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141話 道具ではなく、家族

 セシリアがジンジャーとソフィーの元で暮らし始めて、あっという間に2週間の時が過ぎた。


 その間特に何が起こるという事でもなく、セシリアは術式の事や魔力の扱い方、魔法に関する知識なんかを水に濡らしたスポンジのようにどんどんと吸収し、反対に研究者の2人はセシリアが使用する魔法の解析を進めていた。

 そして、この世界における魔法という物の常識を2週間かけて叩き込んだセシリアは、自分やヒナ、ケルヌンノスが使う魔法が異質であるという事を理解し始めていた。


 基本的にプレイヤーやNPCが使う魔法とは、己の体内にある魔力をなんらかの物に変換する。

 一方で、ジンジャー達が扱う魔法の多くは大気中にある魔力を使っている。その為に魔力切れなんてものは滅多に起こらないし、自身の体内にある魔力を使う事はあっても、その威力や実用性があまり高くないというのが実情だった。


 もっとも、ジンジャーが魔法の研究をしようと思い至ったのは母がそうだったからという理由よりも、自分の力があればもっと楽に、それでいて便利な生活が出来るのではないかと思ったのが最初だった。

 アマリリスはただ単純に自分の無限に湧いてくる興味を満たせるからという理由で研究者を夢見ていたし、ソフィーはそうせざるを得なかっただけなのだが……。


 つまり、ラグナロクの魔法よりもジンジャー達が扱う魔法の方が使い勝手が良いという事だ。

 威力から消費する魔力の燃費、その他諸々の方面からそう言える。


「それにしても……セシリアの理解力と吸収能力には目を見張るものがあるな。私達ですら数年がかりで勉強してようやく魔法という物の真髄を理解したというのに、物の数週間でここまで理解出来るようになるとは……」

「本当ですね。セシリアって、ほんとは凄く頭良いんじゃない?」

「……別に、そんなことはない」


 少なくともヒナが秀才だと設定していたという訳ではないし、セシリア本人も自分の事をそう思っていないので、当然ながら首を横に振って否定する。

 しかしその頬はわずかに緩んで紅潮しており、照れているだけだというのは2人にすぐ伝わってしまう。


 2人もこの短い共同生活でセシリアが素直で優しい性格だという事を十分理解しているし、褒められると嬉しいながらも素直に喜んではくれないという所も分かっている。

 もっとも喜んでくれないのはヒナに負い目があるからとかではなく、ただ単に設定に書き込まれていない……つまるところ、自分自身をそれ程凄いと思っていないからだった。


 セシリアを創り、その性格から強さ、その全てを与えた存在は他ならぬヒナだ。

 だからこそ、彼女は自分の設定に書き込まれている事柄を褒められるとヒナを褒められたと思って嬉しくなり、どんな称賛の言葉でも素直に受け取る。

 反対に、自分を貶され、それがヒナによって書き込まれた事柄であったならばヒナを否定されたと解釈して本気で怒る。

 まぁこれは、彼女だけではなく他の姉妹にも共通している事なのだが今は良い。


 問題は、彼女本人のオリジナル……つまり、設定に書き込まれていない部分の事を、彼女自身があまり評価していない事にある。

 マッハは深く考えていないし、ケルヌンノスはそもそも他者からの賛辞を素直に受け取らないのであまり支障は出ていない。

 しかしながら姉妹の中で彼女だけは、その部分を深く考えてしまう所があった。


(ヒナねぇが与えてくれたのは、私が私であるために必要な事だけなのに……)


 そんな思いが心のどこかにあるからだろう。

 自分の事を褒められてもあまり嬉しくないし、嬉しくなってしまうのと同時に『ヒナに与えられていない』というその一点で罪悪感を感じてしまうのも事実だった。


 ヒナが与えてくれたのはこれだけで、これ以上は自分に求められていない。必要とされていない部分だ。

 勝手にそう解釈し、自分の素の部分を軽微ながらも嫌っているからこそそんな思考に陥ってしまうのだろう。

 

 NPCという存在について良く分かっていない2人は、そんなセシリアの秘められた内心に気付くことなくその地頭の良さに感心し、事あるごとに褒め称える。が、その実彼女の心の内をジワジワと追い詰めている事に気が付いていない。


 セシリアも、2人が自分を苦しめたいとは思っていない事など分かり切っているし、その満面の笑みと本気で感心している様子を見ればそれが心からの賛辞だとは分かる。

 だからこそ言えないのだ。褒めるのを、辞めてほしいと。


「だが、呪文を唱えても私やソフィーのオリジナル魔法を使えるようにならないというのはどういう事だろうな……。これはまた、新しい研究材料として非常に興味深い……」

「ですね。今までに見た事のない反応を示すのは不思議で仕方ありません」


 そう。ここ2週間、セシリアは魔法に関する事を勉強していただけではない。

 実際にジンジャーやアマリリス、ソフィーが開発したオリジナルの魔法を発動させて魔力を感知し、本来は目に見えないそれをうっすらとではあるが視認する術をも学んでいた。


 しかしながら、何度試しても無詠唱はもちろん、呪文を一言一句間違えずに唱えたところで、彼女達が開発したオリジナルの魔法を発動出来るようにはならなかったのだ。

 しかしその逆……。つまり、セシリアが扱う魔法をジンジャーやソフィーが扱う事は出来ているし、一度術式に直して細かい調整を施し、もっと使い勝手の良い魔法に改良する事も成功していた。


 だがここでも、その改良した魔法に関してセシリアは扱う事が出来なかった。


「どういう事だ……? 元になった魔法はセシリアの物だが、それを改良した、あまり魔力の流れを変えないものでも使えないとは……」

「私が一番聞きたい。なにこれ」

「母上はどうだったのですか? 母上もセシリアと同じでこの世界の魔法が使えなかったのであれば、異端者はこの世界独自の魔法を使えないという事になりますが……」


 ソフィーのその言葉に一瞬ウーンと唸ったジンジャーだったが、当時は教わるばかりでアリスが彼女達に何か教えを乞うは無かったと思い出して早々に首を振った。


 強いて言えば、彼女達が何もしない母に代わって炊事や洗濯、掃除なんかの家事をやっていて、流石に申し訳なく思ったアリスが「それどうやるの?」と聞いてきた時が最初で最後だろう。

 結局彼女はファウストに教わったそれらも、聞いた翌日にはやらなくなって「やれる人がやればいいじゃんか~!」と子供のように喚いていたのだが、今は良いだろう。


「セシリア、君はどうやってそれらの魔法を覚えたんだ? こう言っちゃ悪いが、ここまで魔法に関する知識が無かった君が、死者の蘇生や意識に残らない支配の魔法を扱えるのはおかしい。魔法を使用する際の魔力の流れも私達とは違ってかなり独特だし、まるで仕組みが見えてこないんだが」

「……説明するのが難しい。でも、正確に言えば、私は私が扱ってる魔法を自分で習得した訳じゃない。全部ヒナが与えてくれた」


 ヒナの事を呼び捨てにしてしまう罪悪感で身を引き裂かれるような思いをしつつ、ジンジャーに対してそう言う。


 ジンジャーからしてみれば魔法という物に関して予備知識0……いや、それ以前の問題で、なぜ魔法が使えているのか疑問視するレベルで魔法の事について知らなかったセシリアが、なぜ自分達が扱う物よりも強力な魔法の数々を使えるのかが分からなかった。


 同じ魔法を使用すれば体内の魔力を使っていないので発動までにかかる時間はジンジャー達の方が上だし、その威力も彼女達が勝っているだろう。

 それはあくまで攻撃魔法に関してその一切をセシリアが扱う事が出来ないので、術式から考えた“理論上は”という話になるが……。


 しかしながら、ジンジャーが扱える魔法で一番威力が高い『青龍の煌めき』という魔法は、セシリアが語る限りだと“レベル80程度の魔法”らしく、彼女に言わせればそこまで強くないという事だった。


 わざわざ周りの被害を考え、国王に許可を取って今は使われていない国外の平原に移動して発動したというのに、彼女の評価は辛口。

 驚いて今まで微塵も感じていない尊敬や畏怖の念を少しでも引き出せればと思っていたのだが、結果はその逆で『思ってたより強くない』という総評に落ちてしまったのは失態だった。


 彼女が言った“レベル”なる言葉の意味は分からない。

 しかしそう言うという事は、ヒナやケルヌンノスといったセシリアが慕う魔法使いの実力は、自分と比べるのもおこがましい領域にあるのだろうと思わざるを得ない。


 無論、そのヒナやケルヌンノスが扱う魔法と同じものを自分でも扱えるのだとすれば彼女達の上を行けるのだろうが、そこまで強力な魔法となると、術式に直しても無詠唱で使用出来るか自信が無かった。

 実際セシリアが扱う傷を癒す高等の治癒魔法に関しては、魔力の流れが複雑すぎて何度試しても無詠唱では使用できなかったのだから。


「つくづく不思議だ……。異端者という者達の研究を、ぜひ本格的にしてみたい」

「同感です。『りんねてんせい』とかいう死者蘇生の魔法も、術式だけで言えば長ったらしいのに、セシリアはその魔法名を言うだけで発動出来るのも解せません。私や姉さまは5分を超える長い詠唱を必要とするのに、その原理が全くもって理解不能です」

「それは私にも分からない。そもそも、私が言ってた詠唱は魔法名であってそんなダラダラ喋る呪文の事じゃない」

「それは、もう飽きるほど聞いたよ」


 呆れるように苦笑したジンジャーは、隅の方でプカプカ浮いている魔導書に一瞬目を向けると、この後の展開を予想してはぁと少しだけ憂鬱な気分に陥る。

 しかし、2週間前に見た魔導書の光景は絶対だ。それを変える事は出来ないし、どれだけ強力な防御魔法を施していたとしても、どんなにそれが達成不可能な状況に身を置こうとも、絶対にそうなる運命なのだ。


 それを一番分かっているのは――


「失礼いたします。ジンジャー様、ソフィー様。王家からの使者が参っております。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 図ったかのようなタイミングでコンコンと研究室の扉がノックされ、扉の奥から研究員の声が聞こえてくる。

 ジンジャーはその先にいる人物にも察しが付いているのだが、当然ながらこの場にいる他の2人は知らないので言葉を詰まらせる訳にもいかない。


「構わん、通せ」


 なんだろうねと可愛らしくセシリアと顔を見合わせているソフィーを微笑ましく思うが、今からその使者とやらが言ってくる“命令”を聞けば、一番気を乱すのは彼女だろう。

 そしてその事をあらかじめ知っているジンジャーはその扉が開かれるまでの数秒間の間に気持ちを整え、数年ぶりに顔を合わせるその人物の登場を待つ。


「忙しいだろうが失礼する。ジンジャー、ソフィー、そしてイシュタル。君達3人に、我が主君から直々に命が下った。今すぐ南東にある王国へと赴き、そこにいる者達を殲滅せよ」

「はぁ。突然入って来て数年ぶりに顔を合わせる家族にその態度、相変わらずだねファウスト。で、なんだい、その突拍子もない命令は」


 イシュタルという少女がセシリアの事を言っていて、彼女が名前を偽っているのだと分かったのにそこまでの驚きはない。

 むしろ、その責任感と名付け親であるヒナに負い目を感じていることから、その人物に貰った名前を使うことに抵抗を感じている事は想像が出来る。なので、偽名なのだろうなとは心のどこかで思っていたのも事実だ。


 今の問題は、魔導書で視た時から意味が分からなかったその命令の詳細だ。

 実際にはこの先の場面を視ていればその意味は理解出来たのだろうが、その先に映された光景が衝撃的すぎて記憶に残っていなかったのだ。


「これは君達だけに対する命令ではない。僕も含め、我々4人で事に当たる任務だ。我が国は今現在軍を動かせる状態に無いが、それでも動ける戦力と言えば僕ら4人だけだ。それ故に仕方がない」

「他国を侵略しに行くとするなら私とソフィーは協力しないし、セシリアもそれは同じだろう。仮に他国を救いに行くのだとしても、私達は誰かを傷付ける為にこの力を使う気はない。その者達が私達に牙を向いてくるのなら話は別だが、今回の件は――」

「自ら戦火に飛び込むのだから、その条件には合致しない。そんなの分かっている。我が主君もそれくらいの事は承知の上で君達に協力を要請している」

「……益々分からないね。なんの道理があって、私達がそんな戦場に向かわないといけないんだい?」


 ソフィーはほとんど話したことが無い……というより、彼女が生まれた翌日から家族とかなり疎遠になってしまったファウストの事を苦手としている。なので、代わりに彼女が聞きたいだろう事も、ジンジャーはあえて口にする。


 彼女としては向かう先がどこだろうと絶対にここからは動かないつもりだし、セシリアだって誰かを傷付けるためにその力を使いたくは無いだろう。

 それは、彼女の『癒す事と誰かを守る事。そして相手に嫌がらせをする程度の事』でしか魔法を発動出来ない点から見て明らかだ。


 セシリアの力は決して誰かを傷付けるためにある物じゃなく、誰かを傷付けないため。仮にその人物が傷付けられようとした時は守護し、守護しきれなくとも回復出来る。そんな、神話に登場する癒しの女神のような力だ。

 その力を与えたというヒナはセシリアを道具としてではなく、ただ傍にいてほしい大切な存在として創り上げたのではないだろうか。

 ジンジャーは、勝手にそう思っていた。


 だが次の瞬間、そんな関係の無いことを考えていた彼女の頭の中は、一瞬で真っ白になってしまう。


「それは、戦場が母上と縁のある方々が暮らしているとされる場所でもか?」

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