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149話 作戦変更

 どうせベートーヴェンの曲を流すなら、運命よりもエリーゼのためにを流してくれれば良いのに……。

 そんな、考えても仕方の無いような事を思いつつ、アリスは魔王から飛来する神の名を冠するスキルを次々と捌いていた。


 時には魔法を駆使し、時にはその圧倒的な身体能力でフィールド上を駆け回り、時には敢えて被弾してアイテムを使う事でHP回復の隙を作ったり……。

 そんなことを永遠とも思える時間続けた末に、ヘッドホン越しに聞こえてくる変更されたゲーム内BGMが段々と忌々しく思えてきた。


 エリーゼのためにであれば、作業用BGMとして一時期愛用していたのもあってその曲の終わりのメロディーは正確に分かるし、他の有名な曲……例えばトルコ行進曲などであれば実際に弾ける程だ。

 しかし、どうしても最初のフレーズだけが耳に残る運命は好きになれなかった。


「あ~! まじ、いつ終わるのこの曲!」


 この魔法の性質上、効果時間が終わるまでゲーム内BGMが変更される仕様となっている。

 その為、曲の終わり際が分かるのであればそれに合わせるようにして攻撃を打ち込む事だって可能だし、むしろこの手の物は曲が終わるタイミングで攻めるのが常識だとされていた。


 なにせ、ボスモンスターとして登場していたバッハやベートーヴェン等も同じ魔法・スキルを使ってきていたので、その中で見つけ出した彼らの攻略方法と基本的に同じ行動を取ればいい。

 だが、曲の終わりが分からないのであればそれは出来ないし、そもそも――


雷の神トールの嘆き』


 轟雷が空を駆け巡り、薄水色の閃光がバリバリッと大気を覆っていく。

 やがてそれらはアリスの小さな体を焼き尽くさんとする破壊のエネルギーとなって一筋の雷へと至る。

 それを圧倒的な身体能力で回避したアリスは、インターバルがあるはずなのにまったく同じ魔法が背後から迫ってきている事に驚愕し一瞬反応が遅れる。


『自動追跡 火の鳥』


 雷光を纏った鳥が勇ましい鳴き声を上げながら迫ってくる。


 いくら身体能力を強化したところで、自動迎撃ミサイルのように、対象に命中するまで永遠と追跡してくるそれを躱し続けるのは不可能だ。

 アリスはすぐさま迎撃態勢に入るが、一瞬呆気に取られてしまった事が原因で最適な魔法を選ぶ事が出来ずに魔法の直撃を喰らう。


 そこまで威力が高い訳ではない魔法だと言っても神の名を冠しているという事と、スキルでは無いのでヒナのメイン武器の性能がフルに振るわれる関係でそのダメージはバカに出来ない。

 一瞬でHPゲージが2割ほど削られるという笑ってしまう結果に苦笑しつつ、一瞬だけゲーム画面から目を逸らして自分の装備の効果を確認する。


(魔法攻撃耐性Ⅶ……だよね? それでこの威力? バカなんじゃないの?)


 北欧神話に登場する雷の神であるトールは物理攻撃を主体とするモンスターであったせいで、その名を冠している魔法の威力はかなり控えめに設定されている。


 反対に魔法や魔術、その他非物理的な手段での攻撃を行う神の魔法はかなり強力に設定される傾向にある。

 例えばゼウス神の名を冠している魔法はその全てが強力無比で、一撃喰らうだけでも今のアリスのHPを4割弱削るだろう。


 イベントボスとしては破格――神の名を冠しているモンスターは大体そうだが――の強さを誇っていたゼウス神の攻撃は、全知全能の天空神、ギリシャ神話における最高神と言われているだけあって圧倒的な物だ。

 その名を冠する魔法やスキルは、イベントの上位入賞したプレイヤーに配られた計5つ存在しているが、その全てが現時点で最高火力を誇る魔法・スキルとして名を連ねている。


 配信サイト上に転がっている『ラグナロク最強魔法・スキル』なるランキング動画があれば、その上位5つは間違いなくゼウス神の名前が付いている事だろう。

 それほどまでに強力な魔法やスキルをなぜ魔王が使わないのか。それは――


(私を警戒して……か。敵認定はされてるみたいだね)


 強力なそれらの攻撃は、申し訳程度ではある物の、ゲームバランス的に対処法が存在している。

 それはあくまで対人戦で使用される事を前提とした対策方法だが、それらの攻撃全てが『反射可能』なのだ。


 要は、それ用の武器や魔法、スキルを使ってその攻撃をそっくりそのまま使用者に跳ね返すという芸当が可能な“唯一の”神の名を冠している攻撃がそれであり、反射された場合の威力は元の倍以上となる仕様がある。

 なので、ある程度の力を持っているプレイヤー相手に安易にそれを使うと手痛いしっぺ返しを食らう可能性があるのはもちろん、ソロモンの魔導書で強化されたそれを反射でもされようものなら……


「一撃でHPが吹き飛ぶからゼウスは使えない。同じ理由で魔王シリーズも使えない。召喚獣なんて以ての外で、効果が期待できない雑魚に回してる魔力は無い。使えるのはせいぜいがそこそこって言われてる神シリーズと、後効果が期待できそうなのはヘラくらい。でもそれだとあっちがゼウスを使ってきた時の対処ができにくくなるからそれもしにくい」


 そう。ランキング1位ギルドのギルドマスターの名に相応しく、アリスもゼウスの名を冠している魔法を所持している。

 ヒナはその事実は知らないが、相手が自分とここまで互角に張り合っているプレイヤーなら、十中八九持っているだろうと確信していた。

 なので、相手の攻撃に対しての警戒を常に怠れないし、使用前後に全てのスキルや魔法、アイテムの効果を打ち消してしまうデカすぎる代償を背負わなければならないヘラの名を冠した魔法は扱えない。


 仮にそんなことをして相手がゼウス神の名を冠した攻撃を放った場合、その瞬間に勝負が決まってしまう。

 それはアリスの方にも言えるのだが、強いて言えばヒナ側が「アリスに魔法を反射する術はない」と断定してしまえばそれまでだ。


 それらのアイテムは非常に高価で超低確率でしか出ない割に1回限りの使用が限度であるという致命的なまでの弱点を抱えているのでそう気軽に使える物じゃないし、何よりヒナさえ数える程度しか持っていない。


 そんな貴重な物を、砂時計を大量に持ち込んでいるだろう彼女が持って来ている訳が無い。そう結論付けてしまえば、この勝負はすぐに決着が着く。その結果勝敗がどちらに傾くかは神のみぞ知るといった所だろうが……


(魔法に関してはそこまで面倒なクエストクリアしなくても手に入る……。タイミング合わせるのが難しいってだけであんまり使われてないけど、このレベルのプレイヤーがその練習してないとか思う方が愚か)


 寸分の狂いもなく自分に直撃する瞬間にその魔法を発動しないといけない関係上、中位プレイヤーや上位プレイヤーでさえ、その成功確率は3割以下だ。

 だが、ヒナやその他有力なプレイヤーはその魔法の練習だって日頃の狩りで行っているのでその常識で物事を考えない方が良い。

 それに加えて手に入れるためのクエストはお世辞にも難しいとは言えず、3時間ほど取り組めば誰でもクリア出来る程度の難易度なので、相手が持っていないと考えるのが不自然だった。


 敵認定なんてしていないそこら辺のプレイヤーであれば、ヒナも容赦なくその強力無比な魔法を放って勝敗を付けていた。

 その結果自分が負けるなど絶対に考えないし、彼女の人を見る目はそういう意味ではかなり正確なので、ほぼ確実にその結果を導き出せただろう。


 しかし一度敵認定してしまえば、それは彼女に最大限の警戒を与える。


 彼女にそう抱かせたのはアリスで5人目なのだが、逆に言えばラグナロク内で彼女が強者と認識しているプレイヤーはその程度という事だ。


永遠とわの煌めき』


 アリスが魔法を発動して自信のHPを一定時間自動で大幅に回復してくれるフィールドを展開する。

 彼女の足元には花とは思えないほど輝かしくその花びらを煌めかせる色とりどりの花が咲き乱れ、アリスの身を緑色の閃光が包み込む。


 だが、即座にそれを掻き消すためにヒナがアイテムを使用して効果を塗り替え、回復効果を術者を蝕む毒へと変更する。

 その対応速度に若干引きつつも、アリスは即座に魔法を解除して毒の影響をなかった事にする。


 この魔法を発動するのに使用する魔力量もバカにならないし、その魔法の効果を好きなように変更出来る『神々の悪戯』というアイテムもそう簡単に手に入る物じゃないんだが……。

 そんな呆れの言葉は自然と引っ込み、すぐさまアイテムを使用してHPを回復する。


 少しでもアイテムを温存しようとした事が仇になって結果的にアイテムよりも大切な魔力を失う羽目になったとは笑えない。

 これで、目立ったミスは2つ目だ。


「こりゃ作戦変更だね。魔力消費が激しすぎる」


 ボソッと呟いた女は、そのまま適当な身体能力強化スキルを4つ使用した後砂時計を再度使用してインターバルをリセットしつつ、再び鬼人化と神格化、その他身体能力向上のスキルをかけ直す。


 最初の作戦では、全ての攻撃スキルを発動した後に砂時計を割って永遠に攻撃を続けるつもりだった。

 1度は全回復する事が分かっている相手方の無尽蔵にも思える魔力もいつかは尽きるだろうし、バカにならない火力の攻撃を相殺するにはそれ相応の強力な魔法を使用しなければならない。

 持ちこたえられても20分が限度だと計算していたし、なんなら砂時計が過剰すぎたとも思っていたほどだ。


 だが、そのせいで魔力回復系のアイテムがかなり少ない現状、魔王による攻撃がジワジワと効いて来ていた。

 魔力量はアイテムの回復を考えても残り半分程度だし、このまま全てのスキルを使いながら迎撃なり攻撃を続けていると、相手の魔力が全て失われる前にこちらの魔力が尽きると悟ったのだ。


 ヒナは最初アリスの事を舐めていたが、アリスもまた、魔王をこの程度で倒せる相手だと誤解してしまっていた……要は、舐めていたのだ。

 数多くの上位プレイヤーをなぎ倒し、PKの専門でもあるディアボロスのギルドマスター――剣士――までも完封している相手を、この程度の浅はかな作戦で超えられると、本気で思っていたのだ。


「アイテム温存出来るならそれに越したことはないとか甘えたこと思ってたけど……そんなことしてる場合じゃないね」


 砂時計を手に入れるのは課金ガチャ。それ故に、温存出来るなら温存して、次使う機会があればその時に使おうと思っていた所があるのは事実だ。


 しかし……そんな考えは、キッパリ捨てた方が良いだろう。


(もう一度考え直せアリス。攻撃に使うスキルは全て固定して、ダメージが期待出来るものに限定。小手先の囮とか考えずに、それを使ったら即座に時計使って攻撃再開。それ以外の高火力スキルは全部迎撃に回して、そっちの回復の為に砂時計は使わない。防御に回ったら負けだと思え! まだ残数は余裕あるんだからだーんと使え!)


 その決断は、明らかに遅すぎた。


 仮に初めからその決断をしてアイテムをフル活用していれば、ヒナはもっと窮地に立たされていたはずだ。

 そして、アリスは今よりも窮地に立たされてはいなかったはずだ。


 だが、本人達はその事に気付かない。

 ヒナは躊躇なく時計を使用し始めたアリスを見て「あぁ、アイテムまだそんなにあるのか」程度の事しか思わないし、アリスは脳内が大量の快楽物質に満たされていたせいで自身の判断が遅すぎた事、それが致命的な物だと気付かなかった。


 無論、配信サイト等でこの戦いを見ていたプレイヤーの全てがそんな事など気にしていなかったし、変更されたゲーム内BGMが最後の一節を奏で始めている事に気付いているプレイヤーはヒナだけだった。


『終焉の時計』


 ヒナが装備の力を使って枯渇し始めた魔力を全回復させ、ゲーム画面に無数の時計の文様が表示され、周囲に雨粒のような小さな水滴が無数に浮かび上がるエフェクトが表示される。

 その効果中はいかなる魔法やスキルも唱えられない無防備状態になってしまうので、守ってくれるNPC不在の中で使うのは非常にリスクを伴うが、曲が流れている今ならば関係ない。


 凄まじい勢いで時計が反時計回りに回転し、あっという間に1周すると水滴が周囲に飛散して瞬く間に消滅する。

 それと同時にヒナの残り魔力を示す数値は満タンの状態になり、アリスを操る女の顔には彼女自身でも分からない気味の悪い笑みが張り付いていた。


「いよいよクライマックスってね! 良いじゃない、魔王! このアリス様の大奮闘、その目に焼き付けて人生で初めての敗北を刻み込んであげる!」


 1人しかいないその部屋に勇ましい言葉が反響した直後、ゲーム内BGMが通常の物へと再度変化した。

 永遠にも思えたヒナの無敵時間が、ようやく終わりを告げたのだ。


 決着が着くまで、残り16分。

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