145話 親友の覚悟
5章始まります
第■■回個人イベントはバトルロイヤル形式のPVPだった。
そのイベントの情報が出た時、1人のプレイヤーは自身のギルド本部にて静かに闘志を燃やしつつ、今回のイベントで最後まで残るだろうプレイヤーをどうやって攻略するか。それだけを考えていた。
彼女のプレイヤーネームであるアリスの元になった『不思議の国のアリス』から名前を取ったランキング1位ギルド『wonderland』は、円卓の騎士のギルド本部に対抗してその威容を”勝手に”競っている。
キャメロット城が最高峰の個……つまり、建造物だとするならば、wonderlandは最高峰の集……つまり、王国だった。
ギルドメンバーの実に8割強がランキング入りを果たしている廃課金プレイヤーという事もあって、資金は他のギルドのそれより圧倒的に多く、ギルド本部の敷地をこれでもかと広げてその膨大な敷地内に王国を築き上げていたのだ。
それは比喩だとか、ギルドマスターや幹部メンバーだけの楽園という意味ではなく、本当の意味での王国となっており、中には原作リスペクトとして白の女王と赤の女王をイメージしたお城がある……など、細かな部分にもかなり拘っていた。
その中で、彼女が気に入っているのは当然ながら原作通り……と言って良いのかはともかく、自分の資金を使って一軒家が建てられる程のスペースをお茶会の会場に変貌させているそこだった。
流石に円卓の騎士のように名前までこだわったロールプレイなんかはしていないので、この場に喋るウサギやら笑う猫、帽子屋がいるなんて事は無いのだが、それはまぁ良い。
ボロボロのティーテーブルの上は非常に散らかっており、スコーンやティーセットが乱暴に散らばり、所々欠けたり砕けたりしている物があちこちに散乱している。
もちろんティーセットの中に熱々の紅茶が淹れられているという事はないし、そこらに転がっているスコーンやらお菓子やらは実際に食べる事は出来ない。
なにせ、ここはPCのモニターの中であって仮想空間と言われるVRの世界ではないからだ。
「ここ数十分ずっとそうしているけど、君はいつになったら私の質問に答えてくれるんだい?」
「……あ、ごめん、なに?」
ポンと3枚あるモニターの内、ゲーム画面を映している真ん中のモニターからチャットが来たという通知を受け、女はハッと意識を公式のイベント情報から戻した。
すると、そこにはいつの間にか現実の世界でも長年の親友でいてくれている1人の少女……ゲームの世界ではカフカというプレイヤーネームでサブギルドマスターを務めている彼女が、少しだけムッとした顔をしながら向かいの席に腰掛けていた。
一体いくらかけたのかと言いたくなるほどこだわり抜かれている美しい銀髪と少年のような美しく麗しいその顔は、一瞬だけ彼女が選んでいるアバターの性別が男だと錯覚してしまう程だ。
吸い込まれるような灰色の瞳や水着のような露出の激しいその装備はアカウントが停止になるのではないかとこちらが怖くなるほどで、頭の上に巻いているリボンが彼女の一押しポイントだ。
「最近は網のニーソとこの風船ガムも追加したから、さらに可愛くになっただろう?」
「あなたの目指す場所が分からないって話、何回目? それだけ男の子っぽくしてるのにリボンだのビキニだの、オマケに最近じゃミニスカパーカーっていう訳の分かんない趣向追加してるでしょ」
「良いだろ、可愛いじゃないか。なんならこの太ももあたりに絆創膏でも張ってショタの性癖という名のエチズムを歪めるのが私の夢だ」
「はぁ……」
モニターの前でも同じくはぁと深いため息を吐きながら、実際にギルメンの数人から性癖が歪みそうだから止めさせてほしいという苦情が来ている事を伝えるべきか本気で迷う。
親友だからと言ってそんな訳の分からない理由でギルメンの今後の人生に影響を与えるなと文句を言いたいのだが、自分も心の底では良いなぁと思っていたりするので強く言えないのが実情だった。
そして、アリスが薄々自分のファッションセンスに理解を示してくれていると理解している上でカフカはそうしている。
なんなら彼女の言うショタには、アリスが扱っている少年っぽくもカフカ程それに寄せてはいないアバター――アリス自身――も含まれているので、現時点で彼女の計画は大成功と言って良い。
いや、それはともかくとして、カフカは先程から問いかけていた内容を再度チャットに打つのは面倒だとボヤき、アリスにチャットを遡るように言った。
彼女もそれに不服を申し出る事も無く大人しく数十分前の個人チャットを遡り、カフカが言っていた“質問”に答えるべくキーボード叩いた。
「今度の個人イベント、魔王に勝ちたいんだよね。だから今、詳しいイベントの詳細見てた」
「あ~、マジ? 本気なんだね、Charleyが言ってたのは」
Charleyとは、彼女達wonderlandの面々から大変重宝されている鍛冶師の事だ。
どんなギルドにも必ず数人はいる生産職を極めているプレイヤーは、もちろんの事ながら彼女達のギルドにも10人単位で在籍していた。
その中でもトップクラスに優秀な彼は幹部メンバーや古参のメンバー達専用の鍛冶師として機能しており、その信用はかなり高い。
Charleyはイタリア在住のプレイヤーなので当然ながら日本語は通じないのだが、ラグナロクにはチャットをその国の言語に翻訳してくれる機能があるのでコミュニケーションを取るうえで苦労する事はない。
しかし、彼と接する者の多くは彼と接する時だけは彼の母国語に合わせてチャットを打ち込んでおり、翻訳に頼らず自分の言葉で自分の想いを正確に伝える努力をしている。
かくいうカフカやアリスも、このゲームを始めてからそんな類の思いやりやこだわりによってマスターした言語は実に5か国語にも及んでいる。
元々英語と韓国語は大学で学んでいたので問題なかったのだが、イギリス語やフランス語、スペイン語やイタリア語など、専門分野でなければまず学ぶ事は無いだろう言語は、ゲームを始めてから学んだものだ。
話が逸れたので元に戻すが、そのCharleyがカフカに言った内容とはなんなのか。アリスは当然ながらその事を彼女に聞いた。
すると、数日前に装備を新調し、あるアイテムを大量に購入したのでアイテムボックスの一部分をイベントまで貸してほしいと頼まれた事が露見している事が分かった。
「まぁアイテムボックスはCharleyもパンパンだったらしいから、泣く泣くもう10万課金して容量増やしたけど~……これで負けたらだいぶ手痛い出費だよぉ」
「そんなに、なんのアイテムを買ったんだい? 魔王と戦うならあのバカみたいな堅い装備の突破方法も考えないとだろう? 君は魔法使いなんだ、奴に魔法の攻撃はほぼ通用しないぞ?」
「知ってるよ~。だから、ほとんどスキル関係で攻めるつもり。その為の――」
「砂時計か」
正解言われたとガックリと肩を落としつつ、今度個人イベントでPVPが来れば絶対に魔王に勝つと意気込んでボーナスやら数か月分の給料を全てつぎ込んで大量に購入したスキルのインターバルをリセットする砂時計。
いくら魔王でも、アイテムの物量で押し潰せばなんとかなるのではないか。アリスは、そう考えていた。
魔法職だとどうしてもその装備の関係で彼女には勝てないし、かといって剣士だからと言ってもアーサーやPKギルドのギルドマスターをしているフィーネですらボッコボコにされているので勝機があるとは思えない。
ならば、ゲームシステムから逸脱し、裏技的な手法でその力をメキメキ伸ばしている自分にこそ、あの子は倒せるのではないか。
「一体いくらかけたんだ? それで仮に勝てたとして、得る物は?」
「大体200ちょいかな? 得られるの? そんなの、達成感と称賛の言葉の数々でしょ! 前大侵攻は止められちゃったけど、これだったら行けると思うんだ!? 今回は対プレイヤーだから、NPCの介入は無しだし!」
ヒナの周りにマッハを始めとした”3人”のNPCが居れば絶対に勝ち目はない。それはアリスだって分かっているし、他のプレイヤーだって魔王に挑むとすればNPCの存在を抜きにしなければ話が始まらないと十分理解している。
それほどまでに彼女の傍に付き従っているNPCの力は強大だし、彼女自身の強さも常軌を逸しているのだ。
だが、イシュタルという最強の回復役がいる以上、わざわざイベントの為だけに回復魔法の数々を移植するとは考えられず、今回ばかりは魔王もアイテムや装備の数々で魔力やHPの管理をしてくることはアリスも予想していた。
それならば、まったく勝機が無いという訳ではない。
少なくとも、いつもの状態が勝機0だとすれば、今回の魔王に対する勝機は多く見積もっても3割程度はある事になる。
「魔王を倒せれば私は名実ともに『最強』の称号を手に入れるでしょ!? 今はなんちゃって最強とか言われてるけど、私の推しみたいにカッコよく『僕最強だから』とか言ってみたいの! もちろん、そう言ってる時の脳内CVはあの人で!」
「あ~、はいはいわかったわかった」
もう何度も聞いて、現実でお茶をした時にも飽きるほど聞いたその推しへの愛とその声を当てている声優さんへの愛を語り始めたアリスに呆れ、カフカは呆れたと表している顔文字を添えながらそう打ち込んだ。
今は第一位ギルドのギルドマスターをしているのでそんな不名誉……。少なくとも、最強は魔王だと思っているアリスにしてみれば不名誉な二つ名が付いているアリスは、その現状を変えるために数百万という単位で一気に課金をしたのだ。
ゲームにそこまで熱くはなれないなとどこか冷めた目で俯瞰している自分に驚きつつも、カフカは一応の礼儀として「応援してるわ」と冷めたチャットを送る。
「うん! でも、後からあーだーこーだ言われたくないから、もしフィールド上で見かけたら容赦なく挑んできてね!」
「言われなくともそうするさ。ていうか、もし手加減してとか言ってきたら晒してたよ。良かった、君がそこまで堕ちてなくて」
「うわ、こっわ……」
流石に冗談だとは思いつつ、カフカなら本当にやりかねない怖さがあるなと、アリスはモニターの前で若干震えていた。
今の時代どこで誰が見ているか分からない。
魔王は本気でPVPのイベントに参加しているというのに、それに本気で挑もうとしているランキング6位のアリスがギルメンや知り合いに手加減してと頼んでいたなら、アイテムの消耗なども含めて不公平だと大バッシングに合うだろう。
その結果アリスが勝ったとしても誰も彼女を認めないだろうし、仮に負けたとすれば魔王の株がさらに上がる事になるはずだ。
もはや誰も倒せないのではないか。そんな噂や憶測が、単なる噂ではなく真実味を帯びてくるだろう。
「じゃ、数日後のイベントよろしくー!」
「はいはい……」
そう言いつつもその場から動こうとせず、再びフリーズしてしまった親友の姿を見て、カフカはモニターの前ではぁと深いため息を吐いた。
アリスの突拍子も無いと言うか無謀というか、そんな行動は今に始まった事じゃない。
小学生の頃、担任の教師に恋をして好きだと何年もアピールし続け、相手の教師が本気にして襲ってきた時、泣いていた彼女を助けたのは誰だと思っているのか……。
いや、というよりも、その手のトラブルは数年おきに必ず彼女が引っ張ってくるのでもはや慣れてしまっている。
問題は彼女が引っ張ってくる問題は、必ずと言って良いほど彼女の自業自得だ。
そして、その尻拭いをするのだって基本的には――
(今回ばかりは、報われてほしいものだ)
チャットでは辛辣な事を言いつつもなんだかんだそんな事を思った彼女は、数日後に開催されたイベントで最後の2人に残ったアリスと魔王の戦いの中継を見て、久々に熱くなることなど、まだ知らない。