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123話 受け止めた罪と受け入れた罰

 メリーナがこの世界を去ってから数日後、ヒナ達3人は未だに泣き崩れ怒りを露わにしている雛鳥をメリーナの自室に残し、ダンジョンの4階層に来ていた。

 そこの守護者をしているNPCに許可を取り、ここ数日は寝る間も惜しんである特訓をしていたのだ。


「違うけるちゃん。もう少し魔力のまとめ方を意識しないと。これ、改めて思ったけど結構難しいよ」

「ん。でも前提として、一発で成功させるヒナねぇがおかしい。頻繁に使うやつなら私でも出来るようになったけど、あんまり使わない奴は魔力の練り方からしてまだ難しい」

「魔法使いって大変だな~」


 平原の真ん中でああでもないこうでもないと身振り手振りで必死にケルヌンノスへ教えを説いているヒナに、マッハは両手を頭の後ろで組みながらどっかりと腰を下ろして暇そうに眺めていた。


 彼女達がここ数日練習しているのは無詠唱で魔法を使うことであり、スキル等は原理がヒナにも分からないという理由で無詠唱の特訓が出来ていなかった。

 ただ、ヒナはその天才的な直感で無詠唱魔法を成功させ、あの戦いと怒りの中で偶然にもそのコツを掴んで今や完璧に近い形でマスターしていた。

 それが出来ていた方が今後強くなれると確信した彼女は、ケルヌンノスと共に比較的周囲に迷惑が掛からないこの階層でその練習をしていたという訳だ。


 元々食事も睡眠も必要ないアンデッドであるケルヌンノスはここ数日寝る事も食事を摂る事もせずに一心不乱にそれをマスターしようと四苦八苦している。

 無論マッハとヒナは睡眠の必要もあれば食事を摂る必要もある。

 しかし、マッハは事件が起こる数日前の暮らしの中で料理長のだるまと仲良くなっていたので、暇な時に簡単な物で良いので持って来てほしいと伝えていた。そのおかげでこの場から動くことなく食事をすることが出来ていた。

 そこには当然ヒナの分も含まれているし、なんなら彼女の分という事でだるまが気を利かせて少し豪勢に作っていたりする。


 しかし、彼女はこのダンジョンに帰ってきてからまだ1食も口にしていない。

 そのせいでヒナの分の食事までマッハの胃の中へと消えて行っているのだが、本人は特段気にしている様子はない。


「なぁヒナねぇ、大丈夫なのか……? お腹空かない?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと食欲無くてさ」


 ここ最近それが口癖になりつつあるマッハに申し訳なさを感じつつ、ヒナは苦笑しながらそう答えた。


 実際、彼女は色々重なりすぎて今現在一切の欲という物が消失していた。

 性欲は元より無いし、睡眠欲と食欲という、人間の三大欲求の全てが跡形もなくその小さな体から退散し、彼女の中から“何かを望む”という欲求それ自体が消失していたのだ。


 自分は誰かに何かを与えられる権利のある人間じゃないし、何かを奪って良い権利なんてあるはずもない。

 ここ数日でそれを深く理解し、だるまが提供してくれる料理に対しても申し訳なさは感じる物の一切食べようという気にはならなかった。


 救いだったのは、この世界に来る以前の生活でも食事という物に面倒臭さを感じていてそこまで食べる人では無かったということ。

 それと、体調がすぐれない時に何日も食べて居なくともそこまでお腹が空かないという状態と似たような症状が現れているという所だ。


 栄養サプリなどが存在しないこの世界で数日何も口にしないというのは、通常の状態であれば体調や、最悪命に関わる行為だ。

 今はもしもの時に回復等を行ってくれるイシュタルが不在の為にあまり無茶をするべきでは無いのだが、ヒナはそんな事など分かったうえで今の行為に及んでいた。

 その心の奥底には、自分が危機に瀕したらイシュタルが戻ってきてくれるかもしれないという淡い期待があるのだが、それは本人すら分かっていない本音の部分だ。


「それよりも、ま~ちゃんは何か分かった?」


 ヒナから向けられたその言葉に、マッハはようやく自分がするべきことを思い出したのか、あっと気まずそうな顔を作った後、フリフリと頭を振った。


「何度考えてもさぁ、アイツらが死ななかった理由が思い当たらないんだよ。斬った感触はほとんどなかったから物理的な攻撃に耐性があるって事は分かるんだけど、ヒナねぇの攻撃もほとんど意に介してなかったからさぁ……? そんなことあるのかって疑問がまず最初に湧いてきちゃってまったく」

「私の攻撃に関しては向こうが装備を固めてたって事で説明がつくよ。でも、いくらそれ用の装備で身を包んでたとしても、アイテムを2つも使ってあの状況を切り抜けたって事は『崩壊する世界』の効果は有効に働くって事。多分、そこに突破口がある」

「それは分かるけどさぁ……」


 本来、そういう難しいことを考えるのは自分の役目ではなくヒナやイシュタルのはずだ。その言葉を、彼女は心の奥底に仕舞い込んでグッと飲み込んだ。

 今そんな事を言ってもヒナを追い詰めるだけでなんの意味も無いし、ないものねだりをしてもしょうがない。


 イシュタルが帰って来ていつも通りの生活に戻れることが理想だが、ヒナが無意識のうちに自分を激しく責めて罰してしまっているせいで、仮に彼女が戻って来たとしても元通りの生活に戻れるかどうかは怪しいだろう。


 マッハが考えていたのはメリーナを殺した女を殺害する方法。つまるところ、なぜあの女がヒナの攻撃を受けても無事でいられ、本来致命傷のはずの攻撃を受けているにも関わらずピンピンしていたのかだ。

 マッハ自身の攻撃は単純な物理攻撃で、ケルヌンノスの実験によってHPゲージが数値的な意味を持っていない事を既に証明済みであり、そんな物よりもよほど確実なヒナの魔法でも、あの女は死亡しなかった。


 ヒナの魔法に関しては本人が先程言った通りそれ用に装備を固めていればそれだって起こりうるかもしれない。

 だがそうした場合、マッハの物理的な攻撃を平然と受けられる理由に説明がつかなくなる。

 斬った感触がほとんどないのも普通の人間を斬った経験のあるマッハにしてみれば違和感しかなかったし、そもそも考えるのがあまり得意ではないのでどうしてだろう……くらいの感想しか湧いてこないのが実情だった。


 ヒナだってマッハが考えるのを苦手としているのは分かっているし、本来ならこの役目はイシュタルや自分が担うべきだという事も十分に理解している。

 しかしながら、ヒナは女と相対していた時間が極端に短いばかりか、剣士に関しての知識はゲームのそれだけで現実世界に置き換えた時の知識は無いに等しい。

 そんな状態から予測を立ててもろくな事にはならないので、剣士であるマッハに任せていたのだ。


 神の槍は通用しなかったのに、それ以上の絶対的な死へと誘う『崩壊する世界』は課金アイテムまで使って回避しようした。そこに活路があるのは明白だ。

 もしもあの魔法ですら死に至らないのであれば、課金アイテムなど使わずともその魔法の効果が来るまで待って、術者であるヒナやその空間内に居たマッハ達が死に絶えてから外に出れば良いだけだ。

 術者であるヒナが死亡しているのだから当然空間の隔離は終わっているし、彼女達の脅威になり得る存在など文字通りこの世界からは消失するだろう。


 エリンの国を裏から支配していた悪党というのが彼女達の仲間であることは既に察しがついているが、あの調子ではマーリンでもそのカラクリは分かっていないだろう。

 そして神の槍が通じなかったところを見るに、あの場に居た魔法使いらしき女だって死んでいるかどうかは怪しくなってくる。

 それに、カラクリを見破らなければいつまでも復讐を果たせないし、罰を受ける事が出来なくなる。


(それは……嫌だ)


 自分が受けるべき罰は、もう十分すぎるほど分かっている。

 だが、楽になりたいという気持ちがあるのも事実だし、死にたいという気持ちと罪悪感が日に日に増しているのもまた事実だ。

 マッハ達がどうするのかは分からないけれど、自分はあの女に復讐を果たした時点で死を選ぶのではないだろうか。そう、漠然とした予感があった。

 その為と言っては酷だが、マッハにはどうしてもそのカラクリを見抜いてもらわなければならない。


 時間を止めているのではないかという荒唐無稽な予測は立てているのだが、それに関しても結論は出ていないし、仮にそうできているのだとしても、魔法やスキルなんかではその手の物は存在していないので、そんな事が出来るのだとすれば課金アイテムになる。

 しかし、当然ながらアイテムがプレイヤー本人にまで影響を及ぼすというのはラグナロクにおいてはあり得ない事象だった。


 課金アイテムはあくまでも外部的な要因……例えば状態異常を即座に回復したりだとか、魔法やスキルの再発動に掛かるインターバルを打ち消すなどの、システム的な問題を取り払うために用いられることが多く、その能力や使用方法もそれに基づくものが多かった。

 空間を隔離したり転移魔法の類が無い代わりに用意されたと思われるダンジョンからの帰還用の物だったり。その種類は多岐に渡るまでも、課金アイテムによってプレイヤーに何らかの影響を直接的に及ぼす事は無かった。

 課金アイテムによって身体能力が上がるとかそういった事は無かったし、あくまでも課金アイテムというのはラグナロクにおいて『痒いところに手が届く便利グッズ』という役割しか与えられていなかったのだ。


 魔法を打ち消せるアイテムなんかが便利グッズという範疇に収まるかどうかは議論の余地があるだろうが、プレイヤーに効果を及ぼせるのは魔法やスキル、装備に限定されていたという事だ。


 そのうえで考えるのであれば、ヒナの仮説である『体内時間の完全停止』という仮説では、流石に色々なところに無理がありすぎる。

 体内時間を止めたところで体にどんな傷を受けようとも無事でいられるというのはあくまで想像上の話でしかないし、仮にそうだとしてもその原理などが一切分からない。

 そして、なぜその状態で物理的な攻撃は対処出来るとも、崩壊する世界のような魔法には効果が無いのか。


 今では単純に情報不足であり正確な予想を立てるのは非常に困難だ。

 だが唯一言えるのは……通常の手段では絶対に攻略不可能であり、カラクリを見破らない限り復讐を果たす事も、楽になる事も出来ないということ。


 一方でもう一つの謎である無詠唱に関しては、ジグソーパズルを目をつぶって完成させるような感覚に近く、本来は出来るはずがないと投げ出したくなるような所業だった。

 魔力をパズルのピースに例えるなら、その魔法に合った形に魔力を練り上げて放出するまでの行為がパズルを組み立てるそれに該当する。

 それを、詠唱というワンステップを踏むことによって簡略化して最適化しているので詠唱が必要になる。

 ここまでは、この世界に来て初めて魔法を使った時に本能で理解した物だ。

 なぜ分かるかはヒナ本人にも分からない。ただ漠然と『分かる』とだけ言っておく。


 無詠唱で魔法を行使する行為は、パズルを組み立てるという行為を簡略化せずにそのまま行う行為であり、いわばガイドのような、どこにどのピースを嵌めれば良いという役目を果たしてくれるそれを行わないという事だ。

 それは、まるで目をつぶりながらパズルを完成させる行為に等しい。


 そう、ヒナはケルヌンノスに説明した。


 最初は首をかしげていたケルヌンノスだったが、詠唱はいわば魔法を使用するのにタイムラグを要する代わりに魔力を練り上げる行為を簡単にするための物。そう分かりやすく説明されれば、なるほどと首を縦に振った。

 最初からそう説明してくれと思わなくもなかったが、ヒナなりに分かりやすく説明したつもりだったのだろうとその言葉を呑み込んだのはファインプレーだっただろう。


 慣れている魔法であれば何度も魔力を練り上げた事があるので、それに沿って魔法を使用する事で詠唱をせずに済むし、ある程度使った事のある魔法でもコツを掴めばなんとかできない事はない。

 ただ、普段からあまり使わない魔法に関しては魔力の練り方がそもそもどうするのか分かっていないのでまだ難しいし、初めて使う魔法だろうとそれをやってのけているヒナの方が異常と言った彼女を責められる人間などいないだろう。実際、その通りなのだから。


 だが、ヒナが説明したそれだと魔力を使用しないスキルに関しては無詠唱で使用する事はできないという事であり、無詠唱最大の強みである『なにが使われたのか』という判断を瞬時にさせない事が出来ない。

 実際にディアボロスの面々もそれは出来ないのかもしれないが、仮に出来る場合はこの理論がそもそも間違っているという事になる。

 まぁ、その答え合わせは一生されないだろうが……。


 詠唱をして数秒後、あるいはほぼ同時に魔法が放たれるので、ある程度の力量があるプレイヤーであれば対処は可能だし、逆に反撃を喰らう可能性が高くなる。

 しかしながら無詠唱でそれを行った場合は未来視のスキルでもない限りなんの魔法が放たれるのかは分からないし、一切事前動作が無い状態で放つことが可能であれば、最初にマッハがされたような完全な不意打ちだって可能だ。


 幸いにもヒナが未来視のスキルを所持しているので、完璧な安全が確保できない場所では彼女が常時それを使用する事で不意打ちの類は回避する事が出来る。

 ヒナの身に膨大な負担がかかる事は間違いないが、本人がもうこれ以上誰かの命を奪われないためだと主張すれば2人に止める事は出来なかった。


「たる……今何してるんだろう……。元気かな……」


 考える事を半ば諦めているマッハが上を見上げながら寂しげに放ったその言葉は、直後に響いてきたケルヌンノスの喜びの声にかき消された。

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