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107話 計画変更

 メリーナとの面会を終えたマリリエッタ他3人は、そのまま昔馴染みの友として……いや、少なくとも外野から見ればそうとしか思えないような会話を展開しつつ、そのままマリリエッタが住み込んでいる宿舎の部屋へと入るとガチャリと扉を閉める。

 そのまま口だけを何気ない会話で動かしつつ、トライソンが部屋の中の音が外に漏れぬよう魔法を施し、ようやくホッと一息ついて意味のない会話に終止符を打った。


「でぇ~? あいつからなんの情報を聞き出せって? 無理じゃね?」


 10畳ほどの狭い空間の中に場違い的に置かれた少し大きめのベッドにドカドカと腰を下ろしつつ足を組んではぁとため息を吐いたのは、今日付けでメリーナの元で働くことになったトライソン……レベリオだった。


 ヒナに会いに行った時とその装いは一変し、私服姿だったダンジョンに行った時とは違い、今はどちらかと言えばパーティーに行く時のような正装だった。

 あまり好みでは無いのだが、それっぽい服装をする必要性があるというのが潜入任務の面倒なところだ。

 それは彼女の付き添いでやって来たミセリアとイラの姉妹も同じで、いつもの服じゃない事でどこか落ち着かず、メリーナに気付かれる程度には殺気を放っていた自信があった。

 むしろあれで殺気に気付かないのであれば、メリーナを警戒しすぎだとアムニスに進言するつもりでもあった。


 しかし、結果は悪い意味でアムニスの予想通りであり、情報を得るのは非常に困難だろうという結果だった。

 メリーナを一目見れば分かる。あれは、真に誠実な人間だと。


「それは私も思ったね。あの子はいい意味で純粋な子だ。話を聞こうと思えば聞けるけれど、例の小説に書かれてあった魔王の情報は必要最低限。言い換えれば、あれは誰かに向けた物じゃないせいで完全な創作物として捉えられるギリギリのラインだ。彼女自身が続編は無いとハッキリ言っていることからも、それ以上の事は聞こうとするとこちらの正体がバレかねない」


 マリリエッタ事、彼女達が所属するギルドのギルドマスターでもあるフィーナが、腕を組んで床に座りながらそう言った。


 彼女はシェイクスピア楽団に次ぐと言われる商会の実態調査と、出来る事なら乗っ取ってギルドの資金源にするために彼女達より先に潜入を果たしていた。

 しかし、そこに突然アムニスから指示が飛んできて、彼女達を潜入させるために止む無く多少強引な手段に出てしまったのだ。

 だが、今となってはその強引な手段を用いたお釣りが取れる……もしくはかけたコストに対する成果が、この作戦から採れるとは思えなかった。


 アムニスが立てた計画の代表例が、最近までサンが勤しんでいたブリタニア王国の腐敗と支配、そしてそれに付随しての武力での世界征服だ。

 それがある一定の値まで来た段階で停滞を見せたところに不安を抱いていたアムニスは、失敗するかもしれないと読んだ上で新たな策を練り始めていた。

 そこに案の定失敗の連絡が来たことで、アムニスはそちらの計画を改めて始動させたに過ぎないのだ。


 だが、そこに障害となる存在がいた。誰あろう、魔王と言われるだけの理不尽なまでの力を持つヒナと、そのヒナに四六時中ついて回っている3人の強力無比なNPC達だ。

 ヒナを排除するためにはまず彼女ら全員の情報を集めるところから始めねばならず、ラグナロク時代には狙うのも愚かしい、勝てるはずがないと匙を投げて情報収集を怠っていたことを本気で後悔する羽目になった。

 まぁ実際、魔王に挑んで勝てる可能性などほぼ皆無に等しいのでその決断はその時点では最善の物だっただろうが……。


「あの子が魔王に対する情報を持っているのは確かだろう。でも、あくまで創作上の人物でそれ以上の設定は考えてない。とか言われると、こちらとしては引き下がるしかないからね」


 彼女に「私達もラグナロクのプレイヤーだ」と明かしてしまうのは簡単だ。

 そうする事でメリーナの精神に計り知れない羞恥が押し寄せてくるだろうが、それとは別で魔王に関する情報を聞き出すのは非常に楽になるだろう。

 なにせ、この世界の人間が想像上の人物でしかないと思っているヒナが実在している事を知っているのだから。


 しかし、そうすると別の問題が浮上する。

 つまるところ、お前は誰でどこのギルドに所属していて、なんでそんな奴がこんなところで働いているのか……というものだ。


 嘘で塗り固めるのは簡単だが、やはり誤魔化し切れない部分という物は存在する。

 これが仮にディアボロスのようなPK集団に所属しておらず、ただ普通のギルドに所属しているプレイヤーが「円卓の騎士に居ました」とか言うのであれば、当人の証言を頼りにするしかないのでその嘘が露呈する事は無い。


 しかし、PK集団だった彼女達は普通のプレイヤーが知り得ないような知識を数多く有し、その代わりに普通のプレイヤーが知っているようなことを知らない事が多い。

 それがスキルや魔法、武器の話になるともう全然ダメだった。

 仮に、名前も適当な下位ギルドに所属していたと言ってしまえば相手にされなくなってしまう可能性もあるし、そんな奴にヒナの凄さの何が分かるんだと一蹴される可能性もある。

 実際、下位ギルドや初心者プレイヤーの多くはヒナの事を『1位のなんか凄い人』程度にしか思っていなかっただろうし、上位プレイヤーでないと彼女の真の強さとその理不尽さを理解する事は出来ないのだ。


 小説を読むだけでもその魔王に対して強すぎる、そして重すぎる愛を抱いている事が分かるメリーナに対し、それは地雷を踏みぬくにも等しい行為だろう。

 ヒナをバカにすることと同様……もしかすればそれ以上の反動となって返ってくる可能性があり、そうすると結局殺すしかなくなるので自分達の正体が他にも知れ渡る可能性も考慮すると、プレイヤーであると明かす手は使えない。


「……フィーネ。アムニスからの指令では、あいつに近付いて情報を得ろってあった。でも、それが無理なら殺せって指示が来てたはず。どうするの?」

「イラの言う通りだな~。あいつ多分口割らないだろうし、うちの城で拷問するにしたってプレイヤーならそうはいかねぇだろ?」

「……そうだね」


 プレイヤー相手であれば、この世界の人間には比較的有効とされる精神支配の魔法だったりスキル、拷問用の苦痛を与えるそれらの物も、通常より効果が控えめになるだろうことは間違いない。

 加えて、いくら装備を没収しようともスキルやクラス固有スキル等は使えるので、油断して良い相手という訳では無いし、サンが上げてきたマーリン暗殺時の報告書のように逃げられる可能性もある。

 プレイヤーを拘束するのにはそれ相応のリスクを伴うし、それがメリーナのような100レベルだと思われる少女だとするならなおさらだ。


 彼女達もなぜ自分達がラグナロクというゲームの枠から世界を飛び越えたのかは知らなかったが、伊達に何十年何百年と過ごしていない。

 ゲームの時とこの世界での違いも比較的理解しているし、彼女達の中に人間種が多いのに未だに誰一人として寿命を迎えていない事からも分かるように、彼女達は既に寿命を克服していた。

 その方法をもしヒナが見つけてしまえば自分達の夢は断たれることになる。それだけは、なんとしても阻止しなければならなかった。


「レベリオ、君はどうかな? 魔王に関して、君は一切知らないと我々に情報提供を拒んでいるけれど、アムニスを含め私達全員は君がメリーナ以上に情報を持っているという見解で一致している。仮にも、何度も何度も魔王に挑みたいと言っていた君が、彼女の事を調べていないはずが無いからね」

「……」


 比較的穏やかに右手を差し出しながらそう言ったフィーネだったが、初めの一言以来口を噤んでいたレベリオが口を開くことは無かった。


 魔王を“お姉ちゃん”と慕い、異常なまでの愛と性欲、そして憧れや畏怖など人間が持ちうる”ほぼ”全ての感情を常人の数百倍という圧倒的な濃度で注いでいる彼女が、ヒナについて何も知らないとは考えずらい。いや、むしろありえないと断言してしまっても良いレベルだ。

 しかしながら、彼女は魔王の一件が話に出てから……いや、正確には自分達が魔王を標的にしていると知ったその瞬間から、魔王に関する事を一切口にしなくなったのだ。まるで、彼女を守るように。


「あいつに救われたんだっけか~? それだけでそんなクソ重い愛を抱けるってのも凄いよな~」

「……お姉ちゃん、重いとかあんまり言わない方が良いよ。いくら本当の事で、イラ達がそんな感情向けられたら相手の事を生理的に無理になるだろうなって事実はあるかもしれないけど、そんな事にも気付けないんだから仕方ないよ。今改めて気付かせてもしょうがないでしょ?」

「相変わらず好き勝手言ってくれるよな、あんたら」


 そう言っておもむろに立ち上がったレベリオは、一度ふぅと息を吐くと、無駄だと知りつつもミセリアにマッハへ向けた物とまったく同じ魔法を放った。


 無詠唱、それも魔力の流れすら必要最低限であり、ヒナでさえほぼ直感で防御して退けたその攻撃を、ミセリアは薄ら笑いを浮かべつつひらりとかわし、どこから取り出したのか派手な装飾が施された片刃の剣を握り締め、その刀身を彼女の首元めがけて振るう。

 同時に妹であるイラも無詠唱で魔法を発動しており、レベリオの周囲に数えきれないほどの短いナイフを浮かべて威嚇するように空中で待機させていた。

 もしも今彼女がその魔法を本格的に発動すれば、レベリオの体には瞬く間にマシンガンで撃たれたかのような大きな穴が無数に広がる事だろう。


 皮膚を裂かれ、骨を砕き、血肉をまき散らし、臓物を失おうとも彼女が死ぬことはほぼないと言って良いのだが、それでも決して良い思いをするわけではない。

 それ相応の痛みという物は往々にして襲ってくるし、不快であるのに違いは無いのだ。

 しかしながら、レベリオは自分の置かれた立場をしっかりと認識しているにも関わらず、その口元に浮かべた余裕の笑みを消さなかった。


「止めた方が良いんじゃない? 私らが戦う事は時間の無駄。お姉ちゃんみたいな理不尽なまでの圧倒的な火力が無いと、そもそも瀕死の状態にすらできないって」

『……』

「あ~あ、これだから野蛮ですぐに頭に血が昇るあんたらは嫌なんだ。お姉ちゃんみたいに寛容で、母性溢れ、優しさに満ち溢れ、それでいて怒る時は怒るっていうメリハリ……けじめ、大人の態度、人間らしさが大事だっていうのに……。あんたらはなんにも分かってない」


 心底失望したような、それでいてどこか嬉しそうに語るレベリオにイラっと来たのか、イラはそのまま魔法を発動させて彼女の体に無数の穴を開ける。

 しかし、彼女の言う通り圧倒的な火力を伴っていないイラのその攻撃は“時間凍結”を施している彼女にはなんの意味ももたらすことなく、体中を虫が這い回っているような口にするのもおぞましい不快感に襲われるだけで、命の危機が訪れる事はない。


 イラ達は自分達をほぼ無敵の存在としているこの時間凍結に感謝しているが、この場面に限ってはそれを施したことを後悔していた。

 なにせ、時間凍結は当人が望まなければ解除できないので外的要因……つまり、自分以外の者の手では強制的な解除は出来ないのだ。

 それにより、こういう場面で相手を殺せないというのは非常に不愉快だった。


「あ~あ、ほんっとに無駄。お姉ちゃんを殺そうとかさぁ、お姉ちゃんのことをなんにも分かってないあんたらには無理だって。私はお姉ちゃんの秘密や知識、知恵、力、その性格、趣味嗜好、全てを独占したいの。ほんとだったらお姉ちゃんの隣にいる妹ちゃん達にそこを変わってほしいとまで思ってるけど、お姉ちゃんを悲しませることになるし、あの子達はお姉ちゃんが傍にいてほしいと思ったから創り出したってだけ。それを奪い取る権利なんて、他の誰でもない私にしかないんだよ。それをなに? ただの興味本位でお姉ちゃんにすり寄るばかりか挙句の果てに殺す? しかも、私みたいな愛や性欲や尊敬の気持ちすら持たずに、ただ邪魔だから殺す? ハハッ、ちゃんちゃらおかしい」


 最後の一言を口にした彼女の顔は、にこやかに微笑んではいたが、その瞳の奥でミセリアとイラの2人を強烈に睨みつけていた。


 無論殺される可能性がほぼないと知りつつ、仲間達には秘密で数々の実験をしてきた彼女だからこそ、ヒナのような圧倒的な火力が無くとも時間凍結を施された者を殺す事が出来ると知っている。

 しかし、それを教えると彼女達は本気で自分を殺しかねないし、殺されるにしてもサンの次だろうが、ヒナ以外に殺されるつもりはないのでそれを教えるメリットは無い。

 まぁ、ヒナであれば時間凍結という物を知ったその瞬間にその欠点についても察する可能性があるのだが、それはそれで流石だという言葉で褒め称える事が出来るので構わなかった。


「あんたらにお姉ちゃんの何が分かる? どこが凄くて、どこが愛らしくて、どこが可愛くて、どこが理不尽で、どこが強くて、どこが怖くて、どこに劣情を抱き、どこを愛でたいと思い、どこを愛撫したいと思い、どこを舐めたいと思い、どこに触れたくて、どうやって抱きしめたいと思わせるのか。それが分かるっての? ハッ! 笑わせんなよ」

「……レベリオのそれには、何個かおんなじ意味の奴があった気もする。でも、一つだけ言える。イラ達には、そんなの知る必要もないってこと。だって――」

「興味ないもんな~!」


 いつものようにシシシと笑いつつ、いつの間にか回復魔法を唱えて体に空いた穴を修復していたレベリオの上半身と下半身をお別れさせ、フィーネが使っている部屋の中に赤黒くも、どこか神秘的にも見える臓物をまき散らす。

 当然部屋の中は真っ赤に染まってベットリとした血液が至る所に付着するが、それを気にする様子もなくギラギラと怪しく光る刀をブンと振るって刃に付着した液体を振り払う。


「はぁ。片付けが面倒……っていうか、結局は君達が片付ける事になるんだから、それくらいにしてもらえないかな?」


 この部屋の住人であるフィーネは魔法使いではない。

 いくら魔法でレベリオが体を修復しようとも周りにまき散らされた血液が元通り体に戻るといった事は無いので、それを処理するのは必然的に魔法使いのイラかレベリオのどちらかだ。

 レベリオがそんな事をするはずがないので結局はイラが片付ける事になるのだが、自分で散らかして自分で片付けるほど虚しさを覚える作業は無い。暗にそう言ったのだ。


「そうそう。虚しいだけだよ。お姉ちゃんを殺そうなんてあんたらには一生荷が重い。私に任せとけばいい物を……」

「おめぇが信用出来る奴なら素直に従ってやってるっての~! なぁイラ?」

「……お姉ちゃん、イラ達が信用してるのはお互いと“アムニスの出す指示”だけだよ。それ以外なんて信用してないでしょ? それなのに、そんな思わせぶりな事を言うのは良くないよ。好きでもない男子を褒めちぎってその気になって告白されても面倒なだけだって言ってたでしょ? イラ、もうあんなめんどくさい思いはしたくないよ」

「ん、それもそっか~! ハハッ!」


 キラリと光った鋭い歯を鬱陶しそうに見つめつつ、レベリオは自分の身だしなみを整えてから部屋を後にした。これ以上この部屋に居るのは不毛だと判断し、メリーナの部屋に向かう事にしたのだ。


 一方で部屋に残った三人は、イラが部屋の片付けを行い、フィーネとミセリアはこの先どうするべきなのか真剣に考え始めた。

 具体的には、メリーナを始末するべきなのかどうか……についてだ。


「始末するってんなら、多分一番の適任はあの狂人だぞ? 良いのか?」

「……まぁ、アムニスからの指示にもある通り、メリーナから情報が得られなければ将来魔王に味方する可能性があるとして殺しておけって言われてるしね。実際、魔王があの小説を見れば十中八九接触したいと思うはずさ。特に、彼女を慕っているNPC達はね」

「エリンとかいうガキを味方だと妄信してる様からすりゃ、十中八九そうなるだろうな。でも、今は例のダンジョンにいるんだろ? どうすんだ?」

「まっ、殺すならあそこが良いだろうね。仮に死んだとしても、冒険者ギルド側が味方になってくれるさ。仕方がない……ってね」


 ふふっと邪悪に笑ったフィーネは、作戦の内容を確認する為にイラとミセリアに一時帰還するよう伝え、メリーナが例のダンジョンに行く前に戻ってくるよう厳命した。

 それを受け、少しだけ不服そうに頷いた2人は数秒後にはその場から消えていた。


「さて、私の出番はあるのかな?」


 うっすらと笑い、その部屋に響いた邪悪な笑い声に答える人間は、もうその場には残っていなかった。

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