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132話 秘密の共有

 ソフィーが身に覚えのない体の違和感に慣れ、その原因が数百年ぶりに解除された時間凍結が原因だと悟るのには、およそ5分の時間を要した。


 普段は凝り固まって動かないはずの体内の魔力が血液と同じように体中を循環していると悟った事がその始まりだった訳だが、自身が解除しない限り絶対に解除できないはずの時間凍結が“自分の知らないうちに”解除されているのに受けた衝撃は計り知れないものだった。


「な、なにがどうなって……」

「ソフィー、覚えてないのか?」

「ね、姉さま……? 覚えてないと言われても……」


 困惑した様子でそう答えたソフィーの顔に嘘を吐いているような、誤魔化しているような気配を感じなかった事で、ジンジャーの好奇心はさらに強くセシリアに向けられることになった。


 自分が扱える支配の魔法と比べると操れる可能性そのものは低くなるのだろう。

 実際、彼女が扱うオリジナルの支配魔法は、その用途と危険性から国に報告はしていないまでも、ソフィーも扱えるし、魔力の出力を上げればソフィーやジンジャーでさえも操る事が可能だ。

 現にその魔法を使ってセシリアをこの研究所まで連れてきているのだから、その実用性の高さが伺い知れるというものだ。


 しかしながら、セシリアが今しがた使った魔法は魔力出力という概念とはまったくの別物だ。

 術式があり魔法が完成しているという物で、その術式の中には『魔力出力に応じて相手を操れるか否かが決まる』という部分が設定されていない。

 恐らくそこにあるのは『支配に成功する』か『支配に失敗する』のどちらかであり、察するに、それらを決めるのは自分と魔法をかける相手の力量や抵抗力なんかの違いでしかない。

 実用性の面だけで言えばジンジャーが扱う支配魔法の方が良いだろうが、相手に認識させる事なく様々な事を行えるセシリアの魔法の方が悪事やらなにやらに色々と利用出来るだろうことは間違いない。


 今思えば、3ヵ月行方不明となったその者も“最初の頃”は身に覚えがないと言って言い逃れようとしていた。

 上層部の人間は責任逃れのための出まかせだと信じて疑わなかったし、ジンジャーを始めとした研究者達も深く考えることなくそれを流していた。

 だが――


(今考えれば、奴は本当の事を言っていたという事に……。いや、待て。そうだとすると、急に主張を変えて罪を受け入れたのはなぜだ……? 奴の立場が不利になるだけで、奴にとっては本当に身に覚えのない事なんだろ……? それで認める必要性がどこにある)


 仮に上層部側から圧力がかかったのだとしても、彼の性格上自分の身に覚えのないことは絶対に認めようとはしないし、それで自分の絶対的な立場が脅かされるとなれば拷問されようが、金を積まれようが絶対にそんなことはしない。

 当時は『ようやく罪を認めて反省の意を示したのか』と思っていたが、セシリアの言を聞いた今となってはその考えは改めなければならないだろう。


 いや、そんなことを考えるより先に、未だ混乱しているソフィーを介抱する方が先だ。

 そう思い、ジンジャーはすぐさま彼女に寄り添ってその背中を擦るなり、肩を貸して立ち上がらせようと振り返ったが――


「大丈夫です、もう立てます……」


 強がりだと分かるほどフラフラと立ち上がった少女は、誰の力も借りずに先程座っていたソファーにどっかりと腰を下ろし、ジンジャーでさえも聞いたことが無いような疲れ切ったため息を吐いた。


「時間凍結を解除すると今までの年月で体の中で動いていたはずの魔力が凄まじい勢いで循環していくので、一時的に神経の伝達が上手く行かずに動けなくなるようです……。しばらくこうしていれば直ると思うので、心配しないでください」

「……そ、そうか」


 そう言われてしまえば、ジンジャーに言えるのはそんな気のない事だけだった。


 そしてソフィーをそんな状態にした張本人であるセシリアは、彼女達が言う『時間凍結』に関してようやく理解が追い付いて来たのか、興味深そうにうんうんと頷いている。


「要するに、自分の体内の時間を全て止めるから外部からの攻撃に一切干渉される事はなくなるし、仮に干渉されたとしても時間を止めてるからその干渉が無かったことになって元通りになるって事でいいの?」

「うん、そんな感じで大丈夫。ただ、これにもちゃんと弱点はあるんだよ?」


 苦笑しながらそう言ったソフィーは、もう一度ふぅと深呼吸し、魔力の早すぎる循環を確認しつつ、早まる心臓の鼓動を筋肉で無理やりにでも押さえつける。


「これ、物理的な……つまり、剣とか槍とか、そういうので体を傷付けられる事に関してはほぼ無敵になれるんだよ。体の時間を魔力を使って守ってるからさ? 分かりやすく言うなら、魔力っていう物理的な攻撃じゃ絶対に破る事が出来ない鎧を身に纏ってるイメージかな? だから、物理的な攻撃に関してはノーガードでもほぼ死なないし、年老いる事もない。でも、魔力の鎧は同じ魔力による攻撃にはちょっと弱い」

「……魔力による攻撃? 魔法ってこと?」

「そうそう。だから、ジンジャー姉さまみたいな圧倒的な力を持ってる魔法使いが本気を出せば、時間凍結を施してても意味ないよってこと」


 肩で息をしながらそう言うソフィーに、セシリアはどこか否定的な意見を心の内に募らせていた。


(ヒナねぇの攻撃力がこの人に劣るとか、そんなの絶対あり得ない)


 仮にソロモンの魔導書無しで、しかも魔力操作という未知の技術によってジンジャーの方が何枚も上手の魔法使いだったとしても、それはヒナのメイン武器……真の意味の相棒と言っても良い存在がその傍にいない事が大前提だ。

 意味の分からないほど高性能なソロモンの魔導書さえあれば、ヒナは何者にも負けないだろうし、神の名を冠するモンスターだって、下手をすれば単騎で討伐出来る。


 ヒナの火力はステータスをほぼ全て魔力やらその攻撃力に振っていて防御の一切をNPCや自分が召喚するモンスターに任せていたので、他のプレイヤーと比較できない領域にある。

 通常は多少なりとも防御力等に振るステータスを、彼女は『攻撃こそ最大の防御』という言葉の通り、攻撃し続ける事で自分は攻撃されないだろうと考えるタイプだった。

 なればこそ、彼女は防御を一切考えていないのだ。


(そんなヒナねぇにソロモンの魔導書がある状態で、トライソンは一切ダメージを負っている様子が無かった。装備の関係だとしても、それってありえる事なの……?)


 仮にトライソンが神の名を冠しているような超級の対魔法使い専用装備のような物を身に着けていたとして、ソロモンの魔導書込みの神の槍を耐えられるかどうか。それはセシリアには分からない。

 だが、仮に耐えられたとしても瀕死に近い状態になる事は間違いないし、ソロモンの魔導書込みの神の槍にはそれだけの威力がある事には疑いようがない。


 だが、トライソンはそんな様子は欠片も見せなかったし、ソフィーの説明が正しいのであればやせ我慢をしていたという事になる。

 そんな事、果たしてあり得るのだろうか……。


「それをなんとかする方法はあるの? 魔力の攻撃に耐性を与えるとか」

「た、耐性……? そんなものないよ。そりゃ、そこまで強くない魔法による攻撃なら影響は無いけど、ジンジャー姉さまみたいな滅茶苦茶な威力の魔法は流石に防げないから……。腕の一本二本は覚悟しないといけないだろうね。でもまぁ……死ぬかどうかは分からないな。試した事無いから。ですよね、姉さま」

「ああ。私が開発して術式を組んだんだ。その認識で間違いない」


 それでは益々分からない。そう言いたくなるのを、セシリアは必死に飲み込んだ。


 これは自分の理解力が無いだとかそんな類の話ではなく、もっと先の話。トライソンの力が自分達の想像を超えていると想定した方が良い話だとしっかり理解したのだ。


 トライソンの本来のプレイヤーネームさえ分かれば、ヒナが過去の記憶からどの程度の強さを持っているのか割り出す事が出来るだろう。

 もしもランキング入りしていれば……という制約は付く物の、仮にもヒナの攻撃をなんらかしらの理由で耐えているのだとすればそれなりの装備を持っていることになる。

 PK集団だと説明されてもその意味はよくわからなかった彼女だが、人を殺してその人の持っていた物を奪うプレイヤーだというのは聞いていた。


(装備を奪ったのだとしても、それはその装備を持っているプレイヤーを殺すだけの力を持っているって事になる……。それに、ヒナねぇに対して異常な執着を持っていたのにそれ相応の力を持っていないはずがない……。メリーナだって、そうだった)


 ダンジョンの資料室で見た彼女自身の力については、セシリアだって未だに一言一句忘れずその脳内に刻んでいる。

 まだ自分が生まれる前だったとは言え、当時ヒナが所持していたスキルや魔法のほぼ全てを所持し、その装備だってほとんど遜色ない物をフレンドとのトレードやPKに来た輩を返り討ちにすることで手に入れていた程の徹底ぶりだった。

 当時のランキングだって高かった事が記されていたし、彼女が雛鳥を生み出さなければ、本当に数年……あるいは数か月後にはヒナの隣に並ぶ存在になっていただろう事は間違いない。


 メリーナだってヒナの隣で生きるためにそんな想像しがたい努力をしていたというのに、ある意味では彼女以上の執着と愛を燃やしているトライソンが弱いなんて未来はあるはずがない。

 セシリアは、なぜだかそう確信していた。少なくとも彼女は、ランキング50位以内に入っているだろう……と。


「時間凍結を施すことそれ自体も、原理を知っていればそこまで難しいことではない。ただ長ったらしい呪文を唱えて体内の魔力を固めるイメージをするだけで良いからな。そのように術式を組んだし、外部からそれを解除する事が出来ないように防御の術式を組み込んでいるのも、それが理由だ」

「長ったらしい呪文……?」

「ああ。基本的に、魔法という物は便利になればなるほど、強力になればなるほど術式の量が増える。それに伴って必要とされる詠唱それ自体も長くなっていく。これは分かるな?」

「……」


 ラグナロクの魔法にはそんな面倒臭いシステムは無かったし、詠唱に関しても魔法やスキルの名前をポツリと呟くくらいで、そこまで長い物は存在していない。

 唯一ケルヌンノスが緊急時以外に言う長ったらしい文言が詠唱と言えば詠唱と言えなくもないが、あれはヒナの悪ふざけ的な面が大きいのでこの際無視しても良いだろう。


 ともかく、セシリアはそんな“この世界の常識”についても知らないので、当然首を横に振った。


「そうか。まぁ説明すると長くなるので今は省略するが、ともかくそうなんだ。詠唱って言うのはいわば道しるべの役割を担っている。魔法は魔力を何か別の物に変換してこの世の物ならざる事象を起こす事を言う。その変換する工程を分かりやすく、そしてやりやすくしてくれる道案内ガイドのような事をしてくれるんだ。無詠唱で魔法を行使するには、この道案内を必要としないほどの練度と実力がいる。ダンジョンを攻略する時、最初は誰だってガイドを同行させたりマップを詳細に確認しながら進むだろう? あれと一緒だ」


 顎に手を当てながら唸りつつも、なんとか分かりやすいように説明するジンジャーは、なるほどとなんとか着いて来ているセシリアに微笑ましいような視線を送りつつ説明を続ける。


「だが、誰でも慣れてくればダンジョン攻略にはマップを確認しなくとも良くなる。無詠唱とは、まさにその感覚で使う物だ。なにせ、もうそのダンジョンの中身については熟知しているんだから、道案内なんて必要ないんだ」

「……その理屈で言うなら、時間凍結の魔法に関しても詠唱は必要ないはず。なんでわざわざ詠唱するの?」

「時間凍結は、正確に言えば魔法ではなく技術だ。体内の魔力を凝結させて体内時間の時間を実質的に停止させるからな。だが、そこに至る為には術式が複雑すぎて詠唱が必須になる。開発者の私でさえも、何度試しても無詠唱では無理だったほどだ」


 時間凍結は、時間を止めるという魔法の性質上どうしても術式が複雑になり、それに伴って使用者の安全を最大限確保する為に様々な安全装置を組み込んでいる。

 当然それらにも術式は必要なので、いわば長ったらしいプログラミングのコードを上から下まで全て読み込まなければシステムが動かないのと同じだ。

 あれもこれもと付け加えて行くとどんどんとコードが長くなってしまうように、ジンジャーのそれはただでさえ複雑なのに、様々な機能を付けた結果、絶対に無詠唱では使えない物となったという訳だ。


「魔法と技術の違いに関してだが、魔力を扱って何かを創り出すのか。一言で言ってしまえばそれだけだ。魔法は魔力を使って火や光、人を支配する事を可能にする。だが、この時間凍結は己の体内にある魔力の流れを止めるだけで、正確には何を創り出している訳でもない。だから、詠唱は必要でも魔法という分野には分類されないという訳だ」

「……めんどくさい。全部ひとまとめにした方が分かりやすい」

「それは否定しないが、これは私のポリシーみたいなものでね。言ってしまえば、ただのこだわりだ」


 魔法でも魔力操作の応用である技術だと言ってもどちらでも良いのだが、そこは開発者の権限で技術だという事にしていると、ジンジャーは語った。

 そこに深い理由はなく、ただなんとなくでそうしているだけだとも言ったのだが、それは今どうでも良い。


「じゃあ、剣士みたいな全く魔力が無い人がそれをするのは無理って事にならない? 体内の魔力をどうこうするなら、体内にそもそも魔力が無い人はそれをできないって事になる」


 そう言ったセシリアの脳内には、マッハに一瞬でキャベツの千切りのような状態にされたトライソン以外の名も知らない3人の女の姿があった。

 うち1人は武器所持していなかったので魔法使いだろうが、他の2人はほぼ確実にマッハと同じ剣士だろう。

 ならば、マッハの体に魔力という物が一切存在しないのと同じように、彼女達にも存在しないと考える方が合理的だ。


 剣士という職業についている者達は魔法を使わないというのが大前提としてあるので、トライソンのような例外を除き、ほぼ全てのプレイヤーが魔力にステータスを割り振る事は無かった。

 彼・彼女らのような剣士や槍使いのプレイヤーは、魔力のステータスが0になっている代わりに、HPやら攻撃力、俊敏性なんかのステータスが魔法使いのそれに比べると遥かに高い。

 なにせ、魔力に一切ステータスを裂かずとも強くなるのがそれら前衛職の特権なのだから。


 だがしかし、そのセシリアの発言は、またしても「何言ってるんだ」と言わんばかりに怪訝な顔をしているジンジャーとソフィーによって否定される。


「生まれたばかりの赤子でも微弱ながら魔力を持っているというのに、魔力を持たない人間などいるはずが無いだろう?」

「セシリア……あなた、それだけの力を持っていながらなんで魔法に関しての常識を何一つとして知らないの……?」

「え……?」


 その研究室内に気まずい沈黙が流れたのは、一体何分ほどだっただろう。

 しばらくして、ジンジャーがポツリと、誰に言うでもなく小さく呟いた。


「やはり君も、母上と同じ“異端者”なのか……」


 その言葉を聞いた瞬間、ソフィーは目を見開き、セシリアはよくわからないと言いたげに首を傾げた。


 その後ジンジャーから語られたのは、この世界でも一部の人間しか知らない事実と、ソフィーですら知らなかった、母親の正体だった。

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