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12話 剣神マッハ

 ヒナが最初に彼女を必要としたのは、ラグナロクを始めて半年が経過した頃だった。

 その頃に情報が出ていた全てのスキルや武器・装備を揃えていた彼女は、そろそろシステムの1つである自作のNPCを作りたいと考えていた。

 友達がいない自分でも簡単に話し相手が作れるし、なんなら自分1人ではどうしても時間がかかってしまうボスの討伐なんかが今よりももっと数段楽になるからだ。

 最初にマッハを作ろうと思ったのは、そんな単純な理由だった。


 彼女は早速ゲームのホーム画面からNPC作成のコマンドを選択し、その容姿や身長など様々な設定を事細かに、それはもう職人のようなこだわりで色々試行錯誤しながら決めていく。

 最終的にはカッコいいからという理由で種族を鬼族に設定し、姉や母のような大人の女性ではなく、子供っぽい人の方が好きだという理由から身長は低めに設定する。

 後は名前と、必要であればキャラクターの各種設定――たとえばどんな物が好きでどんな性格なのかなど――を決めるだけで終わるのだが、ここでもヒナの性格が災いした。

 ゲーミングチェアをギシッと言わせながら背もたれに体重を預けると、モニターの前で腕を組んでうーんと唸り始める。


「どうせならここもこだわりたいよね……。確かNPCのレベルはプレイヤー自身のレベルと同期されるから、ひ弱って設定は矛盾してるしなぁ……」


 それから丸1日考えた結果、考えるのが面倒になり自分と同じような設定を書き込んだ。

 具体的には、日頃はダラダラしているけど戦う事が大好きで、それでいてどこかだらしなく、頼りがいの無い少女。

 自分でその設定を書いていてメンタルを抉られていたのは恐らく気のせいでは無いだろうが、ともかくその試練を乗り越えた先に待っていたのは、そのキャラクターの名前だった。


 ヒナ自身は名前なんてなんでも良いだろと思う反面、初めて子供を産んだと言っても過言では無いのに適当な名前を付けても良いのか。そんな相反する2つの想いが彼女の心を支配した。

 ただ、これは数分考えた結果神様の名前を貰う事にして落ち着いたらしく、マッハと命名されたそのNPCは、まだ完全体となる前のギルド『ユグドラシル』の本部に生まれ落ちた。


 ちなみにマッハとは、ケルト神話に出てくる戦いの三女神の1人だ。

 その名は「戦」や「怒り」を意味し、前衛を担う彼女にはピッタリだと思ったのだ。


 幸いにも、剣や刀を使うようなスキルや前衛に必要な物は全て揃っていたので、マッハは即戦力として生み出され、数分後には当時最強と言われていたヴァーリと言う名のボスモンスターを倒しに連れて行かれる事になった。


 もちろんその頃はデータ上の存在でしかなかったとはいえ、今のマッハにはその時の記憶が鮮明に残っている。

 北欧神話ではオーディンの息子として語られているそのボスモンスターは、ヒナ1人だと討伐するのに30分以上かかってしまうボスモンスターだったのだが、そこに前衛が加わった事でその時間は10分へと大幅に短縮された。

 前衛がいるだけでこれほど魔法を扱うのが楽になるのかと、ヒナはその時全身を歓喜で震わせていた。


…………

……


(懐かしいなぁ……)


 ロアの街に初めて足を踏み入れてから3日後、全ての準備を整えて再びギルドの本部を後にした4人は、冒険者ギルドまでの道のりをゆったり歩いていた。

 マッハはその先頭を歩きながら腰に差してある愛刀の柄を撫でる。

 人しれずヒナと最初に冒険に行った時の事を思い出していた彼女は、その後はしゃいだヒナに何度もヴァーリに挑まされた事まで一緒に思い出す。

 その時の記憶は流石に曖昧だったが、大変な人に生み出されてしまったと思ったのは仕方ないだろう。

 まぁ、ゲームにアップデートが入るたびにスキルや新しい武器や装備をこれでもかと提供してくれるので、次第にヒナの事を良い主人(姉)だと思い始めたのだが……。


 マッハが必要とされて1年後にケルヌンノスが生み出された時は、ちょっとだけ心配になったのも、今では笑い話だ。

 今まではずっとヒナの隣は自分専用の席だったのに、いつのまにか前衛として送り出されることが多くなり、ヒナの隣は妹であるケルヌンノスに取られたのだ。

 まぁ、ケルヌンノスは当時ヒナが欲しいと思っていたもう1人の火力枠で死霊系魔法使いのクラスを与えられていたので同じ後衛同士仕方のないことではあったのだが……。


「……ヒナねぇ、この前来た時より人が多い。大丈夫?」

「ん~、ちょっとキツイけど、話しかけられないなら大丈夫だよ。けるちゃんはどう?」

「ヒナねぇがいるから、平気……」


 そんな会話をしながら仲睦まじく笑う後ろの2人に微笑ましい視線を向け、マッハは少しだけモヤっとしながらもバカバカしいと笑ってその気持ちを吹き飛ばす。

 ヒナ達の後ろを歩くイシュタルも別に気にしていないのだから、自分だけがヒナとケルヌンノスの事に関してモヤモヤするのは姉として情けないような気がするのだ。

 普段から情けないような態度を取っているのはともかくとして、こんなところで元々ない姉としての威厳をさらに失う事は避けたかった。

 務めて無視しよう。そう彼女が心の底で勝手に決めたその時、目の前で下駄を履いた女が立ち止まる。

 女は確実に自分達の進路を邪魔するかのような位置で立っており、少しだけイラっとしながらマッハが顔を上げると、そこには狐の面を付けた紫色の着物を着た女が立っていた。


「……なに? どうしたの、マッハねぇ」

「……あんた、誰だ」


 後ろから心配そうに声をかけてくるイシュタルの声を無視し、目の前の女に少しばかりの怒りとちょっぴりの殺意を向ける。

 ヒナに注意しろとは言われたが、今ちょうど心の中のモヤモヤを無理やりに押し込んだせいで、今のマッハは少しばかり虫の居所が悪かった。だからこそ、強い口調になってしまう。


 だが、狐の面をかぶった女はふふっとおかしそうに笑うと、腰に差した鞘から毒々しいまでの紫の刀身を輝かせる刀を抜き放つ。


「奴には怒らせる気は無いと言ったが……その力、一端だけでも試してみたい物だ」

「……?」


 先頭に立つマッハが可愛く首を傾げたのと、女が地面を強く蹴ってその場から消えたのはほぼ同時だった。それは前衛として生み出され、それ相応の俊敏性と優れた動体視力を持つマッハだからこそ、その動きが分かる。

 狐の面を付けた女は、今まさに音速の数倍という速度でヒナの背後、イシュタルの前へと移動すると、その首を斬り落とそうと刀を振り上げる。


『カバーアクション』


 目を見開いてヒナに迫るその女の影を捉えた時には、マッハはほぼ反射的にスキルを発動していた。

 本来はタンク職なんかが持つような、特定の対象と自分の位置を入れ替えるというスキル。それを使い、ヒナと自分の位置を瞬時に入れ替えて愛刀を流れるような動作で抜き放つ。


 次の瞬間、ギンッという鈍い音がその場に響いた。両者の刀がギリギリと交差し、バチバチと火花が散る。


「……ふぇ!? な、なに!?」


 急に目の前の景色が変わったヒナが驚いた声を上げるが、マッハはそんな彼女の動揺なんて気にしている暇も無かった。なにせ、思った以上に目の前の敵が手強いと分かったからだ。

 昨日のワラベの話にあった、自分達を倒しうる存在とはこの女の事だろう。そんな思考が、自然と頭の中を埋め尽くす。

 この世界に来て、初めての実戦。それも、自分ではなくヒナを狙われた事に心の奥底からどす黒い物がワラワラと湧いてくるのを感じる。


「ヒナねぇ……こいつ、殺して良い?」

「え!? って、えぇ!?」

「……出番なしだった。コンマ数秒の差で負けた……」

「……マッハねぇ、手伝おうか?」


 愛刀で女の刀を易々と弾き飛ばすマッハを心配そうに見つめ、イシュタルはそう言う。

 それに首を横に振る事で答えると、チラッと隣にいるケルヌンノスに視線を向ける。それは、他にもこんな奴がいるかもしれないからヒナを頼むと伝えるためだ。


 狐の面をつけた女は自分の攻撃がヒナではなくマッハに防がれた事に驚きつつ、興味深そうにその顎に手を当てて首を傾げる。


「魔法……? ではないな、魔力の流れは感じられなかった。それにしてもその刀……」

「……とりあえず、その両腕は叩き落す」


 狐の女はマッハの持つ黒々と怪しく光る刀に感心したような声を漏らし、マッハは額に血管を浮かべながら怒りをあらわにする。

 殺すなと言われているので、とりあえずはその両腕を斬って戦闘不能にする事に全力を注ぐ。

 自身が保有しているスキルを再び使用すると、マッハの全身を緑色の閃光が包み込む。


『神格化』

「ちょ! それ使うの!?」


 マッハの額にあった鬼族の証である角がメキメキと伸び、その角を中心として周りの空気がマッハを恐れるように逃げていくかの如く風を巻き起こす。全身の筋肉がグッと膨れ上がり、その身体能力を大幅に上げる。

 このスキルは特定の神の名を冠するボスモンスターを倒せば手に入るスキルなのだが、いかんせんその能力が強力すぎるので何度か下方修正を加えられていたりもする。


 刀を正面に構えたマッハは狐の女を注意深く観察し、先程女がやったように地面を強く蹴ると、周りの被害なんて気にせず建物の壁を走って高速で移動する。その速さは身に着けている装備の効果も相まって音速の数十倍というふざけた物だ。

 当然木材を中心に造られている周辺の建物がそれによって生じる衝撃波に耐えられるはずもなく、ガラガラと音を立てて彼女が走った場所から崩壊していく。


「おいおい……あまり街を壊さないでくれよ」

「黙れ」


 余裕そうに肩を竦めてそう言う狐の女にマッハは怒りの形相でそう言うと、女がヒナにしたように背後からその首元めがけて刀を振る。が、それを読んでいたのか女はスッと振り向いて優雅にそれを捌くと、反撃とばかりに右足で蹴りを放つ。


絶対障壁パーフェクトウォール

「まじ!?」


 避ける様子もなく、それでいて腹部にまともに喰らっているのによろけもせずその手ごたえの無さに思わず動揺してしまう。その一瞬の隙を見逃すようなマッハではなく、さらにスキルを発動する。


限界突破リミットブースト


 さらに自身の俊敏性と攻撃力を底上げし、刀を握る手首から先を狙い容赦なく斬り落とす。首すらも斬ろうと思えば斬れたが、それはヒナが悲しむだろうと必死で堪えたのだ。


 その結果、女の手首から先はその刀を握ったままボトッと地面へと落下すると、傷口から大量の赤い液体がボトボトと零れる。

 マッハはそれだけに飽き足らず、地面に落ちた女の刀に己の愛刀を振り下ろすと、1日に1度しか使えない権能を使う。


「……マジか」

「……で? お前、誰?」


 刀をバラバラに分解され、狐の女は地面にヘタヘタと座り込むと細切れになったそれを見つめる。が、すぐに気を取り直すとモゴモゴと口の中で呪文を唱え、数秒のうちに止血し、失った手首を再生させる。もちろんバラバラにされた刀は戻ってこないが、それ以外は元通りだ。

 ただ、その喉元に突き付けられたマッハの刀に対抗する気力を無くした女は、苦笑しながら両手を上にあげる。


「降参降参。いや~、ワラベが言うより全然強いじゃん、君」

「……」

「この分じゃ、そっちの女の子には、私じゃ勝てないな~」


 どこかおかしそうに、それでいて嬉しそうに高笑いする女を怪訝そうに見つめつつ、マッハは目の前でスキルを使いながらヒナを守っているケルヌンノスに視線を向ける。


 瞬時にフルフルと首を振った彼女は、女以外に伏兵がいない事を伝えると、マッハは安堵したようにため息を吐いて愛刀を鞘へ納める。

 目の前の女が何者なのかは分からないが、あのムカつくギルドマスターの名前を出したのなら、ここでこれ以上どうにかするのはマズいと直感的に察したのだ。

 女はそのあっけないとも言える態度に目を見開き、次いで滅茶苦茶になった周りの建物を見回し、その下敷きになっている無数の人々を視界に抑えるとこめかみを抑える。


「あ〜あ。私が悪いとは言え……普通、ここまでするかい?」

「ヒナねぇを狙った罪は重い。私は知らん」

「あ~そう……。はいはい、これでワラベに怒られるのもバカバカしいから直しますよっと……」


 女は立ち上がってひょいっと手を振ると、たちまち瓦解していた建物がカタカタと震えだし、やがては宙に浮いて元あった場所へと戻っていく。

 どれだけ破片が細かくなっていようと、木材が人体を貫いていたとしても、そのせいで失った被害者の血液やら体力、果ては命までも……その全てを元通りにしながら街並みを修復していく。


 女は、刀を持ってはいたがそれは嗜む程度だ。本業は、ヒナと同じ魔法使いなのだ。

 まぁ嗜む程度と言っても、刀だけでもダイヤモンドランクの冒険者よりは強いのだが……。


 数分後、一通り街を修復すると、女は先程の戦いで若干着崩れた着物を慣れた様子で調整しつつ、小さく「よし」と頷き、ヒナに向き直ってペコリと頭を下げた。

 その後すぐに頭を上げ、自分がワラベの親友でヒナ達を迎えに来たついでにその実力を確かめたいと思ったと謝罪を口にした。


「彼女が君達の事を話していたのでね、つい気になってしまった。許してくれ」

「……は、はぁ」

「次同じことやったら今度はあの世に送るからな……」

「同意。あのムカつくギルマス同様、お前もムカつく狐の女になった」


 マッハとケルヌンノスがかつてないほど殺意を剥き出しにして鬼のような形相――マッハは元々鬼だが――を浮かべ、女を睨みつける。

 その圧倒的な殺気に背筋をブルリと震わせつつ、女は軽快に笑うと冒険者ギルドに案内しようと一行の先頭を歩きだした。


「……たる、あいつの回復魔法、使えるか?」


 その女に大人しく着いていきながらも、刀に手を置きながらいつでも対応出来るようその一挙手一投足に目を光らせるマッハは、隣を歩くイシュタルに小声でそう問いかける。

 だが、彼女は小さく首を横に振った。


「知らない魔法。魔力の流れも効果も、まるで別物。多分、この世界特有の魔法」

「……そう。なら、スキルとか魔法使って、あれと同じこと出来るか?」

「……試した事がないからなんとも言えない。でも、多分出来る」


 ラグナロクでは四肢が欠損するなんて事態は起きなかった。HPがどれだけ減っていようとも、どの場所に攻撃を受けようとも、体の一部が消えてなくなるなんてことは無かった。それ故に、マッハ達も自分達の体力や四肢の扱いがどうなってるのかは分かっていなかった。

 だからこそ、今度ヒナに内緒で自分達で試すべく、ヒーラーでもあるイシュタルへ問いかけたのだ。

 最悪失った四肢が戻らなくとも、彼女達は全員が復活アイテムを所持しているので一度死ぬくらいであれば問題ない。

 復活後はHPが全快になっているはずなので、それで何事も無かったかのようにヒナの前に現れれば鈍いヒナの事だ。まずバレる事は無いだろう。


 もちろん、これは必要な検証だ。

 いつか、自分達の不注意でヒナに危害が及んだ場合、もしもその四肢を奪われる事にでもなったらそれを再生する事が出来るのか、それを知っておくのは自分達の精神の安定度合いに大きく関わってくるからだ。


 自分達はともかく、人間のヒナに復活アイテムの類が作用するのかどうかは実験なんてできないので、出来ればイシュタルの魔法やスキルで直せてほしいというのが本音だった。

 もしも直せないとなった場合、ケルヌンノスかマッハが常にヒナと共に行動する事が半ば決定する。まぁ、元々離れるつもりはないのでそこまで変わらないのかもしれないが……。


「マッハねぇ、あいつと戦った感想を聞きたい。どうだった……?」

「……けるでも問題なく勝てるだろ。私は別に本気は出してない」

「……そう。でも、あいつも本気じゃなかったと思う」

「そりゃな~。なんか魔法使いっぽいしな」


 マッハがそう言うと、ケルヌンノスが同意とばかりにコクリと頷く。

 その動きがマッハのそれより数段劣るのは装備の効果やスキルの相乗効果もあるので仕方ないとしても、マッハに蹴りが通用しなかっただけで動揺するのは剣士のそれではない。

 剣士であれば、それくらいで気を乱して相手に攻撃を食らうなんてマヌケな真似はしないからだ。


 逆に肉弾戦に慣れていない魔法使いの場合、自分の想定外の事が起こると激しく動揺して数秒とはいえ隙を作る傾向がある。それは、ヒナと何度も新しいスキルの試験台として戦ってきた2人だからこそ分かる事だ。


「……一応、スキルで保護しといて。次は反応できないかも」

「言われなくてもしてる。それに、マッハねぇが反応できないとか、多分ありえない」


 真顔でそう言われると、マッハとしても自分の強さを信用されていると分かって少しだけ嬉しい。

 普段は素直じゃないケルヌンノスが最近可愛いところばっかりみせるのでちょっと困惑しているのだが、こういう時ばかりは頼もしい相棒だ。

 一方のヒナは、何がなんだか分からず何事かをコソコソ話している3人とは少し離れたところからその背中に寂しいという気持ちを纏いながらトボトボと歩いていた。

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