表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/238

144話 マーサの苦労と憂鬱、ついでに心配

 私は冒険者ギルドで創立者であるムラサキ様の直轄で様々な国や地域で冒険者達のサポートをしたり、時には不穏な動きをしている冒険者を見張る役割を担っている者です。

 一応階級的にはギルドマスターのそれよりちょっとだけ偉く、お給料もかなり良い方だと思います。


 ムラサキ様は変わったお方で、師匠だとかいう人の計らいによって、従業員が望めばそのお給金はお菓子だったり旅行だったり、もしくはしばらくの休暇だったりに置き換える事も認めています。

 例えば、今月は働きすぎたのでお金を少しだけ減らして長期の休暇が欲しいと言えばその通りになるし、自分で買うよりも遥かに安い金額で美味しいお菓子が欲しければ、そうムラサキ様に頼めば手に入ります。


 このシステムはお菓子が美味しく、それでいてムラサキ様が多少顔が利いて普段から懇意にしているシェイクスピア楽団があるメイシア人類共和国の支部で働いている者達に限られます。

 冒険者ギルドで働く者達は、皆ここで働くことを夢見ていると言っても過言では無いでしよう。


 無論、休暇云々に関してはここで働いていなくとも、所属している支部のギルドマスターから許可が出れば申請する事が可能です。

 まぁ、地方の冒険者ギルドは人手が足りない事が多いので、長期の休暇なんてものは大抵認められないと聞いた事がありますが……。


「あぁ……休みたい……」


 かくいう私も、ここ最近はずっと働き詰めです。

 今までは監視する対象の冒険者に気付かれる事なく任務を遂行し、対象が悪事や不正を働けばその現場を抑えて冒険者ギルドからの制裁を加える事も容易に出来ていました。


 仮に監視ではなくサポートが任務なのであれば、彼らが幸運だったと認識するレベルで気付かれることなく強力なモンスターやらなにやらを陰ながら討伐もしていました。

 それが私の唯一の自信の源であり、ムラサキ様に認められる結果になった過去の仕事ぶりだったのです。


 しかしながら、今監視している冒険者は今までと一味も二味も……そう、最近シェイクスピア楽団から発売されたお菓子の新作である、ろしあんるーれっとしゅーくりーむ並みに意味が分からず、それでいてどこか憎めない感じなのです。


 その冒険者達は、入会して間もなくロアの街で起こった絶望的なモンスターの大群を一瞬にして蹴散らし、その首謀者らしき存在すら未確定の男を討伐した英雄的な実績を持っている少女4人です。


 ブリタニア王国に入国するという事でその動向を監視しつつ、彼女達が面倒ごとを起こさないように監視し、何かあれば報告する事が私の最初の任務でした。

 しかしながら、ムラサキ様はなぜか出発する前の私に『仮に何かあっても君のせいじゃないから気にするな』と何度も言ってきました。

 今までの仕事で信頼を培ってこられたと思っていた私は密かに心を痛めたのですが……


(こういうことかぁぁぁ……)


 冒険者ギルドのブリタニア王国支部に入って行った彼女達を見送り、私は頭を抱えて自分の人生で最大のため息を吐いていました。


 今まで張り付いて来た冒険者達に気付かれた事など無かったというのに、あのマッハという可愛らしい少女は容易く……というよりも、当たり前かのように私の存在を認識していました。

 それどころか、割と本気で存在を隠匿していたにも関わらず、屋根の上に居た時手を振って来られた時は驚きすぎて転倒しそうになったほどです。


「あ~、まぁ彼女達は非常識な存在だからね。あんまり深く考えると君の精神衛生上よくないと思って言わなかったんだ。すまない」

「なんですかそれ……」


 その夜、近くの平原で落ち合ったムラサキ様は、その狐の面を被りながら苦笑していました。


 ムラサキ様が言うには、彼女達の強さは私達の次元で考えると痛い目を見るらしく、何があっても彼女達のリーダーであり姉でもあるヒナを貶す事はするなと再度厳重注意を受けました。


「それなのですが、ヒナという娘を褒めた際、マッハという冒険者が非常に喜んでおりました。それに際し、ヒナ以外の3名からの好感度が謎に上がってしまったような気がするのですが……」

「ん? ワラベの話ではそこまで好感度を稼ぐのは楽じゃないという事だったが……初対面からヒナを褒める事とそうじゃなかった事で差が出たのか……? ちなみに、好感度が上がったと思ったのはなぜだ?」

「冒険者ギルドに入る際……というかその少し前くらいですね。民家の屋根に隠密していたにも関わらず、手を振ってきました」

「……」


 私の隠密能力を知っているからか、それとももっと別の理由からなのか。ムラサキ様はしばらくの間無言で私を見つめてきました。

 その仮面の下を見た事はありませんが、恐らく、キョトンとしたマヌケな顔で私の事を見ているのだろうでは無いだろうか。分かります、その気持ち。


「あっはっは! 君の子供ウケは相変わらずだねぇ! アッハッハッハ!」

「……む、ムラサキ様?」


 いや、どうやら私が思っていたのとは別の理由で呆けていたようです。

 なんでしょう、無性に嫌な予感がします。


「いやいや、失礼。君は私の元で雑用をしてもらっていた時から、なぜか子供ウケが良かったなぁって思いだしたんだ。職員専用の託児所でも大人気だったじゃないか」

「その話は止めてください……」


 やはり、私の嫌な予感は当たっていた。

 託児所という単語が出た瞬間、私は顔を歪めて目を伏せてしまった。


 あれは、何年前だっただろうか。

 子供がいる女性職員が安心して働ける環境を作るために動員した託児所という子供達を預けて面倒を見る場で、私は子供達の面倒を見る係に任命された。

 試験的な試みとして始めるとの事で、世間一般的に見ても顔が良く、そして愛想が良いとされていたムラサキ様の直轄の女性職員が数名その任に当たっていて、私もその1人だったのです。


 しかし、託児所に居た子供達はなぜかそのほとんどが私に寄って来て、しかもママだと言い出すほどに慕ってきました。

 特別な事は何もした覚えはないし、逆にそのシステムを利用していた職員から『子供がワガママになった』と苦情を受けてしまった事もあるくらいです。

 なぜなんだと苦悩した後、状況を重く見たムラサキ様によってその場を外されたのですが……。

 当時その事を伝えたら、託児所に居た子供達が大泣きしてその収集が大変だった。そんな、思い出したくもないトラウマがあるのです。


 本気で参っている私の姿がさらに面白かったのか、ムラサキ様はその後もしばらくアハハと愉快そうに笑った後、仮面を少しずらして目元を拭うと、コホンとわざとらしく咳払いをしました。

 泣くほど面白かったかったんですか、そうですか……。


「ともかく、今後も彼女達の同行には注意してくれ。もう気付かれずに監視する事は無理だろうから、監視対象が彼女達だとバレない範囲で接してくれ。まぁマッハは絶対にそんな事は気付かないだろうから、最悪友達になるくらいは問題ないよ」

「……絶対嫌です」


 と、そんな事を言いながら、数日後には遊ぼうと言ってきた彼女によって強制的に友達認定されることになるなんて、この時の私はまだ知らない。


 本当に、この任務だけはこの時点で断るべきだったと後悔しています。

 この後見る事になる惨状なんて、しばらく夢に出てくるほどのトラウマになるのだから……。


 それからさらに数日後、ヒナが連行されたと伝えた翌日にムラサキ様がケルヌンノスとマッハを連れてブリタニア王国へと戻ってきました。

 最初は平和的に解決するんだろうな。でも、こんなどうしようも無い国の連中相手にどうするんだろう……。なんてのんきな事を考えていた私ですが、その甘っちょろい……マシュマロよりも甘くてのんきな考えは、数分後に崩壊する事になりました。


「……え?」


 全世界で見ても呆れるほどの戦力を有しているブリタニア王国の騎士団が、たった2人の冒険者に……それも、少女に蹂躙されるところなんて見たくありませんでした。


 いや、別に最強だと信じていた騎士団が負ける様が見たくなかったとかそういう意味ではありません。

 最強のはずの騎士団を、まるで苦戦する様子もなく斬り捨てているマッハも、ゴミのように処理しているケルヌンノスも見たくなかったのです。


 挙句の果てには、引きこもりだと有名なこの国の王女様ともなぜか友達になっているし、無能だのなんだの散々言われていた王女様が私でも敵わないような実力の魔法使いだなんて、もっと知りたくありませんでした。

 ここ最近、主に彼女達のせいで私の力に関する自信が木っ端みじんに打ち砕かれている気がします。


「そりゃわしもじゃ。お互い大変じゃな、マーサ」

「ワラベ様……。いや、ほんとですよ……。どうなってんですか、あの人達……」


 ブリタニア王国での一件が全て解決し、ロアの街を占拠していたモンスターの死骸の問題もヒナ達のおかげで解決したその日、私はワラベ様の希望でメイシアの酒や料理をありったけ持参し、冒険者ギルドガルヴァン帝国支部を訪れていた。


 最近同じ苦労を共有する身として変に仲良くなったワラベ様とは、こうしてたまに呑んでヒナ達の事を愚痴る仲です。

 ここにはムラサキ様も加わる時があるけれど、私がギルドマスターという身分じゃないからなのか、その仮面は外した事がない。


「そう言えば、お主は今こんなところでヌクヌク呑んでおっても良いのか? ヒナ達の監視はどうした?」

「あんな場所、私だけで入れる訳無いじゃないですか。潜ったら死んでますよ」

「ふむ。お主でもそう感じるのか」

「そりゃそうですよ……。ぶらっくべあとかいう奴の毛皮をさっき見せてもらいましたけど、私の魔法でも傷付けるのがやっとで、殺すなんてとても……」


 そう。ヒナ達……正確にはマッハが持ってきた小刀などで素材の採取を数日という短期間で終えたその大量の素材は、今はギルドの保管庫に大切に保存されています。


 先程見せてもらったし、試しにと全力の魔法をぶつけてもみた。

 結果は、先程言った通り惨敗でした。もう、それはそれは見事なまでに。まるで、絶対に成功すると確信していた告白が失敗した時のような妙な敗北感をヒシヒシと感じました。


「ほわいとたいがーとかいう奴の毛皮に関しては問題なく破壊出来ますけど、ぶらっくべあの方は無理ですね。あれは、魔法でどうこうしようとする方が愚かです」

「わしも同感じゃ。ありゃ、魔法でどうこうするもんじゃない。じゃがな……奴らが言うには、剣で傷つけると素材が傷んでしまうそうじゃ。毛皮の色によって違うと言われた時は何を言ってるのか分からんかったが……まぁともかく、基本は魔法で殺すそうじゃぞ?」

「滅茶苦茶ですね。馬鹿げてます。あほですね」

「いいや、バカじゃな」


 2人とも酒が入って口が悪くなっているんだろう。

 もしもこの場面をあの4人の誰か……ケルヌンノス辺りにでも聞かれれば、私達の命は無いのではないだろうか。

 しかしながら、言わずにはいられない。彼女達は、バカだ。


「なんか、最近は妙な小説も出回ってるそうじゃないですか。あれ、なんなんですか?」

「あぁ、お主も知っておったか。そうそう、わしの手元にも先日回って来たわ。最初の数ページを読んだだけで吐き気がした程じゃ。魔王とな、まさにその通りじゃて」

「そんな風に思われたんですか?」

「うむ。ここに書かれてあるヒナとかいう魔王は絶対に……いや、もう断言出来るレベルでヒナじゃ。イシュタルの奴がいないのが気になるが、それよりもこの恋愛をしておる小娘の方がわしは気になる。なんじゃこいつは、イカれておるのか?」


 私はそうは思わなかったし、むしろ尊い物として読んでしまったのでその意見には少しだけムッと来てしまう。

 しかしながら、ここで本音を言ってしまえば確実に面倒な事になるので苦笑するだけに留める。これも立派な世渡術という物だ。


 それに私は、幸運な事にもムラサキ様から新たな任務を授かっている。

 ヒナ達がダンジョンから帰ってきたらどこかしらのギルドに報告に来るだろうから、それまではこの小説の著者を調べ、出来る事ならヒナとの関係を探る事になっている。

 無論ムラサキ様も接触を図るとの事だったけれど、対面で喋ってくれるとは思えないし、仮に話せたとしても情報を引き出すのは困難だと判断した上でだ。


 彼女とヒナの関係を暴き出す前にヒナがダンジョンから帰還すれば、私は再び彼女達の監視に回され、私の任務は他の者が引き継ぐことになる。

 出来れば一生この任務だけをしておきたいのだがそんな事を言う訳にもいかず、出来るだけ遅い帰還を望むばかりです。


「ま、良かったではないか。しばらくあのバカ共と顔を合わせないで良いのは精神的にも楽じゃろ?」

「ですね。最近あの家を張っている時、マッハに見つかって遊ぼうって言われることが多いんですよ……。真面目に引退も考えましたからね!?」

「そこまで気に入られておるのは良いではないか。嫌われれば命は無いからな」

「止めてください、ほんとに……」


 ともかく、数日はヒナ達の顔を見ずに任務だけを考えて行動が出来る。そう思って酒も進み、翌日は久々の二日酔いに襲われたのだがまぁそれは良い。


 問題は、メリーナというその小説の著者を尾行していた矢先にとんでもない場面に遭遇し、ヒナやマッハの本気を見た事だった。


(普段あんなにビクビクしてる子が怒るなんて……)


 メリーナがシャルティエット商会に所属しているはずの者達に殺害されるという理解が追い付かない展開はもちろん、ブリタニア王国では終ぞとして見られなかった……いや、今思えば永遠に見たくなかったヒナの本気を目にして、私は体の芯から震えていた。

 自分に向けられている訳では無い圧倒的な殺気で全身を震わせ、少しだけ漏らしていた気もする。


 そしてその直後、彼女がメリーナの亡骸を抱きかかえながら森を放火した時は死んだと直感しました。

 お父さんお母さん、今まで育ててくれてありが……


「気にするな。君は偶然居合わせただけなのだろう? こんな災害みたいな奴に巻き込まれて死ぬのでは成仏するのもできないさ。この場は私が守ってやるから安心しろ」

「!?」


 ここ最近、私は自分の実力を過信していたのではないか。本当は大したことないんじゃないか。そう思い始めていた。

 それ故に衝撃は少なかったけれど、突如背後から肩を叩かれて見知らぬ少女から笑みを向けられれば、やっぱり人並みの動揺はしてしまう。


「あなたは――」

「あぁ、待てまて。そんなに大きな声を出すと彼女達にバレる。今彼女達は敏感になっているからな、あまり刺激はしたくない」


 少年的な笑みを浮かべるその幼い少女は、ふふっと笑って自分の名はカフカだと名乗り、この場は一度退けと言ってきました。

 この炎は自分がなんとかしてやるので、早いところこの場を離れた方が良いと。


「……あなたは、あの人達の事をご存じなのですか……?」


 ここで逆らったらいけないと私の本能が告げていたので大人しく退散する事にしたのですが……去り際、私はついそんな事を聞いてしまいました。


 それは日々情報を集める任務を主に行っているからだと思うのですが、後の私は、この件に首を突っ込み、ムラサキ様に報告するのを非常に後悔する事になります。

 なにせ、二度と見たくなかったヒナの本気を、もう一度、今度はしっかりとその目に焼き付ける事になったからです。


「少なくとも、君より彼女の事は知っているさ。彼女が、魔王と呼ばれているその理由やその強さの秘密、その全てをね」


 にこやかに笑ったその顔はなぜか自身に満ち溢れていてとても魅力的だったのを覚えています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ