120話 最後の1人
4章始まります
その日ヒナは、数日前から開催されているラグナロクの個人イベントについての詳細を公式サイトにて睨みつけていた。
3枚並べてあるモニターのうち、最も大きい真ん中の画面にはラグナロクのゲーム画面が表示され、そこには『YOU LOSE』の文字が浮かんでおり、今回の個人イベントの難易度の高さを物語っている。
今回の個人イベント『戦乙女の反乱』は、上位プレイヤーの間では過去最高難易度だと言われ、課金アイテムを惜しみなく投入しても勝てるかどうか分からない。いや、むしろ勝てない可能性の方が高く、よっぽど資金に余裕のあるプレイヤー以外は一度神に挑むだけで貰える参加賞を貰ってリタイアする方が吉だという意見が大半を占めていた。
今回のイベントでは、合計31体にも及ぶ神の軍勢を連続で討伐せねばならず、その間に休憩や魔力、HP、スキルのインターバル等の回復は一切ない。
神を1体倒したら、その恨みと称して次の神が君臨するというシステムが採用されており、言うなればバトルロイヤルのような形が取られていた。
無論神1体の強さは本来のそれと比べるとやや弱めに設定されていたが、それでも最弱と呼ばれるほどではなく、神が神であるが所以の強さを誇っていた。
その、半ば理不尽なシステムでもフレンドやギルドメンバーと大規模なパーティーを組めばなんとか処理出来ただろう。
しかし、今回は過去最高難易度。そう言われるだけあり、自作のNPCすらも参加不可の完全なプレイヤー個人での戦いになっていた。
その中で31体を倒した時間が短いプレイヤーが上位に来るという方式が取られており、難易度も加味してか上位入賞賞品は過去に類を見ないほど豪華だった。
まず、上位50%に入賞できれば戦乙女の名を冠した……つまり、神の名を冠した武器を作るのに必須の素材が与えられる。
これだけでも十分すぎるほど高難易度のイベントに参加して成果を上げたと言えるし、いくらか課金アイテムを消し飛ばしていようとも、それが1万以下ならば十分採算が取れるはずだ。
次に上位20%入賞賞品は、それらに加えて専用の特別なスキルが与えられる。
その効果はどちらかと言えばサポート寄りなのでゴリゴリの戦闘職……例えばマッハのような武器を持って前線に立つタイプのプレイヤーには全くもって旨味が無い。
だが、反対に言えばそれ以外のプレイヤーには必須級の物であり、神と戦う際に相手に与えるダメージがパーティー全体で2割上昇するとなれば今後のイベント戦でも有利に戦えるようになることは間違いなかった。
イベントで上位に入賞しなければ手に入れられないスキルという事もあって当初は運営のSNSが少しだけ燃えたりもしたのだが、そもそもイベントの難易度が高すぎるせいでまともにクリア出来るプレイヤーが3割にも満たなかったので自然と沈静化していった。
そして上位10%に入る事が出来ればプロフィールに表示される称号という名の”箔”と課金アイテムを購入できる特別なゲーム内通貨が付与される。
ソシャゲで言えばガチャを回すために必要な石と言った方が分かりやすいだろうか。
しかし、このゲームではそのゲーム内通貨はガチャに使える事はもちろん、ショップで売られている課金アイテムの購入にも使えるし、既にクリアしているクエストや街中で売られている完売済みの武器や防具を復活させて改めて購入する事にも使える大変便利な物だ。
これはいくらあっても困るという事はないし、課金者からしてみればそのままお金がもらえるのと同義なので大変喜ばれるものでもあった。
それが、今回のイベントで上位10%に入るだけで10万円分手に入るというのだから大事だ。
神を全て倒せなくともイベントに参加したという扱いにはなるが、賞品がもらえるのは31体の神を文字通り誰の力も借りずに全て討伐出来た者だけだ。
それも、上位に入らなければならないとあっては余程の廃課金者……それも全体のランキングで上位に入っていなければかなり難しいだろう。
それに加え、上位3人にはそれぞれ神の名を冠する特別なイベント限定の武器のレシピが配布されることになっていた。
その性能はもちろん伏せられているが、上位10%にはいるだけで10万円が貰えるにも等しい今回のイベントで中途半端な武器が上位3名の景品として配られるはずがないと誰もが考えていた。
それはヒナも同じだったし、今までの個人イベントでは全てトップを搔っ攫っていたので、今回もそれを奪取するつもりでいたのだ。
「もぉぉぉ! こいつら硬すぎ! 魔法防御力高すぎてキモいんだけど!」
ヒナは改めて先程まで戦っていた映像をリプレイとして流しつつ、自分の戦い方にどこか間違いがなかったかを検証しなおす。
しかしながら、その戦い方に大きな間違いはなく、相手が魔法攻撃を使用してくる場合はほぼ完封しているし、斬撃を繰り出してきたとしてもその圧倒的な火力と魔力量でゴリ押ししている。
唯一の誤算は、最後の方に出てくる3人の神が全員異常なほど魔力防御にステータスが割り振られているせいでまったくダメージが入らず、魔力を回復する一瞬の隙を突かれてHPを削り取られた……というわけだ。
装備の効果でほぼノータイムで魔力の回復は出来るが、それは一度の戦闘につき1回だけだし、今回のイベントでは31連戦が”一度の戦闘“とカウントされているので何度も何度も発動できないのだ。
そうなると少なくなった魔力は魔法やスキル、ポーションやアイテム等で保管する必要が出てくるのだが、そうしているとどうしても隙が生まれて攻撃を受けてしまうのだ。
もちろんHPも回復させなければいけないのでやらなければならない事が非常に多く、オマケに敵の防御力が高すぎるせいで攻撃が入らないともなれば叫びだしたくなるのも分かるという物だった。
それからしばらく考えたヒナは、ゲームに関してだけは異常な才能を発揮する明晰な頭脳で何事かを思いついたのか、一度負ける前提で再びその神の軍団に挑んだ。
そこで彼女がやってのけた方法は、回復等に特化した召喚獣が召喚できないか……という物であり、もしもそれが可能なら回復をそいつらに任せて、自分は完全に攻撃に徹すれば良いと考えていたのだ。
今回のイベントはNPCの立ち入りすらも禁止されている完全な孤立型個人イベント。
だが、召喚魔法は魔法使いであるプレイヤー達が各種のクエストをクリアした暁に得た報酬のような物であり、いくら運営でもそんな魔法使い達の特権を、努力の結晶を奪い、否定するようなことはしないだろうと思ったのだ。
そして、そのヒナの考察は見事に当たっていた。
運営はそこまで血も涙もないことをやってのけるほど、人の心を捨てていなかった。
この抜け道に気付いていたのはこの時点ではヒナだけであり、他のプレイヤーは早々に諦めるか、諦めなくとも魔法使いの大半のプレイヤーはヒナと同じ壁にぶち当たってどうすれば良いかと頭を悩ませていた段階だった。
ヒナは知らなかったが、実は後半に出てくる6体は、前3体が異常なほどに物理防御力が高い個体。後半3体が魔法防御力が高い個体と別れていた。
だが、剣士に関しては魔法使いよりも火力が出しやすく、魔力の回復というワンステップを踏む必要が無いので魔法使いに比べるといくらか負担が少なかったのも事実だ。
その流れから、2位と3位のプレイヤーが剣士と槍使いになったのは最早必然と言っても良いだろう。
そして、当然ながら1位の地位に名前を輝かせていたのは――
「終わったぁぁぁぁ! まっしゅとかいう奴、まじいつ寝てんのってくらいずっと追いかけてくるからほんっとに怖かったんだけど!」
2位の地位に名前を連ねているまっしゅというプレイヤーの名前を睨みつけつつ、最終的に表示されている彼のクリアタイムと自分のクリアタイムの差が2,5秒だったことに心底震えつつ、ヒナは運営から送られてきた神の名を冠する武器のレシピに目を通し、次にその性能に目を向けた。
そのぶっ壊れように気付くのが早かったのは言うまでもなく、彼女はその瞬間に最近アップデートで追加された自作NPCの作成可能上限が3になった事を思い出していた。
そして同時に、今回のイベントにおいて回復やサポートを自分でやるよりも他者に完全に任せた方が非常に楽になると分かった。
その瞬間、その武器を活かすためにもサポートに全特化させたNPCを作るのはもはや決定事項になっていた。
各種設定はマッハやケルヌンノスからコピペし、齟齬が生じないように全員の設定を細かいところから書き換えて3姉妹という設定にする。
容姿は2人同じく幼くし、カッコいいからという理由だけで悪魔の上位種を媒体に選ぶ。
次に、毎度行き当たる問題としてそのキャラクターの名前があるのだが、今回はそこまで苦労しそうになかった。
「マッハとケルヌンノスは神様の名前から取っちゃったし、今回もそれで良いよね。戦いと冥府の神様ってくれば……あと足りないのは何だろう。愛とか、友情とか……?」
その基準はヒナにしか分からなかっただろうが、彼女にとって戦いと死の神が揃っているのだから、後はそこに愛か友情という尊い物が加われば完璧だと考えていたようだ。
それから愛と友情に関する神を検索し、数多くいる神の中から名前の響きが気に入ったという理由と、女の子でも別に違和感がない名前として選び抜いたのがイシュタルだった。
「イシュタルって、なんだかタルタルソースって言われてからかわれてそうな名前だよねぇ……」
そんなことを誰に聞かせるわけでもなく、そして設定に書き込むでもなく静かに呟いたヒナは、そのままイシュタルを創り出した。
これがイシュタルが生まれた経緯であり、なんのために生み出された存在なのかを知るための大前提だ。
ヒナはイシュタルを自分達のサポート兼回復役として創り出し、この時から彼女のメイン武器へと昇格したソロモンの魔導書の効果を万全に発揮するための存在だった。
だが、この世界に来て彼女達が唯一の家族だと悟ったその時、ヒナは彼女達に望んだ役割を自分のサポートや火力出しから、自分の傍にいつ何時でも居てくれるこの世で最も大切な存在という物に“勝手に”書き換えていた。
だからだろう。メリーナの埋葬を済ませてダンジョンに帰ろうと辺りを見回したその時、その場に1人の少女の姿が無い事を悟っても事の重要性を把握するのにしばしの時間を要したのは……。