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152話 魔王君臨

 ヒナの切り札の1つとして使われている第18回個人イベント首位景品として配られたその魔法。北欧神話における『戦死した勇者の魂』を意味するエインヘリャルから取られているとされるエインヘリヤルという魔法。

 その効果は、魔法やスキルの構成、ステータスから装備の内容まで全て同じの分身体を創り出すという単純明快な物だった。


 流石にソロモンの魔導書を始めとしたイベント首位景品として配られた装備やスキル・魔法の類を分身体が使用してくることは無いのだが、それ以外の物に関しては使用者の全てをコピーするというまさに最終奥義のような物だ。


 そんな最終奥義は魔法が発動しきるまでの時間がかなり長めに設定されている。

 閻魔召喚までにかかる時間が大体1分前後だとすれば、この魔法は30秒程度かかる。

 ちなみに通常の魔法やスキルの発動は、長くても3秒あれば充分だ。それを考えれば、それらがいかに長いか分かるだろう。


 エインヘリヤルを呼び出す条件として挙げられるのは、十分な数の生贄と使用者のHPが2割以下になっている事だ。


 十分な数の生贄とはまさにヒナが先程まで呼び出していた無数の亡者達で、レベル50以上のモンスター、または召喚獣を7体以上という制約がある。

 まぁこの魔法はヒナしか使えないのでその条件はあって無いような物でもあるのだが、初期の頃はこれがもう少し緩かったのでこれでも弱体化されているのだ。


(捨て身の一撃。これが通じなきゃ、もうほんとに後が無い)


 ただでさえこの楽園の中では強制的に時間制限が加えられるので、この攻撃が通じなければこのフィールドを解除しない限りヒナの敗北は決定的になる。


 アリスが放った地獄の雨に関しても魔法で相殺出来るか怪しいほどの威力を誇っているし、ここで仮にフィールドを解除しよう物ならエインヘリヤルの無敵性が失われてしまう。それは、絶対に避けなければならない。


「無効玉使うしかないね。しょうがない」


 かなり貴重なアイテムなので出来れば使いたくなかった……。

 そんな思いと共に、ヒナはそのアイテムを使用してアリスの渾身の一撃を無効化する事に成功する。


 一個消費するだけでも5万円以上が吹っ飛ぶのに等しいそのアイテムはあまり軽々しく使える物では無いし、ほぼ無限の財を持っていると言っても、ヒナもそこまで多く所持してはいない。

 なので、貧乏性の彼女にとってはまさに苦肉の策だ。


 一方で、決死の攻撃が防がれた事なんて気にする余裕もなく、アリスは残り少ない魔力と加速度的に減っていく砂時計の残数に冷や汗と脂汗を滲ませながら必死でキーボードとマウスを操作していた。

 カタカタと鳴り響くキーボードの音は壊れるのではないかと心配になるほどだが、今の彼女にそんなことを言おうものなら『黙れ!』と一喝される事だろう。


「ふざけないでよ! こいつモンスター扱いなの!? 聞いてないんだけど!」


 女の自室にそんな悲痛な叫びがこだまするが、当然ながらそれに答えてくれる人物はその部屋に存在していない。


 エインヘリヤルの最も厄介な所は、生贄に使用したモンスターやその形態によってゲーム内の判定が変わるという所にある。

 仮に生贄に死神のような幽霊・死霊の類を使用すればエインヘリヤルの分類はそれに準じた物になって物理的な攻撃を一切受け付けなくなるし、巨人族なんかを生贄にすれば膨大なHPと耐久力が追加で手に入る。


 だが、そもそも大前提としてプレイヤー自身をコピーするという性質なのに対し、エインヘリヤルそれ自体の分類はモンスターとなる。

 プレイヤーやNPCと一緒くたにされるのではなく、召喚獣のそれと同じ扱いを受けるので楽園での“実質的な無敵”効果の対象となるのだ。


 これこそ、ヒナが絶対に負けられない場面でしか使えないと言っていた最大最強の切り札だ。

 エインヘリヤルと楽園のコンボは、エインヘリヤルを使えるプレイヤーが彼女しかいないので他の誰も気付いていない事実だし、無敵のヒナを相手にし続けるなんて無理ゲーと言うしかない。


 仮にそのヒナはイベント限定のスキル等が使えない紛い物だとしても、その攻撃力や魔力量はヒナ本人のそれと同じだし、高性能AIがプレイヤー自身の戦闘記録から本人と変わらないスペックで操作を行う。

 その関係で、本当に自分がもう1人いる感覚に近い戦いが出来る。


 NPCありでの戦いであればここに回復役のイシュタルが入るので、もしも危なくなれば楽園を一時的に解除してHPを回復する……なんて手段も使う事が出来るので、文字通り“無敵”になる事が可能だ。

 故に、ヒナはこれが露見すれば確実に修正されるだろう事が分かっていた。

 そのせいで、絶対に負けられない戦いでしか使えないと、ここまで出し渋っていたのだ。


「しょうがないよね。負ける訳に行かないもん」


 未だに言い争いを続けているNPCからのチャットを見つつ、ヒナはボソッとそう呟いた。


 ケルヌンノスが言うには自慢、マッハから言わせれば当然の事。そして、まだ創られて日が浅いイシュタルにしてみれば心配。

 そんな、自分にとっての日常を続けるためにも、この戦いで……いや、魔王として、負けるわけにはいかなかった。


 ヒナとして戦い、ヒナとして負けるのであればいくらでも受け入れよう。それは魔王にとっては関係のない戦いだし、NPC達がその勝敗を知らなければ日常は変わらず送れるのだから。

 だが、もしも魔王としての戦いであれば話は別だ。


 NPC達にいつでも誇れるようなヒナでいるために、ヒナは負けるわけにはいかない。

 少なくとも、彼女が”魔王“でいる間は……。


「私の日常は奪わせない。私の生活は、脅かさせない。私の大切な人達を、失望なんてさせない!」


 そう思えば、ヒナはこの時から……まだ疑似的な意味ではあったけれど、ゲームの世界で生きていた頃から、NPC達の事を家族だと思っていたのだろう。

 ただそれは彼女が生きる世界が一変した時よりは薄く、無意識化での事だったに違いない。


 だが、他のどのプレイヤーが言うだろう。

 NPCとの日常の為に、負けるわけにはいかないのだ……と。


『ヒナねぇ、勝ってね……』


 言い合いをしている中で不安になってしまったのだろう。マッハからのそんな通知を受け、ヒナは自然と笑みがこぼれてしまう。

 戦いの最中なのに、アリスが応えてくれるかどうかも分からないのに、高速でキーボードを操作してチャットを打ち込む。


『任せて。私は、勝つ。そうでしょ?』

『当たり前じゃない! 私“達”は負けないよ!』


 エインヘリヤルを操作している高性能AIが、過去のヒナのログから口調や性格、現在の精神状態やかけてほしい言葉を瞬時に計算し、瞬く間にチャット画面にそんな文面を表示する。


 モニターの中で2人のヒナが笑ったその瞬間、同時に魔法が発動された。


『ぶっとべ! 黙示録(アポカリプス)


 ヒナのそれはソロモンの魔導書の恩恵を受けてとてつもない威力になり、エインヘリヤルのそれは本来通りの攻撃。それが二重の赤黒く男の腕ほどの光線になりながらアリスへと迫る。


 スキルや魔法で相殺する事は可能なれど、彼女の残りHPは1割を切っていた。

 通常威力の物だけならなんとか相殺する事は可能でも、とてもつない威力を誇るヒナ本人からのそれを受けられるだけの余力は既に無い。


 いや、仮に受けられたとしてもエインヘリヤルを突破しなければそもそもヒナへ攻撃が届かないし、そのエインヘリヤルはヒナが楽園を解除しなければ突破が出来ない。詰みだ。


(滅茶苦茶だ……。ま、私も良くやった……かな。カフカ、後で愚痴聞いてもらうかんね……)


 諦めたかのようにふふっと笑った女に連動するように、ゲーム画面の中でアリスが不敵に笑った。


 その散り様は最後まで優雅で可憐で、それでいて高潔で……なにより誰もが認める名勝負だったという事もあり、配信サイト等でその模様を見ていたプレイヤーの多くが激しく熱狂した。

 しばらくの間ゲーム内のチャットはその件で盛り上がる事になるし、ネット上の声もそれらの物で埋め尽くされることになるだろう。


 数分後、楽園を解除して元の何もない荒野に佇む魔王とその傍らでにっこりと笑みを浮かべているエインヘリヤルがお互いに拳を合わせている所で配信は終わった。


 普段決して笑みを見せる事が無い魔王がようやく笑ったと約1名が半狂乱に陥っていたのだがそれはまた別の話として……長かった魔王対最強の戦いは幕を閉じた。


 結果的には魔王の勝利で終わったこの戦いだったが、後に過去最大規模でのスキルや魔法の調整が入る事になるアップデートは、この戦いの影響を色濃く受けていたのは間違いない。

 その結果、エインヘリヤルに必要な生贄の数が増え、さらに存在可能な時間の追加とモンスターとして認識されなくなるという大幅な弱体化を受けたのはヒナにとってかなり痛手だった。なにせ、最強の切り札が1枚奪われる結果となったのだから。


(ま、これももう慣れたけどさ……)


 運営からのアップデート情報を見ながらそう呟いたヒナは、その実はぁとため息を吐きながら3人のNPCに泣きつくことになるのだが、それはまた別の話だ。


 そしてこれはあくまで余談だが……この戦いの話は、3人にはできていない。

 負けかけた試合の事なんて話す事は出来ないし、優勝した証を見せただけでNPC3人が黙ってくれたというおかげというのもあるが……。

 一番は、恥ずかしかったのだ。「勇気をくれてありがとう」と、彼女達に言う事が。


 イベントが終わった翌日、ヒナはいつも通り彼女達に言った。


「狩り、いっくよ~!」


 彼女達4人しかいないギルド本部に、少女達の楽しげな声と笑い声が響いた。

 やがてそう遠くないうちにこの光景がゲームではなく現実になる事なんて知らないようなまっすぐな笑顔で、少女は今日も4人で冒険に歩き出した。

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