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146話 魔王対最強

 その日の個人イベント最終決戦は上位と中位のプレイヤー……正確に言えば、魔王の事を認識しているプレイヤーのほとんどが大注目する戦いとなった。


 イベント内容はバトルロイヤル形式となっており、その模様は外部の配信サイト、ゲームの公式チャンネルにて実況中継されている。

 それは日本ではなく海外のチャンネルでもそうなのだが、今はそんな現実世界での大人の戦いはどうでも良い。


「はぁ……。やっとここまで来た……」


 ここまで来るのに、対魔王用に用意して来たアイテムをほとんど使わずに自身のギルドメンバーやその他の強力なプレイヤーをなんとかなぎ倒していたアリスは、目の前で不敵な笑みを浮かべているランキング不動の1位、魔王ことヒナの前でふふっと薄く笑った。


 画面上のアリスが薄く笑うのと同時に、無事にここまで来られたという安堵と安心がそれを操作している女にも伝わって一瞬だけ気が緩んでしまう。


『業火の炎』

「うわ、ヤバッ!」


 ヒナはそんな女の油断に気付いたのか、それとも準備を終えたからなのか。ともかく最適すぎるタイミングで先制攻撃を仕掛けた。

 周りに何もないだだっ広い荒野で少女2人が相対していた画面は一瞬にして赤黒い炎に囲まれて視界が著しく悪くなってしまう。


 ヒナが発動した魔法は地形固定ダメージを与える物であり、装備などによるダメージの軽減等が出来ない特殊な魔法だ。

 もちろん使用者にそのダメージは入らないのでかなり高難易度のクエストをクリアする必要があるし、相手に同じ魔法を使われた場合は互いの炎が相手の命をじわりじわりと削っていくことになる。


 魔力消費はそこまでないので非常に燃費が良いのだが、永続的・時間制限はあるものの、なにかしらに効果を及ぼす魔法やスキルはゲームの使用上4つまでしか同時に扱う事が出来ない。なので、ヒナは貴重なその枠を早くも1つ切ったという事だ。


(先手必勝ってわけ! だったらこっちは地形変化で対応……いや、それが狙いか!)


 あまり知られていない事実ではあるが、この業火の炎という魔法による地形固定ダメージは、ダメージを受ける側やそのパーティーに属している人間が『地形変化』というスキルを使う事で無効化する事が可能だ。

 もちろん制限時間付きではある物の、一定時間地形を好きな形に変更する事が出来るので相手のダメージを無効にしつつ、反対に相手に固定ダメージを与える事だって可能だ。


 しかしながら、地形変化のスキルによる固定ダメージは装備やアイテム等で無効化する事が可能な範囲の物だ。

 それに、相手の魔法の効果を打ち消す関係上、相手が同時に扱える魔法・スキルのストックを4つに戻しつつ、こちらは地形変化が発動している間は3つへと減る事になる。


 ヒナが開幕からこれを使ってきたのはこちらの油断を見抜いたからというのもあるだろうが、その焦りの中でこちらが焦ってスキルを発動すれば美味しいと思っての事だろう。


 発動してくれれば強制的に解除する術がないので戦いを有利に進められるし、仮に発動せずとも固定ダメージは与えられるのでどちらにしろ良いという事だ。

 これを防止する方法はこちらが先手を取って同じ魔法を使用する事くらいだが、その場合、魔王はどうするだろうか……。


「良い手だよ! でも、私だってここ数日は研究に研究を重ねてたんだからね! 『地形変化 鬼人化 神格化 狂戦士化』発動!」

「……」


 最初に発動した地形変化で固定ダメージを無効化しつつ、どうせ装備で対策しているだろうからと固定ダメージありの地形ではなく、こちらのHPを持続的に回復してくれる地形を選択する。

 それと同時に種族固有スキルである鬼人化を発動し、その効果で効果を倍増させている神格化を発動。それによって大幅に運動性能を強化しつつ、狂戦士化によって筋力を更に数倍高める。


 本来は剣士や槍使いなどの前衛職が収めているようなスキルを連続で発動しても、モニターの中の少女に動揺らしい動揺は見られない。


 魔法使いとしての力量はランキング6位のその輝かしい功績が誇っている通りだが、彼女が得意としているのはスキル等での奇襲攻撃だ。

 そのスキルの中には当然ながら筋力や攻撃力を参照し、そこから威力が決まる物が多数存在している。


『龍神の裁き』


 辺りに龍の轟が響き渡り、周囲一帯に無数の稲妻がバリバリっと光る。

 そのうちの数本がヒナへと襲い掛かり、その身を黄色い光で焼き尽くす。


 鬼人化などで強化されている圧倒的な攻撃力と、それを参照してその攻撃力の数倍という絶望的なまでの火力。

 本職である剣士が使っている訳では無いのでやっぱり威力は落ちてしまうものの、スキルを諸々重ね掛けしているおかげで下手な上位プレイヤーの剣士が放つそれより威力は高い。


 それに、龍神の裁きの厄介なところは与えられるダメージが魔法や物理的な攻撃ではなく、どんな手段を用いてもダメージを軽減する事が出来ない“属性ダメージ”で与えられる事だ。

 そして当然、これらの事項やその特性まで完璧に理解しているヒナは、この攻撃をまともに受けようとするはずがない。

 避けようとするか、もしくは切り札の1つである――


『世界断絶』


 最強とも呼ばれている存在隠匿系のスキルを使用する。


(だよね、知ってた! これで切り札1枚消費!)


 無敵かのようにも思える今のコンボも、魔王の前では当然ながら無に帰る。


 装備や魔法のダメージ軽減などによって軽減する事が出来ない“属性ダメージ”でも、流石に存在隠匿系のスキルによって世界から存在を抹消された対象までは攻撃する事が出来ない。

 魔王が有名になった理由の1つはその理不尽なまでの強さを誇っている存在隠匿系のスキルでもあるのだ。


「どんどん行くよー! 『女神の寵愛』」

「……まぁ、流石にそう来るか」


 お互いがモニターの前で誰に聞かせるでもない独り言をポツリと呟いたその瞬間、アリスが5つ目のスキルを発動する。

 それよってゲームの使用上、初めに使用していた地形変化の効果が強制的に解除され、代わりに女神の寵愛というスキルを発動した事で得られる俊敏性やHPの自動回復機能がアリスの体に降り注ぐ。


 神々しいまでの白い光に包まれるアリスのアバターをジッと見つめつつ、ヒナはマウスを操作して相棒であるソロモンの魔導書のページを無意味にペラペラとめくる。


 これは手癖のような物で、特に意味がある訳ではない。

 強いて言えばソロモンの魔導書に備え付けられている機能の一部を使用しているだけであり、カードゲームにおけるシャカパチと呼ばれる行為だったり、FPSなどのゲームで無意味に銃を持ち替えてカチャカチャする行為と似ている。


「短期決戦狙い……? いや、そういうタイプの人じゃないし、最初に世界断絶使わせてきたって事はこっちの奥の手もある程度バレてるよね。なのに神格化まで使って攻撃を仕掛けてきたのは何かの意図があって……? 少なくとも長期戦前提の戦い方だし、魔法を一切使用しない姿勢からすると魔法で決着をつけるつもりはない……」


 片方でマウスをカチャカチャと操作しつつ、もう片方の手を顎に当ててマシンガンのような速さで次々と自分の考えを口に出していく。

 こうする事で頭の中だけで考えるよりも考えを纏められ、すぐさまこの場合の最適解を導き出せるという、ヒナなりのルーティーンだった。


 真っ暗でモニターの明かりだけが光源として光り輝いているその部屋に、酷くやつれて目元なんて真っ黒なくまが付いている、女として致命的な姿を晒しているヒナは、ただジッと画面の中で意気揚々と攻撃を仕掛けてきている少女を睨みつける。


「これだけ後先考えずにスキルを連発していれば、そのうちクールタイムに入ってるものだらけになって扱えなくなる……。私だってバカじゃないし、属性ダメージを軽減する事は出来なくても、アイテムで回復するなり魔法で相殺するなりで実質的に回避する事が出来ることは相手も知ってるはず。こっちの魔力切れの方が早いって考え……?」


 属性ダメージによる攻撃は、本来攻撃力そのものが高すぎて魔法を当てて相殺するという事は出来ない。


 いかなる手段を用いてもダメージを軽減できないという触れ込みの通り、魔法を当てて威力を減少させようとしてもその威力が落ちるといった事はなく、同じ程度の攻撃力の魔法なりスキルなりをぶつけてその攻撃自体を相殺するしかない。

 もしくは、潔くダメージを負って回復魔法やアイテムなどで失った分のHPを回復して無かった事にするかだ。


 実際、ヒナもゲームシステムから外れたことはできないし、貴重なアイテムは未だ得られる恩恵が少ないので使用するわけにはいかない。

 なので、今言った本来は出来ないはずの方法で、凄まじい勢いでドンドコ向けられる絶望的なまでの威力の攻撃を相殺し、実質的に無かった事にして凌ぐ事になる。


 だが、ソロモンの魔導書を所持しているヒナに魔力切れという概念はほぼ無いと言って良いし、今回のようなバトルロイヤル形式では1度敵に接敵する度に切り札の1つでもある魔力の全回復が行えるので、魔力切れになったとしても別に問題は無かった。

 つまるところ、ヒナは相手がやろうとしている事にまるで意味が見いだせなかったのだ。


 魔力の全回復を含めてこちらの魔力切れを狙っているのなら、それは魔王を甘く見すぎだと言う他ないし、そもそもその前に相手が所持している全てのスキルのクールタイムや効果時間が切れる。


 ただでさえ魔力量が多いヒナにとって、それをしてくれるのであれば相手の自滅で試合が終わるので耐えているだけで事足りるのだが……


「相手はランキング6位。そんな甘いことはしてこない前提で作戦を組み立てるべきで、そうなるとこっちがするべき事は大人しく相手の土俵で戦う事じゃなくて、相手の想定していないような事をするか、相手にも魔力を消費させて出方を伺う事だよね。だったら受けに徹するよりも攻撃に出た方が良いか」


 常人には聞き取れるかどうか怪しいほどの早口でそうあっという間にまくし立てたヒナは、すぐさまそれを行動に移す。


 相手が何を狙っているか分からず、仮に自分の見立てが間違っていて魔法を一切使用することなくこちらの魔力切れまで粘る方法が存在していれば……。

 その時はこちらも同じ事をして相手の魔力を極限まで消費させておかなければ取り返しがつかなくなる。


 無論、ダメージの出るスキルに関しては相手のように無数に所持している訳ではないし、その手の物は基本的にマッハやケルヌンノスに譲渡しているので、こちらの主な攻撃手段は魔法になる。

 魔力の消費ペースが速くなるのは心配ではあるが、もしもの場合にああしておけば良かったと後悔するよりも、自分に出来る事をやるだけやった方が良いに決まっている。


 それに最悪の場合は――


(最悪の場合は、あれを使えば多分勝てるし……)


 未だにプレイヤーの誰にも知られていない、彼女だけが知っているとっておき。それを使えばまず間違いなくこの勝負には勝てる。


 ただ、それを使ってしまえば強力すぎると世間に認知されて運営が下方修正を施して使い物にならなくなってしまう可能性がある。

 実際、過去にそんなバカげた理由から使えなくなってしまった切り札が何個あったか……。


 なので、この手だけはどうしても負けたくないというその時にだけ使う事にしている。

 どんな時も『これがあるから1度だけ、どんなに絶望的な場面でも切り抜けられる』という安心感は必要だ。

 それがあるのと無いのとでは、精神的な余裕は段違いなのだから。


 そして、この個人イベントはその『どうしても負けたくない』タイミングではない。

 正確には、負けたくないという事それ自体は否定しないが、そこまで鬼気迫っているという訳でも無いので、負けたとしても失うものがそこまで無いという事だ。


 これが仮に、大規模なPK集団に襲われて、負ければソロモンの魔導書やその他超級のレア装備を失うとなれば話は別だ。

 そんな事態こそまさに『どうしても負けたくない時』であり、絶対に負けてはダメなタイミングだ。


 この切り札はそんな時にこそ使う物であって、失うのがせいぜい絶対無敵の魔王なんていう恥ずかしい称号と名誉、後は実力に対する絶対的な信頼や恐れなどであれば、むしろ喜んで捨てると言いたいくらいだった。


 まぁ、負けることそれ自体は嫌なのでいつも通り勝利を目指して突き進むだけではあるのだが……。


「じゃ、ぼちぼちこっちも攻めますか……」


 その暗い部屋に響いたその一言は、戦況を大きく変える始まりとなった。


 それまで本来前衛職なんかが持ち合わせているはずの、その時点での使用者の攻撃力を参照してからダメージを計算するタイプのスキルでゴリゴリ攻めていたアリスは、作戦を変えざるを得なくなった。

 なにせ、今まで受けに徹していた魔王がその圧倒的な攻撃力を持って攻撃を開始したからだ。


「ようやく来たね! 第二段階に移行するよ!」


 それを待ちわびていたように女はモニターの前で叫ぶと、カタカタと目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き、マウスを操作する。

 2人の長いながい戦いが始まって、この時点で6分が経過していた。


 決着が着くまで、残り32分。

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