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139話 呪いと恨み

 母が亡くなったあの日から、毎日夢に見る光景がある。


 回復魔法をかけ続けても母の容態が安定する事はなく、その最中突如として魔法が効果を及ぼさなくなったその時に確信した。もう、この人に自分が出来る事は無いのだと。

 だがそれでも、当時の僕はその事実に目を背けて母に涙で濡れた瞳を向けて言った。なんでそんなことをするのか……と。

 その時言われたセリフは今でも耳の奥に、僕の記憶の一番深い部分に強く刻み込まれている。


『ファウ君にはどうにもできないよ』


 それは、僕の力が足りていなかったという事なのか。

 魔力欠乏性衰弱病という、当時では病気としてすら認識されていなかった、たまにある赤子や乳児の体調不良で母が死ぬなんて、考えもしていなかったのだ。仕方ないじゃないか。


 それに、今となってはジンジャーやソフィーのおかげでその治療法が確立されているし、幼い子供がその症状に陥ったとしても医療機関に駆け込めば数分で対処してくれる。

 母の圧倒的な魔力量を考えれば街の魔法使いが数十人単位で魔力を注ぎ込まなければならなかっただろうが、それでも治療法さえ見つかっていれば、その命は繋げられたはずだ。


 いやそもそもが、僕にもっと力があれば……魔力総量に関して、魔法に関して、もっと力や知識があれば、あの時点で母の命を助けられていたのではないか。

 その想いはあの日から変わっていない。

 後悔は、一瞬たりとも頭から離れない。


 母の笑った顔は太陽より眩しかったし、その愛らしい少女然とした声もまた、耳の奥から離れない。

 夢はいつも、蒸し暑い日の夜に“じんべい”とかいう着物を着させられ、母が星々が光り輝く夜空に向かっていつもの花火を打ち上げるところから始まる。


 ワインを片手に意味不明な事を叫びつつ花火を打ち上げるその姿はまるで幼い子供のようで、子供ながらも自分の母が可愛らしいなと思った回数は数えきれない。

 恐らく、それは父も同じだっただろう。花火を打ち上げている時の母は本当に楽しそうで、その姿を眺めている父も、とても幸せそうだった。


 その後は急に場面が変わり、母が亡くなる数日前に高熱を出して寝込んでいた所を神視点のような、第三者の視点から俯瞰して見る事になる。


 この時はずっと寝込んでいたので記憶は無いはずだが、部屋の中には血まみれになった服を着たジンジャーとアマリリスが真剣な顔で何やら話していて、やがてジンジャーだけが部屋から出て行く。

 アマリリスはその直後になにやらブツブツと呟いて、当時の自分では使い得なかった防御魔法を発動させて部屋の守りを固める。


「母上なら大丈夫……。母上なら、大丈夫……」


 祈るように両手を合わせてうわ言のようにそう言うアマリリスの姿にいつも違和感を覚えるが、1時間ほど経ってからその部屋にやってきた母の疲弊した姿を見れば、何かがあったらしいというのは分かる。

 当時の僕は、その強がっていた母の異常に気付くことは……できなかったが。


 後に話を聞いた限りだと、母の命を狙っていた侵入者が来たらしい。

 その者達にジンジャーとアマリリスは太刀打ちできなかったが、母はそんな人達を容易く一蹴したようで、傷跡なんてものは無かったのに日を増す事に疲弊していった原因については、母が亡くなってからしばらく経って分かった。


 本当にジンジャーとアマリリスは天才だと思うし、ソフィーも含めた3人は研究者に向いている。

 僕も母が研究者をしていたと言っていたのでその道に進みたかったが、才能が無かったのと、そもそも母が言っていた『ファウ君には何もできない』というその言葉があったせいで、その道を進むことが出来なかった。


(いや、違うな……)


 正確には、そうではない。

 当時の僕には確かに何もできなかったし、そう言われるのも無理はないほど無力だった。

 だけど、その後母は、ジンジャーに向かってこう言ったのだ。


『みんなを、頼んだよ』


 僕には何もできないと言っておきながら、ジンジャーには家族の未来を託すのか。そう思ってしまったのは、何も悪いことでは無いだろう。


 母を愛していたからこそ、母に必要とされたいと心から願っていたからこそ、そう思ってしまったのだと思う。

 結局、一番頼りになるのは年上のジンジャーで、自分では無かったのか。その失望と絶望は、かなり大きなものだった。


 同時に、母の愛を、期待を、想いを一身に背負う事を許されたジンジャーに対しては底知れない恨みの気持ちがわらわらと湧いてくるようだった。

 いや『ようだった』ではない。湧いて来た。そう、断言してしまっても良い。


 父が生きていた頃はまだ良かったけれど、父が亡くなってからすぐに家を飛び出したのだって、4人で暮らしていると自分が恐ろしいことをするのではないかと怖くなったからだ。


 その後の人生は悲痛と呼ぶにはあまりにも生易しい物だった。

 路地裏で残飯やら何やらを漁って飢えを凌ぎ、時には犯罪に手を染めて日銭を稼いでいた。その過程で何人も人を殺したし、不幸に叩き落した。


 日銭稼ぎの中で一番割が良く、母から受け継いだのだろう一般人とは比較できないほどの魔力と、剣士として優秀だった父から受け継いだ剣技を活かせるのが『傭兵』だった。


 幾度の戦場を超え、死線を潜り抜け、僕はあの頃よりはるかに強くなった。

 そして戦場での輝かしい功績が認められて王城へと召集され、王に気に入られた事から今の地位を獲得した。

 だが、王城に居るという事は、たまに研究結果やその成果を報告しに来るジンジャーやアマリリス、ソフィーと顔を合わせる事になるという事でもあった。


 高熱で寝込んでいる場面の次に見る光景は、決まってあの呪いを吐かれた場面だ。

 母が死亡する直前の場面が、まるで戒めかのように何度もなんども繰り返される。

 そこで目を覚ます時がほとんどなのだが、仮にもその場面を乗り越えてさらに夢が続こうものなら、今度は僕自身の心の中の憎悪を増してやろうとするかのような場面が映し出される。


 それは、アマリリスが死亡する数日前の出来事だ。


 王城で王の自室の警護に当たっていた僕は、偶然研究の途中経過を報告する為に王城に来ていたジンジャーと鉢合わせる事になった。


 この時の彼女は、自動手記人形という、もし開発に成功すれば日常生活でペンを取る機会が著しく消失するだろう物を研究していたようだ。

 その原理は興味が無かったし、数日後に起こる事件でその試作品も消失してしまったので結局完成する事は無かったのだが……その時に行った会話とはまるで関係ないし、夢の話とも関係ないので割愛する。


「……元気でやってるか?」

「はい」

「そうか……」


 廊下から歩いて来たジンジャーは、気まずそうに微笑みながら足を止めてそう言った。

 僕は得に話したいと思っていなかったので話しかけられたことに内心少しだけ動揺しつつ、それを顔に出さぬよう努力しながらコクリと頷いた。


 あまりにそっけない返事に面食らった様子のジンジャーは、そのまま立ち去るかどうか迷っている様子だった。

 後々を考えればここで彼女が立ち去っていれば良かったのだろうが、彼女も母からの呪いとも言える言葉を受け取っている張本人だ。

 家族がバラバラになってしまっている現状をどうにかしたいとは思っているし、ファウストが自分の事をどう思っているのか、その原因については分かっていても、その心情は一切理解できていなかった。


 だから、言った。言ってしまった。

 彼の地雷を踏みぬくような、その言葉を。


「母上の墓参り、来ないのか。もう何年も、来てないだろ」

「っ!」


 誰のせいで行けていないと思っているのか。そう叫ぶ寸前だった彼は、どうしてだか急に冷静になってその言葉を呑み込んだ。

 本当なら毎日でも母の墓参りには行きたいし、なんならその墓の近くに家を建てる事だって真面目に考えた。


 しかしながら、月命日と命日には必ずと言って良いほど家族の全員が母の墓に花を手向け、母が好きだったワインやら果実やらを供えに来る。

 その後すぐに立ち去るのであれば彼女達がいないタイミングを伺って墓参りに行って涙を流しながらも近況を報告する事が出来る。


 だが、彼女達だって母と話したい事は山ほどあった。

 それも3人分ともなれば、朝から晩までずっとその墓の前で話し込んでいるのだ。

 これでは、決して暇という訳ではないファウストは母の墓参りには行けないし、顔も会わせたくない彼女達と鉢合わせる事は母の墓参りに行けない事よりも嫌だった。


 命日なんて気にすることも無く行けば良いだけなのだが、母が墓参りをあまり好きではなく、先祖なんかの墓参りには仮病を使ってまで休もうとしていたので、あまり来られるのも迷惑かと遠慮していたのだ。


 3人が墓参りの際に墓石の前でアレコレ話しているのは、王城でしか顔を合わせる事が無くなってしまったファウストが来ないだろうかと期待しての物でもあるのだが、その事をファウスト本人は知らないし、仮に知っていたとすれば、余計なお世話だと一蹴するはずだ。

 結果として、その無用な気遣いのせいで彼はここ何年も大好きな母の墓参りに行けていないし、彼の心情を一切理解していないジンジャーによって、その溝はさらに深まってしまう。


「あなたは、人の心という物を持ち合わせていないのでしょうね」

「……なんだと?」

「そうでなければそんなことを言うはずがありません。どうか、僕の前から即刻姿を消してください」


 そうでないなら……。そう口にして、腰に差していた長剣を抜いた。

 ジンジャーは反射的に数歩下がって右手を構えるが、すぐに相手がファウストであることを思い出して闘気を収める。


「私は昔から人の心を読むことが苦手だ。察する事が苦手、理解する事が苦手。そう言っても良い」

「そうですね。本当に昔から、あなたにはそういうところがある。だから余計に、母上がなぜ僕ではなくあなたに家族の事を託したのか理解できない。人の心が分かっていないあなたは、僕の事もアマリリスの事も、父上の事も母上の事も、そしてソフィーの事も、何一つとして理解していない。理解、しようともしていない」

「……」


 ソフィーの異常を知りつつも見て見ぬふりをしている彼女に、その言葉は心に深く突き刺さった。

 だが当然ながら、ファウストの言っている事が全て正しいのでジンジャーは反論らしい反論をすることも無く、踵を返して別の場所から帰宅するべく足を向けた。


 ファウストがいつも夢で見る光景は、この、人生で“2度目”とも言える地雷を踏みぬかれた瞬間だった。

 そしてこの夢を見るたびに、ジンジャーへの憎悪が増していく気がしていた。


 彼はその、心の内に溜まっていく憎悪や怒りの感情を発散する術を何一つとして知らなかった。

 だから長年ずっとその体に溜め続け、マグマを溜め続けていつか噴火という形で爆発する火山のように、ずっとずっと溜め続けていた。


 そしていつものように目を覚まし、まるで機械のように心を捨てて任務に赴く。

 その日の目覚めも、いつものように陽の光が街を明るく照らし始めるよりも前で――

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