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143話 思惑と不安、そして密かなる発見

 ファウストが研究室にやって来てから20分も経たないうちに準備を終えた3人は、どこか不機嫌な顔をしている彼に連れられてそのまま街を出発した。


 セシリアは街から外の世界に出る際、自分を通してくれた門番とは違う人間が立っている事に気が付いた。

 その人物がなぜか睨みつけてきている事を若干不審に思いつつも、右手を握っているソフィーにふふっと笑いかける。


「ソフィー、震えてる。怖いの?」

「あ、あはは……。そ、そりゃぁね……。私、姉さまと模擬戦で戦った事はあっても、本当の戦場って初めてだから……」


 小刻みに震えるその小さな手は彼女の心の内を正確に表していた。


 ジンジャーは実戦で戦った経験が一度だけあるが、ソフィーは生まれてこの方まともに戦った事なんて無かったし、攻撃魔法なんかよりもどちらかと言えば日常的に扱える魔法を好んで使っている。

 なのでその精度にもあまり自信が無いし、先程からピリついているジンジャーとファウストも気がかりだった。


「私達に援軍を要請しに来た使者とやらが同行しないのはどうも腑に落ちないな。正式な依頼なら、私達の道案内くらいするべきだと思うが?」

「そんなことを僕に言われても知らん。詳しい場所を教えられてそこに行くよう命じられているだけだ。使者は僕らに状況を伝えた後にすぐ帰っていった。それ程ヤバい戦況なんだろ。その場所までは、どれだけ早くとも1日かかるそうだからな」

「余計怪しいな。厄介者となった私達をお前が始末するための口実だと考えた方がまだ合理的だ」

「その可能性を考えていながらなぜノコノコと着いて来た。最終的に来ると判断したのはジンジャー、お前だ」

「私があの場で断っていれば、反逆だのなんだの言って連行するかその場で戦いが起こるだろ」

「まぁ、否定はせん」


 実際にそうなった可能性は限りなく低いし、家族とは言ってもファウストに負けるほどジンジャーも生半可な鍛え方はしていない。

 それに、最悪の場合でもセシリアが回復魔法の類を扱ってくれるはずなので負ける事は無いはずだ。


 なのになぜあの光景が映し出されたのか疑問に駆られるが、まぁそれはその時になってみれば分かる事だ。


(こう考えてみると、セシリアが居ると考える時の安心感は半端じゃないな。ヒナとかいう奴も、この事を考えてこの子を……?)


 いや、彼女を道具と扱っていればここまで彼女に大切に思われることは無いだろう。


 今でも寝言で密かにヒナやその他の家族の事をうわ言のように呟いている場面を何度も見ているので、徐々に自分達に依存しつつも、前の家族の事は忘れる事が出来ていないのだ。

 それは微笑ましいとも思うが、同時にその心の中に歪みのような物が出来ないか。ジンジャーは、それだけを心配していた。


(私達に頼るのはもちろん良いが……もしもの時、私達とその大切な人との狭間で揺れる事が無ければ良いが……)


 仮に、そのヒナという人物とジンジャーかソフィーのどちらか一方しか助けられないとなった場合、セシリアは瞬時に判断が下せるのだろうか。それは、今この時点では彼女には理解が出来ない。

 セシリアがどれだけ自分達に依存しているのかをイマイチ把握していないというのもそうなのだが、ヒナという存在が彼女にとってどれだけ大きいのか。その事についても、未だに理解が及んでいないからだ。


 迷いというのは人を殺し得る。それは十分理解しているつもりだし、自分はセシリアとソフィーしか選べない状況となれば迷うことなくソフィーを助ける選択をする。そう、する事が出来る。

 だが、それは別にセシリアを殺したいだとか、彼女をどうでも良いと思っている訳では無い。


「いい機会だから聞いておこう。あいつをなぜ研究室に入れた?」

「あいつ? あぁ、セシリアか」


 少し後方を歩いている少女を怪訝そうに見つめながらそう言うファウストに、ジンジャーは少しだけ自慢げな顔をしながら「面白そうだったから」と答えた。


 実際彼女を研究室に招き入れたのは単なる好奇心からだったし、研究に協力するように頼んだのだってその強大な力の謎を少しでも解き明かして魔法の理解をさらに深めたかったからだ。


 ここ2週間ばかりの共同生活で彼女の可愛らしい一面が見えてきたとはいえ、それは副産物に過ぎない。

 仮にソフィーがこのままここに居てほしいとセシリアに頼み込んでも何も言わない自信はあるが、やはり彼女の居るべき場所が決まっている以上、それに乗る事は出来ない。


「いずれ別れは来る。だが、その時くらいまでは傍に居させてやりたいんだよ。偽りだとしても、ソフィーとセシリアは、もう家族も同然だ」

「……セシリアじゃなくイシュタルだ。奴は最高ランクの冒険者で、少し前に話題に上がったロアの街のモンスター襲撃事件を解決したうちの1人だ」

「彼女がそう名乗ったんだ。以前はどうだったか知らないが、今の彼女はセシリアさ」

「……」


 理解できないと言いたげに首を振ったファウストは、それ以上口を開くことなく、ただ淡々と教えられた通りの場所へと足を向ける。


 地図も何もないし、馬車などを使っておらず徒歩での移動なのでそれ相応の時間がかかる。

 特に、単なる冒険者であるセシリアは時間凍結を行っていないし、自分達がそれを施していると知られる訳にはいかないので、それ相応の疲れている演技も並行しなければならないのが面倒なところだ。


 実際セシリアは時間凍結の事も彼女達がその気になればマッハとほぼ変わらない速度で走る事が出来る事も知っている。

 なにせ、体内の時間を止めているので疲れという物は感じないし、魔力も体内の物を使わないので実質的に無限に近く、物理的な攻撃に対する完全な耐性を有するとなればもう無敵も同然だった。


 それに、ダンジョンを出る時に慌てていたというのもあり、今彼女は武器を持っていない。

 剣士であるマッハは常に刀を腰に差しているし、ここ最近はヒナもずっと武器を身に着けている。

 ケルヌンノスに関しては持っている時と持っていない時があるし、自分達を探しにヒナと共にあの場へやってきた時はその小脇に武器は持っていなかったはずだ。

 もちろん私服はずっと身に着けているので装備自体はあるのだが、それも物理的な攻撃になると防げるかどうか怪しい。


 彼女が身に着けている物は、ヒナと同様魔法に関する耐性はかなり高いのだが、物理的な攻撃をマッハが全てカバーするという前提で装備を組んでいるので、物理的な攻撃には非常に弱いという特性を持っている。

 この世界では物理的な攻撃による攻撃は時間凍結を施していない状態だと致命傷になりやすいというのに、それではあまりにも……


「セシリア、どうかした? そんなに不安そうな顔して」

「……ん? いや、別に。それよりも、私に遠慮して進行スピードを遅くしてるなら無用な心配。普段通りの速度で良い」


 装備の事を話してしまう訳にもいかないし、仮にもヒナが与えてくれている装備は、その武器も含めて全てが神の名を冠した物だ。

 生半可な攻撃じゃ傷は付かないし、そもそも一定レベル以下の者からの攻撃は受け付けないというスキルを所持しているので、基本的なレベルが低いこの世界では――


(いや、そんな油断があんな事態を招いたんだ。もう、油断はしちゃダメだ。私に、強者ぶる資格はない)


 そう、全ては油断から始まった事だ。

 ヒナがブリタニア王国の連中に連行されてしまった事も、マッハの危険を察知できずにヒナに助けられてしまった事も、マッハの言う事を忘れてヒナを庇おうとしてしまった事も……それ故に、メリーナを死なせてしまった事も。


 その全ては、自分や家族は絶対に安全だと思っていた油断から来ている失態だ。

 これ以上失態を重ねる訳には……自分の失態で、人を殺すわけにはいかないのだ。


 そんな内心の決意を知る由もないソフィーは、彼女の“進行ペースを遅らせて申し訳ない”という誤った感情のみを汲み取って、ファウストの方をなるべく見ないようにしながらジンジャーにコクリと頷いた。


「それは良いが……セシリアはどうするんだ。私達と同程度の速度で走れるのか?」

「私は運動性能には自信が無い。元々そういう役割は期待されてなかったから。だから、こうする」


 そう言って何を言うでもなく、唐突にソフィーの背中にぴょんと飛び乗ったセシリアは、驚いている彼女の肩に腕を乗せ、胸の前で組んでその背中からずり落ちないように固定する。

 その豊満な胸に若干イラっとしつつも、それを顔に出さないよう気を付けながら自慢げな笑顔を見せる。


「これなら別に、私が遅くとも問題はない」

「え!? いや、ちょっと!?」

「はぁ。まぁ、セシリアがそれで良いなら――」

「姉さま!? いや、良くないですよ! 私が困るんですけど!」


 若干頬を赤くしつつも、セシリアが落ちないようにそのお尻に触れないよう腕でその体を支える。

 妹のそのまんざらでもなさそうな、それどころか妹のように思っているだろうセシリアに頼られて嬉しそうな笑顔を眺めつつ、ジンジャーは隣のファウストにコクリと頷いた。

 その直後、ファウストは呆れたように首を左右に振ると何を言うでもなく唐突にその場から消え失せる。


 遥か当方に土煙を上げながら移動するその速度はマッハ程早いとは言えないが、それでもヒナの全力疾走よりは早いだろう。

 恐らく、ヒナが身に着けている俊敏性を上げる装備を身に付ければマッハの全速力をも超える速度が出せるのではないだろうか。


 そんな恐ろしい想像をバカバカしいと一蹴しつつ、続いてジンジャーも消えた事で未だ混乱しているソフィーを宥める。


「ほら、早く行かないと見失う。急いで」

「え、えぇ……? も~、仕方ないなぁ……」


 若干口の端を歪めつつそう言ったソフィーは、遥か当方で一向動こうとしない自分を呆れた調子で眺めているファウストと、どこか微笑ましそうに見つめてきているジンジャーをしっかりその瞳に映す。

 そして、一瞬にして数キロの道のりを走破して背中のセシリアを驚愕させる。それは、紛れもなくマッハのそれより早い移動だった。


 瞬く間に自分達を追い抜いて行った疾風に多少呆気に取られている少年をおかしそうにクスクス笑い、ジンジャーは誇らしそうにポツリと言った。


「ソフィーは私達よりも運動能力が高いからな。のんきにしていると私達の方が置いて行かれるぞ?」

「ふん、行き先も分からず走破しても意味ないだろ。そんな事も分からないのか」

「……女にモテないだろ、君」


 苦笑しながらそう言ったジンジャーは、相変わらず何も言おうとせずその場から消えたファウストに苦笑した後、すぐに後を追った。


 その光景を数百メートルほど離れた森の中から見ていた少年は、目を軽く瞑って自身の“召喚主”である少女に念を飛ばした。

 彼のその姿を一目見れば、その知識がある者は皆一様にしてこう呼ぶだろう。忍者と。


『ヒナ様、イシュタル様を見つけました。どうなさいますか?』


 数秒の沈黙がその場に流れた後、彼の脳内に激しく動揺したヒナの声が響き渡る。


『ほんと!? ほんとに見つけたの!? たるちゃんは無事? 無事なんだよね!?』


 その声は、無事じゃなかったら許さないという意味も含まれているのだろう。

 仮に無事じゃなかった場合はそれを行った人間を絶対に許さず、この世界の果てまでも追い詰めて死ぬより辛い目に合わせるだろう事は想像に難くない。


『はい、イシュタル様はご無事です。ですが、見知らぬ男女3人と行動を共にしているご様子。拉致などに合っている様子ではありませんが、我では勝てるかどうか……』


 忍者のその報告は、ここ数日何度も魔力切れを起こしかけながら必死に捜索していた彼女の苦労が報われた瞬間だった。


 イベントの首位報酬として得た忍者村のおさ単体で勝てないとは何事か。

 一瞬そう思ったヒナだったが、そこでウダウダ言っても仕方ないので力のある召喚獣をもう何体かそちらに向かわせつつ、ようやく自分も引きこもり生活から脱却しようと心に決める。


『なら、そこに強い子数体送るから、そのまま監視してて。たるちゃんが危なくなったら絶対助けて。悪いけど、あなた達の命より優先して。あの子にもしもの事があったら許さないから』

『ハッ! 我が命に代えても、イシュタル様はお守りいたします』

『うん、お願いね。たるちゃんの近くにいる人達は……そうね、まだ殺さないで監視に留めて良いよ。少なくとも、私達が行くまではバレないように気を付けて』


 安堵しているのが声だけでも十分に伝わってくるヒナに密かに苦笑しつつ、その少年はイシュタルが消えて行った方面へすぐさま移動を開始した。


 彼がヒナが寄越した国でも亡ぼすのかと言いたくなるような面々の召喚獣と合流するのは、ジンジャー達が目的の場所に到着する数時間前だった。

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