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127話 後悔と懺悔、そして苦悩

「そもそも、なんで私が死者の蘇生に関する研究をしているのか。そこからお話した方が良さそうですね」


 セシリアが研究に協力してくれるという旨を聞き、ソフィーは少しだけ浮足立ちながらもそう言った。

 その顔には深い後悔の念とセシリアに向けるこの世の何より大きな期待が見え隠れしており、隣に座るジンジャーが呆れるほどだった。

 しかし、ジンジャーが研究者として日々研究に没頭するのも少なからずその件があってこそなので深くは言わない。ただ、自分は妹の懺悔にも似たその告白を黙って聞くだけだ。


「あれは、約370年ほど前です。まだブリタニア王国が建国される前、人間とあなたのような魔族がいがみ合っていた時代の話です」

「……」


 セシリアも、この国に来てから心無い言葉を幾度となく浴びせられてきた。

 その時は得に気にしていなかった……というかそれどころではなかったのでその言葉のほとんどを聞いていなかったのだが、ソフィーのそれはただ静かに黙って聞いていた。

 ヒナに必要とされていない命が、誰かに必要とされた事で生きる希望のような物を勝手に見出し、少しだけそこに縋りたかったのかもしれない。そうでなければ、彼女が全く興味の無いその話に耳を傾けるはずがなかった。


「あれは、やけに蒸し暑い雨の日でした」


 ソフィーは、ゆっくりと自分の首を絞めるかのように苦しそうに、それでいてしっかりと言葉を紡ぎ始めた。


………………

…………

……


 その日は、朝からジメジメとした空気が街の中に蔓延し、昼過ぎからシトシトと冷たい雨が降っていた。

 昼過ぎから研究室に籠っていた3人の姉妹にとって外の空気や天気なんてのはそこまで関係が無かったし、そもそもここ数日はずっと研究室に籠りきりだったので雨が降ろうが雪が降ろうが、地震が起ころうが他国と戦争になろうが、それこそどうでも良かった。


「ほら! やっぱり私の魔法理論は正しかった! リリーもソフィーも否定してたけど、空気中に魔力が広がってるっていうのは正しかったじゃないか!」

「はいはい、分かったって~。まったく、姉さんは負けず嫌いなんだからさぁ? 僕だって別に否定してたわけじゃないんだよ?」


 腕を組みながらジンジャーのそれよりはるかに豊満な胸部を強調するアマリリスは、傍でジーっと姉の研究成果を見ているソフィーに目をやった。

 彼女はなんの原理なのかは理論や術式を聞いても未だに理解しがたいような難解な魔法で宙に浮いている分厚い本をジーっと眺め、なにか言いたそうに頬を膨らませている。

 その雪のように白く彼女の瞳と同じように常に輝いている美しい銀髪をなびかせながら、女はジンジャーが開発したその『未来を視る為の魔導書』を、妹と共にジッと観察する。

 ただ、時折ペラペラとめくられるそれは中身に目を通しても何が書いてあるわけでもないし、彼女達の母が使っていた未来視とは比べ物にならないほど精度が落ちた粗悪品なのだろう。

 それくらいにしか思っていなかった。


 実際、彼女の母が使った未来視を見る力は凄まじかった。

 1秒単位で次に起こる出来事を言い当てる様はまさに預言者で、占いや、それこそ予言者として世界各地を旅していた人だった。

 まぁそれも、この国で彼女達の夫と出会うまでの5年ばかりの短い旅だったし、ソフィーを生んですぐに死んでしまったので、ソフィーに関しては母の顔すら知らないという始末だ。


 この時、ジンジャーは32歳。アマリリスは30歳の優秀な研究者として国の上層部でも名が知れ渡るほどの十分な成果を上げていたのだが、唯一末妹のソフィーだけが目立った成果を上げられていなかった。

 2人の姉が天才すぎたが故に、凡人に過ぎない彼女の評価が国の上層部や民達から下に見られているというだけであり、2人の姉の存在と切り離して考えれば優秀な研究者という評価は疑いようがないのだが……。


 ただ、ソフィーの場合は姉が優秀すぎた事によってその成果があまり脚光を浴びていないだけだ。


「それよりも、この魔導書はどうやって動いているんだ? 僕はこいつが未来を視る云々に関してはさほど興味がない。でも、どうやってその魔法を発動するに足る魔力を持って来ているのか。そちらの方に興味が湧く」


 しかし、ソフィーの内に眠るその劣等感に2人の姉は薄々気付いていながらも、自分達にはどうする事も出来ないと見て見ぬふりをしていた。

 そのうち『比べる必要のない些細な事』という結論に至るだろうと無責任に突き放し、日々心の内に闇を広げる彼女を放置していたのだ。


「さっきも言ったように、空気中には私達の体内にあるような魔力がそこかしこに溢れている。これは植物等が酸素を排出しているという母上の言と同じような物で、植物が多い場所に魔力が集中していることからも同じような物と考えて良いだろう。そこで、この魔導書は周囲1メートルから魔力を吸収してストックしておくという性質を持たせている。使用する際にそのストックから魔力を消費するようにしているし、万が一にも使用者に危険が及ぶとなった場合には自動オートで報せるように術式を組んでいる」

「へぇ。それまた、複雑で長ったらしい術式なんだろうね。姉さんのそれは分かりやすさという物を捨てて、ただ完成させればいいとさせているだけな気がする。僕のように簡潔で分かりやすい術式の立て方こそ、美しい魔法の在り方と言えるのじゃないかな? 母上だって、すうがく?は簡潔に答えを書いた方がまるを貰えると言っていたじゃないか」

「結局すうがくとはなんたるかを説明された事は無かったけどね」

「はっは、違いない」


 軽快に笑った姉に耐えられず、ソフィーはその部屋を出た。


 それからしばらくして、2人の姉が昼食へと向かった時に再びソフィーは研究室に足を踏み入れていた。

 この時の彼女は、姉の素晴らしい研究とその成果に嫉妬していた。いや、そう言われれば彼女自身、説明できないモヤモヤが心の奥底に眠っていたと言った方が正確だろう。


(確か……周囲の魔力を吸収して、それをストックする……だっけ)


 研究者と言っても、彼女はまだ姉の提唱した魔法に関する新理論を頭に叩き込んでいる段階で、正直体内以外の場所に魔力があるなんて未だに信じられなかったし、無詠唱で魔法を使う事だって苦手としていた。


 魔力操作にはかなりの自信がある物の、やはりと言うかなんというか、一度も使った事の無い新しい魔法やオリジナルの魔法を開発した時には何度もなんども詠唱をして魔力の練り方を覚えなければ、無詠唱でそれを使う事が出来なかった。

 それを思えば、どんなに複雑な術式を組んでどんなに難しい魔法だろうと、一発で無詠唱を行える2人の姉はおかしいとさえ言えるし、国中……いや、世界中を探してもそんな者達はいないだろう。


 だが実際、魔法を発動する時は詠唱が必要という大前提は、この国に住まう一部の人間しか知らない事実だ。それほどまでに、この国では無詠唱魔法のそれが定着している。

 大抵の者達は術式から魔法が組み立てられるという当たり前のことを学んだ後、先人達が記録した術式を覚え、それに対応する魔力の練り方を一から学ぶ。

 そこから応用する事で無詠唱魔法を可能にしているし、彼らの多くは新しい魔法など作成しないので、そもそも詠唱が必要だと知らないのだ。


「魔力のストックだって無限じゃないはず。お姉さまなら、暴走しない為にどこかでブロックしている」


 魔力が己の内に溜まりすぎるとその人物の体が内側から崩壊して死に至る。それは、ソフィー自身が発見した数少ない研究結果であり、近いうちに現在国で問題になっている『暴走病』の解決策として国に報告するつもりの物だった。


 ただ、その理論が完成して研究成果を発表する前に2人の姉にその成果を共有していたので、自分よりも遥かに賢いジンジャーであれば『物体に魔力をストックする場合も同じことが起こる可能性がある』という論文の締めの一文にもしっかりと目を通しているはずだ。

 ならば、仮に自分達ほど優秀ではない妹の研究成果だろうとそれは信用するだろうし、実際にそういう結果が“あくまで理論上ではあるが”出ているので、研究者としては信用するしかない。

 ならば、魔力をストックするというこの魔導書が暴走しないようにどこかでブロックを設けているはずだ。


 具体的には、ある一定の魔力をストックしたらそれ以上は魔力を溜めないという術式を組み込んでいるはずで、それを解除して限界を超えるまで魔力を溜め続ければ……


(これを、壊せる……)


 誇らしい、魔法学というジンジャーとアマリリスの活躍によって急速に発展してきている学問の未来をさらに明るく照らすだろう研究成果を、壊す。その事がどれだけ罪深く恐ろしい事なのか、ソフィーは十分に承知していた。


 しかし、彼女は自分の体を、心を、止める事が出来なかった。

 今まで心に溜まって来た不平不満を解消する術を、彼女は彼女が最も憎みながらも尊敬している人の大切な物を壊す事しか、知らなかった。


『魔力放出』


 ソフィーは、つい最近開発した自身のオリジナル魔法であり、まだ誰にも教えていない魔力を放出する魔法を発動した。


 この時の彼女は、日常生活や魔法その物の研究は2人の優秀すぎる姉の後を追う事にしかならないので、別の分野で2人に並ぼうと日々研究を重ねていた。

 そんな時、彼女が目を付けたのは未だに限界があると言われ、世界的にも非常に劣っている現在の国の医療体制や病気の原因や治療法の究明だった。

 だが、魔法その物の研究にしてみれば成果は地味だし、本当にその理論が正しいのかという“未だ実績の無い彼女を疑う人々”によって、その研究成果が世に出る機会はあまりなかった。


 ただし、その理論はどれも彼女が命を削った結果導き出された物で間違いなど何一つない。

 仮に2人の姉のどちらかが彼女と同じような研究をしてその結論を国に提出していれば、今の何倍、何十倍という命が救われ、彼女達の名声は留まる事を知らず神の如き存在になっていただろうことは疑いようがない。


 でも、実際にはソフィーは一介の研究者で世間一般の評価は『2人の妹にしては物足りない』といった物だった。


「なんで……。なんで私が、こんな目に合わないといけないの……?」


 自分達人間種よりも魔力量が多い魔族を実験材料にするために一度他国に渡り、そこで魔族を連れ帰った時には既に人間種と魔族の関係が修復不可能と思われるほどに悪くなっていたせいで、余計に自分の立場が悪くなったのだろうか。


 それとも、承認されるのにある一定以上の信頼と実績、確証がなければならない医療の分野を研究し始めたのが、そもそもの間違いだったというのか。

 2人の姉を比べ、その成果に並びたいと寝る間も惜しんで研究を続けたあの日々が、間違いだったのか。

 いやそれ以前に……2人の姉に対する憧れだけで研究者を目指したあの時の決断そのものが、間違っていたのか。

 その決断をしていなければ、今自分は2人の姉との差に呆然とすることも、こうして凶行に及ぶことも、嫉妬に狂う事も――


 ビーッ! ビーッ!


 ソフィーが己の体内に眠っている“人並み”の魔力を半分ほど魔導書の周囲に拡散させると、突如として警報音のような物が室内に響き渡った。

 耳を塞ぎたくなるようなそれに加え、魔導書はペラペラとページを勢いよくめくりながら赤黒い禍々しい光を発し始める。これが、ジンジャーの言っていた自動で危機を報せてくれる仕組みなのだろう。


 流石に安全対策という事でそちらはかなり複雑に術式が組まれているみたいだが、魔力をストックする方に関してはそこまで気を回していなかったのか、そもそも通り一遍の事しか知らないのでただやっつけでブロックしているだけのようだ。

 その部分の術式は他と比べて複雑ではないし、以前同じような事をして壊したアマリリスの星座盤よりも術式それ自体は簡単な物だ。


 ジンジャーは精密で美しい術式を書いて魔法を成立させることが多いのだが、その反面アマリリスが言ったように術式が複雑になりすぎるという欠点がある。

 つまるところ、それを他の者が使おうとしても魔力の練り上げが難しすぎて無詠唱で扱うなんてことは絶対に無理だし、詠唱しようとすればその術式の複雑さ故に数分間に及ぶ。

 まぁ、オリジナル魔法とは総じてそんなものというのがジンジャー本人の見解ではあるのだが……。


 その反対に、アマリリスは分かりやすくも簡潔な術式を書くのが得意だった。

 欠点としては、簡単すぎてよく使用者や発案者本人すらも予測していなかったことが起こるのだが、反対にそのオリジナル魔法は誰にでも扱いやすく、慣れてしまえば無詠唱で使う事も可能だ。


 つまり、日常生活という面だけに考えれば、研究者や魔法の開発者として優秀なのはジンジャーというよりもアマリリスの方という事になる。


 今回の魔導書に関しては、全体的に見ればジンジャーの癖でもあり特徴でもある精密で美しく、それでいて複雑極まりない術式が組み込まれていた。が、魔力をストックする仕組みについてはアマリリスのような簡単な術式しか書かれていなかった。

 それを魔導書に触れて確認したソフィーは、その術式を一部分だけ書き換え、上限を取り払うことに成功する。


 術式それ自体を改竄するのは、よほど複雑な物でもない限り知識があればそこまで難しいことではない。

 術式という存在を知らなければ。魔力を知覚する術を知らなければ、そもそもそんな芸当は出来ないのだが、彼女にはそれが出来た。


「もう、少しのはず……」


 研究をしてきたからこそ、分かる。

 魔力を溜めすぎて内側からそれが破壊される時、人体は爆発するように離散する。

 骨や肉、臓物などがそこら中に散らばってとてもじゃないが目を向けられるような状態ではなくなるし、今現在の医療体制では原因それ自体も分からず、身に余る魔力をその身に宿してそれを放出する術を持たない未熟な魔法使いが次々とこの世を去っている。

 ジンジャーやアマリリスのような、魔法使いとしても優秀な彼女達ならば魔力の制御すら完璧にこなせるし、魔力を適度に体外へ放出する術も本能的に知っているので問題にはならない。


 いや、そもそもその病気の原因が魔力の溜めすぎという事に気付いている者達がいないので、その病気の根本的な解決・根絶に至っていないだけだ。

 これは、本来病気というにはあまりにお粗末な物なのだ。


 その研究過程で物体に対しても同じような事が起きないか理論を組み立てていた時の反応。

 今魔導書が赤黒く染まってわずかに膨らんでいるのは、自身が組み立てたその理論が正しかったと証明するに足る物だ。

 国に報告する前に、論文の最後の部分を変えなければならない。そう思ったのと、その部屋にアマリリスが飛び込んで来たのはほぼ同時だった。


「っ! ソフィー!?」

「……ねぇ、さま」


 一番見られたくないところを、姉に見られてしまった。だが少女も、魔導書の暴走も、止まらない。

 少女の方は魔導書から引き離すかその魔法を止めれば止められるだろう。しかし、魔導書の暴走の方はそう簡単には止められない、止まらない。


 彼女の研究成果に目を通し、誰よりもその凄さに気付いて毎夜のように「やっとあの子も認められる日が来るね!」と嬉しそうにジンジャーへ語っていたアマリリスだからこそ、気付いた。

 自身とジンジャーが今まで行ってきた罪深い所業の数々と、今この場で何が起ころうとしているのか。そして……その論文にあった“たった1つの不安要素”に。


「いけない! ソフィー、それ以上は――」


 アマリリスが驚愕の表情を浮かべながらそう叫んだ直後、ソフィーも気が付いた。魔導書の様子が、なにかおかしいことに。

 自分の組み立てた理論にあったかもしれない“致命的な矛盾”と、それによって起こる“重大な被害”について。


「――! アマリリス……ねぇ、さま……」

「ソフィー!」


 次の瞬間、研究室は周囲一帯を更地にするほどの大爆発を起こして跡形もなく消滅した。

 周辺の民家に居た計39名もの罪なき命が奪われ、通りを歩いていた28人が四肢の一部欠損等の重軽傷を負った。

 さらには31もの家屋が消滅し、目撃者の証言によると突如として眩い閃光がその被害区域を包み込み、光が晴れた時にはそこには何もなかったという。そう、文字通り、なにもだ。


 その被害範囲内に居て助かったのは……

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