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153話 最強の後悔と親友の称賛

 ラグナロク史上もっとも盛り上がり、またもっとも注目を集めたと言っても過言ではない戦いが集結した2日後、アリスを操る女とその親友は都内の居酒屋で飲んでいた。


 1人は大きなジョッキを片手に頬を朱色に染めつつ、時々週末のサラリーマンのようにヒックとしゃっくりを繰り出している。

 方や、もう1人の女は先程からウーロン茶を片手に親友の背中を慰めるようにスリスリと優しく撫でていた。


 もう何杯目のそれか分からないキンキンに冷えたビールをグイっと喉の奥に流し込んだ女は、アイスをかき込んだ時のような頭痛に襲われつつ、うげぇと汚い声を漏らす。

 それは乙女が人前で出して良い物では無かったが、女はそんな事など気にしたことは無いので本人からしてみればそこまで大きな問題ではない。


「あ~! はいはい、凄いすごい! 魔王様さまってんだ! わたしゃどうせ負け組ですよーだ!」

「荒れてるねぇ……」


 今回魔王との戦いに向けてアリスがつぎ込んだ額は、装備の新調やアイテムの購入、練習や対魔王戦略を纏める為のリサーチを含めると優に300万を超える。


 それで返って来た物と言えば、正真正銘の『最強』という二つ名を世間様から貰えたことと、運営から送られてきた2位の景品くらいだ。

 まぁ、最強の2つ名に関しては魔王が殿堂入りしているので“魔王を含めない場合”最強という、付いて欲しくない言葉が前の部分に隠れているのだが……。


 店のオヤジにもう一杯!とジョッキを掲げながらそう言ったアリスに、親友――カフカはもう止めとけと苦笑を漏らしながらテーブルに乗っている塩モモの焼き鳥を一本口に放り込む。

 アリスが皮ダレの物しか手に付けないのでその他の焼き鳥は自然と彼女が片付ける役目を担っているのだが、いい加減タレも食べたいと思ってしまうのはしょうがない。


「オヤジさん。こいつのビールキャンセルで、私の焼き鳥セットもう5本追加で。タレ多めにしてくんない?」

「……はいよ」


 カフカのそのオーダーに少し不機嫌そうな顔を見せたアリスだったが、これ以上飲むと明日の仕事に響くと言われては何も言い返せない。


 研究者としてそれなりの地位にいる彼女が二日酔いで大学の研究所に行こう物なら、彼女が嫌っている面倒な教授――上司がガミガミ小言を言ってくるだろうことは間違いない。

 それだけは、いくらアリスでも嫌だった。


 2人は20代後半の若い綺麗な女性だったが、ベロベロに酔ったアリスが死ねだの殺すだの物騒極まりない事を叫んでいるのでナンパなんてものは一切来る気配が無い。

 アリスはともかく、カフカは女性だらけの職場で働いているので密かに出会いを求めていたりするのだが、親友と一緒に居る時だけは諦めなければならない。彼女が20になったその日に、そう覚悟を決めたのだ。


「大体さぁ! あいつなんだってあんなに切り札持ってる訳!? 1人のプレイヤーが持ってていい力じゃないと思うんだけど!」

「それは全く同感だね。配信のコメント欄でもかなりドン引きされてたよ。もちろん、彼女と互角以上に戦えていた君への称賛と呆れの言葉も同じくらい見られたけどね」

「あーあ、嫌だいやだ! 魔王のせいで私まで変人扱いか!」

「魔法使いなのに大量のスキルを保有している時点で変人だとは思うけど、君はその事についてどう考えているのだろうね」

「それ正論? 僕、正論嫌いなんだよね!」


 いつものキメ台詞と共に推しの名言を口にするアリスにはぁと深いため息を吐いたカフカは、彼女が今着ているTシャツがそのキャラがプリントされた物であることに今更ながら気付いた。


 2人で飲みに来る時くらいその、傍にいる人の方が恥ずかしくなるような物は着てくるなと何度も言っているのだが一向に直る気配が無い。

 まぁ、そういう所も含めて彼女はアリスの人柄が好きなのだが……。


「へい、お待ち。1本サービスしといた」

「ん、あんがとオヤジ」


 美人は得をするというが本当にその通りだな。

 そんな事を失礼ながらぼんやり思っていたカフカは、隣の親友が突如うわーんと子供のように泣き出したことで我を取り戻す。いや、強制的に意識をそっちに向けさせられたと言った方が正しいだろう。


「私だってねぇ、頑張ったんだよ! かつてないくらい練習したし、魔王の目撃情報から対策とか纏めたし、過去のイベント情報をこれでもかってくらい遡って切り札になり得る物絞ったし! それでも勝てないって、なにそれ! おかしいじゃんかぁぁぁ!」

「怒るのか泣くのか、それとも嘆くのかどれかにしてくれ」


 やれやれと言いながら数日ぶりに口にするタレの焼き鳥にカプッと小さくかぶりつく。

 絶妙な甘辛さが口いっぱいに広がって思わず大きなため息が出そうになるが、相変わらず悪酔いしている親友を放置してそんなのんきな声を上げる訳にはいかなかった。


 実際、ランキング14位を張っているカフカでさえも魔王と単騎で戦ってあそこまで善戦出来る気はしない。

 それに、ランキング1位ギルドとは言っても、その中に彼女と単騎で戦って勝利を納める事はもちろん、アリス程戦いを長引かせてあと一歩のところまで彼女を追い詰める事が出来るプレイヤーは後2人位だ。

 他のギルドで言えばアーサーだが、それでもやっぱり勝利を納める事は不可能だろう。


「そう考えると、あんたは十分よくやったよ。あの子、ほとんどどっかの狩場に出没してるし、インしてない時間がある方が珍しいっていうじゃん。数か月前あかつきの奴が1週間寝ずに調べたら、インしてなかった時間が1時間切ってたって話だし。そんな人、やればやるだけ強くなるMMOで勝てるわけないでしょ」

「前も思ったけどさぁ、あの子って風呂とか食事とか、学校とか仕事なにしてんの? あんだけ資金力あるのに何もしてないとかおかしくない? なに、競馬かボートで大穴でも当てたんか? あ? 私はギャンブルまったくダメってのに、運がよろしい事ですなぁ!?」

「そんなの私が知るはずないでしょ。親の金か、ゲームが始まる前にすでに一生分の金を稼いでたかって事じゃないの? それか、ほっといても金が入ってくるっていう本物の金持ちか」


 本物の金持ちというのは、持っている資産だったり株だったり、その他諸々で勝手にお金が増えていく。それも無尽蔵に、無限に、使っても使っても使いきれぬほど湧いてくる。

 ヒナを操っているプレイヤーがその類の人間だったなら資金力で勝つことは不可能だし、何もしていないのであればゲームのプレイ時間で敵うはずもない。


 実際、それを調べた暁というプレイヤーは、その後2日眠りこけてログインできなくなるほど体調を崩してしまったのだ。

 魔王は、そういう面でも異常だと言える。


「あーあ、しくったなぁ……。後から見返すと、あの試合何度か勝てるかもってチャンスあったんよぉ……。それ、綺麗に全部見逃して、挙句こっちの作戦を早くから見抜いてたか予見してたかして、こっちの魔力削りに来てたっぽいしさぁ?」

「まぁ、それは私も観戦してて思ったね。世間様から君が最強だのなんだの言われてるのは、魔王を追い詰めてる場面が少なからずあったからだと思うよ」

「んなのどうでも良いんだってぇ! 最後の瞬間、一瞬だけ魔王が私の推しに見えたもんね! 渋谷でめっちゃ囲まれた時『これくらいで僕に勝てると思ってる?』みたいに圧かけた時の私の推しに! もう踏まれたい、殺されたいって思っちゃったもんね!」

「アーウン。ハイソウデスカ」


 なにがなんでも推しに繋げたいらしく、そんなのはどうでも良いとばかりにカフカは適当に流してもう1本の焼き鳥を口へ放り込む。

 酒が飲みたいと魂の部分が叫んでいるのをヒシヒシと感じるも、ここまで来たのは車なので飲むわけにはいかない。

 こんな壊滅的な状態になっているアリスを他の友達や家族に見せるのは少々心が痛む。


 仮にここへ自分以外の友達を連れてこよう物なら数秒でアリスの愚痴に我慢が出来ずに退散するか、彼女の圧倒的な推しへの愛と同担拒否の圧に負けて泣き出してしまう事だろう。

 それくらいには今の彼女は面倒だし、そんな彼女の相手が平然と出来ているカフカもまたそれなりの業を背負った人間だ。


「それより、今度があった時に備えて反省会でもしたら? どうせ諦める気ないんでしょ?」

「ったりめぇでしょうが! このアリス様が、1度負けたくらいで諦める訳無いじゃあないかよぉ! そう、まるで何度でも蘇る天空の城のように、私は何度でも――」

「いい加減その、アニメからセリフを引用するのやめろ。子供じゃないんだぞ」


 意気揚々と胸の前で拳を握り込んだアリスの頭頂部に軽くチョップをかましつつ、うーんと唸り始めた彼女にどことなく嫌な予感を覚える。

 そしてその予感は、彼女が3本目の焼き鳥を口に含んだその瞬間に的中した。


「じゃあ、何度もなんどもゴキジェット噴射してるのに、ササッて蘇るGのようにしぶとくって言ったらど――」

「てめぇ、そりゃ超えちゃダメな境界線だろうが! こっちは食事中だぞこら!」


 一応は黒光りする永遠の嫌われ者とテカテカと茶色に光り輝く焼き鳥は似ているようにも思えるしそうじゃないようにも思える。

 だが、食事中にそんな話をして喜ぶのは実物を見た事がある人の方が少ないという日本最北端の地に住んでいる人々だけだろう。


 カフカはかなり強めの力でアリスの太ももをバシッと叩き、本気で嫌悪感を示す怒りの表情を作る。


「ご、ごめんて……。そんなに怒りなさんなよみなみどん……」

「うるせぇ! 今日奢るって話は今のでチャラだ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、彼女ははぁと肩を落とし「もぉ……」と頭を抱える。


「ったく! まぁでも、君が魔王相手に善戦したことは素直に凄いと思うよ。どんだけ金つぎ込んでんだよって呆れる気持ちはもちろんあるけど、それ以上に偉大な功績を立てたんじゃない? あの子の切り札ほとんど使わせたんだし」

「うげぇ。いや、ほとんどっていうか、まだ半分くらいは持ってるんじゃないかね? 状況とか私相手だったから使えなかったってだけだと思うし……」

「なんで君はそう後ろ向きの事しか考えられんのかね……」


 やれやれと首を振ったカフカが彼女から解放されるのはそれから数時間後なのだが、その時は誰も知らない事実だ。


 そして、アリスと魔王が再び1対1で対峙する事が二度とこない事など、この時の2人は知る由も無かった。


………………

…………

……


 カフカこと――春咲はるさき南は、己の生きる世界が一変して370年程が経過した時、ふとそんな懐かしい夢を見た。

 幼い頃から多くの苦楽を共にしてきた親友は、もう既にこの世界からログアウト――死去している。

 そして自分も、もうすぐその時が来るだろう事を直感で悟っていた。


 それを裏付けるように、聞きたくもない報告がブリタニア王国に放っていた召喚獣よりもたらされた。


「魔王が、来たか……」


 その一言は、彼女が自室にしているアリスの民家にポツリとこだました。

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