表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/238

134話 魔王でも神でもない、最強

 ラグナロクで一番有名だったギルドマスターは誰だったのか。そう聞かれた時、多くの人間がまず思い浮かべるのはやはり魔王であるヒナだろう。

 彼女はギルドマスターと言って良いのかどうかはともかくとして、自身と自身が創り出した最強のNPC3体だけのギルドを作っていたし、そこのギルドマスターとしてゲームをプレイしていたので、あながち間違っていないのも事実だ。


 そして次に名前が挙がるのは、その神がかったカリスマ性と異様なロールプレイ、そして異常とも言える資金力とアーサーに対する尊敬と愛でその城を創り上げた『円卓の騎士』のギルドマスターであるアーサーだろう。

 彼は一部では神とまで呼ばれており、その聖人ぶりは知らない者の方が珍しく、その強さも相まって密かに女性人気が高かった男でもある。


 そしてその対極、男性人気が最も高く、ヒナとアーサーの次に名が知れていたギルドマスターは誰か。そう言われれば、ほとんどの者がアリスという名の女を挙げるだろう。

 彼女はPVP系の個人イベントか、ギルド対抗戦にしか参加しない事で知られているが、PVPでは唯一魔法使いでありながらヒナと良い勝負が出来た女としても知られている。


 つまるところ、剣士最強の座がアーサーの物であったとするならば、魔法職最強は間違いなくアリスだった。

 無論、そのランキングに異常なまでの強さを誇っていたヒナは含まれていない。


 彼女はランキング1位ギルド『Wonderland』のギルドマスターを務めており、そのギルドメンバーはほとんどがランキングに名を連ねている猛者ばかりで、課金額や戦闘力だけで言えば間違いなくゲーム内でも頭一つ抜けていた。

 流石のヒナでも数百人といた廃課金プレイヤーの課金総額に勝てるはずもなく、仮にそのギルドのメンバー全員に戦いを挑まれれば、壊滅状態に追い込むことは出来たとしても、最終的には敗北を味合わされた事だろう。


 当然ギルド対抗戦のようなギルドメンバーで協力するタイプのイベントは首位を独占し続け、その美味しすぎる報酬を受け取り続けていたので、何度もディアボロスを含めた複数のPKを専門にするギルドに暗殺依頼が来たのは言うまでもない。

 だが、ディアボロスの面々でも容易に手が出せないほどの強者が揃っていた事もありその被害は軽微な物で、特にギルドマスターのアリスは、ディアボロスの幹部メンバー3人の襲撃を同時に受けたにも関わらず、危なげなくそれらを返り討ちにしたという実績を持っている。


「マジかよ……。アリスっておめぇの事だったのかよ……。こりゃまじぃぜ」

「マズいですね……。勝てるビジョンが見えません」


 アリスという名は珍しくもなんともなかったし、ギルド『Wonderland』は外国人がほとんどを占めていた関係で、彼女も複数の言語でチャットを介していた。そのせいで、プレイヤー間では外国人ではないかという説が出ていた程だ。

 無論チャットは自動的に翻訳されるのでわざわざ他国の言葉を使わずとも交流は出来るのだが、やはり翻訳では意図しない形で言葉が伝わってしまう可能性がある。

 それを危惧するプレイヤーは、翻訳機能をオフにして自分でチャットにその国の言語を打ち込んでいたのだ。


「なに私の宝に手出してくれてんの? はぁ~! しんっじらんない!」


 だが、内心で驚き動揺する2人の侵入者を他所に、アリス本人は腰に手を当ててはぁと大きなため息を吐くと、すぐさま蘇生魔法を施して2人の魂をこの世界に呼び戻す。

 当然ながら今まで蘇生魔法なんて使った事は無かったのでその効果のほどは分からなかったし、ここで不発に終われば屋敷を消し飛ばしかねないほどの魔法を放っていたかもしれない。

 だが、彼女のそんなダニ程度の小さな心配は杞憂に終わり、すぐに2人が何事も無かったかのように息を吹き返す。


「ケホッ。……え? わ、私……いったい……」


 喉の奥に残っていたわずかな赤い液体を吐き出しながらいち早く意識を取り戻したジンジャーは、目の前で武器を構えながら油断なく自分――正確にはその後ろを睨みつけている2人の侵入者を瞳に映す。

 その瞬間自身の記憶が蘇り、その体に傷の1つも付いていない事に驚愕し、続いて隣で大量の血を流しながらも安らかな寝息を立てている妹を視界に映して安堵のため息を吐く。


「ジンジャーさ、ちょっと頼まれてくれる? リリーをファウちゃんが寝てる部屋まで連れて行って、教えてあげた防御魔法を部屋に展開しといて。新手が来たら……そうね、叫んでくれたらすぐ行く」

「!? は、はは……うえ……」


 背後からいつもおおらかに笑っているはずの母の、どこか憎しみに満ちたどす黒い声を耳にし、ジンジャーはゆっくりと振り返った。

 そしてそこに立っていた“鬼”を見た瞬間その背筋を震わせ、彼女からほいっと投げ出された薬袋をほぼ反射的に受け取り、その中身が、母が弟の為に買いに行った物だと悟るのにしばしの時間を要した。


 その声の主は確かに彼女が良く知る母の物だった。

 しかし、ジンジャーが知っているアリスという女性は、どんなことがあっても決して怒る事は無かったし、むしろ怒られる事が多いかなりいい加減で楽観的な、子供のような人だった。

 何年経ってもその姿が変わらない事に違和感はあったけれど、王族の人達に会いに行く時は「突っ込まれると面倒」という理由で幻術を展開して姿を誤魔化しているので、その本来の姿を知っているのは自分達家族だけだったりもする。


 だが、流石のジンジャーでもその母の姿は見た事が無かった。

 彼女の怒りによって周りの空気がビリビリと振動している気がするし、その背後には怒りで身を焼き、周りの人間を呪い殺さんとする悪鬼の幻覚さえ見えるほどだ。

 いや、実際ジンジャーは知らない事だが、アリスの種族は鬼だ。当時推していたアニメキャラが鬼族だったという理由で鬼を選択していたのだが、その種族固有スキルは――


「じゃあお姉ちゃん、2人を頼むよ? 『鬼人化』」


 どちらかと言えば魔法職にはあまり必要のないだろう筋力と俊敏性の効果を底上げする種族固有のスキルを発動し、普段はフード付きのパーカーを被る事で隠している2本の角を露見させる。

 当然ながらプレイヤーである侵入者2人は彼女の種族を知っているので驚きはないが、その姿を始めてみるジンジャーは驚きを隠せなかった。


「!? ほんとうに……ははうえ……なの、ですか……?」

「ん! ちょ~っと本気バージョンのお母さんなの! 良いから早く、ファウちゃんとリリーを守って!」

「わ、分かりました……!」


 何がなんだか分かっていなかったジンジャーでも、流石にアマリリスとファウストの命が最優先だと理解したらしく、未だ意識を回復させないアマリリスを小脇に抱え、足の裏に風を纏って目にも止まらぬ速さで弟が眠る部屋へと直行する。

 それは比喩無しで風に乗って移動する術であり、未だこの世界に来て日が浅かった2人の男達に目で追える類のものでは無かった。


「この世界、やっぱわけわかんねぇ事が多いなぁ? うちのお偉いさんも、この事は把握してんのかぁ?」

「さぁね。それより今は目の前の――」

『蒼龍の息吹』


 遥か後方に過ぎ去っていったジンジャーを呆けた顔で見つつ、頭をガリガリと搔きながらそう言ったハンマーを持った男を窘めるようにアリスから一瞬目を離した鉈を持った男。

 その隙を見逃すことなく、アリスは鬼人化のスキルの効果で威力が倍に跳ね上がっている“剣士用”のスキルを発動する。


「あぁ!?」

「っ! 噂は本当だったって事ですか!」


 その場に青空よりも深く、海よりも澄み渡るような綺麗な蒼い鱗を持った龍が出現し、その口から藍色のブレスを吐き出す。

 それは装備だけではダメージやその効果を軽減する事が出来ない『属性ダメージ』を誇る珍しいスキルであり、本来は剣士が使う用のスキルだった。

 実際、剣士以外のクラスの者が使うと本来の威力の半分程度しか期待できないのだが――


「おめぇが剣士用の属性ダメージを持つスキルを複数所持しているとうちのボスが言ってた事がある。それはこういう事か……」

「ん? あぁ、君らはディアボロスのところの連中か。見たところ幹部連中じゃないらしいけど、私を偵察にでも来たのかな?」


 2人がその攻撃を間一髪で交わしつつ、そのブレスが屋敷の壁を貫通して太陽の光を家の中へと招き入れるが、その場の誰も、そんなどうでも良いことは気にしていない。

 屋敷がグラグラと揺れて倒壊するのではないかと心配になるが、そこはアリスも気を付けている。

 あらかじめこの屋敷を建てた際に課金アイテムで保護しており、自動修復機能と破壊不可耐性を付与する、本来は“ギルド本部を保護する為に用意されている“物を使用してまで、この屋敷を守っていた。


 そして女が効果の薄い剣士用のスキルを複数所持している理由だが、彼女が選択している鬼族の種族固有のスキル“鬼人化”は、使用した際に、次に使用するスキルの効果を倍増させるという効果がある。

 彼女はそれを利用して、高火力を誇り、なおかつ剣士以外が使用しても半分以下の威力になるペナルティしか受けないスキルを複数所持していた。

 鬼人化と併用する事でそれらのスキルを本職と変わりない威力で発動する事が出来るし、今の彼らにしたように不意を突く事だって可能だったからだ。


 鬼人化のスキルを使用した時に、次のスキルの効果が倍増するという事は知っているプレイヤーは多くとも、スキルによるダメージも倍増すると知っていたプレイヤーは意外と少なかった。

 それ故に奇襲や逆転の一手として使える事も多く、アリスの強さの秘訣の“1つ”となっていた。


 両手を腰に当てて不敵に笑うアリスは、もう一度両者をよく観察して、記憶にあるディアボロスの幹部やギルドマスターの顔とは違うか。装備はどうか等、様々な事を頭の中で考える。

 だが、2分も経たないうちにやはり彼らは一兵卒であって厄介な幹部連中ではないと当たりを付ける。


「ま、そうだよね。君らのところの幹部連中は全員女の子アバターだったからね。中身がどうかは知らないけど、この世界じゃアバターそのままの姿で出現するって“確認済み”だからね」

「……他のメンバーはどうした。おめぇ1人でこの世界に来たわけじゃねぇだろ」

「生憎だが、それを言う必要性は感じられないね。それに……ここで死ぬ人間に、必要な情報とは思えないな」


 邪悪極まりない、子供達が見たら全身に鳥肌を浮かべつつ泣き出しそうな笑顔を見せたアリスは、両手を胸の前で組んで瞳を閉じた。


 彼女が今までその場から一歩も動かずに相手を観察したり、不愉快ながらも話を続けていたのは時間稼ぎのためだった。

 この召喚獣は魔法を発動してからこの世に顕現するまで多少のタイムラグがあり、その間に相手に逃げられると追いかけるのが面倒……じゃなく、さらに機嫌が悪くなるからだ。


『召喚 閻魔』


 禍々しい巨大な赤黒い門がアリスと侵入者の間に現れ、そこから大きな仏像の頭ほどもある巨大な右手が覗き、その扉をゆっくりと押し広げて行く。

 ギギギっと腹に響くような重たい音を奏でながらこの世界に現れたその召喚獣は、数多存在する召喚獣の中で5本の指に入るだろう強力な存在だ。

 だが、その代償としてこの世界に留めておくための魔力消費が半端ではなく、1分この世界にいるだけでヒナの魔力を2割持っていく程だ。


「や、やっべ……」

「……今はアイテムなんて持ってきてませんよ。まったく、冗談じゃない」


 顔を引きつらせながらそう言った2人を嘲笑うかのように、赤黒い炎のオーラのような物を纏いつつ、同じ色の衣装に身を包んだ閻魔がニヤリと笑った。

 そして、その右手に持った巨大なしゃくをバチンと屋敷の床に叩きつけスキルを発動させる。


「さぁ、お主の罪を晒せ。罪の重さはすなわち、その者に対する罰となろう」


 胡坐をかいて座るその姿は、まるで奈良の大仏のようだ。

 特定のアイテムを所持していないと問答無用でそのスキルを喰らってしまう性質上、2人の男達は強力無比であり、魔王でさえ対策していなければすぐさまあの世行きになるだろうスキル『地獄の大王の審判』の餌食になった。


 極楽浄土への片道切符というクエストをクリアする事で入手する事が出来る『免罪符』というアイテム。それを所持していれば、このスキルは食わらずにその後の閻魔との肉弾戦が始まる。

 その肉弾戦でも勝てるかどうかはそのプレイヤーの力量によるし、マッハでさえ単体で勝つのはかなり厳しいだろうその強さは理不尽という他にない。


 だが、そもそもそのアイテムを所持していなければ、閻魔が召喚された直後に固定で使うと設定されているスキルによってそのHPを強制的に9割弱削られる。

 もちろんそのスキルだけで死亡する事は無いのだが、一定時間回復不可というオマケ付きでそのダメージが与えられるので、そのスキルを喰らった瞬間に死を覚悟した方が良いだろう。


「私の宝を殺してるってのに1度死ぬだけで許されるってさぁ……不公平だと思わない? 本当なら万死に……ううん、万死でも足りないくらい死んで欲しいんだけどさぁ。ま、私は仏の心を持ってるからこれくらいで許してあげるよ」


 アリスがニコッと笑った直後、2人の体を星の何倍もの圧倒的な重力が襲った。

 その直後、閻魔が笏を持ち上げて顔の前に持ってくると、フハハと邪悪な笑い声を屋敷中に響かせて侵入者に対する攻撃を開始した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ