151話 魔王の覚悟と最強の一撃
流星の攻撃を浴び続けながら、減り続けるHPゲージを見つめてヒナは考える。この状況を打開する為に自分が出来ることはなんなのか。
未だに愛らしく、そして可愛らしい言い合いをしているNPC達に勝利を報告する為にはどうすれば良いのか。
それを、星が降り止む数十秒の間に考えなければならなかった。
「アイテム残数はそこそこ。でも役に立ちそうなのがそこまで無いのと、相手にこれ以上の切り札があった場合に対処できそうなのが無いと考えると、これ以上勝負を伸ばしても意味が無い。魔力は十分、スキル使用はまだ余裕はあるけど効果的な物で言えばそこまで無い。短期決戦を望むなら威力不足な物が多い」
正確に言えば一撃で屠るだけの威力を持っているスキルは複数所持している。
しかし、そのどれも重大な欠陥があるのでアリスがその対抗策を持っていると仮定した場合は絶対に使う事が出来ないのだ。
相手の残り魔力がどの程度か分からないまでも、ソロモンの魔導書がある状態でヒナの魔力が一度枯れている所から考えてそこまで多くはないはずだ。
アリスが攻撃に使用しているのはほとんどがスキルなので魔力の消費は0に等しいが、攻撃の相殺にそれなりの魔法を数多く使用している。
できてあと数回攻撃を打ち消すのが限度だろうし、一撃必殺になり得る威力の魔法であればもう2発も防げば魔力が切れるはずだ。
HPの回復アイテムももうそろそろ底を尽きるだろうし砂時計だって随分消費しているので余力はあまり無いはずだ。
(決着は、近い……)
ヒナがそう考えたその時、アリスを操る女もまた、決着が近付いている事を予感していた。
この流星の降り注ぐ“普通”なら致命傷になる攻撃をヒナが耐えてくる事は分かる。
どれだけ馬鹿げた攻撃でも、与えられるダメージが属性ダメージという事を考えると物理ダメージのそれよりは効果は薄い。
ヒナに魔法が通じない事は有名なので、その代わりに物理的な攻撃に耐性が無いのは少し考えれば分かる。それも、数倍の威力を喰らうという強烈なデメリットがあるはずだ。
その前提で考えれば、いくら軽減が出来ない属性ダメージだろうとも、物理的なダメージで攻撃を与えた方がダメージ効率としては良い。
この攻撃でもヒナのHPは3割ほど残るだろうし、この場にイシュタルが居ればそのHPが一瞬で満タンになる。
その理不尽さは改めて言うまでも無いのだが、そんなことを考えている暇なんてない。
ヒナを拘束している大洪水の効果はもう20秒程度で消失するし、星々の攻撃に至ってはあまり長く続けているとゲームそれ自体が重くなってしまう関係でそこまで長くない。
なので、彼女が動き始めるのにそこまで時間的な猶予は無い。
(こっちの残数は砂時計が残り5個。HPと魔力回復ポーションが1つ。でもこれだけの量だと使ってもほとんど回復出来ないから、使う際の隙を考えると使えない。後のアイテムは無効玉が1つか……。事前の戦いで削られすぎたか……)
もちろんアリスだって砂時計やHP・魔力回復のアイテムだけしか持ち込んでいなかった訳ではない。
魔王と戦うだけならばそれらのアイテムを大量に持ち込むだけでも良かったのだが、相手は魔王だけではなく、フィールド上で出くわす事になる無数のプレイヤーも同様だ。
その対処の為に少ないながらも課金アイテムを複数持ち込んでおり、砂時計と回復系のアイテムは極力使わないように立ち回ってきていた。
しかしながら、ここで魔王と相対する前に戦った大親友の影響が強く出ていた。
彼女との戦いで有用なアイテムはほとんど消費しきっており、対魔王戦の為にアイテムを温存しながらもなんとか勝利を納める事が出来た。
ただ、ここで尾を引くのが彼女の戦闘スタイルだ。
(スキルで戦う前提のステータス振りだからね……。あんたと違ってHPに回す余裕ってないのよ……)
眼下で未だ星々の攻撃を受け止めている魔王を睨みつけつつ、この後自分が取るべき最善の行動を模索していく。
一番に思いつくのは、やはり消費されているはずの相手のHPを一撃のもとに消し飛ばす高火力のスキル、もしくは魔法だ。
それを打ち込んで、仮に魔王がその攻撃に対処する術を持っていなければその時点で勝敗が決まるし、持っていたとしてもこちらに被害が出る可能性は限りなく低い。
しかし、相手は絶望的なまでの力でラグナロクのプレイヤー全員の頂点に立ち続けている人物だ。
どんな状況だろうと相手の攻撃には対応してくるし、今の時点では対スキルや魔法に関して”迎撃“や”相殺“という手段を取っているので忘れがちになるのも無理はない。しかし、彼女の装備の1つは自身の俊敏性を上げるという効果を持っている。
世間一般的にはそこまで強くないとされていながらも彼女がそれを装備している理由。それは、逃げ回る事で攻撃を回避出来るというシステムがこのゲームでも採用されているからだ。
仮に対処出来るような魔法やスキルが彼女の手持ちになかろうが、最悪の場合は風に乗って移動する事で攻撃それ自体を回避される可能性がある。
無論、プロレスラーが相手の攻撃を避けようとしないのと同じような殊勝な心意気が彼女にあれば別だろうが、今はそんなバカバカしい仮説を考えている時間も惜しい。
大体、アリスには既に高火力の魔法を放てるほど魔力が残っていない。せいぜいが、自分の周りの地形を変化させてなんらかしらの効果を及ぼす類のサポート魔法を使用する事が出来るくらいだ。
魔王相手に低威力の魔法なんて使っても意味は無いし、思いの他早く奥の手の1つを攻略されてしまったので、吸い上げられた魔力も微々たる物だったのがここで効いてきている。
「スキルによる攻撃で相手の残りHPを削り取れるか。それだけが問題だよね。それが出来なければ私は負けで、相手が勝ち。でもそんな決着の仕方――」
『楽園の犠牲者』
アリスがブツブツとそんな事を言っている間に、ヒナは破滅的な攻撃を受けきりその魔法を発動していた。
彼女がそれに気付くのは、数秒遅れてフィールドが荒野から短い草木が生える豊かな楽園に変わった時だ。
「はぁぁぁ!? この状況でそれって、正気!?」
アリスが驚くのも無理はない。
この魔法は旧約聖書にも登場するエデンの園をモデルに創られたとされる場所だ。
公式が明言している訳では無いのであくまでプレイヤーの推測でしかないのだが、その魔法を発動するとその空間に入れられた全てのプレイヤーのHPが残り3割のところまで強制的に減らされ、1分毎にそこに存在する全てのプレイヤーのHPが1割削られる。
無論、1分毎に削られるHPは残った3割から計算して1割……という訳ではなく、元のHPから換算した1割だ。
効果を見ても分かる通り、この魔法は対人戦に特化しておりモンスター相手には効果が無い。
むしろ、この場にモンスターを呼び出すとそのHPの最大値が徐々に増えていくという強化ポイントが付いており、間違ってもこの場にモンスターなんて入れようものなら――
『召喚 地獄の亡者』
「あっそ!」
このフィールド上に存在するモンスターはそのHP上限が信じられない速度で上がっていき、どんなプレイヤーでも倒す事はほぼ不可能になる。
その為、この魔法はPKをすることができない街や村、各ギルドの本部等では扱えないし、モンスターがウヨウヨしている狩場や危険区域で使用すると自殺行為になる。
なので、今までこの魔法を使った事があるというプレイヤーの方が少なく、その効果も忘れている上位プレイヤーがほとんどだろうが――
「待て待て待て!? ここって召喚魔法使えんの!? え、そんなのあり!?」
アリスを操っている女もそのうちの1人だった。
この魔法は、先程女が使用していた大洪水を引き起こす魔法を入手したイベントの参加賞であり、そこまで強い魔法では無い。
だが、参加賞なので当然ながら女も所持しているし、なんならこの魔法はプレイヤーの間で『聖書シリーズ』と言われている程には有名だ。
中でも、フィールドを強制的に変更する楽園の犠牲者は使い勝手が悪くそこまで強力ではないまでも、今のように、状況によってはかなり使いやすい奥の手になると一部で言われていた。
アリスはそんな都合のいい状況なんて起こるはずがないと高を括って真面目に考えていなかったのだが、今まさにその状況になろうとしていた。
この魔法は使用した側のHPも問答無用で減っていくし、この中ではHPの回復が一切行えなくなるので、なんとかして脱出するか相手を倒すしかなくなる。
そんな極端な2択を押し付けられてしまうのでヒナも今まで使ってこなかったのだが……
「あんまりこの手は使いたくなかったんだけど、しょうがない。2分で良いから時間を稼いで」
たった今召喚した地獄の亡者……自身の血液で赤黒く染まったワンピースのような布切れを羽織った男女数名にそう言い、ヒナは胸の前で手を合わせて勝負を決める最後の魔法を発動する為に準備を開始する。
ゾンビのように両手を前に突き出しながら召喚主の命令に従って彼女を守ろうと立ちふさがる亡者共に、アリスは比喩でもなんでもなく全身を震わせた。
(そんなのアリ……? これじゃ、閻魔呼び出された瞬間に終わるじゃん……)
この楽園は周囲25メートルに広がっており、走り抜ければ数秒程度で走破出来る。
しかし、無論それでこの空間を脱出出来るなら彼女は既にそのようにしてこの死地を脱している。
この変わり果てたフィールドは、端の方まで走り抜けると自動的にその中心へと戻されるという仕組みになっている。
ここから抜け出すには、このフィールド上のどこかにある知恵の実――禁断の果実を摂るしかなく、その脱出方法は聖書にある通りではあるのだが――
「冗談じゃない。そんな事する時間なんてある訳ないでしょうが!」
なにせ、どこにあるかは完全にランダムなので、見つけるにはそれ相応の時間がかかる。
亡者の壁に阻まれてヒナが今何をしているのかは分からないまでも、1分もあれば召喚が完了する閻魔でも呼び出された際には、その瞬間に勝敗が決する。
今まではそのタイムラグの間に召喚主であるヒナが攻撃される、もしくは壁役として召喚したモンスターを即座に焼き払われるという危険があったので出来なかった。だが、この場ではそんな事を考える必要はない。
それに、仮に閻魔が登場した時に問答無用で発動されるスキルをアイテムによって防がれたとしても、その後の戦闘で残りHPが2割ほどに削られているアリスは勝利を納める術が無い。
召喚された瞬間、スキル発動前に一撃で閻魔を撃破すればもしかすれば生き残る事が出来るかもしれない。
だが何度も言っているように、このフィールド内ではモンスターを倒す事が基本的に不可能なのだ。
「大蛇が残っていれば……。あれがあれば、これを展開されても勝てたのに……」
疑似的にではある物の神に成り代わり、その攻撃力も保証されている八岐大蛇が残っていれば、ヒナは嫌でもこの魔法を解除するしかなくなる。
ただ、あれは砂時計でインターバルをリセットできない類の物なので、再度使用するにはまだまだ時間がかかる。
なれば、もうアリスに残された道は一つしかない。なんとかして亡者共を貫通し、その奥にいるであろうヒナに一撃をお見舞いする。
幸いにも、このフィールド内では1分毎にHPが削られるのでそこまで大ダメージを与える必要はない。最大でも彼女のHPを今の時点から半分程度削れば良いだけだ。
それだけならばそこそこの威力を誇るスキル一撃で可能だし、それが出来るだけの余力は――
「私だってねぇ! これでも1位ギルド背負ってんのよ! あんまり舐めんじゃねぇぇぇ! 堕ちろ魔王! 『地獄の雨』」
「私の為じゃない。みんなのために、私は、負けるわけにはいかないの。『死せる勇者の魂』」
全てを終わらせる巨大な複数の惑星が宙を舞い、炎を纏ってとてつもない速度で堕ちてくる。
その破壊力はヒナのHPを完全に終わらせるには十分だし、亡者の壁にも阻まれることなくダメージを与える事が出来る広範囲攻撃スキルだ。
天空から落下してくる破滅を前にしてもヒナは微動だにせず、まるで死ぬ覚悟を決めたかのようにただ目の前の少女を見つめる。
そんな彼女の背後からは全てを終わらせる闇の奔流がドバドバと溢れ出し、周りで役割を終えた亡者達を呑み込んでいく。
ドロドロとしたその液体はやがて1人の女の姿へと変わり、その尊い姿をこの世界に顕現させる。
「これが私の、最後の一撃」
ポツリと部屋の中でそう言ったヒナは“もう1人の自分”にたった1つの命令を下す。
必ず、この戦いに勝利せよと。
決着が着くまで、残り3分。