少し痛い人間だ。
その事をここ数百年の共同生活で嫌というほど思い知っているカフカは、サッサと本題に入るべく自分から話を続けた。
「で、君の考えを聞かせてくれ。魔王の処遇をどうするか」
「ん? あぁ、どうするもなにも……マスターが居なくなった今、君次第じゃないか? 魔王を味方に付けるのか、それとも静観するのか。悪いけど、あんな滅茶苦茶な存在を倒そうなんて馬鹿な考えに付き合う気は無いし、残っている皆をそんな集団自殺に付き合わせる気も無いよ」
最後の一文に特に力を込めたシャドウに、カフカも「分かっている」と強めに言った。
いくらランキング上位者が揃っているとは言っても、それで魔王に勝てるのであれば彼女は魔王だなんて呼ばれ方はされていない。
同じ会社がラグナロクの後任と銘打っているアポカリプスがリリースされた後も全盛期と変わらずずっと狩場で戦闘を続けている姿を多くの者達が目撃しているし、インフレが進んだラグナロクでも常に全プレイヤーの頂点に立ち続けたのが魔王だ。
そんな存在に勝とうなんて、お前はどんな物語の主人公になったつもりだと説教したくなる。
かつて勝とうとしたのが親友でありギルドマスターでもあるアリスなのだが、あの時と今とでは状況が違いすぎる。
なにせ、死んでしまえば蘇生魔法が使えないどころか、本当にあの世行きなのだから。
「こんな小説、前にどこかで見た気がするな。なんだっけか?」
「そんなのはどうでも良いよ。君はどうしたいんだい? 魔王を仲間にしたいのか?」
「……ジャパニーズジョークだ。私は正直静観で良いと思っている。敵襲なんてものとは無縁のこの世界だ。魔王を仲間にしても良いことはないし、逆に厄介ごとに巻き込まれる可能性が高くなる気しかしない」
この場に残っている5人……いや、カフカとシャドウ以外の3人は、他の面々のように世界を見て回ったり自由に生きる道があった中でもそれを選ばなかった者達だ。
その事から分かるように、基本的には平和に、何事もなく日々を過ごしたいと思っている。
魔王を仲間に抱え込むのは戦力的に見れば大きなプラス要素だが、既に厄介ごとを起こしている所から見るに、厄介ごとに巻き込まれるリスクの方が高くなるだろう。
ならば、ここに残った面々の為にも魔王に接触するのは避けるべきだ。
「excellent。まさにその通りだ。彼女に接触する時はそれすなわち、私達では対処できないような相手に遭遇した時くらいだろう。ま、そんなことは早々無いだろうけどね」
「だろうな。むしろそんな時が来たら、かなりの確率で私達の中から死者が出る。現地人のレベルが低い事は確認済みだが、唯一ありえるとすれば他ギルドの襲撃か?」
「今のうちと張り合えるって言えば、まぁそうなるね。現時点で存在が確認されているギルドで言うなら……ディアボロスが一番可能性がありそうだ。何人来てるのか、何人生きてるかは知らないけど」
「奴らもそこまで馬鹿じゃない……と信じたいな。ともかく、君の意見を聞けて自信が持てた。魔王は、今のところ静観しておく」
「うん、それが良いだろうね」
薄く笑ったシャドウは、その後簡単に近況を報告してからカフカの家を出て行った。
この時の話がまさか現実になろうだなんて、この時は誰も思わなかっただろう。
数週間後の早朝、シャドウが湖の上空に放っていた霊龍が敵襲を報せるように轟くまでは……。




