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105話 歓喜と羞恥と、それから歓喜

 シャルティエットとの面会を終えて自室へと戻ってきたメリーナは、カイザーが運んで来た豪勢な昼食をペロっと平らげた後、商会が来客を対応する時に使う専用の第一応接室に移動した。

 そこは豪華なシャンデリアが部屋の中央にどっかりと腰を下ろし、大きなブラウンのソファが2脚向かい合うようにして設置されている。 

 その間に置かれた長机は値段だけで言えばそこそこ良い給料をもらっているはずのメリーナが2ヶ月ほど働いた賃金と同程度だと言うのだから驚きだ。


 部屋の中には下品な調度品は一切置かれておらず、絵画や燭台など、比較的主張する事の無い物達が選ばれて置かれていた。

 部屋の広さに対して家具や調度品の数々が若干少ないようにも思えるが、それはこの応接室に案内される者にこちらの財力を誤解させるという狙いがある。

 もしもこの部屋に通された者がシャルティエット商会の財力を見誤って下に見てくるような発言をしようものなら、その瞬間にこの部屋から追い出されることになるだろう。


 この部屋に居る者がメリーナではなくシャルティエット本人ならば、口には出さずとも心の内で思ったとしても即刻追い出される。

 その程度の商人や人間と話す事など何もないという、商会なりのメッセージだ。


 つまるところ、この部屋に通されるのは初めてこの商会の人間に面会を申し込んで来た者達であり、既に試す必要のない顧客や商人達はシャルティエットの屋敷にある豪勢な応接室か、豪華な装飾が施された第二応接室へと通される事だろう。

 まぁ、言ってしまえばこの部屋はシャルティエット商会が相手を品定めするための部屋……という訳だ。


「失礼いたします、メリーナ様。冒険者ギルド創設者にして、メイシア人類共和国支部のギルドマスターをしていらっしゃいます、ムラサキ様がお見えです」

「ん、通して良いよ」


 扉の奥からカイザーの声が聞こえ、メリーナは腰掛けていたソファからよいしょと立ち上がる。


 それを見ていたかのようなタイミングで「失礼します」と恭しく頭を下げながら入室してきたカイザーと、着物姿の狐の仮面をかぶった女。本来ならここで無礼だろと言いたくなるのだが、冒険者ギルドの創設者はいかなる場合でもその仮面を取る事は無い。

 それは、この国の人間であり、ある程度の立場にある者なら誰しも知っている事だ。

 だから、メリーナでさえも何も言わない。

 一度だけ友達と行った夏祭りであんな風なお面が売ってた気がするな……と思う程度で、特に言葉を発することなくムラサキが対面へと来て、カイザーが背後に来るのを黙って待つ。


「……お座りになってください。客人である私が先に座る訳にはいきません」


 だが、彼女が何か言う前に怪訝そうな声でムラサキがそう言ってきたので、メリーナは改めて自分はこういう場が苦手だと自覚しつつ、少しだけ申し訳なさそうに腰を下ろした。

 その後、自分から言った方が良いのだろうとムラサキにも座る事を促し、ようやく対面に座る形にまでこぎつける。


 客人に紅茶でも勧めた方が良いのか。そう思ったが、よくよく考えたらカイザーがその辺のことを考えていないとは思えないので、彼が持って来ていないという事はムラサキ自身が拒否したのだろう。

 大体、装備をカスタムしている訳でもないだろう彼女が仮面を外さずにどうやって紅茶を飲むというのか。出された菓子を食べるというのか。

 その事から考えてみても、彼女自身が申し訳ないので断ったと考えた方が自然だ。


「まず、本日はお忙しい中お時間を作っていただき――」

「いえ、そういうのは結構です。本題に入ってください」


 メリーナは、堅苦しいのは嫌いだ。

 厳格だった母親の影響もあるのだろうが、目上の人に敬語を使われるのは元より、取ってつけたような社交辞令やご機嫌取りの言葉は彼女が最も嫌いとするものだった。

 そんな彼女の内心を見透かしたのだろう。ムラサキもそれ以上言及することなく、一瞬だけ首を傾げた後に場をシめる為か、一度軽く咳ばらいをする。


「では、早速本題に。あなたが書かれた、魔王と少女の物語。あれは、実在の人物をモデルにしたもの……ですね?」


 ムラサキはそう言うと、メリーナがこの世界で最も見たくない物の1つである夢小説……言い換えれば、この世界にいない人物へ向けられた、渡されることの無いラブレターを懐から取りだした。

 立派に包装されているのが逆に憎らしく、そのキャッチーな挿絵なんて誰が書いたんだふざけるなと言いたくなるような代物だ。これを本業の小説家が見れば、きっとその拙すぎる文章に憤る事だろう。


 しかし、問題はそんなどうでも良いことじゃない。


 この夢小説は、確かにメリーナが憧れ、崇拝し、そしてその隣を生きたいと本気で願った少女に対する想いが長々と書かれている。

 それを知る人物は今やこの世界にはいないはずだし、この世界の人間達がヒナの存在を知っているはずもない。


 実際、この小説を読んだ者達の総評は、総じて『禁じられた恋というのはこれほどまでに眩しい物なのか……』という、ある意味見当違いな物だった。

 全ての事情を知っている人間からしてみれば、これが作者の歪んだ愛情から来たラブレターであることはすぐに見抜けるだろうし、ヒナ本人の目に入りでもすればその瞬間に発狂する事はまず間違いない。

 そんな黒歴史とでも言える逸品にモデルになった人物がいる。そう考えられるのは、先も言ったように全ての事情を知っている者……プレイヤー以外に他にない。


 しかしながら、目の前のムラサキは気配を完全に抑えているようだがそこまで強い人物ではない。

 無論この世界の物達からしてみれば限りなく頂に近い強者かもしれない。

 しかし、それは自分や最近護衛部隊の隊長に任命されたマリリエッタと比べると遥かに劣る。警戒するべき相手ではないと早々に結論付け、内心でどこか警戒している自分の心を今一度落ち着ける。


「……そうだとすれば、どうだって言うんですか? 別に、この国の法に背いているものではありませんし、仮にモデルにした人物が居たとして、その方が問題提起されなければ良いだけの話だと思いますよ」


 まぁ、もっとも問題提起しそうなヒナ本人はこの世界にいないだろうが……。

 そんな最後の言葉を喉の奥へと仕舞い込み、相手の反応を伺ってみる。


「確かにそうです。ですが、私がお聞きしたいのはあなたを責めるとかそういうものではありません。ただ、知り合いに似たような人がいるもので、その確認をしたかっただけです。ガルヴァン帝国支部のワラベという者からも、恐らく面会の依頼が来ていたと思われます。彼女の要件も、私と同じです」

「……なるほど?」


 魔王と呼ばれ恐れられていた人物が、ムラサキの知り合いにいる? それはどんな冗談だと笑いたくなってしまうが寸前のところで堪える。


 ヒナの偉大さは他の誰かが真似しようと思ってできるような物ではなく、自分でもようやく食らいつくだけで精いっぱいで、まだまだ本物に並べるほどでは無かった。

 それに、仮に強さ以外で並べたとしても彼女の魅力はその圧倒的な力だけに留まらない。

 その魅力的なキャラクターや人柄、NPCに対する接し方や不意に見せるあどけない少女の一面が、彼女本来の可愛いところだ。


 そんな、どこを取っても完璧以外の言葉が見当たらないヒナと似ている? そんな人物、この世界にいるはずがないと心の中で一蹴しつつ、ムラサキからその人物の情報が出てくるのを待つ。


「あなた様がご存じかどうかは分かりませんが、先日ガルヴァン帝国の帝都、ロアの街にてモンスターの大群による大侵攻が起こり、一時パニックになりました。それを沈めたのが、その者達です」

「あぁ、聞いたよ。なんでも、1000体近いモンスターを一撃で屠ったそうだね」


 普通の人間であればそれは虚言か世迷言だと流してしまうだろう。

 しかし、誰あろうシャルティエットからもたらされた情報だ。その正確性は担保されているし、それだけ多くのモンスターを一瞬で亡き者にしたなら、少なからず目撃者がいないとおかしい。

 嘘を吐くというのは、案外難しいのだ。


「話を知ってらっしゃるのでしたら早速。それをやったのは1人の冒険者なのですが、彼女は他の3人と共に行動しています。その中の1人に、この本に登場するヒナという名の少女がいます」

「……へぇ~」


 ヒナという名前それ自体は別に珍しくともなんともない。

 この世界では確かに日本名のような名前は珍しく、どちらかと言えばカイザーやシャルティエットなど、外国でよく見るような名前の人物が多い。

 目の前のムラサキなんかは少し珍しく外国ではまず見ないだろう、どちらかと言えば日本色の強い名前だ。

 だが、それが逆に日本製の名前がいない訳ではない事を証明している。


 つまるところ、ヒナという名前が似ていて圧倒的な力を持つくらいでは魔王を騙る資格などない。

 そう聞き流そうとしたメリーナだったが、続くムラサキの言葉を聞いて雷に打たれたような衝撃を受けた。


「そして、この本に出てくる魔王の忠実な部下であるマッハとケルヌンノス。その2人の名前も、そのヒナって冒険者と行動を共にしてる少女達と一致する。これは、偶然かな?」

「……」


 そんな、バカな事があるはず……。

 そう口にしようとしたが、言葉は喉の奥に張り付き、唇から水分が一瞬にして離散したことで言葉を紡ぎだせない。


 ヒナが、この世界に来ている……?

 いや、ヒナだけじゃなくそのNPC達も、命を持つなりゲーム当時のままの状態でこの世界で来ている……?

 そうだとすれば――


「うっそぉ!? えっ、えぇ!? ヒナさん来てるの!?」


 メリーナは頭を抱え、ムラサキが懐から取り出した本をギュッと掴むとそのまま炎の魔法で焼き払い証拠隠滅を図るように燃やし尽くした。

 しかしながら、既にその本は全世界を駆け回り、今や知らない人間の方が珍しいほどに有名になってしまっている。


 もし本当にその冒険者がヒナならば、それを読んだ瞬間に自分に充てられたラブレターだと気付くだろう。

 まだギルド内にあった大量の資料を読まれるよりはマシだが……それでも、死にたくなるレベルに恥ずかしいのは間違いない。


「……ん? ちょっと待って? 今、ヒナさんと行動してるのはマッハさんとケルヌンノスさんの2人だけじゃない……みたいなこと言ってなかった? 後の1人って誰?」


 遅ればせながらその事に気が付いたメリーナは、若干の怒気を孕んだ声でムラサキにそう問いかけた。

 過去、自分が何よりも望んだヒナの隣という、恐らくこの世界で何にも代えがたい美しい景色が見られるだろう場所。

 そこを、彼女に創造されたNPCの方達以外が穢す事など許されるはずがない。いや、許して良いはずがない。


 その人物がヒナであるという確証はないが……もし本当にヒナなら、そのもう1人はどこのどいつでどうやって知り合って、なんでその隣に居座れているのか。それを徹底的に調査する必要があるだろう。

 必要に迫られれば暗殺する事も視野に入れ……って、そうでは無い。


「あっと……そう、純粋な興味ね。ほら、小説見ても分かる通り、私が知ってるあの人のお供は2人だからさ? そう、純粋な興味。別にその座を奪い取ろうとか思ってないよ、うんほんとほんと」

「……そ、そうですか。もう1人はイシュタルと名乗っていました。マッハやケルヌンノス達と同じく、ヒナの事を姉と慕う幼い少女のように見えました」

「幼い少女……」


 ヒナが創り出すNPC達は、なぜか全員幼い少女の見た目をしていた。

 男でないだけマシだったけれど、ヒナはもしかすると幼女が好きな女のアバターを使っているおっさんなのではないか。そう考えなかった日も無かったと言えば嘘になる。

 まぁ、その直後におっさんではありえないようなポンコツなミスをして泣いている所を目撃したので、自分の愚かさと浅はかさを呪う羽目になったのだが……。


 そして、ヒナの事を姉と慕うプレイヤーは自分が知る限り1名だけだし、その人物は本当のヒナの妹と言うよりは勝手にそう思っているだけだ。

 周りは既に諦めているのか狂人を見るような、腫物を扱うような感じで彼女の事を扱っていたが、その気持ちは分かると密かに思っていたメリーナは、その名前を正確に覚えていた。


 ラテン語で書くと『rebellio』となり、彼女が所属していたギルドの主要メンバー達がこぞって付けていたラテン語ネームと一致する。

 その意味は――反乱だ。

 なんでそんな不穏極まりない名前を付けたんだと言いたくなるが、他のメンバーも似たような感じなのでそこは気にしたら負けだろう。

 ともかく、彼女を真の意味で姉だと慕う人はいない。


(私が引退した後にNPCの作成上限が変わったとみるべき……。だとすれば、あの人の事だからマッハさんやケルヌンノスさんみたいに、滅茶苦茶な強さを持ってると考えた方が良い。で、その観点から考えるとモンスターを殲滅したのは広範囲魔法に定評のあるケルヌンノスさん。魔法は……私が諦めた暗黒世界、かな)


 あの魔法であれば効果範囲も広いし、街に犠牲者を出さずにモンスターの殲滅をすることが出来るだろう。

 強力な魔法だったが使い勝手が悪かったし、メリーナが目指していたのはヒナだったので、そのNPCのケルヌンノスが使っていた魔法はそこまで重要視しなかったのだ。

 イシュタルがどんな役目を与えられているのかは分からないまでも、ネットの記事で見たソロモンの魔導書の効果や特性をフルで活用する為に生み出した存在なのだとすれば、その役割が後方支援全般になる事は容易に推測出来る。


 まぁ、ここまでの推測も、ヒナという少女のデータをほぼ全て持っている彼女だからこそ可能な芸当であり、他のプレイヤーが推測しようとしても到底不可能なのだが……。


「その人、今はどこにいるんですか? あの……あ、燃やしちゃったんだ……。えっと、私の本は、もう読みました……かね?」


 はやる気持ちと心臓の鼓動を無理やり押さえつけ、メリーナは半ば祈るような気持ちでムラサキへと尋ねた。

 返ってきた答えは幸いにも彼女が望むものだったようで、最近発見されたダンジョンに籠ると言っていたのでまだ見ていないだろうという事だった。


 そのダンジョンに行けば……いや、この目の前のムラサキに伝えれば、近いうちにヒナに会えるかもしれない。

 でもその時、彼女が自分の……傍から見れば気持ち悪いと思われても仕方のない愛に、憧れに、崇拝に……全ての感情に気付いていたのなら……。それはとてつもなく恥ずかしく、死んでも死にきれない後悔を背負うことになるだろう。


「そう言えば、そのダンジョンってのはどんな外観をしてるとか分かる? 私、そこ知ってるかもしれないし……それにほら、行ってみたいとか思った時迷ったら行けないでしょ?」

「……あくまで報告書を見る限り、ドラゴンのような像が立っている薄気味悪いダンジョンだと聞いています。ヒナ達曰く、そこに立ち入れば自分達以外ではまず死ぬだろうと」

「へぇ~」


 彼女達の言う『自分達以外』とは、恐らくプレイヤーではないこの世界の人間という括りだろう。

 それはつまり、ヒナがこの世界に来ているという事実と局所に見られる前の世界にあったような文化の名残。それを踏まえて考えるとおのずと答えは見えてくる。


 ラグナロクのプレイヤーが、何かしらの事情によってこの世界へと転移してきている。

 そしてそれは、ギルド本部も同様に……という事では無いだろうか。


 自分が所属していたギルドのギルド本部がちょうどドラゴンのような像を狛犬に見立ててギルド本部の前に設置していた気がするし、どこか子供っぽい、単純な造りにしているという事も……って


(待って……? 1000体近いモンスターってレベル60前後って仮定してたよね? 1層に出てくる奴ってちょうどそこら辺のブラックベアじゃなかった……?)


 そう思った瞬間、メリーナの心の奥底には自分がヒナの他に唯一残してきたラグナロクへの心残りと言っても良い少女の存在があった。


(雛鳥……。あなたも……あなたも、この世界にいるの……?)


 そんな少女の声は、遥か遠く、地下深くにいる少女には届かなかった。

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