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126話 死者を想う気持ち

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皆様、いつも応援·ご愛読ありがとうございます!

 なぜこんなところにメリーナが居るのか。それを考えるよりも先に、少女は体が動いてその場に座り込んでいた。

 額を地面にこすりつけてただひたすらに涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にして、タイル張りの床にポタポタと大粒の雫を滴らせる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。わたしのせいで……わたしのせいで、あなたは……。ごめんなさい……」

「ふふっ、気にしなくて良いんだよ。あれは私の決断であって――」


 その不快極まるぐちゃぐちゃの声に不快感を感じつつも、少女は目の前の女がメリーナだと信じて疑わなかった。

 それほどまでにその女の擬態は完璧だったし、その腹に空いた向こう側が見えるのではないかと心配になるほどの穴も……あの時、血で真っ赤に染まっていた部分が綺麗になればこんな風になっていたのだろうと想像していた通りだ。


 実際の傷を見ている訳でも、医療の道に詳しい訳でもないのでそれが真実であるのかは分からない。

 剣で貫かれたくらいでそこまで大きな穴は体に開かないかもしれないけれど、少女はメリーナの体がそうなっていると思っていた。

 女はその心を投影したかのように正確に、少女の中の最後のメリーナの姿を映し出していた。


 しかし、その謝罪と悪意の入り混じるやり取りに待ったをかけた人物がいた。ジンジャーだ。


「止せ。奴はお前が思っているような故人ではない。“失敗作”の分際で、よくもノコノコと私の研究室に入って来られたな」

「――」

「不愉快だ。お前のような“偽物”に姉さんと呼ばれる筋合いはない。私をそう呼んで良いのはアマリリスとソフィー……だけだ」


 そう言うと、ジンジャーは右手をその女に向け、莫大な魔力の衝撃波をぶつけて木っ端みじんに破壊する。

 だが少女の目にはメリーナの体がバラバラに散っていくのと同義であり、頭の中を様々な感情が蠢き、犇めき、狂ったようにその亡骸の欠片を集めようと勢いよく駆け出す。


「うわっ!」


 だが、ここまで歩いて来た疲れが出たのかバタンと勢いよく転んでしまい、頭から床にダイブしてしまう。

 少量の鼻血を流しつつもなんとか破片が散らばるそこへ辿り着くと、必死で両手にかき集めつつ蘇生魔法を唱えようと魔力を練り始める。


 しかし、すぐにその肩を掴まれて魔力が離散する。


「っ! なにするの! 離して!」


 少女は、自分の行いを邪魔されたと感じて激しく怒った。

 メリーナを蘇らせることが出来れば、あの時の事を謝れる。お礼を言える。ヒナ達の元に……帰れる。

 胸を張って、それでいてちょっぴり自慢げに「ただいま」と言う事だって出来るだろうし、しばらくはヒナの隣を独り占めする権利くらいなら貰えるかもしれない。


 その願望を、夢を、希望を……この世界で残してしまった唯一の後悔を払拭する機会を奪われ、邪魔されたように感じた。

 これがもしも自分達の姉の誰かなら即座に戦闘に入っただろうことを想像しつつ、ここでも自分に攻撃手段が無いことに不甲斐なさを感じる。


 だが、小さなその体から発せられるような類の怒りと殺意、後悔では無いことを悟りつつも、ジンジャーは怒ったような悲しむような、どちらかと言えば同情的な視線を少女に送り、フルフルと首を振った。


「言っただろ? これは、お前が想像する故人ではない。偽物だ」

「なっ、何を言って……! メリーナは確かにそこにいた! あなたが殺した!」

「……まぁ、説明するより見た方が早いか。こいつがここに来たって事は、恐らく外に出たら同じような光景が広がっているはずだ。ソフィーが失敗したか、もしくはマヌケな誰かがやらかしたかのどちらかだろう」


 ジンジャーは厳しい顔つきでそう言うと、未だに怒りで震えているイシュタルをお姫様抱っこのようにして抱きかかえながらその研究室を出た。

 その先に広がっていた光景は、少女が思わず目を見開き、ジンジャーが怒りのあまりはぁとため息を吐く物だった。


「あぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください!」

「いやぁぁぁ、来ないでぇぇぇ! いやだいやだいやだ! 私まだ死にたくないの!」

「兄さん……。僕はあの時……ただ実験がしたくて……あぁ、僕はなんて許されない事を……」


 少女のようにその“なにか”に土下座をし、瞳からボロボロと涙を零して懺悔する者もいれば、極端に怯える者、縋り付くように何かを懇願する者まで、その場はまさに地獄と表現して良かった。

 苦痛の余りに自害を選ぶものだってそこかしこに出ているし、先程まで疲れ果てて眠っていた白衣を着た者達は、全員がそんな状態に陥っていた。


「こ、これは……」

「ソフィーの研究……というか専門は死霊学でな。まぁつまるところ、死者の完全なる蘇生に関しての研究をしている。その過程として、見る者が最も会いたいと願う故人や、思い入れの強い故人に変身する魔物を創り出した。そこから人の魂とはなんたるかという研究をしているのだが……っと、説明は後だ。とりあえず、この不快な奴らを片付けよう」


 ジンジャーが右手を向けて再び衝撃波を放つと、一瞬にしてその魔物は全てが砕け散り、総数が20にも及んだだろうそれらは瞬く間に塵と化した。

 それを見ていると、先程の攻撃が全然本気ではなく、むしろ少女に遠慮してその破壊を最小限に留めた物だと分かる。


 その数秒後、その場には安堵のため息や少女のようにその欠片を集めようとする者達で溢れ、そんな正気を失った者達を、まだなんとか平静を保っている者達が介抱するという光景が出来上がる。


「これで何度目だ……。まったく、この趣味の悪い魔物はいい加減生成を止めろと言っているのに……。こんなくだらんことで毎度まいど数名の死者を出していてはまるで採算が取れん!」


 額に血管を浮かべて怒りを露わにしたジンジャーは、数秒後に廊下の先から現れた自身の妹を瞳に宿すと、大きくため息を吐いて腕の中から少女を解放する。

 そして偉そうに腰に手を当てて妹を睨むと、先程呟いたものとまったく同じセリフを口にする。


「申し訳ありません。シルクが魔物の檻を不注意で開けてしまいまして脱走を許してしまいました。今後同じような失敗は致さぬよう、最善を尽くします」

「ったく、今年に入って2度目だぞ! いい加減奴をクビにしろ!」

「あれでも彼は優秀な研究員でして……。ご容赦ください」


 ぺこりと頭を下げたソフィーは、肩に白い大福のような幽霊を連れていた。

 よく見なければ分からないほど景色に同化しているが、それは幽霊と呼ばれる物の類だろう。

 ケルヌンノスの召喚魔法で呼び出す事の出来る低レベルのモンスターにあんな感じに似たものが居たはずだ。そう、少女は記憶の引き出しから推察する。

 そして、その記憶が正しければそのモンスターの名は――


「ゴーストバケット……?」

「知っているのか? 存外、物知りだな。そうだ。こいつはそこまで強い奴じゃないが、なにせ希少性が高い。ソフィーが初めて獲得した使い魔……と言ったところだ」

「はい。種族名で呼ぶと機嫌が悪くなるので、これからはメイちゃん、またはメイさんと呼んでください」


 ソフィーが少しだけ自慢げにそう言ったので、少女は興味なさそうにプイっとそっぽを向いて、メリーナが生き返った訳じゃないのかと静かに落胆した。

 まぁ、冷静に考えればあの場で蘇生できなかった以上そんなことはあり得ないのだが、ただ目の前で死なれるのは……あの件があったせいか、無性に腹に据える。


 幸いにも輪廻転生はそこまで魔力消費が激しい魔法じゃないし、数人分くらいなら数時間で魔力を補える範囲だ。

 ここにいる者達がプレイヤーでないのなら蘇生が利くという事は実証済みなので、周りから消えた命の数を感覚だけで把握しつつ、魔力を練り上げていく。


「……? 何をする気だ?」

「魔力の練り上げ方に無駄が多いね。でも……これだけ高度な魔法なんて見た事無い」

「術式が随分と複雑なようだね。これは益々興味ぶか……って、おい待て」


 ジンジャーが目を見開いた先では、衝撃と後悔のあまりに自害を選んだものや、魔物に殺されてしまった者達がキョトンとした顔を浮かべながら次々とその身を起こしていく光景が広がっていた。

 傷を負った者も負っていない者も関係なく、皆が一様に失ったはずの命を、魂を取り戻していく光景は、まさに彼女達にとって信じられない光景だった。


「……ん、こんなもの」


 ある種のトラウマから彼ら・彼女らの命の炎を再びこの世に呼び戻した少女だったが、それが決定打となって少女がこの研究室に拘束されることになった。


 というのも、ジンジャーはともかくとして、ソフィーの最終的な目標は完全なる死者蘇生の魔法の完成であり、そんな魔法はこの世界に存在していなかった。

 いや、そもそもその前段階……魂という形の無い物とはなんなのか。それを解明するのに未だ謎が多く、膨大な資料を読み込み、一度目にしたものはどんな物でも瞬時に記憶して二度と忘れないほどの記憶力を持っているソフィーでも、未だに分かっていない事が多かった。


 それに、ジンジャーでも蘇生魔法は扱えない。

 彼女も死霊や生霊を操る事が出来る程度で、ソフィーが連れているメイがその副産物という形で手に入ったに過ぎない。


 つまるところ、少女は間違いを犯したのだ。

 この場所から一刻も早く立ち去りたかったのなら、いかに自分が当たり障りのない普通の人間で、いかに力を持っていないかというのを証明した方がはるかに早かった。

 だがしかし、少女は示してしまった。自分が、本来できないはずの事を可能にしてしまう所を。

 自分が、いかに研究対象として面白いのかを。

 いかに、その力が途方もなく、それでいて神秘的な物なのかを……。


「改めて名乗っておこうか。私はジンジャー。この国で研究者をしている者だ。専門は魔力操作と魔道具作成、後は魔法理論の構築と術式の構築だ。まぁ分かりやすく言えば、魔法とは何かを研究し、それをどうやれば効率よく使用出来るかを研究すると言ったところだ。その過程で術式等の変更点を見出し、新たな魔道具や魔法の制作にもあたっている」

「……」

「私はジンジャー姉さまの妹、ソフィーと申します。同じく研究者をしていますが、専門は主に死霊や死者、魂の研究についてです。姉さま同様平たく言えば、死者の完全なる蘇生の研究をしています。あなたのその力と知識、分けてもらいますね」


 ニコッと笑ったソフィーの、その全く笑っていない瞳の奥を見て逃げられないと悟ったのか、それとも命を助けた事に……助けられた事に安堵したからなのか、少女はそれ以上拒否を示す事は無かった。

 あの人の傍では役に立たたなかったこの命も、誰かに必要とされることはあるのだろうか……。そう、思い始めていたのだ。


「君の名前は? お嬢さん」

「……グラジオラス・セシリア」

「グラジオラス……? 随分と珍しい名前だね。まぁ良い。今日からよろしく、セシリア」


 ジンジャーが差し出した右手を軽く握り、■■は、この瞬間からヒナに貰った名前を名乗る事はなくなった。

 どこかの誰かが自分の名前を小耳に挟んでヒナが迎えに来るのを恐れたのかもしれないし、あの人の横に立つのを許されない身でその名を名乗る事は不敬だと考えたのかもしれない。


 ただ、唯一ヒナが好きだった花の名前をファーストネームに選んだのは……まだ、心のどこかに自分を見つけてほしいという思いがあったからなのかもしれない。

 それは本人にすら分からない無意識レベルでの心の救援信号であり、それが聞き届けられるのか。これから先どうなってしまうのか、彼女にはまだ知る由もない。


 ただ一つだけ確かなのは、少女の胸の中に秘められたヒナに対する愛情は、確かに真実だったという事だ。

 なにせ、ヒナが好きだったピンクのグラジオラス。その花言葉は――

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