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131話 罪人同士の、信頼と絆

 それからしばらく、セシリアの懺悔の声が静かに研究室に響いていた。

 それを、教会の懺悔室で話を聞く神父のように時々相槌を打ちながらも黙って聞いていた2人は、その罪の告白が終わるや否や、同時に「なるほど……」と絞り出すように呟いた。


 その懺悔からはまだ10歳にも満たないだろうその小さな体からは、想像もできないほどに罪の意識に囚われている事が容易に想像出来た。

 もちろん、魔族だからその小さな体と年齢が必ずしも一致するわけではない事など当然理解している。

 しかし、彼女のそれに見た目以上の意味があるとは思えず、本当に10歳にも満たない小さな少女なのではないかと思える程、小刻みに揺れるその姿は儚くて脆い。

 それは、力加減を間違えて抱きしめでもすればそのまま死んでしまうのではないかと錯覚するほどで、2人はただその苦しすぎる心境に同情して言葉を紡ぐ事しかできなかったのだ。


「そのメリーナという子を蘇生できなかった理由も気になるが、君達を襲ったという連中の様子も気になるな」

「……うん、私の何倍も強い人達が応戦してたのに死ななかったし、致命傷なはずの傷も瞬く間に治癒してた。それがなんなのか分からない限り、復讐も出来ないと思う」

「いや、私にはそれが何かは大体想像がついている。だが問題は『その技術はこの国の上層部の人間しか知らないはず』という部分にある。正確に言えば、その技術を見つけて開発し、この国の上層部に報告したのは他ならぬ私だからな」

「!?」


 セシリアは、この時初めてマジマジとジンジャーの顔を見つめた。

 その頬には一筋の涙の痕が残っていたが、彼女はそんな事などどうでも良いとばかりにジンジャーに詰め寄った。


 セシリアの狂気とも僅かな希望に縋り付こうとしているかのようにも思えるその行動は、先程まで罪人然としていた彼女とはまるで別人だった。

 話に出て来た彼女の何十倍という力を持っているらしいヒナという少女の力になれるかもしれない。そう思っている事が、その希望を見つけたと言わんばかりに見開かれた瞳から溢れ出ている。


 もうあの場所には帰れない。帰ったとしても、私に居場所は残っていないと言っていた少女も、本当はその場所に戻りたいのだろう。

 しかし、罪人として戻る事を本能の部分で拒否しているせいで行動に移せないばかりか、自分は既に彼女から見放されたと思っている節まである。


 いや、それは正確ではない。

 彼女は新たな仲間を見つけてそこに寄生しようとしている節があり、その寄生先が自分達に寄っている事に、彼女は既に気付いていた。


(それは大変結構な事だが……私も、当人の本当の望みを踏みにじって自分の利益だけのために生きる生き方は辞めたんだ……)


 ジンジャーだって、ソフィーと同様罪人だ。

 彼女がソフィーの劣等感に気付いていながら無視した結果、彼女は暴走して“初代”の魔導書を破壊しようと画策した。

 その結果、母が切り札として子供達全員に授けていた『絶対障壁』なる、どんな攻撃からも身を守ってくれる術式を自分なりに開発・改良していたアマリリスのおかげでソフィーが守られ、当の本人が死んでしまったのだから。

 その絶対障壁は、対象を完璧に守るというありえないほどの絶大な効果を及ぼす魔法ではある物の、複数人に向けて同時に使用する事が出来ないという欠点もある。

 ジンジャーがあの時助かったのだって、周りの所員を犠牲にして自分にそれを使ったからだ。


 あんな過ちは二度と繰り返すまいと彼女は彼女なりに反省もしたし、あんなことを二度と起こさせないようにソフィーに対する接し方もかなり変えた。

 その事を他人という理由だけでセシリアにしないのか。

 そう言われるとそんなことはないし、利用価値があるという理由だけで永遠に傍に置いておこうという気にはならなかった。


 言い方は嫌な物になるが、ジンジャーが彼女に期待している役目は少ない。

 それは、未だに術式の解明が不鮮明な部分が多い回復魔法や蘇生魔法の研究支援であり、それ以上の事は何も期待していない。言い換えれば、それが済めば彼女は用済みになるという事だ。

 なので、寄生先に選ばれると困ってしまうし、彼女が心の内で思っているヒナという少女の傍に戻りたいと願いを叶えてあげる事が、何もできていないアマリリスへの贖罪になるのではないか。

 勝手ながら、ジンジャーはそう考えてセシリアがヒナの元に戻れるように支援する事を決めた。


 同時にソフィーも同じことを考えており、彼女にとって本当に必要なのは自分達の愛や尊敬の気持ちではなく、ヒナという少女からの愛であると正確に見抜いていた。

 セシリア本人は気付いていないかもしれないが、それほどまでに彼女の罪の告白にはヒナに対しての言葉が数多く含まれていたし、彼女がどれだけ凄い存在であるかを長々と話していたのだ。


(あなたは、まだ間に合うかもしれない……)


 あの事件が起こる前までは、ソフィーとジンジャーはその中間地点に歪な感情こそ含まれていたが、確かに“家族”として接する事が出来ていた。

 しかしあの事件以降、ソフィーはアマリリスを奪ってしまった事への罪悪感と研究に没頭するあまりジンジャーと会話する機会はめっきり減ってしまった。

 そしてジンジャーもまた、ソフィーに対して罪悪感を募らせるあまりどこか他人行儀に接してしまっている感は否めず、それはもう、以前の『家族』という形からは程遠かった。


 だが、セシリアは違う。彼女は、まだ間に合う。

 事が起こったのが数日前、もしかすればつい数時間前だというのは話を聞いていればすぐに分かった。

 そんな短時間のうちにセシリア本人の意志だけで家出してきたと言うのなら、その関係性はまだ元に戻る事が出来るはずだ。その為の手伝いは、惜しまないつもりだった。


 あんな辛い思いをするのは自分達だけで十分。そんな綺麗事を言うつもりもないが、せめて目の前にいる小さな少女には、救われてほしい。

 なにせ、まだこんなに幼いのだ。世界の残酷さや厳しさを知るには早すぎるし、たった1人で生きていくのもまだまだ辛いはずだ。現実的では無いだろう。

 彼女を助けたいと思う理由なんて、それだけで十分だった。


「あなたが言う症状によく似た事は、恐らく私達にも起こります。試してみましょう」

「……? どういう、意味?」

「ソフィーも気付いたか。まぁ、見た方が早い」


 そう言うと、ソフィーは無言でソファーから立ち上がって少し離れた位置に移動し、ジンジャーに胸のあたりを示しながらセシリアにニコッと微笑む。


 これから何が起こるかをなんとなく察していながらも、一応蘇生魔法の準備を整えるセシリアは、次の瞬間にジンジャーから放たれた衝撃波を受けて体にこぶし大の風穴を開けたソフィーに衝撃を受ける。

 その光景はメリーナの偽物がこの部屋にやってきた時とほとんど同じ光景で……あのトラウマと呼んでいい光景が嫌でも脳裏に思い浮かぶ。


 すぐにでも蘇生魔法を施そうと立ち上がった彼女が次に見た光景は、思い出したくもない、マッハやヒナの攻撃を受けながらも何度もなんども立ち上がってくるトライソンのそれと同じで――


「う、うぇぇ……」


 セシリアは胃液と共に涎やら鼻水やらを顔中からまき散らし、少女が世に晒してはいけない類の表情を浮かべる。


 自身がこの世界の誰よりもその強さを分かっている2人からの攻撃を受けながらも致命傷には決してならず、ニコニコとした狂気に満ちた笑みを浮かべて何度も立ち上がる彼女の顔なんて、もう記憶の中だろうがなんだろうが二度と見たくない。

 殺意とか怒りとかよりも膨大な嫌悪感が全身を襲ってくる感覚。続いて、なぜ2人の体にも同じことが起こっているのか。その疑問が頭に過る。

 もしかすれば彼女達もプレイヤーで、ヒナには出来ないこの世界特有の事象についての理解を深めているのかもしれない。

 その攻略法は、自分達もこの世界の理から外れるしかないのだろうか……。そう、思い始める。


 だが、腹部の風穴の再生を終わらせたソフィーが彼女の背を優しく擦り、これで合ってるのかと少しだけ安堵しつつ、やはり姉と同じような疑問を抱く。


「この技術は、正確には魔法に似た現象。でも、姉さまの言う通り、これを知っているのはこの国の上層部の人間と、後は私達姉弟くらい。なんであなた達を襲った人も、この技術を持ってるんだろ……」

「まぁ単純に考えるならこの国の人間がやらかした事になるんだろうな。だが、この国の上層部の人間は歳いったジジイばかりで、私が開発した時間凍結で寿命を超越しているだけの存在だ。強さなど高が知れている」

「兄様なら……どうでしょう?」

「奴は確かに強い。だが、セシリアの話では相手は全員女だったそうじゃないか。数を誤魔化す魔法はいざ知らず、性別を変えるなど幻影くらいでしか無理だ」


 セシリア、そして彼女以上の実力を持っているという魔法使いがその手の子供騙しに引っ掛かるとは到底思えないので、その線は考えなくていい。

 それに、あの堅物が見知らぬ女を襲うとは考えられず、1人を殺害しただけで満足し、あまつさえ顔バレしているのにその場にいた人間を殺さないとは考えられなかった。

 なので、次に考えられるとすれば技術が漏洩している等の不祥事になるのだが――


「そう言えば、今この国は鎖国に近い状態になっている。なぜセシリアは入国出来たんだ?」

「……冒険者カードを持ってる。それを見せたら入れてくれた」

「冒険者ギルドが発行しているという身分証明書か。だが、仮にセシリアが最高ランクの冒険者だったとしても今この国に入国するのは無理だ。そう、先日伝達が来たからな」


 彼女達の元に来た王家からの伝令には『今日より、次に王家の者が許可するまでいかなる者もこの国に招き入れる事を禁ずる』という旨が記されていた。

 つまり、そこにどんな理由があろうと……たとえ他国の王族や貴族だろうと関係なく、誰であれ外国の人間はこの国に入れるなという意味だ。

 それを言ってきておきながら、一介の冒険者に過ぎない彼女を入国させるとはどういうつもりなのか。そう言いたくて仕方がなかった。


 元々招き入れる客人が居た事は一度として無いのだが、国家に多大な貢献をしてきている自分達に偉そうに命令しておきながら、自分達は入国を許すのか。

 そんな怒りが一瞬だけではある物のジンジャーの中に湧き上がり、次いでありえないという結論をすぐに導き出す。


「この国のジジイ共は良い意味でも悪い意味でも秘密主義だ。他国へ情報を流す意味がないし、流すとすればその弱点についてもすぐに露見する。自分達の命を脅かしかねない事は絶対にしないだろう」

「同感です。あのジジイ共が金や脅しに屈するとは思えません」


 そう言いながら、自分達が毛嫌いしていながらも好き勝手することを許してくれているという一応の恩義を感じている上層部の人間を庇う2人に、セシリアは質問を飛ばした。

 その内容はトライソンら襲撃者達がこの世界の人間じゃない事を知っており、なおかつゲーム内に存在している魔法の数々を、ヒナ程では無いにしても記憶している彼女だからこそ出来る物だ。


「何年か前、もしくはずっと昔にその上層部の人が行方不明になった事とかなかった? もしくは殺されたとか、失踪してたけど帰って来たとか……」

「ん? あぁ、まぁ……あったな。今は既に役職から降りているが、以前国家防衛責任者をしていたアドガルドという奴が、3ヵ月ほど行方を消して戻ってきたことがあった。無断で国を留守にしたので当然処罰を受けたのだが、それでも19年ほど前に役職を自主的に他の人間に渡すまでは働いていた」

「多分そいつ。そいつから、情報が漏れた」

「……いや、それはない。奴の性格を知っているので断言出来るが、奴は国を危険に晒す事は絶対にしない。国を裏切るぐらいなら死ぬ事を迷わず選ぶような奴で、その関係で小言が多くなる面倒な奴だ。奴が裏切る事はない」

「……」


 あまりに自信満々にそう言われるとセシリアとしてもなんとも言えなくなってしまうが、ヒナに与えられた魔法の中にその類のものがあると思い出し、すぐさま傍でうんうんと頷いているソフィーに施してみる。


 だが、ケルヌンノスとほぼ同等と言っても良いほどの強さを誇るだろう彼女に武器を所持していない彼女の魔法が通じる訳もなく、本人も気付かないうちに抵抗されて失敗に終わる。


「ソフィー、ちょっと抵抗せずに私の魔法を受け入れてほしい。悪いようにはしないし、いざとなったらジンジャーが止める」

「……? 急にどうしたんです? なにかありました?」

「良いから」


 有無を言わさず。

 セシリアからそんな圧を感じて、ソフィーは普段から行っている防御姿勢を一時的に崩し、自身の体に常に纏わせている防御魔法を解除する。

 そうする事によってあらゆる魔法からの干渉を受けるようになり、時間凍結それ自体は解除されないまでも、攻撃によって伴われる痛み等の感覚が全て戻ってくる。


 彼女が攻撃それ自体をしてくるとは思っていないが、それでも200年ぶりに味わう感覚は少しばかり怖い。


「ん、ありがと。多分、この場合一番適してるのは……こっち」


操り(マリオネット)人形ドール


 その魔法が発動した瞬間、ソフィーの体の自由は全て奪われ、意識も深い沼の底に沈むように落ちていく。

 瞳は光を失い、肩から力が抜けて細い呼吸を繰り返すだけの無気力な人形のように成り果てる。


「!? お、おい!」

「大丈夫、別に死んでない。ね?」


 セシリアがその人形に話しかけると、ソフィー“だった”それはゆっくりと顔を持ち上げ、確かに彼女の声で、まるで読み上げるかのように『はい』と答える。

 続いてセシリアが『あなたの体の秘密を教えて』と口にすると、まるでその命令に逆らうつもりがないかのようにスラスラと語り出した。


『これは時間凍結と言って、体内の魔力を全て固定する事で疑似的に時間を止める、魔法にも似た技術です。魔力は血液のように私達の体の中を循環していますが、傷を負う時は傷を負った場所から体内の魔力が溢れ出してしまいます。それをあらかじめ体に固定しておけば、体が傷を負ったとしても魔力それ自体は体外に放出されないので、体が傷を負う前の状態に戻るのではないか。その前提から、ジンジャー姉さまが術式を組み立てられました』

「……? もう少し分かりやすく説明して。意味が分からない」

『ある地点から体内の時間を止め、外部や内部からそれを施された体に衝撃が加わった場合、強制的に時間を戻して元の状態に戻す事を可能にする。端的に言えばそんな類の技術です。体内時間を停止するので肉体的な寿命は来ませんし、歳も取りません。強制的に解除する事も出来ないので、解除するには当人が解除すると意識しなければなりません』

「……じゃあ、今解除して」


 どうなってるんだと困惑するジンジャーを差し置き、セシリアは未だ頭に疑問符を浮かべながらもそう口にする。


「お、おい。それはどういう……。いくらソフィーでも、自分から時間凍結なんて解除しない。かけ直すのが面倒なのはもちろん、下手すればこの状態との落差でしばらく動けなく――」

『分かりました。今解除いたします』


 その瞬間、セシリアは理解した。

 どうしてこの世界でもっともその強さを信用している3人の姉達とこの2人が同格の存在だと思っていたのか。


 時間凍結とやらを解除した瞬間、ソフィーから漂ってきていた無類の強者感や全能感、ジンジャーに比べると微量ながらも感じる、プレッシャー的な何か。

 その全てが綺麗に消失し、今ならすぐにでも目の前の人物を殺せるのではないか。下手をすればエリンよりも簡単に倒せる。そう思えるほどの落差だった。


 時間凍結を解除した瞬間、ソフィーはグラグラと上半身を揺らしながらなんの抵抗をすることも無く地面に倒れ、そのままバタンと顔を床に叩きつける。

 その衝撃でセシリアの魔法から解かれた彼女は、200年ぶりに訪れる奇妙な感覚とその落差に戸惑いを隠せず、うつぶせで倒れた状態から起き上がる事が出来なかった。


「ん!? ふぁふぁんへなんでひひゃんじかんとうひぇふとうけつふぁかいひょがかいじょふぁふぇへるほされてるの!?」


 少々滑稽にも思えるその姿を目に映しながら、ジンジャーは可愛らしく首をかしげている少女を内心戦慄しながら見つめていた。

 この少女は、自分が思うよりもずっと強い存在なのではないか……と。そして――


(術式は分からんが……あの魔法、私が使う人体操作術と似たような物か……。わたしの場合は言葉を話させる事は出来ないし、当人にされている間の自覚があるから、完全な支配なんてできないと思っていたが……。なるほど。あの魔法、欲しいな……)


 また1つセシリアに対して興味が湧いたジンジャーだったが、それが叶う日が来るかどうかは、現時点では誰にも分からなかった。

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