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14話 魔王の実力

 ギルドから出たワラベを含む6人は、王城の傍まで歩くとムラサキが闘技場の使用許可を取りに1人で受付に話をしに行く。


 闘技場は王城のすぐそばに構えられており、その造りはヒナが写真で見た事のあるローマのコロッセオとよく似ていた。

 石で外壁が作られ、継ぎ目の間からはどろりとした灰色の液体のような物がはみ出して少し不気味な印象を受ける。

 錆びているかのような門の先には短い通路が伸びており、そこを通れば観客席へと繋がっている。

 今日は試合なんて行われていないので歓声は聞こえてこないが、試合がある時は大勢の人々が押し寄せ、大声で話しても耳元で話さない限りは会話ができない程になる。


「良いってさ。ただ、明日は試合が入ってるから、スタジアムを壊した場合は自分達で直せとさ」


 しばらくして闘技場の外に設けられた小さな受付のテントから出てきたムラサキは、ケラケラと笑いながらそう言った。


 普段は民間に、それも飛び込みの試合なんて絶対に許可していない。この闘技場を私用や決闘なんかで使う場合は、少なくとも1週間前に申請し、その許可を取らなければならない決まりとなっている。

 だが、今回ムラサキはワラベの名前を出してその決まりを強引にスルーした。

 この街ではムラサキの名前よりもワラベの名前を出した方が面倒ごとが早く片付くのだ。


「あ、あの……私、そういう魔法は……その」

「あぁ、大丈夫。もしもの時は私がなんとかするさ」


 怯えながら申し訳なさそうにぺこりと頭を下げるヒナに、ムラサキは気にするなとばかりに手を振る。


 この闘技場は基本的に見世物の場として扱われる。

 闘牛との決闘や、戦士や魔法使い同士での戦い。年に2度国主催で行われる武闘大会から、御前試合まで様々な用途として使われるのだが、その中で絶対のルールはただ一つ。卑怯な手は使わず、正々堂々と勝負する事。それだけだ。

 それさえ守っていればたとえ相手を殺そうが、どれだけ凄惨な現場を生み出そうが、それこそスタジアムを破壊しようとも問題は無い。

 最後の物に関しては、普段この闘技場にはスタジアムやステージの修復を専門とする魔法使いが常駐しているのだが、今日ばかりは飛び込みという事で彼らは不在だ。

 その為、もしなんらかを損壊させた場合は自分で直す必要がある。


 ただし、ヒナが習得している魔法に物を修理するような魔法は含まれていない。

 ラグナロク内で扱われる魔法やスキルのほとんどは相手にダメージを与えるか、己に強化を施すか、己の傷や状態異常などを回復させるものがほとんどであって、物を修復する魔法やスキルなんてものは存在していなかった。


「ヒナねぇ、頑張って……」

「客席で応援してるからなぁ~」

「……ふぁいと」


 ワラベの案内で先に客席へと向かった3人は、ヒナにそれぞれエールを送って客席へと消えていった。

 自分だけ残さないでと泣きたくなるヒナだったが、そんな情けない事を言っても周りに泣きつく人がいないのでグッとこらえる事にする。


「さぁ、私達も行こうか。ステージはこっちだ」

「は、はい……」


 ムラサキの案内で2人は受付の傍を通り過ぎ、客席に続く錆びついた門のようなところから30メートル離れた場所から闘技場に入る。

 その入り口は洞窟の穴のようにぽっかりと口を開けて選手を迎え入れているかのようで、その全容を見ただけでヒナはその身をビクッと震わせた。


 闘技場の中は煉瓦か何かで造られているのかオレンジ色の石がそこら中に敷き詰められており、数メートル間隔で魔法によって明かりが灯されていた。が、明かりと言っても特別明るいような類の物ではなく、通路は完全に明るいという訳でもなく薄暗くなっていた。

 床は石畳になっており、特別歩きにくくは無いが所々に凹みが出来ており、気を抜くとたまにコケそうになってしまう。


 そんな迷路のような道をムラサキの後ろについてちょこちょこ歩いていると、その先に小さな光がポツンと見えてくる。


「普段は控室で準備を終えた後にステージに上がるんだが、今回はそんな物必要ないからね。もし君がここで戦う時が来たらその時係りの人に聞けばいいさ」

「うぇ!? は、はい……」


 急に話しかけられて思わず変な声を上げてしまうヒナだったが、その声が嫌に後ろの暗闇で反響して帰ってくるものだから瞳にジワリと雫が溢れる。今ここに家族の誰かが居たら迷わずその胸に抱き着いて泣きじゃくるだろう。

 杖を持っていればギュッと握り締めて恐怖を幾分か和らげることも出来るのだが、今の彼女は手ぶらだった。だからこそ、胸の前で両手をギュッと握って震える体に鞭を打ち、なんとか歩いていた。


 そしてその数秒後、ようやく日の元に出れたと思えばそこは広場のような大きな空間で、辺りには砂が敷き詰められており、広さは大体50メートルくらいだ。これだけの広さがあれば存分に走り回ったり動いたり出来るだろう。


 ヒナは知らないが、この闘技場のステージには魔法結界が常時張り巡らされており、ここで放たれた魔法がどれだけ規模の大きい物でも決して街に被害が及ばないように設計されていた。


 ヒナがぐるりと周りを見渡すとそこには無数に木製の長椅子が並べられており、今は最前列の入口付近にマッハ達3人とワラベがちょこんと座っている。が、全てに観客が座った場合はざっと見ても3万人程度が入れるだろう。

 そんな大人数の前に出る事なんて死んでも嫌だと心を震わせながら、ヒナは家族の元までトコトコ走る。


「……ヒナねぇ、ちょっと泣いてる」

「大丈夫かよ~。まだなんも始まってないぞ~?」

「うぅ……。だってぇ……みんなと離れるの寂しいんだもん……」


 イシュタルとマッハが呆れたような視線を向けてくるのなんてお構いなく、ヒナはその瞳からブワッと涙を溢れさせる。今すぐにでもその小さな体を抱きしめたい。今すぐにでも、その小さな胸に抱かれて泣き叫びたい。そんな甘えた気持ちが永遠と湧いてくる。

 だが、現実はそれを許してくれず、ヒナから距離を取ったムラサキが腹から声を出して闘技場全体に響き渡る凛とした声で叫ぶ。


「さぁ、私と手合わせ願おう! ……そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったな! これは間抜けな話だ! 君の名は!」

「…………ひ、ひな、です……」

「そうか! ではヒナ! 勝負はどちらかが降参するか、戦闘不能になるまでという事で良いな? 審判はワラベが行う!」


 そう言いながら客席でのんきに観戦しようと腕を組んでいたワラベをビシッと指さす。


「は!? おい、わしはそんな事聞いておらんぞ!」

「そりゃ当然だ! 今決めたからな!」


 腕を組んではっはっはと高笑いするムラサキにこめかみを抑えながらため息を吐いたワラベは、これ以上言っても無駄だと渋々了解した。

 そして、客席からトンと飛び降りると両者のちょうど中間地点まで歩き、ヒナをジッと見つめる。


「良いのじゃな? 言っておくが、こ奴は自分が満足するまでやるぞ?」

「……うぅ、怖いですけど……やります……」


 小さくコクリと頷くと、ワラベは小さく良しと頷き、両手をピッと上げて口上を口にする。


「では、これより決闘を行う! 戦闘不能、両名の降参等の判断はわしが行うものとする。お互い、健闘を祈る! では……始めっ!」


 そう言って両手を下ろすと、ピュッとその場からワラベの姿が消える。

 いくら審判と言えど、決闘を行う者達の傍にずっといるなど自殺行為も同然だ。それは、圧倒的な実力を持つワラベであっても同様だ。

 そして、彼女がステージ上から消えた瞬間にムラサキが魔法を発動させる。


雷撃ライトニング


 人差し指の先から白い稲妻がビリビリと飛び出し、ギュッと目を瞑ったヒナへと襲い掛かる。

 15メートルほどあった距離を瞬きの間に詰めたかと思うと、その稲妻は瞬く間にヒナの全身を包み込む。

 いくらヒナでも回避するだろうと思っていたムラサキはその様子に目を見開き、もしかして殺してしまったかと肝を冷やす。


 今の魔法は決して人に扱う類の魔法ではない。そこら辺を闊歩しているモンスターであれば一撃で滅ぼし、高ランクの冒険者が束になってかかってようやく倒しうるモンスターを戦闘不能にする威力がある。

 間違っても人に向けて良い類の物ではなく、ヒナが避けるという前提で放った魔法だった。


 いくら自分でもまともに喰らえば軽い怪我では済まないのだが、まさかまともに受けるなんて思っておらず……


「お、おい! 待て待て待て!」


 すぐさま魔法の使用をやめ、血相を変えてヒナの元へ駆けよる。もしこれで殺してしまっていれば、自分はあの3姉妹に殺される……どころか、最悪この国が滅びかねない。そんな、背筋を冷たい汗が勢いよく伝っていく。が、それは次の瞬間に杞憂であった事を悟る。


「ふぇぇ……。び、びっくりした……」


 そんなマヌケな声と共に白い稲妻の中から出てきたのは、焦げ目や怪我なんてものが全身のどこにも見当たらない無傷のヒナだった。

 その瞳には大粒の涙が浮かんでいるが、ダメージを負っている様子も、まして今何が起こったのかすらよく分かっていない様子だ。


(ま、まじ……? 魔力で体守ってないような人が、なんで私の魔法まともに受けて立ってられるの……?)


 通常、魔法使いや魔術師のような魔力を持っている人間は、意識的にしろ無意識的にしろ、魔力で体を覆ってその身体能力を強化したりその身を守ったりしている。

 だが、ヒナは魔力の制御が完璧に近いだけにそれをしていない。いや、出来ていない。

 それは、魔法使いであるムラサキにとっては殺してくださいと言っているような物であり、いわば裸で獣の前にいるような状態となんら変わりなかった。

 それなのに、まったくの無傷とはどういうことだと思考を巡らせる。


「だ、ダメージ受けた感覚がないんですけど……なにか、しました……?」

「……マジで言ってんの?」

「うぇぇ?」


 ヒナの装備は物理的な攻撃に対しての防御力を極端に失う代わりに、それ以外の攻撃によるダメージを9割カットしてくれる優れ物だ。

 だからこそ、ムラサキの攻撃を受けようとも特になんの痛痒も感じないし、そもそも常時発動型のスキルによって特定レベル以下の者からの攻撃は全て弾いてしまうのだ。


 この世界にはレベルなんて概念は無いし、あくまでデータ上のスキルであってヒナ自身も考えてすらいなかったのだが、仮にここで彼女が装備を脱いだとしても、ムラサキからはなんのダメージも受けないだろう。


龍神の吐息ドラゴンブレス


 赤黒い炎がムラサキの手のひらから放射され、ヒナの体を焼き尽くさんと迫る。これも、人に向けて良い類の魔法では無いのだが、ヒナの身にはなんのダメージも与えない。

 それどころか、その装備にすらなんの影響も与えず、ただ恐怖で涙目になる少女を生み出すだけだ。


(うそ……。これでも無傷って、どうなってるの、この子……)


 魔力の消費量が多いこの魔法は、今まで何度もムラサキの危機を救ってきた、いわば切り札のような魔法だ。

 人に向けて良い類の魔法じゃない事は重々承知しているし、ヒナが避けないだろうことも想定済みだ。だが、あえてこの魔法を選んだのには訳がある。

 それは、この魔法はいくら魔法に対して防御を固めて居ようとも、この魔法によって受けるダメージは属性ダメージになるという特殊な攻撃系統に分類されている。なので、対魔法使い用に装備を固めるだけでは対策できない魔法なのだ。

 だからこそ、ムラサキはあえてこの魔法をヒナにぶつけた。その結果は……


「うぅ……肌がビリビリってする……。たるちゃん~……」


 ダメージは与えないが、肌を突き刺すようなビリビリとした痛みがヒナを襲う。

 たとえるなら、額に出来たニキビを無理やり潰すような、かさぶたを無理やり剥がした時のような、そんな痛みだ。

 それ如きの痛みではヒナのHPは微塵も減らないが、地味な痛みがその小さな体を襲い、痛みに慣れていないただの高校生であるヒナが泣いてしまうのは必然と言えた。

 それどころか、すぐ目の前でポカーンと眺めている妹に助けを求める。


「……ヒナねぇ、真面目に戦って。されるがままのヒナねぇ、なんかカッコ悪い」

「そうだぞ~。ちゃんと戦え~。あのムカつく狐に、バチっと一発かましてやれ~」

「……ふぁいと、ヒナねぇ」


 3人から辛辣な言葉を受け、ヒナは心の底から泣き出してしまいそうになる。

 だがしかし、そうも言ってられないのでサッサとこの決闘を終わらせて早くイシュタルに治療してもらおうと決意する。

 だが、そうは言ってもどうすればこの決闘が終わるのかなんて、泣いていたのでまともに聞いていなかった。相手に聞こうにも困惑しているのか聞ける雰囲気ではないし、そもそも自分から人に話しかけるのなんて絶対に無理だ。


(こ、こういう時、PVPだったら相手の心が折れたら勝ちだったよね!?)


 ラグナロク内のイベントで、過去に一度だけPVP(player versus player)のイベントが行われたことがある。

 それは今回のように闘技場形式で、いわゆる勝ち抜き式のトーナメントだったのだが、勝負がつくまでに異常に時間がかかる上にテンポが悪いとして大変不評だったイベントだ。

 それ以降は専用のボスモンスターを倒したり、ギルド対抗でのPVPが行われることになったのだが、それはまた別の話だ。


 そして、その闘技場形式のイベントにはもちろんヒナも参戦し、見事1位の成績を収めていた。その時に貰った景品が今着用している物理攻撃以外の攻撃をほぼ無効にしてくれる装備だった。

 その時、学んだことがある。

 PVPでは、対戦相手の魔力や攻撃手段が尽きるまで耐えきるか、圧倒的な実力差を見せつけてその心を折る事で勝ちになる。

 ヒナはほとんど後者の方法で勝ち進んできた。だからこそ、今回も同じ手法を取る。


 目を瞑って自身が使える無数の魔法やスキルを検索し、どれを使えば一番簡単に、それでいて迅速にこの勝負を終わらせられるか。

 ただ、相手を殺してしまうのはマズイ。

 この世界の人がどの程度魔法に対して耐性があるのかは不明だが、これくらいならまぁ死にはしないだろうという範囲を見つけて上手い事調整する必要がある。

 その間も、ムラサキは可能な限りの攻撃魔法をヒナに放ち続けるが、彼女は一切の痛痒も、それどころか攻撃されている事すら気付かずにどの魔法を使おうか吟味する。


(これだと殺しちゃうかもだよね……。たるちゃんの話だと、こっちの世界の人はそんなに強くないって事だからこのスキルで魔法強化なんてしたら絶対ダメだよね。かと言って天候操作系の魔法だと相手にダメージ入らないし……)


 それからたっぷり1分ほど考えた末、ヒナは考えるのが面倒になり、これくらいじゃ死なないだろうという魔法を適当にチョイスする。

 ラグナロクではほとんど雑魚モンスターを倒す時にしか使わない魔法なので、逆にこれくらいは耐えてくれないと困ると自分に言い聞かせる。

 神の名を冠するようなボスモンスターに使う魔法やスキルは論外だとして、一撃で倒せないようなモンスターを倒す時に使う魔法も危険。

 だとすれば、後は状態異常の魔法や特定の武器が無いと本来の効果を発揮しないような魔法ばかりなので、杖が無い今の状況で使える魔法で、そこそこの威力を持つ物を……。


暴風龍テンペストドラゴン


 小さな右手をムラサキに向け、口の中でボソッとその呪文を唱える。

 その瞬間、ムラサキの全身を悪寒と鳥肌が駆け抜ける。即座に生存本能に任せて左に仰け反るが、数秒反応が遅れただけでなく、その僅かな戸惑いが仇となる。


「う、うわぁぁ!」

「……ま、マジか」


 ヒナの右手から生み出された人の身長ほどもある龍はその場に嵐を巻き起こし、ヒナが対象に指定したムラサキの体右半分を食い千切り、闘技場の壁をも貫いてその姿を消す。

 その場にはザーザーと降り注ぐ冷たい雨と台風のような強い風が吹き荒れ、数秒後に何事も無かったかのように収まるとその場に龍の低い鳴き声が響く。


「……あの程度の魔法を避けられないなんて、信じられない。この世界の人間、弱すぎ」

「あれ、ムスペルヘイムのスルトにもほとんどダメージ通らない雑魚魔法だよなぁ……。けるが生まれる前、ヒナねぇが雑魚狩りで使ってたイメージしかない」

「……20レベル以下の弱いモンスターしか掃討できない魔法。それ以上になると魔法防御力の方が高くなってまともにダメージが通らない」


 ラグナロクのプレイヤー最高レベルが100だとして、神の名を冠するボスモンスターは500とちょっと。

 それらのモンスターに単騎で挑んでも時間をかければ勝利できるヒナは、その滅茶苦茶な火力と魔力量を数多くのプレイヤーに恐れられていた。

 だからこそ、普通は弱いはずの初級魔法でも頑丈に作られているはずの闘技場の壁をぶち壊し、ギルドの切り札とも言われているムラサキを鎮めるに至ったのだ。

 仮に攻撃力にそこまで特化していない魔法使いが同じ魔法を放てば、ムラサキの回避が容易に間に合っていただろう。


「そこまでじゃ! ムラサキ、お主、もう戦えんじゃろ。回復できる傷とは言え、一切攻撃が通じておらぬではないか」

「……その通りだね。思った以上の実力だった。これは、間違いなく師匠以上だなぁ……」


 失った右半身をなんでもない事のように治癒しつつ、目を見開いて動揺しているヒナに苦笑を漏らす。

 自分が魔法を放っておいてなぜ自分が一番驚いているのか不思議でしょうがないが、とりあえず、ムラサキが知りたい事は確認できた。決闘なんて遊びは、これだけで十分だ。


「お、終わり……?」

「あぁ、君の勝ちだ。すまなかったね、変な事を言ってしまった」


 その言葉を聞いてわーいと子供のようにはしゃいでそのずば抜けた身体能力でぴょんと客席まで飛んで家族の元へ行くヒナとは対照的に、ムラサキはその背筋を凍らせていた。


(これは、神話の力だ……。英雄とか天才とか、そんな次元で片付けて良いレベルじゃないぞ……)


 ぽっかりと大口を開けて王城の城壁がチラリと見えている闘技場の壁を見つめながら、ムラサキは内心で震えていた。

 自身の師匠がそうであったように、このヒナと言う少女もまた、神話の領域の力を手にした『選ばれし者』なのだろうか……。であれば――


『良いかいムラサキ。過去の文献によると、僕みたいに異常な力を持つ人間は同時期に複数現れるって事が書かれている。それが人類の敵になるか味方になるか、それは分からないけど……彼らがもし僕と同じ存在であれば……味方に引き入れておきなさい。僕のような存在が敵に回ってしまった時に対処できるのは、きっとその人だけだ』


 遠き日の記憶が蘇る。

 この数年後、彼は唯一の愛弟子によって殺された。

 自分が自分でなくなることを恐れ、彼は自分を唯一殺せるであろうムラサキに、自分を殺せと命じたのだ。

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